この回のセッションは、前田氏が「前回に価値自由や価値判断を扱ったが、そもそも『価値』という語の意味合いを先に伝えておかないと話が通らない」と切り出すところから始まった。つまり出発点は概念の解説ではなく、概念を載せる土台の敷き直しである。前田氏の定義によれば、ウェーバーが扱う「価値」とは、本人が持っている理想、こうするのがよいという規範、そしてイデオロギーといったものを全部混ぜ合わせ、その人の行動の原理となっているものを総括した呼び名である。個々の好き嫌いではなく、行動を駆動する原理の束、と理解すべきものだ。
そこから議論は自然に「では価値はどこから来るのか」へ移る。前田氏は、文化・宗教・学問といったものが人の行動原理を大きく形づくると述べ、したがって文化や宗教や学問を理解できなければ、その人の価値そのものを理解することもできない、という順序を提示した。この一手が、後半でマイキー氏が宗教構造をビジネスへ移植する議論を組み立てる下地になっている。
セッションの核心は、事実と価値のあいだには埋めがたい隔たりがあるという指摘だ。花を観察して形状や色を記述することと、その花が美しいと判断することのあいだには断層がある。ところが人間はこの断層をほぼ自動的に、無意識に飛び越えてしまう。そこで前田氏が導入したのが価値関連性という概念であり、その前提として置かれたのが「完全に合理的な選択は不可能である」という命題だった。世の中に選択肢は無数にあるが、人はそのすべてを考慮して選ぶことができない。だから無意識のうちに情報を取捨選択し、検討に値するものとしないものを選り分けている。この選り分けの時点ですでに価値づけが行われているのだから、あらゆる情報には必ず主観が入っている、という結論になる。
ここから前田氏は、主観を持つことは悪ではない、むしろ主観がなければまともな選択自体が成立しない、と踏み込む。目的地をどこに置くかも決められず、どの入り口から入るかも決められず、結果として迷子になるだけだからだ。ウェーバーが求めたのは主観の排除ではなく、主観がどこにどれだけ介入するのが適切かというバランスの設計だった、というのが前田氏の読みである。
「入り口の選択には価値が入る。道の選択にはルールを入れる」――目的地までの道のりに喩えるなら、どの入り口から入るかを決めるのが価値関連性であり、入ったあとどの道を通るかをルールに従って決めるのが価値自由である。そしてゴールをどこに置くかにも、やはり価値判断が入り込む。つまり主観は入り口と出口の両方に残る。中間の分析工程だけを、意識的にルールで縛る。この「工程を分ける」という発想そのものが、ウェーバーが遺した最大の実務的資産だと言える。
講義開始前の雑談は、参加者の一人が抱えていたテナントの水漏れトラブルから始まった。階下の美容室が二度目の水漏れ被害に遭い、前回は壁紙と外装の工事だけで実被害がほとんどなかったのに対し、今回は機械が濡れているため損害の性質が変わっている、という状況が共有された。さらにその下は高級時計店だったが、早期発見のおかげでそこまでは漏れていない、という報告も添えられた。
ここでマイキー氏が助言した内容は、後の講義内容と静かに響き合っている。保険会社は基本的に独断で査定を決めるので、写真と動画を「もうどうしようもない」と見えるレベルで残しておくべきだ、というのがその要点だった。カメラにセロハンテープを貼るといった具体的な小技まで含めて、要するに「どの事実を、どの角度から、どう記述するか」で結論が動くという話である。さらに弁護士への相談と、管理会社および自社の保険会社の双方への連絡を早期に行うべきだと付け加え、全額補填されなかった場合の機会損失をどう主張するかにも言及した。ただし予約を意図的に入れ直して機会損失の証拠を作るという手については、マイキー氏自身が「モラル的にどうなのかというのはある」と留保を付けている。
この雑談は、講義本体で扱われる「記述するときに何を選び何を排除するか」という論点の、素朴だが生々しい実例になっている。同じ水漏れという事実に対して、保険会社が見る記述と被害者が作る記述は同じにならない。事実そのものが違うのではなく、事実に対する関連づけの仕方が違うのである。
雑談の後半では、参加者の太郎氏が銀座で営む店舗の告知が行われた。マイキー氏が三年ほど前から通っている育毛の施術について、注射を五千発ほど打たれること、血だらけになるが自分は寝落ちしてしまうこと、生え際が明確に改善したことなどが語られ、東京在住の参加者に紹介された。あわせて銀座の高級時計店で発生した強盗事件にも触れられ、犯行後に商品を毎日別の金庫へ移送しているという話が共有された。九時ちょうどになったところで、前田氏に講義が引き渡される。
前田氏はまず、この講義で使う「価値」という語の指示範囲を定義し直した。日常語としての価値は値打ちや値段を意味することが多いが、ここで扱うのはそれではない。本人が持っている理想、こうするのがよいという規範的なもの、そしてイデオロギー――これらが全部混ざり合ったものを総括して価値と呼ぶ、というのが前田氏の説明である。言い換えれば、その人の行動の原理となっているものの総体を指す。
この定義の効き所は、価値が個別の判断ではなく判断を生み出す装置として位置づけられている点にある。「この商品は高い」というのは判断だが、「値段に見合うかどうかで物事を測る」という構えのほうが価値である。前田氏はこれを「理念に近いようなもの」とも言い換えている。
次に前田氏は、その行動原理・理念・信念がどう形成されるかを問うた。答えとして挙がったのが文化・宗教・学問である。人が何を望ましいと考えるかは、生まれ育った文化圏の慣習、信仰の体系、教育を通じて受け取った学問的な枠組みに大きく規定される。したがって、文化や宗教や学問を理解できないと、その人の価値そのものが理解できない、という帰結になる。
価値関連(Wertbeziehung)という概念は、ウェーバーの完全な独創ではなく、新カント派・西南ドイツ学派の哲学者ハインリヒ・リッケルト(1863–1936)から取り入れて改変したものであることが確認できる裏取り済。リッケルトは、歴史的対象を価値に関連づけることは、明示的に定式化された概念区分に基づく限り客観的な妥当性を保ちうると論じ、そのために(1)研究者の価値と研究対象となる歴史的行為者の価値、(2)個人的・私的な価値と当時の一般的な文化価値、(3)主観的な価値判断と客観的な価値関連――という三つの区別を厳密に立てるべきだとした。
ウェーバーはこの枠組みを社会科学に引き寄せて使ったが、研究者のあいだにはリッケルトの影響を過大評価すべきでないという議論もあり、両者の方法論上の目標は根本的に異なっていたとする指摘も存在する。したがって「価値関連=リッケルト由来」という一言で片づけず、ウェーバーによる改変が入っている点は押さえておきたい。
価値関連性の説明に入る前に、前田氏は一つの前提を置いた。完全に合理的な選択は不可能である、という命題である。ここでいう合理的な選択とは、自分たちの感情および主観を抜きにして選択することを指す。それは完璧には成立しない。ただし影響を極力少なくすることはできる、というのが第一の但し書きだ。
第二の但し書きのほうが重要である。前田氏は、逆の言い方をすると、ある程度の主観、アイデンティティのようなものがないと、そもそもまともな選択自体ができないと述べた。主観は選択を歪める夾雑物であると同時に、選択を可能にする条件でもある。この両面性が、価値自由という概念が誤解されやすい理由の根にある。
理由の説明はきわめて簡潔だった。世の中には選択肢が無数に存在する。個人が何かを選ぶ際に、そのすべての選択肢を考慮したうえで選ぶことができるか。できない。ならば実際には何が起きているのか。無意識のうちに情報を取捨選択し、検討する情報を制限している。この時点ですでに、選択に値する情報と値しない情報が選り分けられている。つまりここで価値づけが行われている。
したがって、すべての情報には必ず主観が入っている、という結論になる。そして人は、その主観によって制限された選択肢の集合の中で選択を行う。だから前田氏は、制限された範囲の中でなら合理的な判断はできる、と言う。全部を比較したうえで最も適切な選択をすることはできないが、自分が選び取った限られた範囲の中で最も適切なものを選ぶことは可能性としてある。ベストではないが、その範囲でのベストではある。
「網羅的に比較検討したうえで意思決定した」という言い方は、原理的に成立しない。実際に起きているのは、無意識の絞り込みを経た後の、限られた候補集合の中での比較である。したがって意思決定の質を上げたければ、比較のロジックを磨くより先に、「自分はどの基準で候補を絞ったのか」を言語化するほうが効く。前田氏の議論は、意思決定論として読むとこの一点に集約される。
ここで前田氏は、二つの概念を道のりの比喩で整理した。目的地まで行くとき、まずどの入り口から入るかを決める。この入り口の選択が価値関連性のイメージである。入り口を選ぶには何かしらの動機が必要で、その動機は本人の価値から供給される。前田氏は職業選択を例に挙げた。医者になりたい人、料理人になりたい人、エンジニアになりたい人、それぞれが異なる入り口を選ぶ。その選択は、自分のやりたいこと、動機、あるいはこれまで教えられてきたものによって規定されている。つまり選択肢を選ぶときには必ず、その人固有の価値が介入する。これが価値関連性である。
入り口を選んだ後、次にどの道を進むかを選択していく。ここではゴールを設定し、そのゴールに合わせて道を適切に選ぶ。そしてこの選択自体はルールに沿って行う。道の選択をルールに沿って行うから、価値自由である――というのが前田氏の説明だった。ルールに沿ってやれば、自分の主観が入り込む余地はかなり少なくなる。ゼロではないかもしれないが、極力少なくする方法にはなる。
何を研究対象・検討対象として選ぶか。ここには本人の理想・規範・イデオロギーが必ず介入する。介入すること自体は排除できないし、排除すべきでもない。
前田氏の言い換え:「選択すること」
選んだ対象をどう調べ、どう論じるか。ここではルールに沿って進み、主観の介入を極小化する。ゼロにはならないが、意識的に抑える。
前田氏の言い換え:「分析すること」
前田氏はここで重要な留保を置いた。ゴールをどこに置くかも、やはり価値判断であり主観が入る。つまり入り口とゴールという両端で、主観が入る余地がある。中間の道の選択だけがルールで縛られている。それでもなお、価値観がなければどこから行くのかもどこを目指すのかも決められず、結局どの道を行けばいいのかわからなくなって迷子になる。だから主観が入ることは必ずしも悪ではない、と前田氏は繰り返した。適切な動機が入ることによって、しっかりした道の選択ができるようになる。ただしそれは本当の意味でのベストな道ではない。
この点は最も誤解が多いので、原典と研究に当たって確認した裏取り済。価値自由(Wertfreiheit)を「価値中立」「没価値」と訳し替えて理解すると、ウェーバーの主張は正しく伝わらない。
ウェーバーが求めたのは、経験科学が拘束力ある規範や理想を決定し、そこから実践の処方箋を導き出すことはできない、という限定である。彼自身の言い方に即せば、経験科学の課題は「拘束的な規範と理想を確定して、そこから実践のための処方箋を導く」ことでは決してなかった。価値自由な科学とは、宗教的・経済的・倫理的・性的といったさまざまな生の指針を分析することであって、それらを評価することではない。
そしてウェーバーは決して没価値論者ではなかった。彼の言う価値自由は、科学者としての「研究における価値からの自由」と、「実践における価値への自由」の両方を含意していたと整理されている。研究対象の選択と概念形成に関しては、いかなる科学も価値関連(Wertbeziehung)なしには成立しないとウェーバー自身が強調しており、価値や判断は文化科学にとってむしろ重要な主題である。つまり価値を持つな、ではなく、価値を持ったうえで論述の場ではそれを持ち込むな、という手順の話である。この点で、前田氏の「入り口とゴールには主観が入る/道の選択にはルールを入れる」という説明は、ウェーバーの主張を正確に写している。
なお日本語の「価値自由」という訳語自体にも研究上の議論があり、ドイツ語 wertfrei をどう訳すべきかについて専門家のあいだで見解が分かれてきた経緯がある。訳語の座りの悪さが誤解を増幅してきた面は否めない。
誤読①「学者は価値観を持ってはいけない」――ウェーバーはそう言っていない。価値観がなければ研究テーマの選択すら成立しない。
誤読②「価値自由とは中立を装うことである」――中立を装うのではなく、自分の価値がどこに介入したかを明示したうえで、分析工程では持ち込まないこと。
誤読③「事実と価値は完全に切り離せる」――切り離せないからこそ、切り分ける手順を意識的に設計する必要がある、というのが議論の順序である。
前田氏は価値関連性と価値自由の関係を、より実務的な言い方でも整理した。価値関連性は選択すること、価値自由は分析すること。例として気候変動が挙げられた。気候変動というテーマを選んだのなら、気象状況、海水温の変化、日照時間、大気の汚染状況といったものを含めて分析していく。気候変動を調べようという決定は、その人の選択である。しかし個々の分析は、自分の主観を抜いて行わなければならない。
別の言い方をすれば、仮説と検証である。本当にCO2が地球温暖化に関わっているのかという仮説を立てた場合に、どこまで何を調べるか。ここで最初から「CO2が溜まれば気候は変動する、気温は上昇する」という先入観で物を見てしまうと、結局その先入観に合うデータしか見なくなり、客観的な判断ができなくなる。だから仮説は立てるけれども、分析のときには自分の主観を抜いてほしい、というのが前田氏の言い方だった。
そして仮説を検証するためにはモデルが必要になる、と前田氏は続けた。ここで理念型という概念が登場するが、それは次回に回すとして、この日は流れだけを示すにとどめられた。
「どこまで、どれを、どれくらい影響させるのが適切かというバランスをすごく考えている人」――これが前田氏の個人的な理解として提示されたウェーバー評である。禁止のリストを作った人ではなく、配分の設計をした人、という読み方になる。
前田氏は、その意図を二つ推測として挙げた。第一に、まともに議論を成立させるためである。教授が偉くて生徒は偉くない、という構図になってしまうと、教授と生徒のあいだで議論ができなくなる。だからきちんと議論できるようにするための手順として考えたのではないか。第二に、後続の研究者が理論を発展させられるようにするためである。そのためには情報を整理しておく必要がある。この二点は前田氏自身が「個人的な推測」として述べたものであり、原典に明示された動機として提示されたわけではない。
講義で言及された二つの原典について、刊行年を確認した裏取り済。
『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』(Die »Objektivität« sozialwissenschaftlicher und sozialpolitischer Erkenntnis)は1904年、『社会科学・社会政策アルヒーフ』誌に発表された。同誌がウェーバー、ゾンバルト、ヤッフェの新編集体制に移行した年であり、この論文は事実上その綱領的な位置づけを持つ。
『社会学および経済学における「価値自由」の意味』(Der Sinn der »Wertfreiheit« der soziologischen und ökonomischen Wissenschaften)は1917年の発表で、1904年論文で展開した論点を後年に練り直したものにあたる。
また、この議論の社会的な文脈として価値判断論争(Werturteilsstreit)がある。第一次世界大戦前の社会政策学会(Verein für Socialpolitik)内部で起きた論争で、具体的な火種は1909年9月の同学会年次大会だった。主な対立当事者はウェーバー、ヴェルナー・ゾンバルト、グスタフ・シュモラーである。争点は、社会科学が経験的な発見から究極的かつ普遍的に拘束力のある価値判断を導けるか否かにあった。つまり価値自由は、書斎で生まれた抽象論ではなく、学会という現場で「学者が政策を語ってよいのか」という具体的な衝突から鍛えられた概念である。
前田氏は、ウェーバーがマルクスの批判もやっており、限界理論を提唱した三人のうちの一人であるカール・メンガーとも討論をしていた、と述べた。この点は精査が必要である。
調べた範囲では、いわゆる方法論争(Methodenstreit)は1870年代から1880年代にかけて、グスタフ・シュモラーとカール・メンガーのあいだで交わされた論争が起点であり、メンガーは1884年に『ドイツ経済学における歴史主義の誤謬』を刊行してこれを本格化させた。ウェーバー(1864年生)はこの論争そのものの当事者世代ではなく、後年になってオーストリア学派と歴史学派の双方のあいだを縫うように位置取りをし、メンガーの方法論的な論点のいくつかには同意しつつ、その理論を批判した、という整理が一般的である。ウェーバーの理念型と経済社会学は、両学派の方法論的対決から生まれた新しい第三の道として評価され、逆にオーストリア学派の若い世代へも制度研究の面で影響を与えた。
したがって「メンガーと討論をやっていた」を、二人が直接論争を交わしたという意味で受け取ると精度を欠く可能性が高い。方法論争という論争空間に対してウェーバーが後から応答した、という理解のほうが実像に近いと思われる。ただし個別の書簡や論考における直接的なやり取りの有無までは今回の調査では確定できなかったため、要確認としておく。
前田氏の講義を受けて、渡辺氏が補足に立った。その出発点は、当時、社会科学と自然科学を決定的に区別するための指標が必要だった、という歴史的な事情である。
自然科学であれば、目の前に起きている現象を説明すればよい。熱とは何か、物質とは何か、重さとは何か。これらのテーマは誰の目にも明らかである。ところが文化現象については、「何を研究することがこの文化現象を説明することなのか」について、共通の認識を持てない。つまり研究するにあたって、何を含み何を排除するかの指標が必要だった。この必要から出てきたのが価値関連という考え方だ、というのが渡辺氏の説明である。
渡辺氏はここで、新聞記者の例を持ち出した。ある事件に遭遇した記者が、その事件を記述するときに何を書くか。殺人事件が起きたという状況で、現場に咲いていた花のことを書くだろうか。近くの食堂の朝食メニューを書くだろうか。書かないだろう。書くとすれば犯人の動きがどうだったか、どういう状況だったか、時間はどうか、どういう人が集まりやすい場所だったか、といったことだ。これは選択している、という話である。
そして渡辺氏は、この概念が難しい理由を明快に述べた。それは僕たちが当たり前に選んでいることだからである。なぜそれを選んだのかと問われても、理由を説明できない。「みんなそれを知りたいでしょう」としか言えない。しかし本当に言いたいのは、この事件を端的に説明するためにこれが最も要素として関連性があると判断した、ということである。それ以外のことを判断することも実は可能だ。自然科学であればそれは可能である。将来的には、いま我々が重要だと思っている指標とは違う指標のほうが大事になるかもしれない。それはそれで構わない。
渡辺氏の結論はこうだ。人は常に、何かの必要に迫られた場合、あるいはこれが大事だと思った場合に、その大事なものと自分の選択と周りの状況をかなり強く結びつけている。このことを価値と呼ぶ。それに対して認識が可能になり、記述が可能になり、分析が可能になるものを妥当だと判断した――それは事実とは区別される。ところが我々はそれを当たり前だと思っているので、選択したことも事実だったと言って混同してしまう。自分が選択したことは当たり前なので、そこを選択しましたという意思表明をしていないのである。
文化現象や事物に関わることを説明するには、選択の段階と記述の段階をしっかり分けた二段階の説明が要る。この方法論のことを価値と呼んでいる。したがってこれは、単に好きだ嫌いだとか正しい正しくないとかいう判断の、もっと前の段階でしていることである。
前田氏はこの補足を受けて、この論点は伝えづらいと感じていたと応じ、ドイツ語の「価値」という言葉自体の含意に加えて、さらにウェーバーなりの解釈が乗っていること、そして今回は『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の側から考えたときに最もウェーバーの意図に沿うと考えた切り口を採ったことを説明した。
渡辺氏はさらに一段深めた。科学者になるには、日常とは違ういくつもの前提を置かなければならない。前提を置かないと、自分がどこで論理性を発揮しているのか、実証性なのか、因果律なのかが分からなくなる。普段は「これは論理性で科学だ、これは実証性で科学だ、これは因果律で科学だ」と切り分けずに、全部ひっくるめて「科学」と言っている。そうすると文化現象を説明するときに全部が混ざってしまい、しかも意見との見分けもつかなくなる。
前田氏が言及した『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』は、1904年から1905年にかけて『社会科学・社会政策アルヒーフ』誌に二回に分けて発表されたものが初出で、1920年に改訂版が『宗教社会学論集』に収められている裏取り済。つまり「客観性」論文とほぼ同時期の仕事であり、方法論の論文と実証研究が並走していたことになる。
また、価値自由が最も広く読まれている形で語られたのは『職業としての学問』(Wissenschaft als Beruf)である。これはミュンヘンで大学生向けに行われた講演を活字にしたもので、講演は1917年11月7日、パンフレットとしての公表は1919年とされる(講演日については1919年1月とする記述も流通しており、この点は資料により揺れがある要確認)。ここでウェーバーは、教壇は預言者や煽動家の場ではないという趣旨で、講義室で価値判断を語ることを戒めている。「世界の脱呪術化」という有名な語もこの講演に出てくる。価値自由が最も具体的に問題になるのは、研究室ではなく教壇であるという点は、この日の講義では直接には触れられなかった論点である。
渡辺氏は、この区別が分かっている人には何ができるかを述べた。二人以上の人が議論しているときに、議論のすれ違いや論点のすり替えが起こっていることを指摘できる。討論番組やインフルエンサー同士の討論を見ていて、この二人の答弁が噛み合っているのか噛み合っていないのか、どこへ行こうとしているのか、ちゃんとよい答えが出るのか、それとも作られた答えに誘導しているだけなのかを見抜けるようになる。分からないと、「偉そうな人が言っている、こういう答えになったんだな」で終わってしまう。
これを受けてマイキー氏は、自分がYouTubeで一貫してやっていることと同じだと応じた。基本的に批判的な思考を持つこと、そして頭ごなしに否定するのではなく、「こういうケースがあります」「この場合はこのケースは成り立ちません」という形で補足・補強していくこと。為替の分析、株式の分析、経済学者や計量分析の結果についても、理論上は成り立っているが前提が崩れた場合には全部がひっくり返るので、その意味では価値がなくなる、という話をよくする、と述べた。だから前提状況を考えましょう、というのがマイキー氏の定型的な言い回しである。
ここでの議論を実務側に翻訳すると、価値自由とは「分析の妥当性を、結論への好き嫌いから切り離して評価する能力」である。ある分析が気に入らないとき、結論が気に入らないのか、前提が誤っているのか、推論が飛んでいるのかを分けて指摘できるかどうか。マイキー氏の言う「前提が崩れたら全部ひっくり返る」という指摘は、結論の否定ではなく前提の射程の確認であり、これは価値判断ではなく分析工程での作業である。
マイキー氏はここから、「では、これを経営者にどう分かりやすく説明し、どう行動へ落とし込むのか」という問いを立て、前田氏が挙げた理想・規範・イデオロギーという三要素を軸に、その場で表を組み立て始めた。この表の話は独立したテーマとして展開されるため、本レポートではここまでとする。