アルフレッド・マーシャルの需要論を「量=効用」「質=価格弾力性」という二本の軸で読み直し、その静的な理論が現代の経営学・実務経営者の需要観とどこで断絶しているのかを検討した回の記録。
この日の講義は、前回までの「用語の定義」を土台に、マーシャル理論の中核である需要へ踏み込んだ。講師(前田氏)はまず需要を、購入する意思と支払いをする能力という二つの要素の合成として提示する。どちらか一方では需要にならない。欲しいだけでは買えないし、払えても欲しくなければ買わない。この「必ず二つの力のバランスで決まる」という発想そのものが、マーシャルという経済学者の思考の癖なのだという説明が繰り返された。
そのうえで欲求を量と質に分解する。量の側面を測る道具が効用であり、そこには限界効用逓減の法則が働く。一億円を持つ人が受け取る十万円と、一万円しか持たない人が受け取る十万円では、同じ金額でも感じ方がまるで違う。満腹の状態で出される食事が美味しく感じられないのと同じ構造が、あらゆる財について成り立つ。一方、質の側面を測る道具が価格弾力性である。生存のための消費、生活を快適にするための消費、そして文化としての消費という段階を上がっていくにつれて、欲望の質は高度化していく。マーシャルはこの二つの変数が同時に動くことを前提としながら、あえて片方を固定してもう片方の動きを見るという分析手続きを取った。
後半、主宰者(マイキー氏)が引き取ったのは「この理論と、いまの経済学・経営学・実務の経営者とでは、需要という言葉の意味がずれている。そのずれは何か」という問いだった。整理された答えは三層構造である。マーシャルの需要は価格に対する購入量であり、性質としては静的で受動的、市場の観察者の視点に立つ。現代経営学の需要は顧客が抱える課題であり、動的で戦略的、決定要因は価値提案と心理である。そして実務の中小企業経営者にとっての需要は、生き残るための売上とキャッシュであり、その決定要因はタイミングと信頼と関係性、つまりプレゼンテーションだという。
この整理の背後で繰り返し使われたのが、写真と動画の比喩だった。マーシャルの理論は一枚一枚の静止画である。しかしマーシャル自身が意図していたのは、その静止画をつなげて動画にすることだった。参加者の質問が噛み合わなかった場面で講師が指摘したのも、「点で捉えるな、線で見ろ」という一点に尽きる。観察者から設計者へ、静止画から動画へ。この転換が、この日のセッションを貫く軸だった。
講義はきわめて素朴な定義から始まった。需要とは、購入する意思と支払いをする能力の二つが揃った状態を指す。購買の決定はこの二つのバランスの上で行われる。ここで講師が強調したのは、マーシャルの理論のほとんどが「何が正解で何が不正解か」ではなく「何と何のバランスで決まるか」という形式を取っているという点だった。だからマーシャルを読むときには、常に対になっている二つの力を探す姿勢が要る。
需要は欲求を中心に据えた概念である。その欲求は量と質に分けられ、量の側面を経済学の言葉に置き換えたものが効用である。効用は商品に対する欲求の大きさ、平たく言えば満足度を指す。そしてここに、この理論の最初の非自明な主張が現れる。同じ商品を受け取っても、すでに多く持っている人ほど満足度は低く、持っていない人ほど満足度は高い。消費が進むほど、追加一単位から得られる満足度は下がっていく。これが限界効用逓減の法則である。腹が満たされていれば、金を払ってでも食べたくないという状態すら生じうる。
限界効用逓減の考え方そのものはマーシャルの発明ではなく、19世紀半ばのヘルマン・ハインリヒ・ゴッセンによる定式化(いわゆるゴッセンの第一法則)に遡り、1870年代のジェヴォンズ・メンガー・ワルラスによる限界革命を経て標準的な道具になった。マーシャルの独自性は、この既存の概念を需要曲線という図に落とし、供給側と組み合わせて価格決定を説明する体系に組み込んだところにある。講義で「この人がある意味体系化していろんなものを繋げるようにしている」と説明されていたのは、この点と整合する。
次に講師が導入したのが、欲求の質の段階である。生存、生活、文化という三段階として説明された。生存はまさに生きるために必要なもの、生活は生きるためだけでなく快適に過ごすためのもの、文化はさらに発展して高次のものを求める段階である。左から右へ進むほど欲望の質は高度化していく。ここで講師は「英語で言うと existence、enjoyment、distinction のような三つの段階として、四段階に分けたりもする」と補足したが、日本語の三段階のほうが分かりやすいとして、そちらで話を進めた。
マーシャル『経済学原理』(初版1890年)は、財を necessaries(必需品)/comforts(快適品)/luxuries(贅沢品)に分け、さらに必需品の内部を「生存のための必需品(necessaries for existence)」と「効率のための必需品(necessaries for efficiency)」に区別している。また、住居のような財が「効率のための必需品」であると同時に社会的な distinction(区別・格)を主張する手段でもある、という指摘も原典にある。講義で示された生存・生活・文化の三段階は、この原典の区分をそのまま踏襲したものではないが、発想の系譜としては明確に対応している。要確認 講義で挙がった英語三語の正確な出所(マーシャルの原語か、講師による整理か)までは特定できなかった。
ここで理論の骨格が姿を現す。欲求には量と質があり、両者は同時に変化する。だからマーシャルは、量を一定と置いて質の変化を見る、質を一定と置いて量の変化を見る、という形で分けて考えた。量を測る道具が効用であり、質を測る道具が価格弾力性である。そして講師はもう一つ、この二つがトレードオフになりやすいと付け加えた。量が上がれば質は下がりやすく、質が上がれば量は下がりやすい。
限界効用逓減を購買行動に接続する説明も明快だった。人は商品を前にしたとき、自分が「ここまでなら出していい」と考えている価格と、実際の価格とを比較している。想定価格より実際の価格が高ければ買わず、安ければ買う。そして重要なのは、この想定価格そのものが消費の進行とともに下がっていくことである。一個目に払ってもいい額より二個目に払ってもいい額は低く、二個目より三個目はさらに低い。限界効用逓減とは、この上限価格の逓減として観察される。
ここから効用のもう一つの側面が導かれる。効用は感情でも能力でも測れる二面性を持つ。物を買うときの動きは感情に左右されやすく、逆に商品を売る側の動きは能力に左右されやすい。したがって需要と供給のバランスとは、言い換えれば購入者の感情と供給者の能力のバランスでもある。
価格決定の要因を、購入者の感情と供給者の能力という対で捉えたうえで、講師は時間軸を導入する。需要側の感情や行動がどう変化するかという視点から、市場は一時(瞬間)・短期・長期・超長期の四つのフェーズに分けられる。一時は商品が出たばかりの新規市場、短期は参入者が増えて混沌とする市場形成期、長期はある程度安定した段階、超長期はほぼ動かないほど市場が完成した段階である。
この区分をわざわざ立てる理由は、需要と供給のどちらの影響が強いかがフェーズによって入れ替わるからだ。期間が短い左側の二つでは需要の影響が大きく、長期・超長期の右側二つでは供給側の影響が大きくなる。消費者の力が強い局面と、企業の力が強い局面が、時間軸に沿って交代していく。
| フェーズ | 市場の状態 | 主導権 | 対応する競争構造(講義での対応づけ) |
|---|---|---|---|
| 一時(瞬間) | 商品が出たばかりの新規市場 | 需要側 | 完全競争。売り手の誰にも力がなく、同質の商品で潰し合いになる |
| 短期 | 参入者が増える市場形成期 | 需要側 | 独占的競争。少しずつ差が出始める段階 |
| 長期 | 市場が安定してくる | 供給側 | 寡占。例として携帯キャリアが挙げられた |
| 超長期 | ほぼ動かないほど完成 | 供給側 | 独占。例としてたばこ(JT)、鉄道が挙げられた |
講義では、完全競争・独占的競争・寡占・独占という段階について「ポーター教授という人がいて、その人が競争の理論を出している」という文脈で紹介された。ただし、この四分類はマイケル・ポーターの理論ではなく、伝統的なミクロ経済学の市場構造論である。とりわけ「独占的競争」という概念は、エドワード・H・チェンバレン『独占的競争の理論』(1933年)と、ほぼ同時期に刊行されたジョーン・ロビンソンの『不完全競争の経済学』(1933年)によって確立された。ポーター(1980年『競争の戦略』)が扱ったのは五つの競争要因(ファイブ・フォース)や三つの基本戦略であり、市場構造の四分類とは別系統である。発言では「ポーター教授の競争の理論」だが、この四分類の出所はチェンバレン/ロビンソン系の産業組織論であり、両者は区別して押さえたほうがよい。
もう一つ、講師はイノベーター理論を重ねて見せた。新しいものにすぐ飛びつく層をイノベーター、石橋を叩いても渡らない層をラガードと呼ぶ、あの分類である。市場フェーズの進行と採用者層の移り変わりは重ね合わせて読むことができる、という提案だった。
イノベーター理論は、エベレット・M・ロジャーズが1962年の著書『Diffusion of Innovations(イノベーションの普及)』で提示したもの。採用者をイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードの五層に分類する。後半のQ&Aで参加者が言及した「アーリーアダプターの溝」は、ロジャーズ本体ではなくジェフリー・ムーアが1991年『Crossing the Chasm』で加えた議論である。
均衡とは需要と供給のバランスが一致した点であり、そこで価格が決まる。一時均衡の局面では、売り手はまだ生産能力が小さく、供給できる数が限られている。商品が少ないだけに価格は変動しやすく、当たれば急騰し、外れれば急落する。短期均衡になると、右肩下がりの需要曲線と右肩上がりの供給曲線が交わる、教科書でおなじみの図が成立する。価格が高いほど買う量は減り、価格が低いほど買う量は増える。売り手側は逆に、価格が低いほど作る量を減らし、価格が高いほど多く作りたくなる。
長期になると企業側の力が強くなり、価格決定権が供給側に移る。価格を変更するインセンティブがないため企業は一定価格で供給し、その条件下で買い手がどう動くかを見るのが長期の分析になる。そして超長期──ここで講師は、需要曲線は存在しないと明言した。社会環境の変化やインフレなど不確実な要素があまりにも多く、曲線として描くことができないという理由である。
講義の後半は価格弾力性に移る。講師はこれを「商品の価格がどれだけ景気に左右されやすいか」という切り口で説明した。景気に左右されやすいものは価格弾力性が高く、左右されにくいものは低い。インフレで価格が上がると売れなくなるブランド品のようなものが前者であり、価格が上がっても消費が急には減らない生活必需品が後者である。例としては米が挙げられた。つまり嗜好品は弾力性が大きく、生活必需品は弾力性が小さい。
ここから講師は理論の核心へ進む。価格弾力性は生活の質と相関する。欲求には量と質があると述べたうちの、質の側面に言及しているのが価格弾力性である。したがって、価格弾力性とは欲求の段階を理論化したものだ、というのがこの日の中心命題だった。需要は環境によって変化し、その変化には量と質の二側面がある。量を見るには効用が、質を見るには価格弾力性が、それぞれ比較的見やすい道具になる。
理解を確かめるために出された設問はこうだった。商品Aは価格が2倍になり、商品Bは価格が4倍になった。購入数はどちらも2分の1になった。どちらの価格弾力性が高いか。答えはAである。同じだけ数量が落ちるのに、Aは2倍の値上げで、Bは4倍の値上げを要した。すなわちAのほうが価格の変化に対して敏感である。
図1:講義の設問から算出した価格弾力性(絶対値)。一定弾力性を仮定し |ln(数量比)/ln(価格比)| で計算した推計値。Claude作図・推計。
この設問の直後、講義中に「価格弾力性が高いというのは、基本的には変動しても購入数の動きが少ないものです」という説明が一度入り、その直後に「Aのほうが高い、Bのほうが動きにくい」と正しい結論が述べられている。マーシャル自身の原文は「需要の弾力性は、価格が一定量下落したときに需要量が多く増えるか少ししか増えないか、価格が一定量上昇したときに多く減るか少ししか減らないかによって、大きいか小さいかが決まる」と定義しており、弾力性が高いとは価格変化に対して数量が大きく動くことを指す。したがって発言の一文は定義として逆だが、示された結論と、後半のQ&Aでの「値上げすると客が離れるのが弾力性の高い商品」という説明はいずれも正しい。結論は正しく、途中の一文の言い回しだけが反転しているという理解でよい。
講義で挙がった米の例は、公開データでも裏づけられる。2025年8月下旬時点の全国スーパーにおける米5kgの平均価格は3,804円で、前年同時期比プラス45.0%の水準にあった。それでも消費量は急落せず、むしろ需要が事前見通しより増加した(当初31万トンの減少を見込んでいたところ15万トンの増加)と分析されている。価格が45%上がっても数量が減らないどころか増えているのだから、弾力性は極めて低い。ただしこれは同時に、「弾力性が低い=景気に左右されない」という言い換えが常に成立するわけではないことも示している。米の場合、価格上昇の原因(猛暑による減産、コスト上昇、インバウンド需要)は景気変動そのものではないからである。景気感応度と価格弾力性は近縁だが同一ではない点は、講義の言い回しよりも一段細かく分けて理解したほうがよい。
講師はこの節を、需要を「使えるツール」にした、という言い方で締めた。そのうえで、使えるツールにして次に何を分析したいのかといえば、余剰や消費者余剰という考え方につながっていく、と予告した。そしてその先にある問いは何かというと、貧困を減らすにはどうしたらよいか、である。細かい理論は教科書のほうが詳しいかもしれない。しかし、どういう理由でこの道具がつくられたのかという背景を掴んでおくことのほうが重要だ、という言葉で講義パートは終わった。
主宰者が引き取った問いは、「いまの経済学・経営学と、いまの経営者が実務的に考えている需要とは、マーシャルの需要と何が違うのか」だった。答えは三段階に分けると分かりやすい、として次のように整理された。
| マーシャルの需要 | 現代経営学の需要 | 実務経営者の需要 | |
|---|---|---|---|
| 定義 | 価格に対する購入量 | 顧客が抱える課題 | 生き残るための売上とキャッシュ |
| 性質 | 静的・受動的 | 動的・戦略的 | 予測不能・強欲 |
| 決定要因 | 限界効用 | 価値提案(バリュープロポジション)と心理 | タイミング・信頼・関係性 |
| 視点 | 市場の観察者 | 戦略的設計者 | 実行者 |
| 必要な力 | 観察能力 | 発想力 | プレゼンテーション |
| 射程 | 市場全体の量 | 特定産業への集中 | 目の前の一社の資金繰り |
ここで主宰者が実務経営者の需要観を「強欲」と呼んだのは、価値判断としての罵倒ではなく、構造の記述としてだった。来週の家賃をどう払うか、社員の給料をどう出すか、一年後に従業員に給料が払えるかという水準でキャッシュに追われている段階では、顧客の抱える課題を見極める余裕がない。観察もしていないし、動的な戦略も取っていない。予測不能な状態に陥っているからこそ需要が掴めない。それでも金は欲しい。だから強欲という言葉を使った、という説明である。
そのうえで主宰者は、この状態を打開する方法は営業とプレゼンであり、その営業とプレゼンを使いやすくするための道具がマーケティングだ、と接続した。マーケティングは営業をしやすくするためのツールである、という位置づけである。参加者からは「説明をする前に、お客さんが話を聞こうという気持ちにさせるのがいいセールスだ」という別の講師の言葉と繋がった、という反応が返った。
議論が噛み合わない場面で使われたのが、写真と動画の比喩である。マーシャルの理論は、その場だけを見れば一枚の写真である。しかしマーシャル自身が意図していたのは、写真をつなげて動画をつくることだった。だから講義には、一枚一枚の写真をどう繋ぐかという議論が間に挟み込まれている。主宰者の側も、静止画の話をしているのではなく、静止画が連続することで生まれる動きの話をしている。だから点で答えを返されると議論が成立しない、という指摘だった。
そしてこの動的な観察が経営学に取り入れられたということは、商品自体も動的でなければならないことを意味する。ある時点で嗜好品だったものが、時間の経過とともに生活必需品になり、やがて文化になる。スマートフォンが辿った道がまさにそれである。「文化になる」という段階を、講師は欲望の高度化と呼び、主宰者はブランディングと呼び替えた。同じ現象を、需要側から見るか供給側から見るかの違いである。
参照企業として名前が挙がったのはAppleだった。iPhoneがどう成長し、価格がどう変わり、それでもユーザー数が減っていないかを見ると、この関連性が最も分かりやすい、という宿題の出し方である。
初代iPhoneは2007年6月29日発売で、4GBモデル499ドル/8GBモデル599ドル。2025年のiPhone 17 Proは日本国内で約17万9,800円(256GB)で、前年のiPhone 16 Pro 256GBの17万4,800円から約5,000円の値上げとなった。累計出荷台数は2025年4〜6月期決算までに30億台を突破している。価格を上げ続けながら台数が減らない、というこの日の主張と整合する数字ではある。要確認 ただし、単年の出荷台数は年によって前年割れの局面もあり、「値上げしても常に増え続けている」と単純化はできない点は補足しておく。
議論の終盤、ある参加者はこの構図をさらに一段抽象化した。マーシャルは社会全体の余剰を最大化するために政府の介入(環境税などが例示された)を想定していた。しかし現在、市場に対して最大の影響力を持つのは国家ではなくプラットフォーム企業である。当時の国家の介入に相当するものが、いまや企業レベルで語られるようになった。つまりプラットフォームがそのまま国家化したのではないか、という読みである。主宰者はこれを「経済圏ですからね」と受けた。そして、その転換点を見つけ、線として捉える力こそが、この日の主題だと確認された。
Q. 商品Aは価格2倍、商品Bは価格4倍で、どちらも購入数が2分の1になった。どちらの価格弾力性が高いか。
A. Aである。同じ数量の落ち込みを、Aは2倍の値上げで、Bは4倍の値上げで引き起こしている。したがってAのほうが価格変化に敏感で弾力性が高く、Bのほうが変動幅は小さい。
Q. マーシャルの需要と現代の需要の違いは、時期的な要素が入っていないということか。
A. そういうことではなく、もう少し客観的に見る話だと主宰者は答えた。マーシャル/現代経営学/実務経営者という三段階に分けると分かりやすい、という誘導が続いた。
Q. 現代では嗜好品のほうが多くなっているということか。景気が悪いのに高級車の値段が上がり需要も増えているのはなぜか。
A. 嗜好品と必需品の区分自体が当時と今では意味が違う、というのが答え。講義で示された四段階の流れが時間軸として効いてくる。かつて嗜好品だったものが生活必需品に変わっていく。スマートフォンがその典型である。
Q. アーリーアダプターの溝(キャズム)を越えたということか。文化になったから弾力性が低くなった、という理解でよいか。
A. その線でよい、と主宰者は応じた。商品は最初に生存戦略として売れなければならず、次に生活の一部へ広がり、最終的にそれ自体が文化になる。自動車という文化、スマートフォンという文化、高級車という文化がそうであるように。これは商品の成長過程としても説明でき、供給側から見ればブランディングそのものである。
Q. マーシャルの言う需要とは何か。
A. 参加者からは「人の欲望」という答えが出た。主宰者はこれを、価格に対する購入量という形に絞り込み、性質としては静的で受動的、決定要因は限界効用であると整理した。
Q. 現代の経営学では、価格を下げれば物が売れるのか。
A. そうとは限らない。現代経営学における需要とは顧客が抱える課題であり、そこに価値提案を届けることが決定要因になる。動的で戦略的な概念であり、ここから行動経済学の系譜も生まれてくる。
Q. 実務の経営者にとっての需要とは何か。潜在的な問題を見つけ出すことではないか。
A. その答えは「できた経営者」、しかもかなり規模の大きい経営者の話である、と主宰者は切り返した。一般的な中小企業の経営者が考えているのは短期的な儲け、生き残るための売上とキャッシュであり、そこに追われている状態では需要を掴めない。
Q. 顧客の抱える課題を解決するというのは、一時的均衡の話に置き換えられるのではないか。世の中に需要と供給を満たすものが溢れているから、ぽつぽつ出てくるミクロな問題解決が必要になる、という意味で。
A. 言いたいことは分かるが、そこに弾力性を入れて考えるとどう見えるか、と主宰者は問い返した。質問者が説明を言語化しきれなかったため回答は保留となり、代わりに三層の整理をもう一度なぞる形で議論が進んだ。
Q. 実務の経営者がやっているのは、文化をつくっていくことではないか。
A. それは理想論であり、実務的な需要としては生き残るために売上とキャッシュしか見ていない、というのが主宰者の答えだった。
Q. 最初の講義では生活必需品の弾力性が低いという話だったが、プロダクトアウトはむしろ逆に感じる。両方とも弾力性が低いということか。
A. 時代の流れによって、どういう商品をつくれば弾力性の低い商品になるのかという「段階」の話をしている、というのが答え。いま話しているのは点ではなく流れであり、点で捉えないでほしい、というのがこの日のメッセージだと再確認された。
Q. マーシャル自身は社会全体の幸福度の最大化を目標にこの理論を使っていたはずで、基盤を固めて売上を上げてまた固める、という話は「最大多数の最大幸福」を理論的に設定することに近いのではないか。また、当時は国家が最大の影響力を持っていたが、いまは企業レベルで市場が語られる。プラットフォームが国家化したと言えるのではないか。
A. 主宰者は「経済圏ですからね」と同意した。マーシャルの時代は労働集約型で、基盤を固める必要がそもそもなかった。需要が増えれば人を増やすしかなく、人件費がかかる分だけ強欲になりにくかった。いまは一人でも回ってしまう時代なので、強欲が効きやすい環境になっている。構造を理解しないまま構造に支えられていると、崩壊は本人の気づかないところで起きる。
Q. 転換点を見つけ、弾力性を変化させるには相当の抽象化とマクロ視点を鍛えなければ難しい。そこに説得力を持たせるにはどうすればよいか。
A. 市場をより客観的に見ること、そして構造の問題として捉えること。目に見えない資産(人的資産、家族、健康、長期的な目線)をどうつくるかという理念の見直しが、バリュープロポジションの本当の中身に入ってくる、という応答で議論は締められた。