この日の勉強会は、マイキー氏が直前まで行っていた事業面談の話から始まった。70本のうち20本が「殺そうかと思った」レベルで、しかもそれを作ってくるのが50代・60代の大手企業出身者だという。会の終盤、その診断結果が「型と型破り」という学習論に接続される。オリジナリティを出そうとする前に、まず丸パクリできる能力を作れ、という話である。
マイキー氏の第一声は穏やかではなかった。「70本ぐらい事業面談したんですけど、20本ぐらいはあの、殺そうかなと思いましたね」。それも「もうむちゃくちゃすぎて、俺が間違ってるのかなと思ってくるぐらいやばい」。冗談まじりに「マイキークラブの皆さんごめんなさい、俺、嘘教えてたかもしれないです」「世界の流れは今こっちでした」とまで言っている。
特に強調されたのは年齢層だった。「それがまだ20代とかが作ってくるモデルだったら俺、分かるんですよ。あの、50代、60代がそれを作ってくるってどういうことだよって。お前ら今まであの大手会社で何をやってきたんだっていうレベルで」。名指しされた一例が、大手自動車部品サプライヤーであるマグナ・インターナショナルの日本側でエンジニアリングの部門長を務めているという人物の相談だった。「キャリアは優秀なんですけど、頭が悪すぎて、泣かす手前までやってやりました」。
この診断は、会の終盤で学習設計の問題として再定義される。マイキー氏が持ち出したのが「型」の議論だった。「ほとんどの人は多分、型破りと型無しの違いが区別ついてないんです。型無しのくせに型破りをやろうとしている。型無しは型破りできないんですよ、型がないから」。型破りはものすごい達人ができることなのに、ほとんどの人が「オリジナリティとは何か」から入って型破りをやろうとしている。「私たちはもうすでに名人ですよ、と言っている。こっちからするとバカって話なんですよ。できねえから言ってんのに」。
ではどうするか。答えはTTP(徹底的にパクる)である。合宿でマイキー氏の資料をそのまま使えと言われたのに、誰もそのままやらず全員が歪ませてしまい、前田氏が激怒したという逸話が紹介された。「オリジナル性なんて後々つければいいので、まずパクる能力から。徹底的にパクる能力から」。良い資料を作る人の資料をそのまま真似して作ってみれば、それが型になる。プレゼンテーションも同じで、上手い人のプレゼンを一回一回丸パクリしてみる。「それだけで改善するんですよ」。
この日、その前段として置かれていたのが「沈黙は敵意である」という議論だった。Zoomで喋らない参加者について、マイキー氏は「全員マナー違反だと思って見てます」と述べた。渡辺氏がこれをコストの非対称性という枠組みで整理する。場を作る側は発言の場を用意し、気を使ってコストを払っている。それに対して受け手が何も返さないのは、コストの対称性が成立していない状態だ、と。そして「日本人は沈黙が従順」だが、他の文化圏では沈黙は敵意として受け取られる。
この回の三つの話題――事業面談70本、沈黙のコスト、TTPと型――は、すべて同じ構造をしている。「自分が何を出すか」ではなく「場に対して何を返すか」を設計できているかという問いである。事業計画が通らないのは、市場に対して何を返すのかが設計されていないから。会議で喋らないのは、場に対して何を返すのかが設計されていないから。オリジナリティを出せないのは、型という返し方の語彙を持っていないから。マイキー氏の処方箋は一貫して「まず借りろ」であり、独自性はそのあとにしか置けない。
会の冒頭、参加者からの「それを本当にやるんですか」「画期的なんですね、いろんな意味で」という言葉で始まっている。マイキー氏が事業相談者に「殺される覚悟で来てくださいと話をずっとしていた」「そのビジネスモデルで何を考えてるんですかというので、ずっと詰めていた」という文脈である。
数字が出る。70本の事業面談のうち、20本ほどが「殺そうかな」と思うレベル。参加者から「70で20ということは、あんまり(多く)ないですね」という反応が出たが、マイキー氏は「いや、もうね、もうむちゃくちゃすぎて、俺が間違ってんのかなと思ってくるぐらいやばいのよ」と応じた。「あ、もしかして俺の方がおかしいみたいな。俺がおかしいかもって錯覚してきて途中で」。
具体例として挙げられたのが、海外の部品メーカーのサプライチェーンであるマグナの、日本の自動車サプライチェーン担当エンジニアリング部門長だという人物の相談だった。自分で事業をやるという相談で来たが、マイキー氏の評価は厳しい。「キャリアは優秀なんですけど、頭が悪すぎて」「結果として言ったのは、全部その事業をやるのやめてください」。そして「万が一やるんだったらうちで教えてあげますけど、ぶち殺しに行くんで、それでよければどうぞ」。
マイキー氏が繰り返し口にしたのは、そのレベルに対する驚きだった。「マグナの部長がこのレベルかと思って」「マイキークラブの人って優秀なんだなって思いました、僕、みんな全員」。
発言との食い違い会話の中で参加者が「日本の会社ですよね、これ」と確認し、そのまま話が進んでいるが、マグナ・インターナショナル(Magna International Inc.)はカナダ・オンタリオ州オーロラに本社を置く企業である。北米で純正部品売上高最大の自動車部品メーカーであり、2001年以来20年連続でフォーチュン・グローバル500に名を連ねている。2023年の売上高は約428億ドル、27カ国に342の製造拠点と91の製品開発・エンジニアリング・販売拠点を持ち、従業員は約15.8万人。
ただし日本にも現地法人・拠点があるため、「日本の自動車サプライチェーンを担当するエンジニアリング部門長」という文脈自体は成立する。マイキー氏自身は「海外の部品メーカーのサプライチェーンのマグナ」と正しく述べており、混乱は参加者側の確認発言に由来する。
もう一件、どこかの大学で非常勤講師をしている人物の相談も挙げられた。こちらも「泡吹くんじゃねえかなという状態になって突き返した」うえで、「そういう方は大学とかで喋るのはやめてください、学生に失礼です」と伝えたという。
この一連の話は、マイキー氏の自嘲で締められる。「俺はマジで嘘を教えてんだと思ったんですよ。偉そうなこと言ってたけども」「ここまで統一化されてこれだけやばいと、俺、もしかしたらマイキークラブの人たち全員に土下座して謝罪しなきゃいけないのかなと思ってきた」。冗談の形をとってはいるが、「これが日本の常識なのか」という驚きが、この回の学習論の出発点になっている。
マイキー氏が唐突に「じゃあ僕のマナー言っていいですか」と切り出した。「Zoomで喋らないやつ、全員マナー違反だと思って見てます」。参加者から「確かに国際レベルではそうですね」という反応が出て、議論が広がる。
マイキー氏の根拠は経験だった。「本当、海外の大学で意見を言わなかったら、教授は本当に怒りますよ。普通に『お前たち何しに来てるんだ』と本当に怒ります」。だから少しでも何か発言しようという意識でみんな来ている。
渡辺氏がこれを文化論として整理する。「逆になんか発言しないっていうことが、別にできる・できないことじゃなくて、海外ではですよ、それは自分の意思、敵意をぶつけることなんですよ。沈黙なんです」。日本人は沈黙が従順であり、「良かれと思って何も言わない」「間違いを出してこの場を乱したくない」と考える。これは全員そうなのだが、他の文化圏では沈黙は敵である。「ということを日本人は知らないかな、というところがありますね」。
渡辺氏がさらに踏み込んだのが、この議論の中核になるコストの非対称性という枠組みである。
「その人に対して発言の場合は気を使って、そこに場を作って、それをコストを払っている。その人が発言するとか、場を良くするとか、アイデアをもっとブラッシュアップするというコストに見合ったこと。非対称性の中にいるという見方をされますよね」
比喩として渡辺氏が挙げたのはデートだった。女性はものすごくコストを支払ってくる。服を整え、化粧をし、いろんなことにコストを支払ってきているのに、「その格好は何」と言われることがある。「コストってちゃんとお互いに正しいものを支払わないと、場が成立しないということなんです」。言葉に出されなくても、コストの不均衡は相手に認識されている。
マイキー氏はこれを実務で徹底しているという。「打ち合わせとかしている時に、喋んないやつだなと思ってやってますもん、いつも。意味ないじゃないですか、そこの議論に参加しなければ」。さらに「打ち合わせをホテルでしなきゃいけなかった時があって、向こうがぞろぞろ人を連れてきて、今日来ていただいたんでというので僕が支払いますと話したんですけど、僕は喋らないやつには払わなかった」。「なんでいる意味ない? 生産性なので。ただお茶飲んで帰ろうとしてか分かんないですよ。来てんだったらなんか役に立てよって話なんです」。
この議論の実務的な含意は明快である。講義でも事業相談でも、「はいはいはい」と聞いているよりも、ちゃんと意見を出したほうがいい。「講義とかもせっかくやってんだったらね」。受け身であることは中立ではなく、コストの不払いとして評価される。
要確認渡辺氏の指摘は、異文化コミュニケーション研究で長く扱われてきた論点と重なる。エドワード・T・ホールが1976年の『Beyond Culture』で提示したハイコンテクスト/ローコンテクストの区分では、日本のようなハイコンテクスト文化は明示的な言語化を必要とせず、沈黙や間が意味を持つ。一方、ローコンテクスト文化では言語化されないものは存在しないものとして扱われるため、沈黙は「同意」ではなく「不参加」ないし「不同意」として解釈されやすい。
ビジネスの場での評価に直結する点として、欧米型の会議文化では発言量が貢献度の代理指標として機能しやすいことが指摘されている。ただし本補足で挙げた文献との対応はClaudeによる接続であり、渡辺氏が特定の理論を参照して述べたわけではない。
マイキー氏がこの日の学習論の中心に置いたのがTTP(徹底的にパクる)である。ただしその中身は「盗め」という乱暴な話ではなく、三段階の使い分けだった。
| レベル | 内容 | この日の議論での位置づけ |
|---|---|---|
| 模法 | やり方・手順をそのまま持ってくる | 「模法できるところは模法して」――最も基礎。手順の丸写し |
| 模倣 | 形をそっくり真似る(丸パクリ) | 「まずパクる能力から」――型を身体に入れる段階 |
| 模範 | 優れたものを基準として据える | 「模範するところは模範する」――何を基準にするかの選定 |
マイキー氏の指摘は、この三つをちゃんと分けたうえでビジネスを作らないと、というものである。そして「試験(視野)を広げて、いろんな海外の事例を引っ張り出してきて」――模倣の対象を国内に限定しないことも条件になる。
具体的なエピソードとして紹介されたのが、合宿での一件だった。マイキー氏の資料を「そのままやれ」と言われたのに、誰も丸パクリしなかった。「なんかみんな歪ませてきた」。前田氏が激怒したのはこの点である――「マイキーさん、そのままやれって言ったよね」。
参加者たちは指示されたにもかかわらず、自分なりの改変を加えてしまった。マイキー氏の診断では、これが「型無しのくせに型破りをやろうとしている」状態そのものである。オリジナリティを出したい欲求が、型を身体に入れる工程を飛ばさせる。しかし「オリジナル性なんて後々つければいい」。まずパクる能力を作らなければ、外すべき型が存在しない。
マイキー氏が提案した具体的な演習は二つある。ひとつは資料。「マイキークラブのアウトプットのレポートがあって、いい資料を作る人がいるから、その人が作った資料をそのままパクって作ってみろ。それが型になるから、必ず」。もうひとつはプレゼンテーション。上手い人のプレゼンを「一回一回丸パクリしてみろ」。「それだけで改善するんですよ」。
前田氏はこれに乗り、「実はそれがすごくいいんじゃないかという風に僕は思っている」「どっかでそういうのをちょっと作ってもいいのかも。型だけやるみたいな」と応じた。そして「型だけやって、あと外しに行くというね。もうちょっとその人のキャラクターによって外しに行くという作業をすれば、それだけでもいいのかもしれない」――型 → 外しという順序が明確に確認された。
誰の何を基準にするかを決める。この日の例では「いい資料を作る人の資料」「上手い人のプレゼン」。選定の質がその後すべてを規定するため、視野は国内に限定しない。
改変を一切加えず、丸ごと再現する。ここで自分の色を出そうとする衝動を抑えられるかが分岐点。合宿で全員が歪ませてしまったのがこの段階。
再現できるようになった時点で、初めて「型を持っている」状態になる。ここまでは独自性はゼロでよい。
前田氏の言う「型だけやって、あと外しに行く」段階。外せる位置が分かるのは、型を持っている人だけである。
要確認「型があるから型破り、型がなければ型無し」という言い回しは、十八代目中村勘三郎(当時の中村勘九郎)の言葉として広く引用されている。原型はラジオ番組で無着成恭が視聴者の質問に答えた内容だとする説明が流布しているが、一次資料の特定はできなかったため、出典としての引用は避けるべきである。
より確実な系譜としては、日本の伝統芸能・武道における守破離がある。「守」=師の型を忠実に守る、「破」=型を破り自分なりの工夫を加える、「離」=型から離れて独自の境地に至る、という三段階で、千利休に帰される道歌「規矩作法 守り尽くして破るとも 離るるとても本を忘るな」がしばしば引用される。この日にマイキー氏と前田氏が確認した「型 → 外し」の順序は、守破離の「守」「破」に正確に対応している。
マイキー氏がこの日いちばん熱を入れて勧めたのが、この比較だった。「マイケル・ジョーダンとコービー・ブライアントを見てください。気持ち悪いぐらい一緒ですよ。動き全部」「シュートする一つまで同じですからね」。英語で両者の名前を入れて比較プレイの動画を見てほしい、と。
そして逸話が続く。コービーはデビューした頃、ジョーダンとマッチアップした際に試合中に話しかけていた。「真似したいんだけど教えてくれ」と、試合中に。さらに練習は1日2〜3時間しか寝ずに全部練習に費やし、深夜3時や4時にジョーダンに電話してプレイのやり方を教えろと言う。チームメイトでもなく、レイカーズとブルズという別チームだったにもかかわらず。「めっちゃ切られてた」「ずっと嫌われてた」。それでも電話し続けた。「結果コービーがそれで何をしたのか」――記録を塗り替えた。
「中国のCEOの人ってすごいじゃないですか。自分がこの人の真似をすると言ったら、歩幅とかいうタイミングでトーンとか全部真似るじゃないですか。そこから始めるじゃないですか」。参加者から「シャオミの社長とか、スティーブ・ジョブズのパクり方が半端ないですもんね」という指摘が出て、マイキー氏が同意する。「本人が完全に無法(=模倣の完成形)になるまで、もう徹底的にやる。歩幅から、喋ってる秒数とか声の高さとか、全部調べてた」。
マイキー氏はさらに製造レベルの模倣を挙げた。「生産方法だってテスラをパクってるじゃないですか。車を作ってるのにギガプレスを買っちまえと言って買っちゃってるんで、あそこまで行かれてるんですよね。やっぱりシャオミとかは」。そして「SU7を見たら、もうパクリのすごさが分かりますよね。EV社がどれだけパクってるのか」。
時系列の話も出た。「20年前とかの上海モーターショーに行った時の中国と韓国のパクり方はやばかったですもん。え、丸パクりじゃん、これって。それが今、かなりオリジナルデザインが出てきて、かっこいいのが出てきている」。同じ現象がアニメでも起きている。「最近、韓国のアニメ界が強いんですよ。ドラゴンボールのパクリとかドラえもんのパクリとかめっちゃありましたから」。ゲーム業界も同様で、中国は日本のゲームをほぼパクっていたところから、今は日本より凄いゲームを作るようになっている。
丸パクリ期 → オリジナルデザイン期という移行が、シャオミ(ジョブズの模倣からSU7へ)、中国・韓国の工業デザイン(上海モーターショーの丸パクリから独自デザインへ)、韓国アニメ、中国ゲームで同じ形で反復している。マイキー氏の主張は「模倣が悪いことではない」ではなく、「模倣は独自性に至る必須の前工程である」という順序の主張である。この順序を飛ばすと、合宿での参加者たちのように「歪んだだけのもの」しか出てこない。
要確認コービーとジョーダン:コービー・ブライアントがマイケル・ジョーダンから直接助言を求め、深夜・早朝に連絡を取っていたことは本人および関係者が繰り返し語ってきた有名な逸話である。ただし「1日2〜3時間しか寝ない」「深夜3〜4時に電話」といった具体的な数字は語り手によって幅があり、確定的な一次資料は特定できなかった。両者のプレイの類似性については、比較映像が多数公開されており、コービー自身がジョーダンを研究対象としていたことを公言している。
裏取り済ギガプレス:テスラが車体後部構造を一体成形する大型ダイカスト機(イタリアIDRA社製、通称ギガプレス)を導入し、部品点数と工程を大幅に削減したことは広く知られている。中国のEVメーカーが同様の大型一体成形(ギガキャスティング)を採用していることも各社の発表で確認できる。
要確認シャオミSU7:外観がポルシェ・タイカンに類似しているという指摘は多数の媒体で報じられている。ただし「歩幅・秒数・声の高さまで調べた」という雷軍のプレゼン研究の詳細については、裏取りできる資料を見つけられなかった。逸話として扱うべきである。
模倣の議論と並行して、マイキー氏はもうひとつの軸を示した。「これをプレゼンテーションで売りますと言ったら、もう嫌われ前提で行くぐらいの感覚でプレゼンもしなければいけないし、商品にエッジをかけさせなければいけない」。それがまさに話題性を生む。
例として挙がったのが芸術家たちである。「バンクシーだって犯罪行為なわけなんですよね」「完全にどう考えても犯罪行為なんですよ。バスキアとかも含めて。でも今むちゃくちゃ評価されて、芸術で勝っていますみたいなことが起きている」。草間彌生の名も挙がった。スポーツでは「マラドーナとかもそうじゃないですか。最後に一発ハンドをかましやがって、イングランドに勝った時とか。今の現代でやったら退場ですから。でも結果、ワールドカップで優勝して世界の英雄になっちゃってる」。
そしてApple Watchである。「Apple Watchってすごくいいじゃないですか。でもAppleがやっていることを見てくださいって話なんですよ、ビジネスで。あいつら道徳も何もないことをやってApple Watchを売ってるわけなんですよ。訴訟の数だけで600件とか700件ある」。参加者が「それは訴訟されますよね、あんなやり方をすれば」と応じ、マイキー氏が「でも結果、勝ったじゃないですか。結果そんなことは気にせずにみんなApple Watchを使ってるんですよ」と締めた。
要確認「訴訟の数だけで600件とか700件」という数値は裏取りできなかった。確認できるのは以下の範囲である。医療機器メーカーのMasimoは過去6年間に複数の裁判所でAppleを提訴し、25件以上の特許を主張してきた。2020年には血中酸素濃度・心拍測定技術に関する10件の特許侵害で提訴、ITCへの提訴を経て2023年末に一部モデルの販売差止に至った経緯がある。2023年の10億ドル規模の訴訟は無効審理(ミストライアル)に終わった。この勉強会の約2週間後の2025年11月15日、米連邦地裁の陪審はAppleに6億3,400万ドルの支払いを命じる評決を出している。また心電図技術に関してはAliveCorが2021年に反トラスト訴訟を提起している。
いずれにせよ「600〜700件」という規模の根拠は特定できず、この数値の引用は避けるべきである。ただし「訴訟を抱えながらも製品としては勝った」という構図自体は、Masimo案件の経緯によって裏づけられる。
前田氏が「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)がしっかりと築けていないところにも問題があるのかな」と述べ、「トレードオフが必ず生じるにもかかわらず、全部きれいなところから入ると、その部分は全部見過ごしていることになる」と続けた。さらに「リスクを取らないということがリスクだ、ということが(日本では)想定にならないんだろうな」「想像性が欠けてきているような感じには個人的に感じている」と診断した。
これを受けてマイキー氏が述べたのが、この回で最も自己言及的な一節である。
「僕はどっちかというと、そういうのはどうでもいいと思ったから――ビジネスを本気でやるんだったら僕もそこまで振り切っちゃう人間なので、ビジネスをやらないです。マジで徹底的にやっちゃうんで」
「万が一、僕が本当にお金を稼ぐと、最大化してくださいと言われたら、徹底的に言ってしまうと、ライバル企業に嫌がらせもめっちゃしまくりますし、相手が嫌がるようなことをやりまくってもいいから勝つという方向性に行くので。だから僕はビジネスはしないというのはそういうのもあります」
「やるんだったら徹底的にやりますけど」「本当に勝つんだったら、そこまで持っていかないと」
この発言は、単なる過激さの表明ではなく自己制御の設計として読むべきものである。自分が振り切ったときに何をするかを自覚しているからこそ、その領域に入らないという選択をしている。逆に言えば、「どこまで振り切るか」は個人が事前に設定するパラメータであり、状況に流されて決まるものではない、という主張になる。
マイキー氏はこの点を、日本企業への提言としても述べている。「日本自体の会社とかも、別に中国でやれとは思わないですよ、僕も。なんですけど、もうちょっと振り切れる場所があるんじゃないかなっていつも見てます」。ルールを破れという話ではなく、ルールの内側にまだ使っていない振り幅が残っている、という指摘である。
嫌われる前提でプレゼンする。商品にエッジをかける。ライバルの事例を国内外問わず徹底的に集める。丸パクリを恥じない。会議で必ず発言する。深夜3時でも教えを乞う。
いずれも法や倫理を破る行為ではなく、「体面」や「気まずさ」というコストを払う覚悟の話である点が共通している。
「嫌われ前提でエッジをかける」という戦略は、話題性と評判リスクのトレードオフの上にある。バンクシーやバスキアが挙げられたが、これは生存者バイアスの典型例でもある――同じことをして評価されなかった事例は記録に残らない。
また、模倣の推奨は当然ながら著作権・意匠権・特許権の範囲内で行われる必要がある。この日の議論では「型を学ぶための丸パクリ演習」(練習)と「製品としての模倣」(市場行為)が同じ語彙で語られているが、法的な扱いは全く異なる。
会の終盤、マイキー氏は「今日話すのを忘れてた」として、次回に持ち越すテーマを明示した。「ビジネスのところで、模倣するタイミングとイノベーションのタイミングって違いますよ、という話をしようとしていた」。この日は「毎回話が盛り上がって」時間が尽きたため、次回に回された。
この予告は重要である。この日の議論はほぼ全編が「模倣せよ」という方向だったが、模倣が有効なタイミングと、そこから抜けるべきタイミングは別だという留保がついたことになる。型 → 外しの「外し」を、個人の学習ではなく事業のフェーズ論として扱うのが次回の主題になる。
問題のある事業計画は一社だけではなかったのか。(参加者)
今のところ70本ぐらい事業面談をしたが、20本ぐらいは根本から見直しが必要なレベルだった。(マイキー氏)
これはマグナ・インターナショナルの話か。(参加者)
そう。マグナの部門長が自分で事業をやるからという相談で来た。有名な会社で、日本の自動車サプライチェーンでエンジニアリングの部門長をやっているらしい。(マイキー氏)
※ マグナ・インターナショナルはカナダ本社の企業。PART 0のClaude補足を参照。
泣かせる手前まで詰めたということだが、それでもまだいいのでは。(参加者)
まだ泣く感情を持っているだけまだいい、という見方はできる。結果として伝えたのは「全部その事業をやるのをやめてください」。万が一やるのであればこちらで教えるが、徹底的に詰めることになる。(マイキー氏)
Zoomで発言しないことをどう評価するか。(マイキー氏が自ら提起)
Zoomで喋らない人は全員マナー違反だと思って見ている。議論に参加しなければ意味がない。(マイキー氏)/海外では沈黙は敵意として受け取られる。日本人は沈黙が従順だと思っているが、他の文化圏では違う。場を作る側が払ったコストに対して、参加者がコストを返さない非対称性として見られる。(渡辺氏)
プレゼンテーションの丸パクリ演習をみんなにやらせるのはどうか。(マイキー氏 → 前田氏)
実はそれがすごくいいと思っている。どこかでそういうのを作ってもいい。型だけをやって、あとは外しに行く。その人のキャラクターによって外しに行くという作業をすれば、それだけでもいいのかもしれない。(前田氏)