世界地図を上から見ると、南極と北極の決定的な違いが見える。陸の上の氷か、水の上の氷か。その一点から、砕氷船の受注競争、グリーンランドの帰属、地中海の港湾、そして一世紀前に書き換えられた米国の教義までが一本の線でつながる。
2026年見通しの議論が地政学へ移ったとき、講師が最初に示したのは一枚の世界地図だった。ただし通常の地図ではなく、北極点を中心に上から見下ろした図である。この視点を取ると、ロシアが北極海の大半に面していること、米国が左側の一部しかカバーできないこと、そしてグリーンランドとカナダがその隙間を埋める位置にあることが一目で分かる。
南極と北極の圧倒的な違いは、南極が陸の上に氷があるのに対し、北極は水の上に氷がある点である。だから溶ければ航路になる。北極海の氷が溶け始めたことでタンカーの通航が倍以上になり、物流が現実の問題として動き出した。ここに戦艦と潜水艦が入り、中国機がロシアの基地から飛ぶ。講師の見立てでは、北極海でシミュレーション上、米国は中国・ロシア連合に勝てない。
そこから議論は三つの方向へ広がった。一つは装備の話で、氷を割る砕氷船の受注を日本が逃し、フィンランドの造船会社と韓国のハンファが取っていったという実務的な指摘。もう一つはグリーンランドとカナダの帰属をめぐる米国の動きで、講師は軍事的優先度から言えば必要なのは人が住んでいない北部だけだと整理した。三つ目が、これらを支える理念としてのモンロー主義であり、それが1904年に守りから攻めへ書き換えられたという歴史の話である。
講師の見方では、モンロー主義もマニフェスト・デスティニーも表層であり、その下にはアルフレッド・T・マハンの海上権力論という不変の土台がある。「生産・輸送・市場という前提は変わっておらず、変わったのは姿勢の部分にすぎない」。だから中国の東南アジア進出は新しい戦略ではなく、米国がハワイとグアムを取った手順の再演として読める、というのがこの回の骨格である。
講師が共有した極中心図では、中心に北極海があり、そこを囲むようにロシアの海岸線が長く伸びている。米国がカバーできるのは北極海の左側だけで、実質的にはロシアと米国がどう分け合うかという構図になる。その隙間の緑の領域がグリーンランドとカナダである。
地図上には赤い矢印が引かれていた。中国とロシアの船が現在動いている経路である。ここで戦艦と潜水艦が活発に動いている状態にあると講師は述べた。さらに、北極海の観察のために中国空軍の戦闘機がロシアの基地から発進しているという指摘があった。中国の兵器がロシアに大量に存在する状態が成立していれば、あと必要なのは人件費だけになる、という読みである。
「現段階でシミュレーション上、北極海で米国とロシア・中国が戦ったら、ロシア・中国が100%勝つと言われている」。これは講師の見解として提示されたもので、具体的な出典は講義中に示されていない。軍事バランスの評価は前提の置き方で大きく変わる領域であり、数字の裏取りができていない点は明示しておく。要確認
北極海の海氷面積は衛星観測が始まった1979年以降、夏季最小値が長期的に減少傾向にある。これに伴い、ロシア沿岸を通る北極海航路(NSR)の通航量は増加しており、スエズ運河経由に比べて欧州・東アジア間の航行距離を大幅に短縮できる。ロシアは世界最大規模の砕氷船隊(原子力砕氷船を含む)を保有しており、講師が言う「ロシアがめちゃくちゃ持っている」という認識は事実関係として妥当である。
グリーンランドとカナダについて、講師は経済的な価値をほぼ否定した。北部はカナダもグリーンランドもGDP寄与が1%未満であり、率直に言えばいらない。ただし、赤いラインから北の部分だけを押さえて「アメリカ版の一帯一路」のような連なりを作れば、北極海全体を監視できる状態になる。デンマークもカナダもそこを放置しているのが問題だ、というのがトランプ大統領の主張の中身だ、という整理である。
参加者からは、デンマークと欧州が共同声明を出して米国を牽制した件、住民一人あたり1500万円相当を支払うという話が出ていた件が挙がった。講師は、軍事的な優先度で言えばグリーンランドの人が住んでいない北部だけで足りると応じた。南部にレアメタルの鉱脈があるという指摘に対しては、鉱脈自体は豊富だがインフラが整っておらず運び出せない、精錬もできないと補足している。
講師が「必ずグリーンランドとカナダで出てくる」と予告した通り、この論点は2026年を通じて動いた。トランプ大統領は1月9日の記者会見で、グリーンランドがロシアや中国に領有されることは許容できないとし、友好的な方法か強硬的な方法かは分からないが米国は何らかの措置を取ると繰り返し強調した。2月にはデンマークのフレデリクセン首相とグリーンランド自治政府のニールセン首相がミュンヘンでルビオ国務長官と会談し、フレデリクセン首相は「建設的だった」とコメントしている。6月にはデンマーク紙ポリティケンが、ラスムセン外相が米国との協議について2026年末までに合意する見通しを示したと報じた。ただしデンマーク側は7月8日時点でも「グリーンランドは売り物ではない」「主権は交渉の対象外」という立場を維持しており、領有ではなく安全保障上の取り決めをめぐる交渉として推移している。論点化は的中
北極海で実際に動くには、氷を割る船が要る。講師はここを「日本が最も入り込めるチャンスだった」と述べた。技術的にはあり得た。ところが日本側が投資判断を先延ばしにしている間に、受注はフィンランドの造船会社と、韓国のハンファへ流れた。ハンファは米フィラデルフィアの造船所を舞台に急拡大している。ロシアは中国と組んで氷を割りながら進出しており、米国には砕氷能力が足りないので「日本作ってくれ」と持ちかけられたが、日本が動きの遅さで応じきれず、欧州企業と韓国企業が取っていった――という筋である。
ハンファが米フィラデルフィアの造船所(旧Philly Shipyard)を2024年に買収し、Hanwha Philly Shipyardとして50億ドル規模のインフラ計画を打ち出して拡張中であることは確認できる。米海軍のフリゲート艦や潜水艦建造への参画も報じられている。カナダのDavieは砕氷船の建造実績を持ち、フィンランドのヘルシンキ造船所を傘下に収めているため、講師の言う「フィンランドの船会社」はこの系列を指すと考えられる。米沿岸警備隊の砕氷船については、複数の造船所が2028〜2029年の引き渡しを目指している状況である。
ただし、Hanwha Philly Shipyard が砕氷船を受注したという事実は確認できなかった。同社に関して確認できるのは海軍艦艇関連の動きであり、砕氷船の受注主体は別である可能性が高い。講師の説明は「韓国と欧州が造船需要を取り、日本が取れなかった」という大枠としては成立するが、砕氷船とハンファ・フィラデルフィアを直結させる部分は裏取りできていない。要確認
技術があっても、判断の速度がなければ受注は取れない。講師の批判は日本の造船技術ではなく、意思決定に向いている。「日本作ってくれよ」と言われている間に「いや、でも俺らは」とやっているうちに、相手は別の相手を見つけた、という順序で語られている。
講師は近くYouTubeで出す予定の内容として、モンロー主義の変質を挙げた。ニュース番組で「モンロー主義」という語が頻繁に使われているが、意味が変わっているのにそこを混同している、という問題意識である。
もともとのモンロー主義は守りだった。それが攻めに変わり、その転換点がセオドア・ルーズベルト大統領の時代にある。米西戦争でフィリピンを取り、グアムとハワイを取り、プエルトリコを取る。この流れを踏まえずにモンロー主義だけを勉強しても、現在の米国の政策は全く理解できない、というのが講師の主張だった。
音声上「194年」と聞こえる箇所は1904年を指す。この年、セオドア・ルーズベルト大統領は年次教書でいわゆる「ルーズベルト系論(Roosevelt Corollary)」を打ち出し、西半球で秩序が乱れた場合に米国が国際警察力として介入する権限を主張した。1823年のモンロー教書が欧州の干渉を排除する不干渉原則だったのに対し、これは積極介入を正当化する読み替えである。関連する年代は、米西戦争が1898年、ハワイ併合も1898年、フィリピン・グアム・プエルトリコの領有はいずれも1898年のパリ条約とその前後の措置による。ジョン・ヘイ国務長官による中国の門戸開放通牒は1899年および1900年である。講師が挙げた出来事の順序と因果関係は、公開されている外交史とおおむね一致する。
講師の整理では、モンロー主義には構造的な制約があった。「自分たちの地域は自分たちで守る」と主張してしまうと、自国の経済圏の拡大は近場でしかできない。当時、中国市場の分割を進めようとしていたのはイギリス・フランス・ドイツ・ロシア・日本であり、そこへ米国が門戸開放を持ち出した。中国の領土についても「みんな平等に与えられるべきだ」という立場を取った。要するに、自分たちの半球は独占するが他所は平等に開けろという構えであり、講師は「ただのわがまま野郎がさらにわがままになっていく傾向」と評した。
「わがまま」という表現は講師の評価であって、事実の記述ではない。門戸開放政策については、列強による中国分割を抑制する効果があったとする見方と、後発の米国が自国の商業的利益を確保するための建前だったとする見方の両方が歴史学上存在する。ここでは講師が後者の立場を取っていると理解するのが正確である。
参加者(渡辺氏)から、二つのモンロー主義――排除の構造としてのモンロー主義と、中東におけるビッグ・ステップ・ポリシーのような「世界の警察」としてのモンロー主義――を米国が使い分けているのではないか、より深い構造としてどちらが見えているのか、という問いが出た。加えて、AIに予測されるビジョンとしてマニフェスト・デスティニーがもう一度来るのではないか、という指摘もあった。
講師の回答は、前提が変わっていないというものだった。前提とはマハニズム、すなわちアルフレッド・T・マハンの海上権力論である。生産・輸送・市場という三点セットの前提は変わっておらず、変わったのは姿勢の部分にすぎない、と。
アルフレッド・セイヤー・マハン(1840-1914)の主著『海上権力史論(The Influence of Sea Power upon History, 1660-1783)』は1890年刊。国家の繁栄は海上交通路の支配に依存するとし、生産・海運・植民地(市場と拠点)の三要素を軸に据えた。この理論は米海軍の増強、セオドア・ルーズベルトの海洋戦略、さらに当時の英独日の海軍政策に大きな影響を与えた。講師が「土台は変わっていない」と述べたのは、この三要素の枠組みが現在の港湾・航路・資源をめぐる争いにもそのまま当てはまる、という意味である。
講師が挙げた最も具体的な手口が、米国によるハワイ併合の経緯である。まず砂糖を徹底的に輸入して依存度を上げ、相手の産業構造を米国市場に結びつける。次に米国内の砂糖生産にのみ補助金をかけ、ハワイ側を経済的に立ち行かなくする。ハワイが「自分たちにも補助金をくれ」と言ってきた段階で、交換条件として真珠湾の独占権を取る。最終的に、マッキンリー大統領が選挙の際にハワイの併合を票につなげる形で決着した。
講師の見立てでは、中国はこれと同じことをやっている。依存させて、その後に切り離し、相手が「やばい」となったところで「じゃあ中国に頼むよ」と依存度を上げていく。最も分かりやすい例としてスリランカが挙がった。「アメリカが今までできたことを中国ができてしまっている状態」であり、東南アジア・アフリカ・中南米で米国の権力がどこまで効くのかが、モンロー主義がゴミになるか大したものになるかの分かれ目だ、というのが結論である。
砂糖で依存を作る → 国内補助金で相手の産業を殺す → 救済と引き換えに真珠湾の独占権 → 併合を国内政治の得点に変換
インフラ投資と貿易で依存を作る → 条件を変えて相手を苦境に置く → 救済と引き換えに港湾など戦略資産の権益を取得
中国の強みは「上部構造と下部構造のつながりの弱さを常に見ている」点にある。制度や理念の層と、実際の経済・組織の層が接合していない箇所を突く。講師も同意し、「戦略はパクって強固にしていくやり方で、ハワイとグアムは相当研究したのだろう」と応じた。
講師が2026年に必ず見ておくべき場所として挙げたのがギリシャである。地中海ではイスラエルが押さえている部分があるが、ギリシャもまた地中海の窓口になっている。そして中国の海運大手COSCOが、すでにギリシャの港湾の権利を買っている。ここで米中がバチバチに揉める可能性があり、下手をすると2026年中に火が付く、という見立てだった。
あわせて、以前扱ったキプロス周辺の話――BYDなどを通じて中国が地中海側から攻め込んでいるという流れ――が、今度は海運という形で本格化するのではないか、と付け加えられた。
COSCOは2016年にギリシャの民営化基金(HRADF)からピレウス港湾公社の株式51%を2億8,050万ユーロで取得し、その後、旅客・クルーズ施設の拡張、浚渫、自動車ターミナル拡張などの投資実行を条件とするエスクロー分の16%を9,000万ユーロで追加取得、2021年10月に移管が完了して出資比率は67%となった。ピレウス港は欧州第4位の規模とされ、この中国側の支配的持分は、ギリシャが米国との協議を進める中で改めて精査の対象になると報じられている。講師が年初に「ここで揉める」と指摘した構図は、その後も継続して論点であり続けている。
講師は「アメリカがベネズエラをやってしまったので、ロシアの主張も強くなる」と述べ、次はグリーンランドとカナダで必ず出てくると予告した。トランプ大統領にとってベネズエラは「庭」であり、ロシアから見れば手出しの正当化に使われる、という読みである。
2026年1月2日深夜から3日未明にかけて、米軍がカラカスを含む複数地点を爆撃したうえで、特殊部隊がベネズエラ大統領ニコラス・マドゥロと妻シリア・フローレスを拘束した。トランプ政権は数か月にわたり軍事的威圧を強めており、麻薬取引への関与を理由に挙げる一方、石油資源への関心も隠していない。国連安保理ではグテーレス事務総長が国際法の規則が尊重されなかったとの懸念を示し、中国・ロシアなどは法的根拠を欠くと非難した。原油については、米国がベネズエラの生産施設を維持し供給継続を示唆していることから、短期的な上振れの後、増産が軌道に乗れば1バレル50〜60ドル程度で安定しインフレ抑制に寄与しうる、という見方も出ている。この講義は事件の直後(1月9日)に行われている。