この回の後半は、講義の主題だった重商主義から離れ、「経済と宗教は本当に切り離せるのか」という問いに丸ごと費やされた。きっかけは講師自身の一言である。重商主義を説明し終えたあと、彼は「本当は宗教的な側面もちゃんと関わってくるので、その側面も含めて話をするほうがより適切なのだが、そうすると話が全然終わらなくなる」と述べ、議論を渡辺氏に振った。そして実際、話は終わらなかった。以降およそ五十分にわたり、大航海時代の正当化装置から、ヘンリー八世の国教会分離、後藤新平の台湾統治、フランスのライシテ、在外邦人の振る舞い、そして『鬼滅の刃』の是非にまで議論が及んでいる。
散らかっているように見えるが、通底する問いは一つしかない。日本人は宗教を「信じるか信じないか」の問題として扱うが、他の国では宗教は経済制度そのものの設計図として機能してきた。その差が、金融システムの強度の差になって現れているのではないか――という仮説である。この仮説を最も明快な形に圧縮したのがマイキー氏の三層モデルだった。宗教は精神であり、経済は体であり、金融は血液である。精神を排除し、血液など関係ないと言いながら体だけを動かそうとしても動くわけがない、と。
歴史の側からこれを裏づけたのが、大航海時代の読み直しである。スペインとポルトガルが新大陸で「最初に見つけた土地は自分たちのものだ」と主張できたのは、未開の人間をキリスト教へ導くことが土地領有の絶対の根拠になる、というカトリック的な論理があったからだった。イギリスとオランダはこれを軍事的にではなく論理的に壊す必要があった。そこに現れたのがグロティウスであり、「本来的な所有者とは、その土地で経済的な運用ができている者である」という新しい正当化を対置した。渡辺氏の表現を借りれば、これは「戦争する大義名分をお互いに作った」出来事である。宗教が経済の言語に翻訳された瞬間だ、と言い換えてもよい。
同じ構図がイギリス国内でも起きていた。マイキー氏の整理では、大航海時代とは「教会を作って金を収集する仕組み」であり、カトリックが巨大化したのはこの徴税装置を持っていたからである。ヘンリー八世は「宗教で金儲けをするのは良くない」という名目で教会を国営化し、ローマから離脱した。ここでマイキー氏が引いた線が鋭い。パワハラ的に金を徴収するのか、システムで金を徴収するのか。その違いがヨーロッパ大陸とイギリスの違いであり、イギリスが金融大国になった入り口である。そして最も徹底したプロテスタントが西へ移ってアメリカに渡り、いまの共和党的な考え方の根本になった、と続く。
後半の議論は日本に向かう。渡辺氏はフランスのライシテを参照モデルとして提示した。ライシテとは政教分離だが、それは「宗教と政治が互いに無関係になる」という意味ではなく、民衆の側のものとして宗教を学ぶ権利があるという意味だ、という読み方である。フランスは旧植民地からの移民が大量に流入しており、パリの半分がイスラム教徒ということも起こりうる。そのなかで自分たちのアイデンティティと相手の正当性をどう突き合わせるかは、互いの宗教性を学ぶ以外に方法がない。日本はまだその段階に来ていないが、必ず来る。来たときに何も持っていないと、衝突しか生まれず和解は生まれない――というのが渡辺氏の警告だった。
この後半セッションは、「宗教を学ぶ」という言葉の意味を、信仰の問題から統治技術の問題へ移し替える作業だった。マイキー氏は繰り返し「信仰するかしないかは自由」「どの宗教を推すかはどうでもいい」と断ったうえで、それでも宗教史は学べと言う。理由は明快で、宗教の勉強とは人間の勉強であり、他人の信念の勉強だからである。渡辺氏はこれを別角度から補強し、日本人が国際会議で意見を聞かれないのは意見がないからではなく、意思決定の軸として何を置いているかを説明できないからだと述べた。軸がないと、こちらの答えは相手に読まれる。読まれる側は交渉で必ず負ける。宗教教育の欠落は、教養の欠落ではなく交渉力の欠落として現れる、という診断である。
議論の入口は、絶対王政期フランスの話から自然に転がり込んできた。マイキー氏が「当時フランスがやってはいけないことをやった」として挙げたのが、ローマ教皇をフランスに移した一件である。彼はこれを「ローマ教皇誘拐事件」と呼び、「六十年間はフランスにやりましたからね」と述べた。教皇庁がヴァチカンにあるものと思い込んでいる人が多いが、そうではない時期があった、という指摘である。
マイキー氏が指した出来事はアヴィニョン捕囚(教皇のバビロン捕囚)である。ローマ教皇の座がローマからアヴィニョンに移されていた時期を指し、1309年から1377年までの68年間続いた。この間の教皇7代はすべてフランス人で、教皇庁の主要な役職もフランス人が占めた。1377年、教皇グレゴリウス11世がシエナのカタリナの助言によりローマへ戻ったことで終わっている。
発言との差:マイキー氏は「60年間」と述べたが、正確には68年間である。桁が違うわけではないので論旨に影響はないが、記録としては訂正しておく。また「誘拐」という表現の元になっているのは、その6年前の1303年のアナーニ事件だろう。フランス王フィリップ4世と教皇ボニファティウス8世の対立が激化し、フランス軍がアナーニの別荘にいた教皇を襲撃した。教皇はこの直後に病死し、以降の教皇はフランス王の意向に沿って動くようになる。つまり「誘拐」に近い実力行使が実際にあり、その延長線上に68年間の移転がある。マイキー氏の比喩は事実関係として的を外していない。(出典:Wikipedia「アヴィニョン捕囚」「アヴィニョン教皇庁」、山川出版社 世界史用語解説)
ここから渡辺氏が、大航海時代の正当化構造を持ち込んだ。スペインとポルトガルは、新しく見つけた土地を自分の土地とすることを「教義的に合理化していた」。その根拠は単純である。未開の人間たちをキリスト教へ導くことが、その土地を領有する絶対の根拠になる。だからキリスト教国が先に発見して領有した土地については、他国が差し出口を挟む理由がない――という論理だった。
これに反論するには、軍事力ではなく別の論理が要る。渡辺氏の説明はここが要点だった。権力や権利ではなく、その土地に対する経済的な運用ができているかどうかが本来的な所有者の条件である――そう認めさせようとしたのがイギリスとオランダである。そこで名前が出てくるのがグロティウスだ。渡辺氏は「最初に見つけたものが自分たちのものだとしてよい、というスペイン・ポルトガルの根拠を壊した。そこがいちばん大きい」と評価した。
オランダの法学者フーゴー・グロティウスが海洋の自由を擁護して書いたのが『自由海論』(Mare Liberum, 1609年)である。正式な題は『自由海論、あるいは東インド貿易に参加するオランダ人の権利についての論考』で、ライデンのエルゼビアから刊行された68ページの小冊子だった。中心命題は、海は国際的な領域であり、いかなる国も航海と貿易のために自由に使うことができるというものである。
執筆の政治的文脈が重要だ。この時期、オランダは1581年にスペイン王政から離脱しており、東南アジアへの通商進出の権利を争っていた。1608年からスペインとオランダの交渉が始まり、1609年4月9日に12年間のアントウェルペン休戦協定が成立している。『自由海論』はこの交渉におけるオランダの立場を理論的に支える文書として書かれ、広く流布して版を重ねた。
渡辺氏の「経済的な運用ができているかどうかが本来的な所有者である」という整理は、グロティウスの議論の核を正確に押さえている。海は誰も占有・運用できないから万人のものであり、逆に言えば占有と運用の実態こそが権原を生む――という論理の裏表だからである。宗教的な発見・布教という正当化を、経済的な運用実績という正当化で置き換えた。これが渡辺氏の言う「戦争する大義名分をお互いに作った」ということの中身である。(出典:Peace Palace Library、Britannica「Mare Liberum」、Online Library of Liberty)
マイキー氏は、大航海時代の覇権的な理由に加えて、まったく即物的な動機を挙げた。オスマン帝国の関税・通関システムがあまりに厳しかったので、そこからどう脱税してルートを見つけるかが大航海時代のポイントになっていた、という指摘である。胡椒などの香辛料はアジアから輸入していたが、オスマンを通るたびに関税が上がっていく。スペインやポルトガルにとっては、この通らなければならない関税を回避することが死活問題だった。そして、金も収集できる場所も見つけながら別ルートを作っていこう、という話になった。
さらにマイキー氏は、オスマン帝国自身も「面財布みたいなことをやっていた」と述べた。非イスラム教徒に対しては税を高くしていた、というのである。彼はこれを「関税自体を」と表現したが、この点は精査が必要である。
確認できた部分。イスラム法において非ムスリムに課される人頭税をジズヤという。法的には非ムスリムの成年男子のみに課され、軍役免除と身分的保護の対価として徴収された。オスマン帝国では、土地税のハラージュ、ムスリムに課される喜捨税ザカートと並ぶ三大財政基盤の一つを構成している。正教徒・アルメニア教徒・ユダヤ教徒といった非ムスリム共同体は、政治参加の制限や教会新築の制限を受けながらも、帝国政府の庇護のもとで商業や学芸に従事していた。スペインのレコンキスタで迫害されたユダヤ教徒集団をオスマン帝国が受け入れ、彼らが帝国に富と知識をもたらした事例も知られる。裏取り済
確認できなかった部分。マイキー氏が述べた「非イスラム教徒に対して関税を高くしていた」という点については、今回のWebSearchで一次的な根拠を確認できなかった。宗教別に税率を変えていたのは人頭税ジズヤであり、これは関税ではない。イスラム諸国の通商税に宗教別の差率があったという説は流通しているが、オスマン帝国の実際の運用と時期については裏取りが取れていない。要確認 したがって「オスマン帝国は非ムスリムから重く取っていた」という論旨の方向は正しいが、その手段が関税だったのか人頭税だったのかは、発言のまま流通させずに各自で確認されたい。(出典:Wikipedia「ジズヤ」、コトバンク、山川出版社 世界史用語解説、東洋経済オンライン)
この節で確認されたのは、大航海時代が単一の動機で動いていたのではない、ということである。第一に宗教的正当化(布教が領有の根拠になる)、第二に関税回避(オスマン経由の陸路コストからの逃走)、第三に正貨の獲得(金銀が集められる場所を押さえる)。この三つはまったく別種の動機だが、同じ航路開拓という行動に収束した。前半セッションで扱った重商主義が「経済と宗教が切り離されないタイミング」として語られる、という講師の説明は、この三重構造を指している。
大航海時代の話は、そのまま宗教改革の話へ接続する。マイキー氏の整理はこうだった。大航海時代とは、そもそも教会を作って金を収集する仕組みだった。金を徴収するための徴税をどう行うかという課題があり、それを担うことでカトリックはどんどん巨大化していった。渡辺氏が言及した「位置を抜けた」動きの結果として出来上がったのがプロテスタントであり、その時点で教会の立ち回り方そのものが変わっていた、と。
そしてイギリスである。「こういう金儲けは良くないよね」ということで、ヘンリー八世は国営の教会を作った。教会を国営化するとはどういうことかという話になり、ローマ教会からイギリス教会が外れる。そこからプロテスタントがどっと出来上がってきて、最も徹底したプロテスタントが西へ移ってアメリカに渡った――これが宗教史の流れなのだ、というのがマイキー氏の説明だった。
1534年11月、宗教改革議会の第六会期において、イングランド国王を「イングランド国教会の地上における唯一最高の首長」と宣言する国王至上法(首長法/Act of Supremacy)が定められた。教皇が破門をもって応じたのに対し、ヘンリー八世はこの法によって国王を国教会の唯一最高の首長とし、ローマから分離したイギリス国教会を成立させている。
ただしこれは突発的な一撃ではなく、一連の改革の集大成だった。前年の1533年には上告禁止法が制定され、教皇と絶縁して主権国家であることを宣言している。つまりローマからの離脱は、宗教問題としてよりも先に「主権の所在」の問題として立法されている。マイキー氏の「教会を国営化した」という表現は、この立法の性格を正確に言い当てている。(出典:Wikipedia「国王至上法」「ヘンリー8世」、山川出版社 世界史用語解説)
マイキー氏はここで、大陸とイギリスの違いを一行に圧縮した。「パワハラ的に金を徴収するのか、システムで金を徴収するのかの違いが、ヨーロッパとイギリスの違いであって、イギリスはそれを金融システムというものを作って徴収する仕組みを作った。だからこそ金融大国になっていった入り口になっている。」そして彼は続ける。イギリスにおいて宗教というものと金融というものが非常に関連していることが、ここに繋がる、と。
この見立ては、前半セッションで扱われた「絶対王政期フランスの徴税請負」と正面から対になっている。フランスは徴税請負人という人的な暴力装置に依存し、人が貧しくなるほど徴収コストが上がるという構造に嵌まった。イギリスは徴税を制度に変えた。どちらも金を集めているが、集め方が違えば、その先に育つものが違う。フランスの先に育ったのは革命であり、イギリスの先に育ったのは金融市場だった、という対比である。
マイキー氏はさらに、宗教とカネの関係が特定の宗教に限った話ではないことを指摘した。イスラム帝国の時代にも、キリスト教からイスラム教に改宗すれば税金を落とす、といった運用があった。それもあくまでシステムであり、金融システムを作っているということにほかならない。「かなり紙一重のところに、この経済と金融と宗教はあるよね、というのが多分わかると思うんですよね。」
渡辺氏はここに具体名を重ねた。「いちばんまともなピューリタンはクロムウェルです」。そして参加者との掛け合いのなかで、イギリスからアメリカへ渡ったピューリタンと呼ばれる人たちが、いまのアメリカの――と話が展開し、マイキー氏が「共和党なんですよ、の考え方の根本です」と引き取った。渡辺氏は「いちばん厳しいアーミッシュのような人もいるわけですよね」と付け加えている。
ここで参加者の一人が、この流れ全体を経済との関係で整理し直した。以前マイキー氏が「国家の衰退と繁栄はすべて経済に依存している」と述べたことを踏まえ、統治者がどう経済を回すかがうまくいかないことによって、国家という親と国民という子の関係が壊れていき、結果としてアメリカ大陸のほうへ人が移っていくという話になっているのではないか、という読みである。渡辺氏はこれに同意した。
渡辺氏はスペイン継承戦争や八十年戦争、三十年戦争に触れたうえで、「大量の銀が入ることによって市場が壊れてしまった。それによって農民が自分たちの農作物を作れなくなってしまった。そういったことが背景にあって、旧世界の秩序が壊れたところにカトリックの信頼失墜が由来する」と述べた。この現象には経済史上の名前がある。価格革命である。
16世紀中頃から17世紀初めにかけ、中南米からの銀の大量流入によってヨーロッパの貨幣価値が下落し、物価が著しく騰貴した。1503年から1660年までに約15,000トンの銀が新大陸からスペインへ流れ込み、それまでの6〜7倍の量になった。結果として16世紀から17世紀前半にかけて物価は3〜4倍に高騰している。背景にはポトシなどの巨大銀山の開発と、1556年に導入された水銀精錬法(アマルガム法)がある。
社会的な帰結が、渡辺氏の論旨と正確に噛み合う。固定した地代収入に依存していた諸侯・騎士など封建領主層には強烈な逆風となり、領主層の没落が加速した。一方で資本家的に動く新型の地主や農業経営者は大きな利潤を得た。南ドイツの銀山を独占していたフッガー家や、北イタリアの大商業資本も没落している。つまり「金銀を集めれば国が富む」という重商主義の前提は、その金銀自身によって内側から壊された。前半セッションの正貨自動調節メカニズムの議論と、この価格革命は同じ現象を別の角度から見たものである。(出典:Wikipedia「価格革命」、コトバンク、世界の歴史まっぷ)
ここでマイキー氏が、議論を日本へ引き戻すための一つの人物を持ち出した。後藤新平である。彼はある評論家の言葉として、「後藤新平は信仰があったかどうかは分からないけれど、信念はものすごくあった」という評価を引き、これが自分の好きな言葉だと述べた。
そのうえで彼は、信念を三つのポイントに分解した。生きていくためのお金の回り方、経済のお金の作り方、そして生きる道筋。この三つが揃ったものが信念に変わる、というのである。そして後藤新平がなぜそれを持てたのかを説明した。後藤は宗教家ではなかったが、キリスト教をかなり勉強していたと言われ、仏教や儒教も学んでいた。もともとは医師である。そのうえで経済の勉強もし、金融のシステムを取り入れる努力もした。実体経済も宗教も、どちらもちゃんとやっていた。当時これだけ多宗教を勉強する人物は珍しい、というのがマイキー氏の評価だった。
具体例として挙げられたのが台湾統治である。後藤新平が台湾に行った時点では銀行システムがなかった。そこで台湾銀行を設立して日本から金融システムを持ち込み、台湾の貨幣・幣制を統一して安定させ、税制を整備して財政基盤を確立した――という整理である。
後藤新平(1857–1929)は、第4代台湾総督・児玉源太郎を補佐する民政長官として1898年から1906年までの8年間、台湾の統治に携わった。児玉が総督に任ぜられた際、女房役の民政局長(民政長官)に後藤を抜擢したものである。後藤は就任直後から島内各地を視察し、現地の実情に根ざした政策の必要性を痛感して「住民のための統治」という方針を掲げた。もともと医師であったという点もマイキー氏の発言どおりである。
台湾銀行。1897年4月1日公布の「台湾銀行法」に基づき、1899年7月5日に設置、同年9月26日に営業を開始した。台湾の貨幣(台幣)の発行権を持つ特殊銀行であり、日本統治時代の台湾で最大の商業銀行となる。設立当初の任務は、錯綜していた台湾の通貨の統一と、台湾事業公債の引受けだった。「銀行システムがなかったところに金融システムを持ち込み、幣制を統一した」というマイキー氏の説明は、事実関係として正確である。
土地調査事業と財政独立。1898年7月19日に「台湾地籍規則」と「台湾土地調査規則」が公布され、同年9月5日に土地調査局が土地調査事業を開始した。効果は劇的だった。それまで全台湾で約36万甲と推計されていた耕地面積が、正確な地形図の作製の結果、実は約63万甲であることが判明した。税率も引き上げたため総督府の税収は大幅に増え、早期の財政独立が実現している。児玉と後藤は『財政二十箇年計画』を策定し、20年以内に本国からの補助金を減額して台湾の財政を独立させる方針を掲げていた。
要確認の点。マイキー氏が引いた「後藤新平は信仰があったかは分からないが信念はあった」という評価の出典は、文字起こしでは人名が明瞭に聞き取れず、今回のWebSearchでも特定できなかった。要確認 後藤新平論の系譜には複数の論者がおり、発言者を確定するには本人への確認が要る。(出典:Wikipedia「後藤新平」「台湾銀行」「土地調査事業」「児玉・後藤政治」、PHP研究所「歴史街道」、nippon.com)
この回の主張は「日本人は宗教に疎いから金融システムを作れない」というものである。だとすれば後藤新平は反例ではなく、仮説を支持する事例になる。彼は日本人でありながら、宗教(キリスト教・仏教・儒教)と実体経済と金融システムの三つを同時に学んでいた。そしてその三つを揃えた人物が、実際に台湾で銀行を作り、通貨を統一し、税制を整備して財政独立を達成している。三本柱が揃っていたから制度設計ができた、という順序で読める。マイキー氏が「日本の場合は宗教もダメ、金融もダメという状態になっているので、信念もクソもないとなってしまう」と述べたのは、この裏返しである。
議論の折り返し点で、マイキー氏はこの回で最も整理された形のモデルを提示した。出発点は素朴な問いである。経済と金融システムと宗教、何が最初に生まれたか。
彼の答えはこうだった。経済が生まれる前、昔の人々は雷や洪水や日食で人が死んでいた。そういう被害を受けないようにという願いから神や精霊が生まれ、その精神から宗教が生まれた。そこから派閥に分かれ、死後の世界や人間の存在理由を問い始めて、宗教的な儀式と信仰が発展していく。その後に経済が出来上がり、経済が出来上がった後に金融システムが出来上がった。人間の歴史はこの順序になっている、というのである。
ここから比喩が立ち上がる。宗教の根本が精神だとすれば、経済とは何か。人体で例えるなら体である。動かすところだ。そして体を動かすためには血液が必要になる。宗教が精神であり、経済が体であり、金融システムが血液である。この三つが揃って初めて、人として活動できるようになる。
「今やっていることって、この精神というものを全部排除して、プラス血液とか関係ねえしって言って、体をどうやって動かそうかとやったら、動くわけないじゃんってなるわけなんですよ、普通に考えると。」
そして彼は続ける。「金融工学とは何かというとシステムなわけじゃないですか。血液というのを良くすることは、遠回りに見えてもシステムなわけなんですよ。」精神・体・血液という順序で考えるなら、宗教の重要性が問われることになる。人間の歴史そのものが、宗教から始まって経済が生まれるという順序で成り立っているのだから、と。
| 層 | 対応するもの | この回で語られた機能 |
|---|---|---|
| 精神 | 宗教 | 生まれてから死ぬまでの流れを作る。何を正当とし、何を意思決定の軸に置くかを供給する。マイキー氏は「生きる最後まで、自分の死に向かっての行き筋を作っているものが宗教だ」と定義した |
| 体 | 実体経済 | 実際に動く部分。日本人が唯一見ている層でもある。マイキー氏の指摘では、日本人が相手を見るときに読み取れるのは「実体経済の信念」だけである |
| 血液 | 金融システム | 体を長期的に円滑に動かすための循環装置。金融工学はこの循環を良くするためのシステム設計にあたる |
この三層モデルの実践的な含意を、マイキー氏は交渉論として述べている。宗教戦争は日本人からするとどうでもいいことに見えるかもしれないが、向こうからすればプライベートな信念と信念の戦いである。金融戦争もまた信念と信念の戦いだ。そうなったとき、日本人が相手を見て読み取れるイメージが実体経済の信念だけだとすれば、三本柱の信念を持っている相手にどう勝つのか。相手は生き方そのものを提示しているのに、こちらは体の話しかしていない、という非対称の指摘である。
マイキー氏に振られた渡辺氏は、「すごく答えづらいんですけど」と前置きしたうえで、日本が見習うべきものとしてフランスのライシテを挙げた。この提示の仕方が独特である。
渡辺氏によれば、フランスのライシテは、フランス革命の背景から――今日ではなぜか分からなくなってしまった価値観や感覚から――出来上がっているモデルであり、今日の自由と基本的人権だけで説明することは不可能だというところから始まっている。ライシテとは政教分離だが、それは宗教と政治を分けてもう互いに関係しないという意味なのか。渡辺氏は「そうではない」と言う。逆に、いまの政治に関わるものとしての宗教がある。ライシテの語源はギリシャ語のライコス(laikos)で、これは「民衆に関わるもの」を意味する。つまり民衆に関わるものとしての宗教がある、という言い方をするのである。
1905年12月9日公布の政教分離法が、ライシテ(教会と国家の分離の原則)を規定した法律である。これによって国家の宗教的中立性・無宗教性と、信教の自由の保障が図られた。渡辺氏の議論の土台にあるのはこの法である。
その後に二つの立法が続く。2004年の「宗教的標章規制法」により、公立学校の生徒による「顕著な宗教的標章」の着用が禁止された。さらに2010年には公共空間での全面的な覆面ヴェールの着用を禁じる法律が制定されている。セッション中に「ライシテって宗教的シンボルを禁止したものではないか」という確認が入り、渡辺氏が「そうです」と応じたのは、この2004年および2010年の立法を指している。マイキー氏が具体名として挙げたブルカとニカブは、いずれも2010年法の対象である。裏取り済(出典:Wikipedia「政教分離法」「ライシテ」、国立国会図書館調査及び立法考査局『外国の立法』303号)
ここでマイキー氏が、非常に鋭い切り返しを入れた。「それが成り立つ理由は何かというと、宗教を分かっていたからシンボルが分かるわけなんですよ。その時に、日本人にイスラム教やキリスト教のシンボルが分かるかというと、はてなと思うんですけど、どうですか。」
彼はこれを具体例で押した。フランスは当時イスラム教徒をかなり受け入れており、ブルカやニカブといった、女性が顔をベールで覆うものがあった。ああいうものを禁止したわけだが、それはシンボルだと理解できているからこそ成立した措置である。そこに嫌悪感を覚えていた人たちもいた。では、ブルカをかぶっている女性を日本で見かけたとして、日本人はそこに対して無感情ではないか。外国人が来ているとしか思わない。感情的な反発があるからこそライシテという理論が成り立っていたのではないか――というのである。
ライシテは、宗教的シンボルを「シンボルとして認識できる社会」でしか機能しない。禁止という措置は、対象が何を意味するか全員が分かっている場合にのみ意味を持つ。
日本にはその認識基盤がない。だから同じ制度を輸入しても、同じようには働かない。
「これは対話するということが前提だと僕は思っていて、つまり日本人は今は無関心であっても、同じように懸念を感じる時が絶対に来るわけです。」
各地にモスクができる、インド人街や中国人街ができる、日本人が立ち入れない領域ができる。日本人は必ずそこに不快感を持つ。和解する方法があるとすれば、互いに学び尊重するための言語的なコミュニケーション、あるいは言語化が必要になる。そこに準備できるのがライシテなのだ、という意味である。
渡辺氏の整理を彼自身の言葉でたどると、フランスはアフリカ圏に圧倒的に近く、かつ自分たちが植民地化してきた人々からの移民の流入がある。パリの半分がイスラム教徒ということも起こる。そのなかで自分たちのアイデンティティと、外から来た移民との協調性、自分たちの正当性と彼らの正当性をどう合わせて考えるのか、そこでどう共生していくのか。この問題は互いの宗教性を学ぶ以外にない、というところで、自分たちの宗教性は互いにとっても自分たちの政治性においても非常に大事なものである、という考え方をする。だから日本がモデルとするなら、フランス人が自分たちの歴史・民族性・アイデンティティに対して学ぶという、その姿勢と学びなのではないか――と。
渡辺氏はこれを「最も広い意味での社会的合理性、あるいは技術的合理性」と呼び直したうえで、こう締めくくった。「つまり宗教とは、学べ、学ばなきゃいけない、我々の権利なんだということなんです。その学ぶことにおいて、違いであるとか、違った民族あるいは違った宗教の人を目の前にした時に、僕たちが何を言ってあげられるのか。その言葉が彼らにどう響くのかを研究するという視点になるんじゃないか。僕たちはそれがないからこそ、外国人が来たら喋れなくなるんですよ。違った人が来ると思考停止してしまうのは、思考していないからじゃないかなと思いますね。」
ここからマイキー氏が、その日の自分の体験を材料に議論を具体化した。当日の打ち合わせは韓国で行われており、彼は韓国語がそれほど分かるわけではない。英語で話したり、第二・第三言語で話したり、通訳を挟んだりする。だが韓国の人たちは必ず、日本人が自分一人であるという理由で、自分を中心に会話を作り出そうとする。コミュニケーションの輪を作ろうとする。これがものすごく仕事をしやすくしている、というのである。
そして彼は反転させた。「では、日本人の中に一人外国人を入れたらどうなりますか、という話です。その人を中心としたコミュニケーションを取るという配慮が、まずないんですよ。」この非対称に気づくところから変えていかないと始まらない、というのが彼の主張だった。参加者から「では今度の懇親会で、僕がロシア人とかアメリカ人をぶち込んでやりましょうか。絶対起きるから」という応答があり、マイキー氏は「結果として大体起きることは、最終的にみんな、大体英語を喋れる人が話し終わったら、その外国人の人たちは一人ぼっちになってしまうという状態が、必ず懇親会で起きます」と述べている。
もう一つ、彼が挙げたのが在外邦人の振る舞いである。新大久保に行くと韓国人が固まっている、横浜の中華街や池袋には中国人が固まっている、渋谷にはイラン人が集まっている――そういう光景を見て、あまり良く思わなかったり治安が悪いと感じたりする日本人がいる。ところが日本人自身が、アメリカでもイギリスでも中国でも、まったく同じことを堂々とやっている。日本国内で最もやってほしくないコミュニティの塊のようなものを、外国で生々堂々やっている。そしてそこに対しては何の嫌悪感も持たない。
マイキー氏の定義は明確だった。「本当にインターナショナルな人間は何かというと、そこの同じ国民で固まろうという考え方を、そもそも持っていない人たちなんですよ。」そして日本人がやられて嫌なことを日本人がやっている、そこに対話があるかというと、まさになく、相手にしないか、無視するか、文句だけを言うという一方的な発信しかしていない。対話が必要だという状況なのに、いまの政府を見れば分かるとおり「移民はすぐに追い出せ」と言ってしまっている時点で厳しい――という評価である。
渡辺氏はこれを、日本人が自覚していない宗教性の問題として引き取った。彼の言い方はこうである。「そういう非日常のところで見せる姿が、日本人の宗教性と言われるんですよ。」そして彼は具体的な指摘を続けた。アフリカ系アメリカ人(黒人)が世界で二番目に差別を感じるのが日本だという。一番が南アフリカで、二番目が日本である。日本人は彼らに差別意識を自分たちは持っていないにもかかわらず、彼らに差別を与えている。これが日本人の持っている宗教性であり、ただ自覚していないだけだ、と。
渡辺氏が挙げたこの順位について、今回のWebSearchでは出典となる調査を特定できなかった。要確認 該当しうる国際的な人種差別体感調査は複数存在するが、「アフリカ系アメリカ人を対象に、差別を感じる国を順位付けした調査で日本が第2位」という具体的な形の調査を確認できていない。本レポートでは発言としてそのまま記録し、数値の裏づけは各自で確認されたいとするにとどめる。
ただし、渡辺氏の論旨の核は順位そのものではなく、「差別意識を持っていない側が、差別を与えている」という非対称性にある。この構造自体は、直前にマイキー氏が挙げた「在外邦人は固まるが、それを問題だと思っていない」という具体例と一貫しており、順位の当否とは独立に成立する議論である。順位が確認できないことをもって論旨まで棄却しないよう注意されたい。
渡辺氏はさらに、宗教が社会のなかでどこで顕在化するかを整理した。宗教は「貧・病・争」において顕在化する。貧は貧困であり、病はそういった社会的な構造であり、争は戦争構造である。それをどうオルグして共同化・組織化していくかというところで機能してきた歴史的な蓄積がある。それに対して我々は、意見を求められる時に何を拠り所として日本人の意見を言うのか。社会で求められるのは日本人固有の意思決定であるからこそ尊重されるのに、逆に僕たちが意思決定の軸とするものがない。それが日本人の意見が聞かれないということに繋がっているのではないか――という診断である。
そして彼は、国連での発表の際に日本の番になるとみんなが席を立つ、ということが事実であるとすれば、それは「日本人固有の意思がない、意見がない、意思決定が見られない」と受け取られているということであり、そこはリーダーシップの欠如と繋がっている、と述べた。「つまり、自分たちの意見というのは必ずしも大国に対する迎合でしかなくて、しかも何か違った意見があった時にそれを解決する適当な手段は持っていません、という表明でしかない。そう見られるとしたら、これは損失ではないですか。」
前田氏はここまでの議論を受けて、角度を変えた読みを提示した。いまの話は宗教の有無の問題というより、そもそもその上で動かすもの自体が存在していない、つまり自分自身がない状態という捉え方ができるのではないか。だとすれば、経験と知をこれから積み重ねて自分たちを作っていくしかない段階にある、ということになる、と。
渡辺氏はこれに同意し、さらに踏み込んだ。僕たちの倫理感や善悪感は、倫理的なずれから来て、結局は功利主義でしかなくなっている。善悪の問題と直結すると、結局は効率性の問題に振り替えられてしまう。そのように立論の問題を捉えるなら、それは日本人独自の意見にはなり得ない。さらに短期的な思考しか生み出されない。そして決定的な帰結として――「逆に、こちらの答えが向こうに読まれるということなんです。」参加者が「それしかできないですもんね」と応じ、渡辺氏は「これがデメリットじゃないですかと僕は思います」と結んでいる。
この節が本レポートで最も重要な転換点である。宗教教育の話は、ここで初めて「相手に手の内を読まれるかどうか」という交渉技術の問題に着地した。判断基準が効率性しかない相手は、効率で誘導できる。何を差し出せば動くかが計算できてしまう。逆に、効率とは別の軸で意思決定する相手は読めない。読めない相手は交渉で強い。渡辺氏が「損失ではないですか」と言ったのは倫理的な非難ではなく、コストの指摘である。
参加者から「マイキー氏の言う『宗教を学ぶ』とは、歴史を知るとか慣習を知るとかいうことなのか」という問いが出た。マイキー氏の答えは明確だった。信仰するかしないかは自由であり、何を信仰しようが本人の自由。ただし、自分たちの持っている価値観が当たり前だよね、というところからまず外さなければいけない。
例として彼が挙げたのは、インドで左手を使う習慣である。日本人からすればあり得ない、意味が分からない、気持ちが悪い。だがインドでは当たり前である。それを「お前らは汚いから近づくな」と言っている状態は、人としてどうなのか、という話になる。そういう流れがあったのであって、それを否定する権利は自分たちにはない。自分たちの非日常的なもの、自分たちの非常識的なものが、常識として生きている人間もたくさんいる。「日本の常識は世界の非常識」というものを受け入れていますか、という話である。日本人が日本人のやり方でやると言うなら孤立するし、そこにはインクルージョンのかけらもない。
そのうえで彼は結論を置いた。「宗教がどうこうであるという話ではなくて、そういう人たちがどういう歴史を辿ってこうなったのかが分からないと。なんで宗教の勉強って人間の勉強なんですよ。他人の勉強なんですよ。他人の信念の勉強であるわけだから。」
この話の実践編として、マイキー氏は自分の習慣を明かした。ある国に行くときには必ず、その国の宗教にまつわる服を買って街の中を歩く。中東に行くと毎回その国に合わせて買って街を歩いている、と。参加者が「それは嫌がられないのか」と尋ねると、「別に何も言ってこない」という答えだった。「これってこちらからの歩み寄りじゃないですか、ある意味。」参加者の一人が「日本に旅行に来た外国人が着物を着てきちんと着付けしていたら、別に何も思わないのと同じか」と言い換え、マイキー氏が同意している。
「歴史を知るとっかかりは何か」という問いに、渡辺氏はきわめて実用的な答えを返した。映画を見る視点を変えればよい。映画というのは、必ず主人公がイエス・キリストにされているからだ、というのである。
彼の説明はこうだった。たとえば『ダイ・ハード』を見ても分かるとおり、主人公は必ず周りと違う決断をしているはずである。周りがしそうな合理的な判断ではなく、自己犠牲的な判断をしたり、誰かを守る判断をしたりする。これがなかったら映画が成り立たない。だからこそ観たいと思うし、続きが気になるし、成功するかどうか見届けたくなる。これは映画に埋め込まれた法則であり、つまり一つの構造としての宗教なのだ、と。
渡辺氏の提案の実用性は、宗教史の本を読まなくても、すでに大量に消費しているコンテンツの中に構造が入っているという点にある。自己犠牲、受難、復活、赦し、選ばれた者の躊躇――これらは物語の型として世界中で共有されており、その共有こそが前半セッションで語られた「市場が世界化することで宗教的な思考枠組みが世界中で共有された」という話と重なる。映画の構造を読むことは、相手の意思決定の軸を読む訓練になる。
この流れから、マイキー氏が自身の持論を展開した。「そういう考え方で言うと、『鬼滅の刃』が流行った日本は、もう末期だと思っている人です。」
理由はこうである。昔のアニメは、主人公がダメであるところから始まり、ダメだけれどもどんどん成長していくところが美化されていた。自分たちがダメでも、こういう風になりたいなと思わせるアニメが多くあった。『ドラえもん』ののび太、『スラムダンク』の桜木花道。悟空も最初はすごく暴力的で、祖父を叩きまくっていたところから真人間になっていく。ところが炭治郎は最初から真人間なのだ。だから真人間に憧れた時点で終わりだ、というのである。
そして彼はこれを一般化した。「昔のアニメはダメなところや欠点があるからこそ、そこに憧れを持つところがある。それがバグなわけじゃないですか。人ってバグがあるから個性があるんですよ。人のバグイコール個性なんですよ。そのバグがない主人公に憧れるという時点で、すでにやばいんですよね。」彼は、社会学者の宮台真司も同じようなことを言っていたと述べている。
マイキー氏は「宮台さんとかも言っていたんですよね、『鬼滅の刃』が流行って日本は終わったって」と述べた。この点について確認したところ、宮台真司氏が『鬼滅の刃』について論じているのは事実である。「ビデオニュース・ドットコム」などで作品を社会批評として読み解いており、作品中の鬼は設定上もともと人間であるだけでなく「人」のメタファーであり、鬼は根本的に自己中心的な上昇志向を持っている、つまり現代人そのものを表している、という趣旨の分析を行っている。
ただし「『鬼滅の刃』が流行って日本は終わった」という形の断定的な発言そのものは、今回のWebSearchでは確認できなかった。要確認 確認できた範囲では、宮台氏の論調は「終わった」という切り捨てではなく、作品が現代人に何を突きつけているかを問う方向のものである。マイキー氏が引用元として宮台氏を挙げたこと自体は記録するが、引用内容が宮台氏の主張と同一かどうかは確認が取れていない。マイキー氏自身の主張(バグのない主人公への憧れは危険信号である)と、宮台氏の主張は分けて扱うべきである。(出典:note「【宮台真司】『鬼滅の刃』が現代人に問うこと」、NewsPicks、CiNii Research 収録の宮台論考)
この持論には参加者から反論が出た。『呪術廻戦』はまったく別ではないか、『チェンソーマン』のデンジは真人間ではないのか、と。マイキー氏は『呪術廻戦』は見ていないと答え、『チェンソーマン』については「ペットを殺されて、そいつを尊重しようという、わけの分からない価値観を持っている」と評しつつ、参加者から「仲間が殺されても一日寝たら治るというシーンもある」「それは最初のほうだけで、途中からは違う」といった応酬があった。結論は出ておらず、マイキー氏は「鬼滅だけは本当にやめてほしかった」と繰り返している。
彼が対置したのは『スター・ウォーズ』エピソード3である。アナキン・スカイウォーカーがダークサイドに落ちる過程――嫉妬心や妬みといったものが全部悪の玉として出来上がっていき、最終的にダース・ベイダーになる。「あれこそまさに人間だよな。だからみんなダース・ベイダーになるのに、なれないんだ。」参加者からは「アメリカ的にはヒーローズ・ジャーニーという意味で、スター・ウォーズがその完璧なストーリーだった」という補足があり、渡辺氏は「ニュー・ホープから『帝国の逆襲』を見た後にエピソード3を見ると、ジョージ・ルーカスがしっかり作っているのが分かって面白い」と応じた。
この一連のやり取りは雑談に見えるが、実は PART 7 の主題と一直線につながっている。主人公がどういう決断をする物語に人が憧れるかは、その社会が何を正当と見なしているかの指標になる。渡辺氏が「映画も一つの構造としての宗教なんですよ」と言ったのは、この意味である。マイキー氏が『鬼滅の刃』の流行に危機感を持ったのは、作品の質の問題としてではなく、欠点のない主人公が求められる社会は、逸脱を許さない社会であるという読みからだった。
渡辺氏の総括に対し、参加者の一人(小笠氏)から重要な異論が入った。「私はそもそも、日本ってインクルージョンができた国だったと思っているんですよ。」
根拠として挙げられたのは、まず古代である。神武天皇の頃の話で言えば、イスラムから入ってきているのは間違いなく、遺跡も出ている。日本で神輿を担ぐときに「わっしょい」と言うが、あれはイスラムで「神が来た」という言葉になっている――という指摘である。そして、日本は神道があった後に仏教が入ってきて仏教とも融合し、さらにその前も含めて融合してきた国だった。
「わっしょい」の語源をヘブライ語やアラビア語に求める説は、日本語圏でしばしば流通している。ただしこれは言語学的に確立した学説ではなく、いわゆる日ユ同祖論などの周辺で語られてきた仮説の系統に属する。今回のWebSearchでは、この語源説を支持する言語学上の一次的根拠を確認できなかった。要確認
本レポートでは発言としてそのまま記録し、Claude側から真偽の断定は行わない。ただし読者への注意として、この種の語源説は検証が困難であり、議論の根拠として用いる際は慎重を要する旨を明記しておく。なお、小笠氏の論旨の中心は語源ではなく「日本は異質なものを融合してきた国である」という点にあり、神道と仏教の習合(神仏習合)という、より堅い事実がその論旨を支えている。
小笠氏の主張の核は、次の一点にある。もともとはあった。だが戦後、宗教を学ぶ機会がなくなってしまった。後藤新平の時代には、そういう考えを持つ人が多かったはずである。そういう人々がいなくなってしまったので、我々はいま非常に浅い文化を持ってしまっている。彼はさらに、戦後に良い先生がパージされてしまい、どちらかというと左翼的な人々が増えてしまった、その中で我々が勉強を教わってきた、と述べた。そして帰結として、疑問を持たなくなり、深みがなくなり、プレゼンテーションができなくなり、世界と戦えなくなった。
この回には、日本の宗教的空白について二つの異なる診断が並んでいる。マイキー氏と渡辺氏の診断は「もともとない」に近い。日本は独自の発展を遂げてきたので、宗教と金融を結びつける発想がそもそも育たなかった、という構造論である。小笠氏の診断は「あったが失われた」である。融合の伝統は古代からあり、後藤新平の世代までは生きていたが、戦後の教育で切断された、という断絶論である。
この違いは処方箋の違いに直結する。構造論に立てば、宗教教育をゼロから制度に組み込むという話になる(実際マイキー氏は「義務教育に取り入れてもいいのではないか」と述べている)。断絶論に立てば、失われた回路を復元するという話になる。この回では両者のどちらが正しいかは決着していない。ただし、両者とも「いま日本人は世界と同じ土俵で意思決定の軸を語れない」という現状認識では一致している。
なお、重商主義の講義が終わり議論が宗教へ移る直前に、次回以降のテーマ候補が一つ挙げられている。AIをめぐる危機感である。いま起きている現象がバブルかどうかは別として、AIの今後の展開がもしかすると人間性の否定につながるのではないか、武器が勝手に動き出すのではないか、ロボットが人間を支配し出すのではないか――そういった心配が一方にあるなかで、文明として、また人間として非常に危機感を感じている、という提起だった。
そのうえで、技術の発達自体は重要であり、特に日本は自動運転のようなものを可及的速やかに導入しなければならない国であることも事実だ、と述べられている。技術の進展によって日本が逆に繁栄していくことは十分にあり得る。EVについても、バッテリーの原料をいまは日本で調達できないが、それができるようになるかもしれない。そうしたものが次のテーマとしては面白いポイントではないか、という締め方だった。この提起はこの回では展開されず、宿題として残っている。