四半期決算を廃止すべきかという米国の議論から、プライム市場の追加開示、TCFD、そしてGHGプロトコルの排出量計算へ。開示を増やせば透明性が上がるという前提を、一つずつ疑っていった議論の記録。冒頭のオラクル・ブロードコム相場雑談も、実は同じ「期待値と実績のズレ」という主題の入り口になっている。
この回の冒頭30分は相場雑談だった。オラクルがついに来た、ブロードコムも来た、ソフトバンクグループが提携から外れたにもかかわらず9%上がった——並んだ銘柄名だけを見れば、よくある近況報告に見える。しかしこの雑談の中心にあった論点は「株はもう実績より期待値のほうがでかい」という一言で、これはこの日の本題である開示制度の議論と地続きになっている。市場が反応しているのは開示された数字そのものではなく、その数字が引き起こす期待だからだ。
本題の一つ目は四半期開示である。米国で四半期報告を見直そうという議論が起きているが、これをどう見るか。小賀氏はケースバイケースとしつつ、かつて日本のリテーラーが月次売上まで出していた例を挙げ、「あれはヘッジファンドのためにやっているようなもので、議論として意味がない」と断じた。マイキー氏は制度側から整理し、開示頻度を落とすと資本コストが上昇し、ビッドアスクのスプレッドが拡大するという理論モデルがある、と応じている。情報の非対称性が生まれ、リスクプレミアムが上がり、取引が減少するという因果である。
ただしそこで話は反転する。開示すれば透明性が上がるとは限らない。日本の中期経営計画は3年計画の数字をローリングしているだけで意味がない。プライム市場改革でさらに開示が求められれば、最低でも人を1〜2人増やさなければならない。そして当初の市場改革自体が本質的な改革につながっていない——という現場からの実感が並べられた。
二つ目が、この回で最も具体的な批判が集中したTCFDとGHGプロトコルである。マイキー氏の主張は明快だった。スコープ3のところは全くコントロールできず、情報が流れてこない。第1次データではない状態でデータが統合されている。自分と直接の取引先が守っていても、その先が守っていなければ意味がない。脱炭素を掲げて化石燃料事業を売却しても、買った側は掘り続けるのだから、責任逃れを金で売り払っているだけである。結果として何の解決もしていない。この状態を解決するには、スコープ3以降まで把握できるDX・IT化を進めるしかない——つまり脱炭素会計はDXの問題である、というのが結論だった。
開示の量を増やしても、データの質と連結が伴わなければ透明性は生まれない。むしろ形式だけが整い、コンサルティング会社が「都合のいい数字の作り方」を教え、それが世界中に配られる。四半期開示も脱炭素会計も、問われているのは頻度や項目数ではなくデータがどこから来ているかである。
勉強会の開始前、参加者間で交わされた相場の話から入る。この日の口火を切ったのは、オラクルがついに来た、という話題だった。1年ほど保有していた人たちは2倍程度になったという報告が共有されている。ただしマイキー氏は、レポートを見る限りオラクルのビジネスモデルの核心の部分にはまだ評価が向いていないのではないか、という留保を付けた。「ブロードコムとかへの期待値と同じ」という見方である。ブロードコムについても、今回の決算からは一部で異常な評価のされ方をしているように見える、NVIDIAを今度は上回るのではないかという見方があるが当分ないと思う、という評価だった。そもそもオラクルもブロードコムも「何でも屋」であり、通信機器なども抱えているのでポイントが違う、と。
ソフトバンクグループについても言及があった。オラクルとOpenAIの提携からある程度話が外されたにもかかわらず9%上昇した。「これも期待値ですよね」というやりとりから、「株はもう実績より期待値のほうがでかいというのがよく分かった」という総括が出ている。
オラクル:2025年9月9日に発表された2026年度第1四半期決算を受け、翌9月10日に株価が約36%上昇した。1992年以来の最大の上昇率で、時価総額は1日で約2,440億ドル増えている。市場が反応したのはRPO(残存履行義務=受注残)で、4,550億ドル・前年比+359%。市場予想が約1,800億ドルだったため、予想の2.5倍という規模だった。クラウド関連のRPOは前年の83%増に続いて「ほぼ500%」の伸びを示し、経営陣は近い将来5,000億ドル超えもあり得ると示唆した。背景にはOpenAIとの5年3,000億ドル規模のクラウド契約を含む複数の大型案件がある。
ブロードコム:2025年9月4日発表の第3四半期は売上高160億ドル(前年比+22%、市場予想158億ドルを上回る)、AI半導体売上は52億ドルで前年比+63%。決算説明会で「100億ドル超のコミットメントを持つ第4のXPU顧客」の存在が明かされ、翌日株価は9.4%上昇した。当時この顧客はOpenAIだと広く推測されたが、10月に同社チップ部門トップが「OpenAIではない」と明確に否定している。ブロードコムとOpenAIは別途、2026年後半からのカスタムチップ展開で提携を発表した。
この回の「オラクルもブロードコムも期待値で買われている」という評価は、RPOという将来の受注残と、まだ名前も明かされない顧客からのコミットメントに市場が反応したという事実関係と整合的である。
雑談のなかで、参加者間で「予想通り伸びてこない」と評されたのがキーエンスだった。「利益率だけ高くて伸びない会社だろう」という以前からの見立てが当たった、という文脈である。マイキー氏はその理由を、キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)に求めた。「CCCが終わっているので伸びがない」「自らそれを悪くするように設計してしまっている」と。ただし同時に「そうやって受注しているのも事実」とも述べており、意図的な選択であることは認めている。
「利益率だけ高くて伸びない」という評価は、公開されている決算数値とは食い違う。キーエンスの2025年3月期は売上高1兆591億円で前年同期比+9.5%、営業利益5,497億円で+11.1%。売上・利益ともに二桁近い成長を記録している。営業利益率は約51.9%、売上総利益率は83.8%、自己資本比率は約95%で、現金等は4,517億円である。
ただし、この回の発言が「同業他社やAI関連銘柄と比べたときの株価パフォーマンス」あるいは「時価総額の伸び」を指していた可能性はある。実際、2025年当時のキーエンス株はAI関連銘柄の急騰に取り残される場面があった。「事業の伸び」と「株価の伸び」を分けて確認する必要がある——発言をそのまま事業成長の評価として受け取るのは危険である。
なお「CCCが終わっている」という指摘について、キーエンスのCCCの具体的な数値は今回の調査では確認できなかった。要確認 一般論として、直販・短納期・当日出荷を強みとするビジネスモデルは在庫回転が速い一方、法人向け掛売りが中心であれば売上債権回転日数は長くなる。指標の内訳(棚卸資産・売上債権・仕入債務)まで分解しないと評価できない論点である。
関連して、建設関連や工務店ではCCCを変えるだけでキャッシュが大きく貯まる、という実務的な指摘があった。年商8億・10億以上ある会社でも、最終的に手元に残るのが1,200万円というケースが平気であるという。中国や東南アジアの不動産の建て方は、ある意味で理にかなっているが、資金が集まらなかったときに大変なことになる——その究極形が恒大集団やその周辺だ、という整理である。成長速度を早めることとCCCを健全に保つことのどちらを取るか、というトレードオフとして提示された。
この回で明確に否定されたのが、自己資本比率の高さを倒産しにくさの根拠にする議論である。「自己資本比率の意味が本当に分かっているのか」「理論的に説明できないだろう」と。前田氏からは、調達を前提に考えていないから規模自体が小さくなってしまうのではないか、という補足があった。倒産は損益ではなく資金繰りで起きる以上、ストックの比率よりもフローとファイナンス能力を見るべきだ、という論旨である。
相場の続きとして、コールオプションの視点からの分析が語られた。NVIDIA自体の株価が伸びにくくなっているのは時価総額が大きすぎてプライスインパクトが小さいためであり、テスラも同様に時価総額が大きくなりすぎて今後のインパクトは限定的だ、という見方である。そのうえで注目先として挙げられたのが、半導体関連・AI関連・データセンター関連でコールオプションが溜まっているところ、ネットワーク機器・通信系(アリスタネットワークス、GEベルノバ)、エネルギー関連でまだ上がっていない新エネルギー関連、そしてクレド・セミコンダクターやアステララボといった周辺銘柄だった。データセンターREITとしてデジタル・リアルティ(DLR)やエクイニクスにも触れ、データセンターがこれだけ広がるなら需要は大きい、と述べている。
加えて、インテルが動き始めればデルやスーパーマイクロが伸びるという連想、そしてその次には台湾企業が来るという読みが示された。台湾株式市場にはあと1兆規模のポテンシャルがあるという見解もある、と。ただし締めくくりでは慎重論に戻っている——各種の経済指標は徐々に悪化している部分があり、市場の上昇と経済状況の乖離が見えてきているので、楽観論だけで見るのは危険だ、と。
本題の一つ目は、米国で議論になっている四半期決算発表の見直しである。マイキー氏が「アメリカが変えようとしている議論が生まれているのを知っているか」と問い、小賀氏が「存じ上げている」と応じるところから始まった。
小賀氏の評価はケースバイケースだった。ただし、かつて日本のリテーラーが月次で数字を出していたことを引き合いに出し、ユニクロが毎月の売上を公表していた例を挙げて、「あれは何のためにやるのか。ヘッジファンドのためにやっているようなもので、全く議論の意味がない」と述べている。それでも見ている人がいるからつい出してしまう。四半期ごとにヘッジファンドが来て「どうなっているのか」と問う構図が今も続いている、と。
マイキー氏はここで制度史から整理を試みた。日本は1948年に証券取引が始まり、そこから1970年までは年1回の報告だけだった。それをアメリカの基準に合わせて4回にした、というのが歴史的な流れである、と。そのうえで最近では日本会計基準ではなくIFRSのような国際会計基準に合わせようという流れが出ている、と続けた。
「1970年までは年1回、それをアメリカ基準に合わせて4回にした」という説明は、時系列が実際とかなり異なる。公開されている制度史は以下のとおりである。
証券取引法の制定は1948年で、東京証券取引所の再開は1949年。半期報告書の制度はその後に整備された。四半期開示については、1999年に東証がマザーズ市場の上場制度として四半期開示を義務づけたのが最初である。2003年4月に東証が全上場企業に対し取引所ルールとして「四半期財務・業績の概況」の段階的開示を導入し、2006年6月の金融商品取引法制定により法制化され、2008年4月から法定義務として施行された。つまり四半期開示の全面導入は1970年代ではなく2000年代の出来事である。
さらに重要なのは、この回の時点で日本はすでに逆方向に舵を切っていたことである。2023年11月20日に金融商品取引法等の一部を改正する法律が成立し、2024年4月1日以後に開始する四半期から四半期報告書制度は廃止された。金商法上「四半期」という概念自体が消え、上場企業は事業年度開始から6ヶ月間の中間財務諸表を作成して半期報告書を提出する形に変わった。四半期の情報開示は取引所ルールに基づく決算短信に一本化されている。対象は約4,000社。
米国の議論の実際:2025年9月9日、Long-Term Stock Exchange がSECへ半期報告を認めるよう請願する計画を公表。9月15日にトランプ大統領がSNSでこれを支持し、9月19日にアトキンスSEC委員長が規則改正を提案すると表明した。SECはその後、四半期の10-Qに代えて半期の新様式「10-S」で提出できる案を正式に提案している。この回が収録された2025年9月13日は、まさにトランプ発言の直前にあたる。
マイキー氏が挙げたのは、開示を減らすことのコストである。理論モデルがいくつかあって面白いが、基本的に出さないと資本コストが上昇する傾向が強くなる。そしてスプレッドが大きく開く。ここでのスプレッドとはボラティリティの拡大という意味と、ビッド・アスク・スプレッドの拡大という意味の両方で使われている。ビッド・アスクが広がれば往復の取引で失われる分が増えるため、投資家のリターンが下がる。情報の非対称性が生まれることでリスクプレミアムが上がり、取引が減少するのではないか——という筋道である。
情報の非対称性が縮小し、資本コストが低下する。ビッド・アスク・スプレッドが縮小し、流動性が上がる。ガバナンス評価のスコアリングを取れなければパッシブ投資家が入ってこないため、開示は資金流入の前提条件でもある。
短期志向を助長し、経営者を長期戦略から遠ざける。日本の中期経営計画は3年計画の数字をローリングしているだけで実質的な意味がない。プライム市場の追加開示に対応するだけで最低1〜2人の増員が必要になる。そして、それでパフォーマンスが良くなったという検証結果を誰も見たことがない。
小賀氏はこの後者の立場から、「本質じゃないところもある」と述べ、当初のプライム市場改革自体が本質的な改革につながっていない、と評価した。開示を増やせば透明性が上がり、透明性が上がれば流動性が増し、資本コストが下がる——この連鎖はある意味で成立するが、それが本当に必要かどうかは何とも分からない、というのが率直な感想として語られている。
話題はプライム市場の追加開示要件、なかでもTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に移った。マイキー氏の問いは単純である。「あれによって、その会社のパフォーマンスが良くなったかという検証結果を見たことがない」。
小賀氏の応答は、制度の機能を認めたうえでの留保だった。透明性という論点はあるし、ガバナンス項目として評価する会社も多いので、そこのスコアリングを取らなければパッシブの投資家が入ってこられない。だから開示が入ることで流動性が増加し、資本コストが下がるという経路はある。しかしそれが本当に必要かどうかは分からない、と。
さらに小賀氏は、パフォーマンス面での実証を突きつけた。グリーンエナジー関連のパフォーマンスが出ているかといえば軒並みやられている。そこから資金が一気に引いたのはトランプ政権発足の前からすでに起きていたことであり、ESG開示によってパフォーマンスが上がったという証明は誰もできていない。むしろネガティブになっている。そして上場コストだけが上がり続けている、という評価である。
マイキー氏の指摘は、GHGプロトコルの計算方法そのものに向かった。「計算書を見ると穴だらけ」。ティア1・ティア2までは評価できるが、それ以降の階層は自社から確認できない。連動させるにはDXが必須になるが、それが抜けている。だから制度として成立していない、という論である。
この回で最も具体的かつ厳しい批判が集まったのが、GHGプロトコルのスコープ1・2・3という排出量の区分である。
マイキー氏の説明はこうだった。スコープ1は自分たちのところなので問題ない。スコープ2は直接的に取引のある場所。そしてスコープ3はその先である。このスコープ3のところが全くコントロールできない状態で、情報が流れてこない。第1次データではない状態でデータが統合されている。
講義中の「スコープ2は直接的に取引のある場所」という説明は、GHGプロトコルの公式定義とは異なる。正しくは以下のとおりである。
スコープ1:自社が所有・管理する排出源からの直接排出。自社ボイラーや社用車の燃料消費、製造工程からの排出、業務用冷蔵庫やエアコンからの温室効果ガス漏洩などを含む。
スコープ2:自社が購入したエネルギー(電力・熱・蒸気)の使用に伴う間接排出。排出自体は発電所など事業所外で起きるが、自社のエネルギー購入に紐づく。「取引先」という意味ではない。
スコープ3:バリューチェーン上のそれ以外の全ての間接排出。購入した製品・サービス(=サプライヤー由来)、輸送、出張、販売した製品の使用・廃棄など15カテゴリに分かれる。講義で「スコープ2」と呼ばれていた直接の取引先(サプライヤー)由来の排出は、実際にはスコープ3のカテゴリ1に該当する。
この点は指摘しておく価値がある。というのも、「直接の取引先ですらスコープ3側にある」という事実は、この回の批判をむしろ補強するからである。コントロールできない領域は講義で想定されていたよりさらに広い。
マイキー氏はここで具体的な比喩を使った。自分と中川先生の会社が脱炭素をきちんとやっていたとしても、供給元である小賀氏の会社が守っていて、さらにその先の葛氏の会社が「俺らの知ったことじゃない」となった時点で、自分たちが頑張っても下が頑張っていないのだから意味がない。結局そこで数字を取ってしまう、と。
最も鋭い指摘がこれである。脱炭素を進めるために化石燃料事業を売却する。売った側は「もうやっていません」という状態になり、評価を得る。しかし買った側は化石燃料を掘り続ける。地球全体の排出量は何も変わっていない。それは責任逃れを金で売り払っているだけではないか。この3〜5年間、ESG投資という枠組みでそうしたことをやれば資金が付く、という現象が起きてきた。それが今の社会の現状であって、何の解決にもなっていない——というのがマイキー氏の総括だった。
マイキー氏はさらに、GHGプロトコルの計算式について、提出が義務づけられている排出の種類は3種類しかない、しかし実際に排出しているものは100種類くらいあるのだから、他のものは垂れ流していいということになってしまう、と批判した。「マジで項目が少なすぎる」「狂ってるだろこれ」という強い表現が使われている。
この点は公開情報と食い違う。GHGプロトコルのコーポレート基準が算定・報告の対象としているのは、京都議定書が対象とする7種類の温室効果ガスである。二酸化炭素(CO₂)、メタン(CH₄)、一酸化二窒素(N₂O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF₆)、三フッ化窒素(NF₃)。
「3種類」という発言は、スコープ1・2・3という3つのスコープ区分と、対象ガスの種類数を混同した可能性がある。ただし、この混同があっても批判の骨格自体は崩れない。HFCsとPFCsはそれぞれ多数の化合物を束ねたカテゴリであり、実際に大気中に放出される物質の全てが7ガスでカバーされているわけではない(大気汚染物質や、モントリオール議定書側で扱われるオゾン層破壊物質などは対象外)。「カバー範囲が限定的で、その外側は数字に出ない」という論点は成立する。ただし数字は「3」ではなく「7」であり、報告の際は正確な数字を使うべきである。
計算式が成立していない状態でどうやって数字を出すのか。そこで登場するのがコンサルティング会社である、というのがマイキー氏の見立てだった。彼らが入ってきて「都合のいい数字が出るような作り方」を教えてくれる。そしてそれを世界中に向けて出す。しかし本質を見抜く投資家なら見抜く。それを正しいと思って報告書として出してくる時点で「何も考えていないんだな」と思う、と。
この点は前田氏からも具体的な指摘があった。最近スコープ3を出す会社が増えているが、その計算は非常にいい加減である。サプライヤーから実際の情報を集めるのではなく、「Aというサプライヤーからいくら買っているか」という金額に、そのサプライヤーの業種ごとに決まっている係数を掛けるだけ——という方式になっている。「こんなのでいいのか」という感想である。小賀氏は、そこにコンサルが入って「御社はこれでやっちゃいましょう」となる構図を指摘し、しかも訴訟に関わるわけではないから誰も訴えない、エビデンスもないから、と付け加えた。
前田氏の問いは端的だった。時間をかけていい加減な算出をしてESG報告書を作って、何の意味があるのか。小賀氏の答えも同じである。全く意味がない。それによってサプライチェーンの中で効率化ができ、最終的に利益率が上がるならいいが、そもそもそうなっていない。
講義の終盤、「イギリスの元首相スナクが、排出量の計算書は全部クソだ、今までの排出量は全部嘘だったと暴露した。彼自身も数学畑の人間だから元々分かっていたのだろう」という趣旨の発言があった。この形での発言は今回の調査では確認できなかった。要確認
ただし、近接する事実は存在する。英国政府の排出削減率の公表値は後に下方修正されており、スナク政権期に「2022年に温室効果ガス排出を50.0%削減した」と公表された数字は、最新統計では48.9%に修正され、50%の閾値を超えたのは2023年だったことになっている。また英国の公式統計は領域内排出(territorial emissions)のみを対象としており、英国向けの財・サービスを他国で生産する際の排出(consumption emissions)は含まれない。何をどう測るかで結果が大きく変わるという構造的な問題は、この回の批判とまさに同じ論点である。
発言の形(本人による暴露)と、確認できる事実(統計の下方修正と算定範囲の限界)は別物である。引用する際はこの区別が必要になる。
批判の後に出た解決策の議論は、意外にも具体的だった。
小賀氏の指摘は、サプライチェーンの可視化そのものが日本企業では成立していない、という点にある。サプライチェーンが完全に見えている企業はトップ20%程度ではないか、という感触が示された。中国のレアメタルの例が挙げられている。彼らが安く採掘できるのはなぜか。有毒なものを全て垂れ流しているからではないか。中国がドミナントなサプライを握っている以上、それをコントロールすることは「テスラでさえ誰もできない」。
そのうえで日本企業の問題は、サプライチェーンもバリューチェーンも見えておらず、そこでDXができていないことである。だからデータをあちこちから集めなければならない。各部署が右往左往してデータを集め、結局よく分からないまま、最後は経営企画部が何とかして出してくる——という実態が語られた。
マイキー氏が「めっちゃいい会社だ」と評価したのがAppleである。「脱炭素をやらなかったら、お前の会社とは二度と取引しない」と脅しをかけて、サプライヤー全員に導入させる。こういう会社がどんどん出てきてもいいのではないか、と。プライム市場の会社が伸びることのほうが日本経済へのインパクトは大きいのだから、大手企業がパワハラ営業のようなことをやって、下の会社にどんどん導入を流していってほしい、という主張である。
そして補助金の使い道についての提言が続く。ゾンビ企業を延命させるような補助金ではなく、こうした技術導入にこそ補助金を使うべきだ、と。事業再生と称して延命するのではなく、サプライヤーを本当に強くする方向に使えばいい、という点で小賀氏も同意した。
小賀氏が語ったのは、実際の投資家面談で目撃した場面である。ブリヂストンの先代CFOと投資家が対面した際、同社が保有するプランテーション(アフリカ、リベリアあたり)について、児童労働を使っているのではないかという指摘が投げられた。CFOは「うちは使っていません」と答えたが、投資家から「では本当に現地に行って見てきたのか」と返された。答えは「やっていません」。それでどう説明するのか、と詰められた場面が今も記憶に残っている、という証言である。
この事例が示しているのは、開示の形式が整っていても、その裏づけとなる現地確認がなければ主張は成立しないということだ。建前と本音がまだ相変わらずある、というのが小賀氏の総括だった。
マイキー氏は最後に、この問題を5年間言い続けてきたが未だに何も変わっていない、と述べている。「おそらく当分も変わらないんだな」と思いながらTCFDのレポートを読んでいる、という締めくくりだった。欧州、特にイギリスではTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)と名前を変えてシビアにやられているようだ、という言及もある。