STUDY REPORT / 2025年12月度 勉強会
「話すこと」はコミュニケーションではない。前田氏による三段階モデルの講義と、それを受けたマイキー氏の切り返し――対話はプロセスの目的地であって、最終目的地は議論である。そして議論を殺すのは能力ではなく、自分で引いたレイヤーとフィルターだった。
この日のセッションは、前田氏による「話す/会話する/対話する/議論する」の定義整理から始まった。狙いは高尚な言語論ではなく、ごく実務的なところにある。ほとんどの人は「話したらコミュニケーションが取れている」と思い込んでいるが、相手が受け取っていなければそれは独り言でしかない。そこを最初に切ってから、会話・対話・議論という三つの層を積み上げていく構成だった。
三段階の中身はシンプルだ。会話とは場を温めて話しやすい空気を作る工程であり、イメージとしては準備運動にあたる。対話とは認識を共有し、お互いを知る工程で、イメージはキャッチボール。議論とは互いの知識を出し合って深める工程で、イメージは試合である。前田氏は「コミュニケーションを成立させる」という前提を置いたうえで、この三つのうち最も重要なのは対話だと結論づけた。投げる=質問、受ける=傾聴という双方向の往復が、そこにしかないからである。
ここに切り込んだのがマイキー氏だった。対話が最重要というのは「プロセス的目的」の話であって、「最終目的」で見るなら議論のほうが重要ではないか、という問いである。前田氏はこれを即座に肯定し、講義の締めで自分もそこへ着地させるつもりだったと明かした。この一往復自体が、この回で示された三段階モデルの実演になっている。異なる意見が出て、それが否定ではなく選択肢の追加として処理され、目的地の共有によって着地した――講義の内容が講義の場でそのまま再現された格好だった。
そこから話は、なぜ多くの人がフレームワークを学んでも行動に落とし込めないのか、という問題に移る。マイキー氏の診断は「対話で止まっているから」だった。対話の局面では必ず価値観の相違が露出する。そこで議論に進まない人は、諦めるか、動く気はないのに納得したふりをするかのどちらかを選ぶ。波風を立てずに終わらせるほうが痛くないからである。強いサッカーチームやバスケットボールチームが必ずチーム内で喧嘩するのは、試合=議論の局面で噛み合わなさが顕在化し、それを修正する過程を通っているからだ、という対比が置かれた。
後半、上野氏の「対話や議論ができていると勘違いすることが最も危険ではないか」という質問をきっかけに、この日いちばん鋭い論点が出てくる。多くの経営者は社内で議論していると思っているが、実際には「議論できる相手」「勝てる相手」だけを選んで議論している。つまりレイヤーを自分で設定し、フィルターをかけている。だから相手のレベルが上がった瞬間、議論は消える。議論の生産性は自分より強い相手と話したときにこそ高くなる、というのがマイキー氏の主張だった。
この日のセッションは、講義が始まる前の雑談から実質的に本題に入っていた。話題はカンボジアの鉱山投資である。マイキー氏は現地で鉱区を見に行った経験を語り、「リサーチ台みたいなもので、この辺で取れているからこの辺もあるだろう」という曖昧な根拠で境界が引かれている大きな鉱区だったと述べている。資金規模も大きくはなく、あくまで勉強がてらの投資で、トントンでよいと考えていたが「本当に儲からない」という感想だった。レアメタルが出ればよかったが、それも出てこない。山を案内してくれた現地の山族は、第二次世界大戦期のものと思われる古い銃を持って歩いていて、暴発するのではないかと不安になった――そういう手触りの話である。
この雑談が本編に接続するのは、通訳の話が出たところからだ。現地の言語はクメール語だが、リーダー格の人物は英語を話せた。マイキー氏はそれでも通訳を入れたが、選んだのは自分が現地に出している会社の社長の奥さんだった。理由は明快で、通訳という中間者はブラックボックスだからである。エージェンシーコストを抑えられる人物、つまり自分側に利害が寄っている人物でなければ、何を訳しているのかが分からない。
台湾や中国での打ち合わせでも、マイキー氏は日本語通訳を避け、中国語と英語で通訳させていたという。理由は二つある。ひとつは、日本語・英語・中国語では文法構造が異なり、日本語を経由すると訳しづらさが増すこと。もうひとつは、日本語通訳より英語通訳のほうが人材の層が厚いことである。前田氏はここに、日本企業の海外事業の失敗はたいてい通訳がいい加減なことを言い、ガバナンスが効かないまま勝手なことをやっていた結果だ、という所見を重ねた。特に中国でそれが多い、と。
マイキー氏自身も、通訳として入ったときに訳すのが面倒な箇所は飛ばして自分で話してしまうことがあると認めている。悪意がなくてもそうなる、というのが前田氏の応答だった。肝心なところが分からないから飛ばす、という省略が積み重なると、経営判断の前提が静かに欠落していく。そこで両者が確認したのが、海外交渉の原則である。通訳は必ず自分側で手配する。相手に「通訳を用意しましょうか」と言われたら、原則ノーと答えて自前で連れて行く。特に中国では通訳が買収されている前提で構えるべきだ、というのがマイキー氏の実務ルールだった。
前田氏は、最近はスマートフォンで録音してAIで翻訳・文字起こしができるようになったため、通訳に誤魔化されていたブラックボックスが多少は減るのではないかと期待を述べている。同時に、日本人には「はい、はい」と受けて「じゃあよろしくお願いします」と投げてしまうタイプが多く、そこで情報のコントロールを相手に握られる、という指摘も出た。まず「嘘をついているのではないか」から入らないと駄目だ、というのが前田氏の言い方である。
話題はその後、エジプトとヨルダンの旅行談に流れた。前田氏は2022年夏、コロナ禍の時期にエジプトを訪れ、街のゴミの多さが好きになれなかったと語る。ピラミッドは確かにすごいが、ツタンカーメンばかりを推してくる観光構造に「他に何かないのか」という感想を持ったという。マイキー氏が行ったのは2008年から2010年頃、いわゆる無政府状態と呼ばれた時期で、カイロ博物館近くのヒルトンに1泊7,000円ほどで泊まり、夜中にデモの行列を見て降りていき、デジタルカメラを持って一緒にデモに参加して現地の人に話を聞いたという。危ないかと思ったら、皆が酒を飲みながらワイワイやっていた、というのが彼の記憶である。
両者が評価が一致したのはヨルダンだった。死海、渓谷、砂漠サファリといった観光資源に加え、王国制で中東のなかでは治安が良く、英語が通じ、ヨーロッパ系のホテルが揃っている。前田氏は隣国サウジアラビアの軍人がリゾートとしてヨルダンに来ていると述べ、マイキー氏はヨルダンでシーシャを覚えた話をした。打ち合わせの相手が皆吸っているので自分も吸わせてもらったところ、気に入ったと言ったら現地の人がシーシャのグッズ一式をプレゼントしてくれた、という逸話である。前田氏はここに、アルコールを飲まない文化圏では夜に外で長く話すための道具が必要になる、という背景を添えた。マイキー氏はエジプトについてはアレクサンドリアとルクソールのほうが良かったと述べ、カイロは信号機が少なく道を渡るのが大変だったと付け加えている。
前田氏の講義は、定義を分けることによって物事が見えやすくなる、という方法論の提示から始まった。話す・会話する・対話する――こうした語をひとまとめに「コミュニケーション」と呼んでいる限り、何が起きているのかが観測できない。区別すれば見えるようになる。これが前提である。
最初に切られたのは「独り言」だった。自分が思ったことをとりあえず徹底的に話してしまい、相手が聞いているかどうかは関係なく、こうです、こうですと喋り続け、相手の反応を一切見ていない。前田氏の定義では、相手がいても相手が見ていなければ、それは基本的に独り言である。そしてこれをやっている人が実は非常に多い、と続けた。
ここから導かれる命題が一つ目の核心になる。話すことがイコール、コミュニケーションというわけではない。話したらコミュニケーションが取れていると思い込んでいる人がいるが、そういうわけではない――前田氏はこれを繰り返し強調した。
その前提として置かれたのが、自分の考え・感覚・認識と、他人の考え・感覚・認識は違う、という当たり前の事実である。違うからこそ「これを知ろう」という動機が発生する。逆に言えば、違うと思っていない人には対話の動機そのものが生まれない。この一点が、後段の「対話が成立する条件」の第一項へつながっていく。
前田氏が提示した三段階は、それぞれに「目的」と「イメージ」が対で与えられている。ここが本モデルの実用性を担保している部分で、抽象的な定義だけでは使えないものが、身体的な比喩と組み合わさることで判定可能になる。
| 段階 | 目的(前田氏の定義) | イメージ | この段階で起きていること |
|---|---|---|---|
| 会話 | その場を温めて、どんどん話しやすい空気感を作る | 準備運動 | まだ内容のやり取りは始まっていない。場の温度を上げる工程。マイキー氏の言い換えでは「情報の交換ぐらいのレベル」 |
| 対話 | 認識の共有。お互いを知ること | キャッチボール | 投げる(質問)と受ける(傾聴)の往復。マイキー氏の言い換えでは「意見の相違があるので、そこを埋める場所」 |
| 議論 | 知識を深めること。互いに持っている知識を出し合ったうえで、どう深めるか | 試合 | 互いの知識・技術を出し合い、高め合う。マイキー氏の言い換えでは「大きなお互いにとっての命題の着地点をどこに見つけるか」 |
ここで前田氏が明示的に否定したのが、議論=戦い、という通俗的な理解である。「議論と言って、別にそれを戦わなきゃいけないとかではなくて、ちゃんと出し合って深めることができれば、これは議論ですよね」――この一文が、後半のQ&Aで繰り返し参照されることになる。
会話も場を作るために重要であり、議論も知識を深めるために重要である。そのうえで前田氏は、コミュニケーションを成立させるという前提であれば、対話が一番重要だと判定した。理由は、対話だけが言葉のやり取りにとどまらず、認識や考えのキャッチボールになっているからである。
キャッチボールという比喩は、そのまま行動の指針に分解される。投げる側は「質問」に相当する。相手が答えやすい質問をすることによって、相手が受け取りやすいボールになる。受ける側は「傾聴」に相当する。ただ聞くのではなく、相槌を打つ、相手のほうをしっかり見る――そうした所作だけで相手は喋りやすくなる。「ボールもちゃんと構えてなければ受けられない」という言い方で、聞く姿勢がなければ実は聞けていない、という点が強調された。
さらに、キャッチボールを続けるために必要な動作として、自分の位置を示すこと(手を振る)、相手がどこにいるかを見ること、いつ投げるかを合わせること、受ける準備ができていると声をかけること、が挙げられた。これらは物理的なキャッチボールの話であると同時に、対話における意識の話でもある、というのが前田氏の整理である。
図1:三段階の「何をやり取りしているか」の構成比イメージ(講義内容に基づくClaude作図・定量データではありません)
前田氏は、対話が成立する条件として四つを挙げた。それぞれ独立した項目に見えるが、講義のなかで色分けの意味が説明されており、そこに構造がある。
| 条件 | 内容 | ベクトルの向き |
|---|---|---|
| 認識(他者性) | 話している相手は自分ではなく他人である。自分が知っていることと他人が知っていることは違うのだから、前提や考え方を共有するための話をしなければならない | 外向き(相手へ) |
| 公平性(水平的関係) | 関係性に上下があると、コミュニケーションは一方通行になりやすい。ある程度、水平的な関係に保っておいたほうがよい | 外向き(相手へ) |
| 好奇心 | 質問するためには相手への好奇心が要る。「どんなことをやっているんですか」「その仕事はどんなところでやるんですか」と掘っていくことで話が繋がり、必要な情報も引き出せ、信頼も獲得しやすくなる | 外向き(相手へ) |
| 変化 | 相手から話を受けて自分の知識を増やし、考え方を深め、行動を変える。ただ聞くのではなく、自分が変わったことを見せれば相手への影響も大きい | 内向き(自分へ) |
前田氏が資料上で最初の三つを赤、最後の「変化」だけを青にしていたのは、ベクトルの向きが違うからである。認識・公平性・好奇心は自分から外、つまり話し相手のほうへ向かっている。変化だけが自分に向かっている。この非対称性が、対話を「他人を知り、かつ自分を磨く手段」として二重に位置づけることを可能にしている。
ここでマイキー氏が入る。「対話が大事だよねという話は、プロセスの目的地の話なのか、最終目的地の話なのか」――そして、対話が一番大事だと言ったのはプロセス的目的という捉え方でよいか、と確認した。
前田氏の答えは「プロセス的な目的」だった。今回の講義の第一目的は、相手との関係値を築くコミュニケーションにフォーカスすることに置いていたからである。そこでマイキー氏は本題を出す。プロセス的目的なら同意するが、最終目的で見るなら対話ではなく議論が一番大事なのではないか。前田氏はこれを全面的に肯定し、実は講義の最後をそこに着地させるつもりだった、と応じた。
マイキー氏がこの問いを立てた背景には、直前に開催された懇親会での観察がある。100人近くが参加したが、そもそも会話になっていない人が多かった。逆に、良い対話・議論になっていると感じたのが文野氏で、元野村の浜村氏と二人で相当長く話し込んでいた。小澤氏も上手だった――そういう具体例からの帰納である。
会話の後半で、マイキー氏はこの三段階を別の言葉に置き換えた。会話とはお互いのテーゼの確認、対話とはアンチテーゼが何なのかを見つける場所、議論とはジンテーゼに向かっていくための流れ――こう見るとすごく分かりやすい、と。前田氏も「本当にそうですね」と同意している。
この重ね方から出てくる診断が鋭い。大抵の人はアンチテーゼを見つけようとしないところで終わっている。相違点を探しに行かない。だから統合にも到達せず、結局は問題解決ができない。これが中小企業や日本企業の課題になっているのではないか、というのがマイキー氏の見立てだった。
マイキー氏は、教える側と受け取る側が「会話止まり」で終わっているケースが多い、と述べた。マイキークラブを運営していても感じる、という実感付きである。会話から議論へ進むというのは、言い換えれば変化するための入り口から、行動に落とし込むまでの流れだ。議論を行うことで初めて行動に落ちるし、試合に持っていける。
では、なぜ止まるのか。対話の局面で必ず起きるのが、価値観の相違の露出である。自分の考えたことと他人の考えたことが違う、という事実が突きつけられる。ここで議論をしない人が選んでいるのは、マイキー氏の分析では次のいずれかだった。
この二つに共通する動機として名指しされたのが「痛み」である。対話と議論の局面では、自分の意見が否定されるかもしれない。否定されたくないから、納得するふりをする。マイキー氏は、日本人は特に議論が苦手で、アメリカでは議論ばかり行っている、という対比を置いた(この対比自体は後段でマイキー氏自身によって修正される――アメリカにも議論できる人とできない人がいる、というのがPART 6の論点である)。
ここで出された比喩が、この回でもっとも記憶に残るものだった。強いサッカーチームやバスケットボールチームは、必ずチーム内で喧嘩する。最初に練習でコミュニケーション=会話を行い、その後に「お前こういう風にしたほうがいいよ」「俺はこうするわ」という対話が始まる。ただし試合=議論をやってみると、そこが噛み合わずに喧嘩になる。それをどう修正するかによってチームが強くなり、試合に勝てるようになる。
マイキー氏はクリスティアーノ・ロナウドや本田圭佑が試合中にチームメイトと誰がフリーキックを蹴るかで揉めていた例を挙げ、あれがチームの結束力を強くする側面もあるのではないか、と述べた。理論・マーケティング手法・営業手法も同じで、議論まで持っていったうえでどう落とし込むかが問われる。
そして、フレームワークを回すための具体的な手順が提示された。新しい考え方を入れるとなったとき、まずそのフレームワークを一回受け入れてみる。そのうえで、自分のやり方ではどうだったかを突き合わせ、うまくいかなかったときに「なぜうまくいかなかったのか」という議論に進む。これによってフレームワークが円滑に回るようになる。「はい、やります」「はい、やります」で終わっているのは会話で終わっている状態だ、というのがマイキー氏の判定だった。
上野氏の質問――「対話ができている、議論ができていると勘違いしてしまうことが最も危険ではないか。フィードバックの欠如をどう外から入れるのか」――に対して、前田氏はまず「恐怖しかない」と答え、一番必要なことほど本人は受け入れられない、と述べた。待つか、死ぬ思いをしてでも強制的に納得させるかのどちらかしかない。それがやられない状況はかなり不幸だ、と。マイキー氏の答えはもっと冷たく、「単純に見捨てるだけだと思います」だった。
そのうえで、マイキー氏は角度を変えて核心を出した。議論ができていないのではなく、レイヤーを自分で設定してしまっているのではないか、という診断である。
マイキー氏は、この論点を自分の失敗から引いてきた。日本にいたときは先生に対しても誰に対してもボロクソに言っていたが、アメリカに行ったら議論ができなかった。理由は能力ではなく言語の壁である。「日本語だったらぶち殺せるのに」という相手が何人もいたが、伝えたいことが伝えられなかった。どうやったら伝わるのか、どうやったらこいつと議論できるのかを、かなり考えたという。
そこから彼が出した結論が二段構えになっている。第一に、アメリカ人だから議論ができるわけではない――アメリカのなかにも議論できる人とできない人がいて、その差はフィルターをかけているかどうかである。普通の高校生がハーバードの学生と揉めるようなことは、たいていしない。第二に、自分は相手が誰だろうが関係なくやってきた。
その例として出されたのが、高校生のときにブッシュ元大統領(父)の弟にあたる人物と会ったときの話である。マイキー氏はその人物のクリスチャン関連のベストセラー書籍を見て、末尾の謝辞のようなところに、当時アメリカで非常に有名で自分も好きだった女優ジェニファー・ラブ・ヒューイットの名前が入っていることに違和感を持った。そこで著名人が居並ぶ場で、その人物に「女性はどういう人が好みですか」と質問し、「小さくて細くて胸の大きい人」という答えを得たうえで、それはまさにジェニファー・ラブ・ヒューイットではないか、どうせ下心があったのだろう、とぶつけた。完全に失礼な批判である。ところが相手は「面白いね」となり、そこから議論が進んだ。
マイキー氏の総括はこうである。当時は大統領選が近く、「ブッシュの叔父が来るぞ」と皆が縮こまっているなかで、周囲は本の中身から議論に入ろうとしていた。自分は正気でそういうことを誰にでも言っていた。結果として、非常に良い人間関係を築けた。相手に敬意を払うことは重要だが、突っ込むかどうかでフィルターをかけるかかけないかが、議論の幅を決めるのではないか、と。
誰に対しても言ってしまうが、たいてい喧嘩にはならない。理由として挙げられたのが、相手が怒るであろうことを言ってから、そこからのかわし方を知っているという点だった。かわし方さえ分かっていれば議論は進みやすい。そのやり方を知らない人が、議論にフィルターをかけてレイヤーを作ってしまう。
では「かわし方」の中身は何か。上野氏の重ねた質問(何度も練習した結果ではないか)に対して、マイキー氏は言語の壁の話に戻る。伝えたいことが言語の壁で伝えられないのは自分の言語能力不足であり、戦っているフィールドが英語である以上、どうやって相手を打ち負かすかという英語を習得しなければ無理だった。単語も表現方法も向こうが上である。だから、パワーワードとキャッチフレーズで相手を叩きのめす方法をアメリカでマスターした。それが今のプレゼンテーションに繋がっているだけだ、と。
「なぜならば」を言えることか、という前田氏の確認に対しては、それも含むが本質は違う、という答えだった。重要なのは、相手が納得するか、理解できるか、もしかしたら1ミリでも理解するかどうかをまず考えることである。プレゼンテーションは納得性を作る営みだ――ストーリー構成とキャッチフレーズ、パワーワード、そして最後は相手の感情に判断させる状態まで持っていく。納得性があるのであれば、「その考え方もあるよね」を落としどころにするだけでも良い議論になる。全否定される人というのは、他の言い回しがない人である。
逆のパターンとして名指しされたのが、「お客さんがダメな客しかいない」と言う人である。マイキー氏の分類ではそれはマウントを取るビジネスであり、レイヤーを下向きに固定した結果として、議論の生産性を自分で捨てていることになる。会社の社長や部長が社員に指示を出しながら「議論している」と思っている、というのも同じ構造である。マイキークラブにすごい人がたくさんいるのに、そこに話を持って議論しに来る気があるのかというとフィルターをかけてしまう。だから静かで、議論に参加してこない。「それを議論と呼ぶのか」――これがこの回の結語だった。
なお、アンディ・ジャシー氏についても言及があった。マイキー氏は、ジャシー氏が他人の意見を聞かない・議論を好まないというのは逆だ、と述べている。社員が言ったことがロジックとしてうまくいくのであれば、彼はむちゃくちゃ取り入れる。重要なのは、議論をすることによって出てきたメカニズムを取るために、議論を引き起こすという点である。そのうえで、自分に言われたことに答えられなかったり、準備不足だったりすると「あなたのキャリアはおしまいです」となるのは、議論を大切にしているからこそだろう、と。(アンディ・ジャシー氏の経営手法そのものは、この勉強会シリーズの別の回で扱われています。)
この日のセッションには、講義の前後にもう一つの軸が走っていた。マイキー氏の書籍出版を題材にした、チームビルディングの実地実験である。前田氏への協力依頼という形で提示され、後半で会員全体へのアナウンスとして再度説明された。
マイキー氏によれば、マーケティングの専門家である小山氏から、久しぶりにまともに読んだ本だと評され、売れる本としての評点で「自分の本が8点だとしたらマイキーさんは9.5点」と言われたという。小山氏がこの5年間でコンセプトと合致するクオリティの本ができたと認めたのは2人目で、もう1人は別の著者の前回作だった。10万部到達した本でも4点程度、5万部を突破した海外不動産の書籍でも6点程度、以前良かったと評されたYouTube関連の書籍が8点程度、という相対評価である。
マイキー氏自身は本の内容に納得していない。もっと良いものを作れると考えているが、小山氏から「これ以上手を入れると今度は売れなくなる」と言われて止めた。この判断について、彼は後半で自分の言葉に置き換えている――クリエイターは、どこで妥協するかを覚えなければいけない。クリエイターとして動いてしまうと、おそらく売れない方に行く。「売れるものは本で作ればいい。クオリティを上げるのはマイキークラブの講義でいい」という切り分けである。(この論点は、後半のIP・クリエイター論のパートで日本のアニメ産業の話に接続していきます。)
ビジネス書は1万5,000部でベストセラーと言われるなかで、当初3万部程度を想定していたところ、小山氏は10万部を狙うと言った。10年前なら20万部から30万部のポテンシャルがある本だが、今は本が売れなくなっている、というのが前提条件である。そして5万部まで持っていくのに必要な予算として提示されたのが、最大6,000万円という数字だった。
ここでマイキー氏が組んだのが実験である。小山氏によれば、その6,000万円を2,000万円まで落とせるかどうかは、マイキークラブをどれだけ活用できるかにかかっている。そして絶対的に必要なのはチームビルディングと、同時に強制力である。
図2:出版マーケティング予算のシナリオ(発言に基づくClaude作図。単位:万円)
前田さんに「自分がそこで機能するのか」と問われたマイキー氏の返答が、この回でもっとも思想的な部分だった。基本的にチームビルディングを含め、会社の組織統制は機能しない前提である。ではどうやって機能させるのか、が問いになる。
その理由づけとして出されたのが、動物との対比である。動物がなぜあれほど群れで動けるかというと、サボらないからだ。動物は生きるのに必死で、サボったら生きていけない。人間はサボっても生きていける。だから動物のようなチームワークを人間が作るのは難しい。さらに――動物は言葉が人間ほど発達していないので、いわば暗黙の呼吸だけであれだけのコミュニティが成立している。
ここから導かれた命題が逆説的である。コミュニケーションが取れることによって強化されるのではなく、むしろ劣化させているのではないか。人間の言語が多様になればなるほど、言い訳ができ、サボることができる。したがって「言語がある以上、統制は取れない」。ではそれでも統制を取らせるために何が必要なのか、というのが問題設定になる。
マイキー氏は、これをやると中国の習近平氏が敷いている政治体制や北朝鮮を含めて、それが人間にとってチーム統制を取るのにどれだけ合理的なのかを体感するのではないか、とも述べた。組織理論を何パターン勉強しても、結局何が機能しているのか分からなくなる。そのときに最もシンプルなのが強制力だ、という結論である。
マイキー氏がこの実験の統制役として前田氏を指名した理由は、強制力の強さである。過去、世田谷区の選挙で徹底して強制させることでうまくいき、通常かかる選挙費用の3分の1に抑えられた実績があるという。そのときの統制役はアミル氏(現・高校生)だったが、今は動けない状態のため、代役として前田氏に依頼した、という経緯だった。
前田氏の応答も記録しておく価値がある。「もう完全にブレーキを外すと決めてしまったので、正直言うと泣いて逃げ出す人は出てくると思いますが、それを前提でやります」。理由として、先週末にブレーキをかけていることによる悪影響を体験してしまった、話が通じないということがよく分かった、と述べている。マイキー氏の側も「かなり手加減をする気がなくなっているので相当締め上げると思う」と予告し、小山氏に相談したところそれぐらいの人がいいと言われた、と付け加えた。
もう一点、マイキー氏が前田氏に体験してほしいと述べたのが、チームビルディングは理論でやっていることと実践で動くことが全然違うという点である。これは奇しくも、この日の講義の主題――対話で止まらずに議論を経て行動に落とし込む――の実演になっている。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 目標部数 | 3ヶ月で5万部。最終的に10万部を狙う(小山氏の見立て)。初版は8,000〜9,000部の見込み |
| 予約段階の目標 | 発売前の予約・初版刷り込みだけで1万5,000〜2万部を積み、出版社を「黙らせる」 |
| 予算 | 最大6,000万円。会員の協力次第で2,000万円以内に圧縮できるかを実験。3,000万円のキャッシュを1ヶ月以内に別途作って担保する |
| 山手線ジャック | 当初1,200万円と提示されたものを、200万円台まで交渉で落とすことが目的(1ヶ月間の交渉)。加えて新聞広告も大量に出稿 |
| 小山氏の登壇 | 1月・2月にマイキークラブへ登壇。ベストセラーをどう作るかの戦略を講義 |
| 資産形成エキスポ | 9月開催回に出展・登壇。一番高いコースでブースを作り、買い溜めた本を配布してリスト取りを行う。1月開催回は本の完成が間に合わないため見送り |
| 出版講演会 | 実施予定。登壇に高橋氏と小山氏。司会・トリはみどり氏で確定 |
| 大量購入者への特典 | 数百冊単位の購入者にはBtoBでの講演を提供。100冊購入で2年間マイキークラブの費用を無料にする案なども検討中 |
| 浮いた予算の使途 | 6,000万円が2,000万円で済めば差額4,000万円を、中川氏の活動(猫の保護関連)など会員向けの取り組みに振り分ける構想 |
実際に動いている例として、佐藤建設の佐藤氏が九州の教育委員会などに声をかけ、書籍を寄贈する話まで進めているという報告があった。マイキー氏は「口コミ戦略が一番強い」と述べ、Amazonでの予約と感想の書き込みを会員に依頼している。
図3:発行部数の目標階段(発言に基づくClaude作図。単位:部)
相手に興味が持てないとき、どうすればいいのか。
(マイキー氏)相手を知ろうとするときに、自分は相手に何を提供できるのか、何かできることはないかという考えで話すと、結果的に「相手の課題は何ですか」を引き出すことになる。そこから「なぜそうなったのか」が出てきて対話になり、「こうしたらどうか」「自分ならこうだが、どこが難しかったのか」と進んで、自然と議論に行く。そもそも相手を他者として認識しないと、自分のことだけ考えていることになる。本当に自分のことしか話さない人は、相手を見ていない人が多かったのではないか。
みどり氏のように「あなたはうさん臭い」と初対面で言うことはできない。どうすればキャッチボールを始められるか。
(質問者本人の提案)テクニック寄りで恐縮だが、最近考えているのは前提を確認すること。初対面なら「なぜあなたはいらしているんですか」「今日ここに来られたのはどうしてですか」と聞く。プラスして、前田氏が言っていた自己開示――「ちなみに私は大阪から来ていて」と付け加える。すると相手からまた何かが出てくるので、気になったワード、なければ耳に残ったワードを「それってどういうことですか」と深めていけばキャッチボールになるのではないか。ただしそれが議論に行くかどうかは、その人と何をゴールに話すのかによる。
議論は必ず戦わなければならないのか。
(マイキー氏)議論は戦う必要はない。戦う議論もあれば、同意の議論もある。100人いれば100人考え方が違うが、共通認識を合わせること自体が一つの議論になる。うまいスパゲッティの作り方にAとBがあり、両方ともうまく作れるが、どちらが合理的かはシチュエーションと客層によって変わる。そこをどう意見交換するかも議論である。100%どのシチュエーションでも正しいというものはない。「こういうお客さんが来たからこちらのほうが好まれる」「今回は超富裕層が来るからこちら」という認識を合わせるだけでも議論になるので、揉める必要はない。
議論の比喩が「試合」になっているが、対戦相手として試合をするのではなく、同じチームにいて試合をすることもあるという話か。
(マイキー氏)そういうことです。あくまで敵対しているわけではなく、同じ仲間だが試合の準備をするために意見の相違が必要になる。意見の相違がないと、そもそも改善しない。社長が言ったことが全部イエスになってしまうと、それはもう議論がない。これが日本の上場企業でも起きている――メガバンク・システムや持ち合い株で誰も反論せず、取締役会の前にすべて議決されてしまう状態になると、誰の反発も出ずに終わる。
(上野氏)最も危険なのは、対話・議論ができていると勘違いしてしまうことではないか。自分たちとしてはやっている・できている・続けていると思っている、というフィードバックの欠如をどう外から入れるのか。他にどういう視点があるか。
(前田氏)もう恐怖しかないと思う。一番必要なことほど本人は受け入れられない。待つか、本当に強制的に、死ぬ思いをしてでも納得させるかのどちらかしかない。それがやられない状況というのは、かなり不幸ということになる。
(マイキー氏)単純に見捨てるだけだと思う。それに加えて、少し違う角度から言うと、レイヤーを自分で設定してしまっているのではないか。社内で議論していると思っている経営者は多いが、それは議論のできる相手と議論しているだけで、「勝てる相手と議論するか」でフィルターをかけている。レイヤーが上がると議論できないのに、議論していると思い込んでいる。みどり氏はそこが一切関係なく、自分にも突っ込みを入れてくる。
マイキー氏が言っていた「かわし方」の一つが、「なぜならば」を言えることなのか。
(マイキー氏)「なぜならば」も言えるのはもちろんそうだが、それより大事なのは、相手が納得するか、理解できるか、もしかしたら1ミリでも理解するかどうかをまず考えることである。プレゼンテーションは納得性を作る営みで、ストーリー構成とキャッチフレーズ、パワーワード、そして相手の感情に判断させる状態まで持っていく。納得性があれば「その考え方もあるよね」を落としどころにするだけでもいい議論になる。全否定される人というのは、他の言い回しがない人である。言語で勝てないなら表現で勝つしかない、というのが自分のアメリカでの結論だった。
レイヤーというのは、パワーバランスのことか。この人が上、という。
(マイキー氏)そう、パワーバランスを自分で作ってしまっているということ。上の人だってパワーバランス的には自分よりすごい人がいくらでもいる。自分は世の中で相当な相手が目の前にいても、普通に喧嘩を売ると思う。これは何かというと、生産性を見出すためにはやらなければいけないということ。
(マイキー氏から前田氏へ)本のマーケティングのチームビルディングを一緒にやらないか。ゲーム的に面白いのではないか。
(前田氏)自分が直接払うわけではないという点はあるが、ゲーム的に面白いのは確かにそう。もう完全にブレーキを外すと決めてしまったので、正直、泣いて逃げ出す人は出てくると思うが、それを前提でやる。先週末、ブレーキをかけていることによってかなり悪いことになると体験してしまった。話が通じないということがよく分かったので。
昔なら20万部から30万部行けたという話だったが、なぜ今は5万部なのか。
(マイキー氏)本が売れなくなっているから。今は売れない。
どういう人をターゲットに売ればいいのか。
(マイキー氏)基本的に誰でもいい。大量に購入してくださった方向けには、資産形成エキスポに2回エントリーしてリスト取りでばら撒く予定。大学の生徒に配ってもらっても構わない。小山氏が入ってくると「こういう風にしたほうがいい」と具体的に説明してくれるはず。
今回、小山氏がやっているようなキャンペーンはやるのか。何百冊使ってくれたところにはBtoBで講演する、というような。
(マイキー氏)やります。出版講演会もやる。出版講演会のトリと司会はみどり氏で確定。登壇は高橋氏と小山氏を予定している。
資産形成エキスポにはいつ出るのか。1月の回か。
(マイキー氏)9月の回。1月の回は本の完成が間に合わないので見送る。9月に本をぶち込んで、そこから3ヶ月で5万部を持ってくる。エキスポの出展費用も、3ヶ月間の支出2,000万円〜6,000万円の中に含む。
この回では、議論の効用を示す個別事例として、保民氏の変化が両者から語られた。前田氏の観察によれば、彼は思ったことを全部小山氏にぶつけてくる。論破されても論破されても、またぶつけに行く。そして重要なのは、ただぶつけているのではなく、ぶつける前にちゃんと人に投げている点である。思ったことをそのまま言うのではなく、「こういうことをぶつけたほうがいいのではないか」と自分の考えとして整理し、ぶつけることが適正かどうかを一度置いてから相談している。
マイキー氏によれば、彼のところにも「こういう提案をしたいので聞いてください」と相談に来る。その強みとして挙げられたのが、まったく攻撃を受けないことだった。他人にどう殴られようがボコボコにされようが、ずっと立ち向かい続けるメンタルの強さがある。
直近の懇親会では、ゲームのコンセプトを作って大手ゲーム会社からオファーが来ている参加者の娘に対して、保民氏がアドバイスをしている場面があった。マイキー氏はそれを盗み聞きしていたが、その辺のマーケターが言うよりよほど的確だったという。2年前まではメモを取れず、「メモを取れ」と言われて3行で終わり、議事録を取れと言われて2行で終わるような状態だった人物である。今は事業計画書や企画案も、教えていないのにきちんとしたものを作ってくる。
マイキー氏の総括は「あれは多分、議論なのかなと思っています」だった。ボコボコにされ続けた結果としての精度である。前田氏も「分からないだろうというポイントを察する能力もすごい」と評した。
もう一つ、この回で議論の実例として繰り返し参照されたのが、直前の懇親会でみどり氏が元内閣府の浜村氏に対して開口一番「なぜあなたはそんなにうさん臭いのか」と切り込んだ場面である。国を動かしていた人物でキャリアも申し分なく、普通なら皆が縮こまってしまう相手に対して、アイロニックな入り方で相手の強みを引き出した。そこから小澤氏や文野氏が入ってきて、内部の政治の話まで引き出せた、というのがマイキー氏の観察だった。みどり氏本人は「どこまで行っても政治家の答弁はやめてください」「あなたの意見が聞きたいので一般論はやめてください」「何を言われてもとりあえず逃げ口を作ってから話すので、つまらないのでやめてもらいます」と全部ならしていく、と説明している。
前田氏は、みどり氏の会話術についてもう一段踏み込んだ観察を述べた。以前の営業回でシミュレーションをしてもらったとき、彼女は相手の情報をどんどん引き出すが、それは自分が関わっているかどうかではなく、身近なものとの接点を見つけてそこから広げていくやり方だった。さらに、相手のトーンが乗ってくると、あえて自分が引いていく。全部相手のほうが喋っている情報量が多いのに、コントロールしているのは彼女である、という構造を作っている。
マイキー氏はこれを「優秀な計算機」に喩えた。日本の電卓は足し算・引き算・掛け算・割り算しかできないが、アメリカの電卓は図形や三角関数が扱える。大抵の人は四則演算だけで情報を因数分解しようとするが、みどり氏は割り切れなければ分数を使う、xで例えるとどうなるかを考える、数字で分からなければ三角形や四角形に置き換える――そういう変換を自動でやっている。だから「講義の7割ぐらい分からない」と言っていても、受け取ったときには分からないが、置き換えたら分かるという因数分解のスピードが速い。だから次のステップに行ける、という分析だった。