STUDY REPORT / 2025年10月度 勉強会

会場設計と摩擦の効用 ――席の角度から、嫌われる前提まで

前日のアウェイセミナーについて、マイキー氏本人が明かした設計の中身。話の内容ではなく、椅子・机・角度・動線・視線という物理条件と、聞き手の判断をわざと誤らせる仕掛けの記録。最後は渡辺氏による「摩擦」の再定義で閉じる。
EXECUTIVE SUMMARY

エグゼクティブサマリー

3〜4割
本人申告による、この日投入した力の割合。それでも70人中55人が動いた
机 0台
本気でやるときは会場から机を必ず排除する。メモに必死になられると話が聞かれなくなるため
30cm
海外の会場で、偶数列だけ横にずらすようスタッフに指示した幅
3,000人
過去に海外で行ったピッチの規模。壇を降りて中央通路から後方へ入る動線を使った
4件→3件
勉強会当日までに実施した面談件数と通過件数。1件は本人の判断で断っている
顎の位置
聴衆の人数と舞台の高さから逆算して決める、最も細かい設計変数として挙げられたもの

前半の報告(別レポート「アウェイ78%の成立条件」)は、外から見ていたキクりん氏による観察だった。本レポートが扱うのは、その後にマイキー氏本人が始めた種明かしである。内容は、話し方の話ではほとんどない。椅子の並び方、机の有無、舞台の高さ、視線の角度、通路の使い方、そして聴衆の判断をわざと誤らせる仕掛け――ほとんどが物理と心理の設計にあてられている。

最初の論点は、なぜ腕のいいプレゼンターが全滅した会場で自分は動かせたのか、である。彼の答えは技術ではなく在庫だった。マーケティングに特化した人、セールスに特化した人、経営に特化した人が、それぞれ自分の職能を軸にプレゼンをする。それに対して自分は全方面で行けるので、切り口をいくらでも作れる。無形商材ならこう例える、有形商材ならこう例える、この業界に置き換えるとこうなる――という具合に両サイドへ同時に刺さる表現を作れることが、多様な聴衆がいる場では決定的になる、という説明である。彼はこれを日頃から「一体の表現をしろ」と言っている、と述べた。光と影のような対の存在があるなら、両方のサイドで例え話も事例も作る、という意味である。

次に来るのが実行の手順である。最初の三十分ほどを彼は「ジャブ」と呼んだ。喋りながら聴衆の表情を見て、この単語には反応する、この話には反応しない、という反応の地図を作る。そのうえで、話題を組み合わせる。一と二を出してみて二が刺さらない、一と三を出してみて一が刺さらない、では二と三はどうか、二と三は全員に刺さった、では二三四を加えよう――彼はこれを「算数の計算式みたいな感じ」と表現した。刺さる話題の組み合わせをその場で探索し、最大のパイを掴んでから深掘りに入る。

そして本レポートの中核が、会場の物理設計である。机は入れさせない。椅子の指定と角度まで要求する。段差のない会場では、映画館のように前後の頭がずれる配置を人工的に作る。舞台の高さと聴衆の人数から自分の顎の位置を決める。本気でやるときは客席側に実際に座って、左右・中央・前後すべてから見え方を確認する。会場の花の色や椅子の色を指定したこともある。そして壇を降りて中央通路から後方へ入り、左右へ交互に話を振ることで、後方まで温める。

最も特異なのが、彼が「シーディング」と呼んだ仕掛けだった。列を指定して立たせるとき、あえて境界を曖昧にして自分の列を誤認させる。間違えて立った人がいたら「そこのラインはこちらです」と訂正する。すると全員が自分のラインを確認しはじめ、その計算のあいだ注意がこちらに向く。彼はこれを「相手の判断パターンをミスらせることによって、逆に意識が生まれる」と説明した。話の内容ではなく、注意の所在そのものを操作する手法である。

セッションを貫く1本の線

この日語られた設計は、ほぼすべて「聞き手が話を聞く以外のことに注意を使わないようにする」という一点に収束している。机を排除するのはメモに注意を奪われないため。座席の角度をずらすのは前の人の頭を見ないため。壇を降りて後方へ行くのは、後ろの席の人が「自分は関係ない」という位置に逃げられないため。ラインを誤認させるのは、注意を自分の言葉に固定するため。説得の技術ではなく、注意の配分を設計する技術として語られている点が、この記録の価値である。そして最後に渡辺氏が、その全体を「摩擦を自分から作りにいく態度」として位置づけ直す。

PART 1

全滅した会場で何が違ったのか ― 特化型と全方面型

参加者から出た最も素朴で、最も本質的な質問が起点になった。「なぜ、そのプレゼンが上手な方たちが行ってダメだったんですかね」。

マイキー氏の答えは、腕の優劣ではなく入り口の数だった。彼はまず「それは入り口の問題だと思っている」と述べ、理由をこう説明した。プレゼンがうまい人の多くは、何かに特化している。マーケティングに特化した人、セールスに特化した人、経営に特化した人。彼らは基本的に自分の職能を軸にしてプレゼンを組み立てる。それに対して自分は全方面で行けるので、切り口をいくらでも作れる、と。

質問者はここを掘った。「周りの方が事前に絶対無理と言っていたのは、その切り口がいまいちだったという分析ですか」。マイキー氏は肯定したうえで、「だから知識って大事、というのはそういうことだと思う」と接続している。知識の広さは、教養としてではなく、例え話の在庫として機能する、という位置づけである。

実際にどう使われるかについて、彼は具体例を挙げた。ある業界に例えればこうだが、この業界に例えるとこうなる。無形商材だとこう例えるが、有形だとこういうことになる。そうやってカテゴライズして、両サイドに刺さるようにする。彼はこれを日頃から「一体の表現をしろ」と言い続けている、と述べた。

「一体の表現」とは何か

マイキー氏の定義はこうである。光と影のような対の存在があるなら、両方のサイドで例え話も事例も作る。片側だけの例えは、その側にいる人にしか届かない。多様な人がいる場では、多様な表現の仕方をしてあげないと刺さらない。とくにアウェイでは、「この人はうちの業界も分かっているんだ」「この業界も分かっているんだ」と感じさせることが、いろいろな場面で繰り返し必要になる。彼が「同じことをただやっていただけです」と述べたのは、この往復のことである。

この構造は、質疑の中でさらに一段深まった。「主催者の人たちは、なぜその人たちがそこに集まっているんですか。何か共通があるのではないか」という問いに対して、マイキー氏は「それがマーケティングとか、そういうところになっているので」と答えている。つまり参加者には共通の課題があるが、その課題に到達するための入り口は各人の業界ごとに違う。共通課題を扱う特化型のプレゼンターが失敗し、複数の入り口を用意できる側が通った、という構図である。

📌 Claude補足|「絶対に無理」と言われた会場と、そこで失敗したとされる登壇者について

マイキー氏は、その会場で失敗した登壇者として一人の名前を挙げ、「最後に物を売るならマイキーさんが最終兵器だと言われている」と本人から言われて乗り込んだ、と述べている。名前として挙がったのは、セミナープロデューサーとして知られる人物である。同姓の人物としてよく知られているのは、株式会社ライブクリエイト代表取締役で、幕張メッセや東京ビッグサイトのような大規模会場での講演を得意とし、日本を代表するセミナープロデューサーの一人としてアンソニー・ロビンズの日本公式スポンサーを務め、ロバート・キヨサキ、スティーブ・ウォズニアック、ランディ・ザッカーバーグらの講演をプロデュースしてきた人物である。累計5万人以上を指導し、自身とプロデュースしたYouTubeチャンネルの合計登録者数は9,000万人を超えるとされる。経歴は裏取り済(出典:カドセミ講師プロフィール、Koyama Business College、PRESIDENT寄稿者ページ)

ただし、発言中の人物がこの人物と同一であるかどうか、および「その会場で失敗した」という事実関係については、外部からの裏取りができていない。非公開のセミナーに関する当事者間の言及であり、公開情報に対応する記録がない。同姓の別人である可能性も排除できないため、本レポートでは氏名を確定的には扱わない。要確認

なお11月13日に予定されているとされる500名規模のイベント、およびそこに登壇するとされたもう一人の人物(「たかさん」と呼ばれた人物)についても、公開情報での確認はできなかった。要確認

PART 2

表情を読んで組み合わせを計算する ― ジャブの30分

マイキー氏は、この日「準備も大してしていない」と述べている。会場の空気を見たうえで、話す言葉と使う単語を変えていただけだ、と。だがその「変えていただけ」の中身が、この日の記録で最も再現性のある部分である。

手順は二段構えになっている。第一段階が観測である。彼は最初の三十分ほどを「ジャブ」と呼び、喋りながら、会話しながら、聴衆の表情の変化だけを見ていた。目的は、どの話題が刺さり、どの話題が刺さらないかの地図を作ることである。彼の説明では、その判断は好き嫌いの判定に近い。「単純作業で言うと、この人はこの言葉が嫌いだな、この人はこういう食べ物が好きだなみたいな。そういうのを喋りながら、その単語を入れていって表情が変わるところだけをずっと見ていた」。質問の段階の反応から、この辺りのカテゴリの人はおそらくこの業界ではない、ということも表現で分かる、と述べている。

第二段階が探索である。ここが彼の説明で最も具体的だった。話題に番号を振るようにして組み合わせを試す。一と二をやってみて、二が刺さらなかった。一と三をやってみて、今度は一が刺さらなかった。では二と三をやってみよう。二と三は全員に刺さった。では二三四を加えよう。彼はこれを「算数の計算式みたいな感じ」と表現し、例え話も業界の事例も理路一体の部分も、全部を頭の中で計算しながらやっている、と説明した。

段階やっていること判断の材料
ジャブ(約30分)単語を入れながら喋り、表情の変化だけを観測する好き嫌いに近い単純な反応。表現の癖から、その人がどの業界の人でないかも推定する
組み合わせ探索話題を組み合わせて刺さり方を試す(1と2、1と3、2と3、234…)会場全体の反応。刺さらなかった要素を外し、刺さった要素に足していく
パイの確保できるだけ多くの人を掴んだ状態を作る「全員に刺さるな」という組み合わせが見えるまで深掘りに入らない
深掘り掴んだ話題で内容を深くしていくここで初めて内容の勝負に入る

この手順の要点は、順序が固定されている点にある。深掘りが先ではない。パイを最大化してから深掘りに入る。刺さる話題を確定する前に内容を深くすると、その時点で掴めていない人は永久に掴めなくなる。ジャブに三十分を使うのはそのためである。

彼はこの能力を、前半の雑談で語った自分の癖と直接つないでいる。前田氏と喋っているときと同じで、喋りながらフォルダーがどんどん出てくる、あれをそのまま人前に立つときに全部表現しただけだ、と。そして「だから別にそこに関しては頭を使っていない」と付け加えた。意識的な計算というよりは、単語から連想が伸びる無意識の回路を、対人の場に接続しているという自己認識である。

聴衆の見方についても具体的な言及がある。彼は「人の顔を見て喋らないんですもん、人は」と述べ、自分は全員の顔も目も全部見ていた、と説明した。だから後ろの席の人が誰も手を挙げず下を向いている、といったことがすぐ分かる。この観察が、次のパート以降の物理設計につながっていく。

PART 3

机を入れさせない ― メモとエンゲージメントのトレードオフ

会場設計についての質疑は、参加者が「ベストな配置、机の位置はどういうものか」と尋ねたところから始まった。マイキー氏の答えは配置の説明ではなく、排除の宣言だった。

「まず机があった場合は、絶対に排除させます」「机は絶対に入れません、僕は」。理由も明快である。机を入れると人はメモに必死になる。メモに必死になるくらいなら、こちらの話を聞いてほしい。だから、どうせメモを取らせない。メモを取ろうとしている人がいたら取らせない。

そのうえで、彼が使う一言が置かれている。「後であげますから」「最後にお渡しするので」。この一言だけで、その会場にいる人のエンゲージメント率が上がる、と彼は述べた。参加者が「出ている人にはアーカイブを渡します、というような形で」と言い換えると、彼は同意し、「なので今は僕の話をじっくり聞いてください、という感じですね」と締めている。

机を置いた場合に起きること

聞き手は書くことに注意を割く。書いている間は話を追えず、追いつこうとするとまた書けなくなる。手元と壇上のあいだで注意が往復する。

その結果、話し手が反応を読み取るための表情の情報も減る。顔が上がっていないからである。

机を排除し、資料を約束した場合

記録する必要がなくなるので、聞き手の注意は壇上に固定される。顔が上がるため、話し手は反応の地図を作れる。

同時に「後でもらえる」という約束が、その場に留まる理由にもなる。エンゲージメントの担保として機能している。

📌 Claude補足|「メモを取らせない」は学習研究と食い違う。ただし目的関数が違う

ノートを取ることと理解の関係については、心理学に有名な研究がある。Pam A. Mueller と Daniel M. Oppenheimer が2014年に Psychological Science 誌に発表した "The Pen Is Mightier Than the Keyboard: Advantages of Longhand Over Laptop Note Taking" である。三つの実験で、ノートPCで記録した学生は手書きの学生より概念的な問題の成績が悪く、その原因はノートPCの利用者が講義を逐語的に書き写す傾向にあり、情報を処理して自分の言葉に組み替える作業をしないことにある、と結論づけられた。裏取り済

ただしこの研究には後日談がある。2019年に Educational Psychology Review 誌で行われた直接的な追試("How Much Mightier Is the Pen than the Keyboard for Note-Taking? A Replication and Extension of Mueller and Oppenheimer (2014)")では、手書き優位を示唆する傾向はあったものの、ノートの取り方による成績差は一貫して現れず、ノートを見て復習した後にはグループ間の差はさらに縮小し、メタ分析では手書き優位の効果は小さく統計的に有意でなかった。2014年の結論は教育の議論に強い影響を与えたが、その頑健性には疑問が呈されている。裏取り済

発言と研究の関係を整理する。「メモを取らせない」というマイキー氏の運用は、学習効果を最大化するための処方ではない。学習研究が支持するのは、書き写すのではなく処理しながら書くことであって、書かないことではない。一方で、講義中の分割注意については、聞くことと書くことの切り替えのたびに集中の再収束に時間がかかる、話し手の発話速度と書字速度の差が大きい、といった指摘が教育系の解説で繰り返しなされており、複雑な講義で論理的なつながりが重要な場合、記録に注力しすぎると理解そのものがおろそかになるという整理は存在する。

結論として、この運用が最適化しているのは「その場のエンゲージメントと反応の可読性」であって「聞き手の長期的な学習成果」ではない。目的関数が違う以上、学習研究をもって是非を判定することはできないが、この手法を自分の場で採用する人は、自分が何を最大化しようとしているのかを先に決める必要がある。研修や教育の場でそのまま流用すると、最大化したいものと逆の設計になりうる。

PART 4

席の角度と顎の位置 ― 見える/見えないの物理

マイキー氏は、本気でプレゼンをする場合には「必ず椅子の指定と角度まで全部要求します。まず、それが大前提です」と述べている。そのうえで「それが通るか通らないかなんですよ」と続けた。通れば非常にやりやすく、通らなければその場で合わせる。だができるだけ角度まで指定する、と。

なぜ角度なのか。彼の説明は、映画館の座席を引き合いに出したものだった。映画館では席の列が前後で少しずれていて、前の人の頭が真正面に来ないようになっている。真っ直ぐに並んだ席では、前の人の頭が大きすぎたり身長が高すぎたりすると、女性や小柄な人から舞台が見えなくなる。だから「その人が見えるための角度とは何なんだろう」と考える。円弧を描くような形にすると、人の頭と人の頭のあいだから登壇者が見える状態を作れる。段差のある会場ならまだよいが、段差のない会場のほうが多いので、角度がものすごく重要になる、というのが彼の整理である。

📌 Claude補足|千鳥配置(staggered seating)は劇場設計の標準的な考え方である

この「前後の席をずらす」という発想は、劇場設計では千鳥配置(staggered seating)として確立された設計原理である。前後の列で座席を互い違いにずらすことで、後方の観客の真正面に人が座らないようにし、視線の遮りを最小化する。裏取り済

設計の目標値も存在する。劇場のプランナーはグリッド配置と千鳥配置を比較し、前席の人の頭越しに舞台が全部見えるか、腰から上だけ見えるか、まったく見えないかで可視性を評価する。そのうえで、前席に平均身長の男性が座っていても、およそ7割の女性客が舞台を見通せることを目標に設計するとされる。国内では博多座の1階センターブロックが千鳥配置を採用し、前の人に視線を遮られないようにしている例が知られる。裏取り済(出典:コトブキシーティング社の劇場設計に関するトークイベント記録、博多座フロアマップ、劇場座席配置に関する各解説)

したがってマイキー氏の「席の角度を指定する」という要求は、思いつきの神経質さではなく、劇場設計で標準化されている考え方をセミナー会場に持ち込んだものと理解できる。ただし劇場では建築時に固定されている条件を、可動椅子の会場で当日に再現しようとしている点が異なる。次に述べる「30cmずらす指示」は、その再現作業にあたる。

千鳥配置の設計目標:前席に平均身長の男性が座っていても舞台を見通せる女性客の割合
出典:劇場座席設計に関する国内シーティングメーカーのトークイベント記録。WebSearchで確認。マイキー氏の「角度を指定する」要求の背景にある設計思想を示す参考値であり、この日の会場の実測値ではない。

実際に指定が通らなかったケースについても具体的な話がある。海外で、横一列の席配置になっていて「ずらせません」と拒否されたことがあった。そのとき彼はスタッフを用意させ、自分の登壇時だけ偶数列を30cm横にずらすよう指示を入れさせた。セミナー会場が始まるときに、聴衆の側がずれるという作業を起こさせて、見えやすくさせたのである。参加者が「そこまでやるんだ」と驚くと、彼は「そこまでやりますね。徹底的に100%でやれというのも全部計算しますね」と応じた。

顎の位置という最小単位

設計変数として最も細かかったのが、自分の顎の位置だった。彼は舞台の角度をとても気にする、と述べたうえで、その理由を説明している。舞台が高くなるか低くなるか、その角度と、聴衆の人数の幅によって、自分の顎の位置をどこにするかを考えるのだという。参加者が「聴衆から見たマイキーさんの顎がどこにあるか、ということですか」と確認すると、「そういうことです」と答えた。

確認方法も具体的である。本気でプレゼンをするときは、舞台の位置から客席へ実際に行き、自ら座ってみて、どう見えるかを全部チェックする。左右、真ん中、後ろ、前――全部チェックする、と彼は述べた。参加者が「オーディエンスの目線が、ちょっと目を上げたぐらいの角度で口が見えるくらいの感じですか」と尋ねると、彼は「ちゃんと体が見えるというのがベストなんです」と答え、だから角度が欲しいのだ、と映画館の話に戻している。

設計対象は座席にとどまらない。会場の花の色を指定していたこともある、と彼は述べた。参加者が「服に合わせるとか、会場に合わせてとか、椅子の色を全部固定化させるとか」と確認すると、そうした指定もやる、と答えている。彼の言葉では「やっぱりセットアップがすごく重要になるので、セットアップの部分にはかなりこだわりを入れます。本当にやったら」ということになる。

PART 5

壇を降りる ― 後方まで温める動線設計

参加者から、会場が大きい場合はどうするのか、という質問が出た。1万人、あるいは300人でもよいが、後ろのほうはどうするのか、と。

マイキー氏は、過去に海外で3,000人の前でピッチをした経験を挙げた。そうした規模では、前のほうが盛り上がると後ろへ伝染していく効果は確かにある。だが彼はそれを待たない。「僕はそういう時に壇から降りて、席順を見るんですよ、絶対に」。

動線はこうである。座席が左右二つのブロックに分かれ、中央に通路があるような配置なら、そこに入っていって後ろのほうまで行く。そして「皆さん、あの図を見てください」とやる。すると全員がバッと振り向いて壇上を見る。彼はここで参加者に「分かります?」と確認を入れている。つまり、登壇者が後方にいる状態で前を見させることによって、後ろの席の人が「自分は見られていない」という位置から引きずり出される。

その直後に左右へ言葉を振っていく。「こちらのサイドの人に聞きますけど、どうですか」「右サイドの方に聞きますけど、どうですか」「左サイドの人はこうですか」――そして「右サイドの人のほうがこういう傾向があってこうですね」といった形で拾い上げる。これをどんどん振っていって、後ろから前へ進むスタイルにすると、後方まで全部温まる、というのが彼の説明である。

この動線が最終的に何を生むか

彼はこの一連の作業を「行動的な作業もプレゼンテーションの中に入れます」と位置づけたうえで、到達点をこう述べた。「そうすると最終的にどうなるかというと、スタンディングオベーションなんですよ」。後方が冷えたまま終われば、前方だけが盛り上がった会になる。後方から前へ向かって温度を戻していく動線を組むことで、会場全体が同じ温度で終わる。物理的な移動が、感情の分布を均す装置として使われている。

なお、この動線設計は座席の並び方に従属する。彼は「席の配置ももっと言うと席の角度まで見ます」と述べたうえで、椅子が横に一直線に並んでいる状態なら中央から突っ込んでいってよいが、円弧を描くように丸まっている状態の場合はやり方を変える、と説明した。参加者が「その丸に従って動くんですか」と確認すると、「動きますよ、ちゃんとそれに従って」と答えている。

さらに、空席の使い方についての言及もある。席の配置と数、余っているところと埋まっているところを見て、余っている席があればそこへプレゼンしながら乱入することがあるという。普通に横の人に「ハワイユー」などと言うと、周囲が「みんなは?」という顔になる。そこで「では見てください」とやる。座っている側は振られたくないので、みんなパッと目をそらすように前を見る――そういう工夫を意図的にぶち込むこともある、と述べている。

PART 6

ラインを誤認させる ―「シーディング」という仕掛け

この日の記録で最も特異なのが、彼が「シーディング」と呼んだ手法である。参加者が「見取り図やマップがあれば先にオーダーできるということですね」と確認したのを受けて、彼が「一番簡単な方法」として説明したのがこれだった。

前提となる観察から入る。会場の椅子が全部横並列であれば、一列の椅子の数は決まっている。だが席が円弧を帯びている場合、最前列と最後列とで一列あたりの席数が変わる。彼はその数をあらかじめ計算しておく。そのうえで「ここまでのラインの人たち」という言い方で指示を出す。すると聴衆は、自分のラインはどちらなのかを自分で把握しようとする。それによってこちらに意識が向く、というのが一段目である。

二段目が本題である。大勢がいる場では必ず、自分のラインを間違えて立ち上がる人が出る。「この列の人は立ち上がってください」と言うと、含まれていない人まで立つ。そこで「いや、そこのラインはこのラインなので」と訂正する。訂正された人は自分のラインを認識し直して座る。彼はこの作業について、こう説明した。「そういう相手の客自体の判断パターンをミスらせることによって、逆に『ここまでのラインがどうこう』という意識が生まれるじゃないですか。そういう心理的な作用みたいなものも、プレゼンテーションの中に僕は入れます。あえて」。

そこから先は、意識を保持させる工程になる。次に「では、これを3段階に分けて聞いていきますね」と言うと、聞き手は「僕のラインはどこなんだろう」と気にし続ける。「6列目まで」と言った後に「5列目まで」と言い直すと、聞き手の側で計算が走り、また思考が始まる。その繰り返しで、注意がこちらの言葉に固定されていく。彼の言葉では「それをもう気にしている時点で、そういうことをやって、どんどんこっちに巻き込むみたいなこともやります」。

最初に間違えた一人の扱い

この手法の説明で、倫理的に最も引っかかる部分を本人が明言している。ラインを間違えて立ち上がった一人について、彼は「これはもうカモなんですよ。言ってしまうと、もう捨て駒なんですよ、こいつは。だからどうでもいいんです」と述べた。この一人の誤りを触媒にして、残り全員の注意を獲得する構造である。手法の効果を記録すると同時に、その効果が誰かを道具として扱うことの上に成り立っている点も、そのまま記録しておく。読み手がこの手法を採用するかどうかは、効果の大きさではなくこの一点で判断すべき性質のものである。

📌 Claude補足|「シーディング」という語と、注意の誘導に関する既存理論

まず用語について。ここで使われた「シーディング(seeding)」は、マーケティング用語としての一般的な意味――インフルエンサーに商品を配って口コミを起こす施策など――とは異なる用法である。この文脈では「仕込みを入れる」に近い自己流の語として使われていると理解するのが正確で、業界共通の定義に対応する用語ではない。要確認

ただし、ここで説明されている作用そのものには、対応する理論がある。ロバート・チャルディーニが2016年に刊行した『Pre-Suasion: Channeling Attention for Change』(邦題『PRE-SUASION 影響力と説得のための革命的瞬間』)が扱っているのが、まさにこの領域である。チャルディーニの中心概念は「特権的瞬間(privileged moment)」――受け手がメッセージを特に受け入れやすくなる、特定できる時点――と「注意の誘導(attention channeling)」である。彼の主張はこうである。人は自分の注意が向いた対象に対して、不当なほど高い重要性を割り当てる傾向がある。したがって、行動を要求する直前に聞き手の注意の焦点を変えるだけでよい。ある状況で人の選択を決めるのは、最も正確で有用な助言を与える要因ではなく、決定の瞬間に注意の中で持ち上げられた要因である、と。裏取り済(出典:Simon & Schuster 公式ページ、各書評・要約)

マイキー氏の「ラインを誤認させる」手法は、チャルディーニの言う注意の誘導を、内容ではなく座席という物理条件で実装したものと読める。説得すべき内容に触れないまま、注意の所在だけを話し手側に移す点で、Pre-Suasion の定義に正確に一致している。なお、本人がチャルディーニを参照して組み立てたという発言はセッション中になく、独立に到達したものか既知の理論の応用かは判別できない。

会場規模による使い分けについても補足がある。参加者が「ちょうどその人数で全員の顔を見渡せたのも良かったということですか」と尋ねると、彼は「いや、それはまたやり方が違います」と否定した。会場が暗く数百人単位になってくると、仕込むやり方は変わる、もちろん変える、と。70人という規模だから顔を全部見るという手法が使えたのであって、規模ごとに別の手法に切り替えている、という整理である。

参照先としてのK-POPコンサート

最終的な盛り上げ方について、彼は意外な参照先を挙げた。K-POPのコンサートである。彼は特定のグループ名を挙げたうえで、あの辺りの人たちの盛り上げ方はものすごくうまい、と述べた。コンサートを見ていて「あのやり方を使っているな」と分かる、と。

彼の見立てはこうである。韓国のアーティストは、歌った後にトークするときの運びが、どうやったら盛り上がるのか、どうやったらこの場を加熱させるのかについて、明確にトレーニングを受けている。「トレーニングを受けているか、むちゃくちゃ頭がいいかのどちらかです」。そして日本のコンサートとの違いをこう述べた。日本のコンサートや日本人の歌手はだいたいペラペラと喋るが、そうではない。「あれは全部設計されていますね」。

📌 Claude補足|K-POPのMC設計についての裏取りは取れなかった

「K-POPアーティストはコンサートのMC(トークパート)について体系的な訓練を受けている」という趣旨の発言について、WebSearch で確認を試みたが、これを裏づける一次情報は見つからなかった。検索で確認できるのは、韓国の大手事務所が練習生に対してボーカル・ダンス・演技・オーディション対策・ウォーキング/ポージングなどの訓練を課していること、日本のK-POP系専門学校で振付・ステージング・ボーカルディレクションの指導が行われていること、といった周辺情報にとどまる。MC部分の話法や煽りの手順が設計・訓練の対象になっているかどうかを示す資料は確認できなかった。要確認

したがってこの発言は、現場を観察した人間の見立てとして記録するにとどめる。否定する材料もないが、肯定する公開資料もない。読み手が同じ観察を試したい場合は、実際のコンサート映像でMCパートの構造(呼びかけの順序、左右の振り分け、後方への言及の頻度)を自分で観察するのが、現時点で唯一の検証方法になる。

PART 7

3〜4割でやる ― 手を抜く技術としての再現性

この日の記録で最も逆説的なのが、力の入れ方についての説明である。マイキー氏は、このセミナーを「本当に3、4割ぐらいでやったぐらいな感じ」だと述べた。

比較の基準は普段の勉強会である。彼によれば、コミュニティ内の勉強会は「本当にあれはゲームしながらやっている」ので、あんなものだという。今回はちゃんとゲームができない状況だったので、その分ちゃんとやらなければならず、「20%ぐらいプラス増しぐらいでやったぐらいな感覚」だった。だからほとんど疲れなかった、と。本気でプレゼンテーションの構成をすると1時間でぐったりするが、今回は5時間でも10時間でも同じペースで喋れるぐらいの感覚だった、と述べている。

見込みも低く置かれていた。最初は面談が10本から20本取れたら上出来だ、というレベルの見込みだった。ところが途中で喋っていて「これは多分巻き込めるな」と分かった、という。そして結果は55本になった。

本人申告の投入度と結果(すべて発言ベース)
「3〜4割でやった」「本気でやれば70人中70人を引ける」という本人の申告を図示。自己申告であり検証されたものではない。Claude作図。

そのうえで彼が置いた主張が、この日で最も強い自己評価だった。「多分僕があれをかけたら、多分70人中70人引っ張る自信があります。本気で僕がやればですよ」。参加者が「まあ、マイキーだったらやりそうな気はします」と応じ、別の参加者が「失敗して2、3人落とすぐらいじゃないですか」と補足すると、彼は「ぐらいは、まあ行けるなって感じはしますね」と答えている。

なぜ本気でやらないのか。理由は明確に語られている。会場の花の色まで指定するようなセットアップは面倒くさすぎるので、もう二度とやりたくない。世の中を変えるとか、資金調達を思い切りしなければならないとか、そういう状況になれば別かもしれないが、自分は何もする気のない人間なので、いい加減にやる、と。

「いい加減にやっても人より数字が出れば文句はないでしょう」

彼の仕事観がここに集約されている。無責任にいい加減に仕事をするのなら、その分だけ実力をつけていい加減に仕事をして、人よりちょっと数字を出せば文句を言われることはない。普通に考えればセミナー中にゲームをしていること自体が怒られる話だが、人よりちゃんと数字を出せるものができるのなら、無責任にストレスなしで仕事をしたほうがいい。これは怠惰の擁護ではなく、「数字さえ出せば手続きは自由になる」という交換条件の言語化である。そして交換条件が成立する前提は、実力が閾値を超えていることのほうにある。閾値に届かないまま手を抜けば、単に数字が出ない。

会場での実際の様子についても、この「手を抜く」姿勢は一貫している。彼は途中で「ちょっと休憩します」と言って休憩を入れたり、普通にそういうことをしていた、と述べた。売れなくてもいい、分かってもらわなくても結構、という感覚だったからである。それでも会場は動いた。彼はセミナー終了後に報告に行ったところ、周囲は「ありえない」と言っていた、あそこだったら絶対無理だと皆が言っていた、と述べている。

反応の強さについても具体的な記述がある。参加者の中には「手の震えが止まりませんでした」「鳥肌が立った」という感想を伝えてきた人が複数いた。だが彼自身は、これをプレゼンとは呼んでいない。「プレゼンテーションというか、プレゼンでもないんですよね、あんなのは僕の中だと。プレゼンのプレゼンとも言わないぐらいのレベルでしかやっていない」。彼にとっては、それが受け手にとってプレゼンテーションになってしまっていたにすぎない、という認識である。

会場を温めた時間についても言及がある。最初の5分で温めた、と述べたうえで、以前の別のアウェイの機会では「超絶アウェイ」だったが12分で温めた、だいたい2〜3分から数分で温めている、と説明した。そして最初は自分をひどく嫌っていると分かる人間が多数いたが、最後は全員に手を挙げさせて終わらせた、と述べている。

PART 8

面談で断るということ ―「時間が割けるか分からない」

55人が面談に申し込んだ後、実際の面談ではマイキー氏の側にもフィルターがかかっている。勉強会当日の時点で4件の面談を実施し、3件を通した。1件は断り、もう1件は保留にしている。

断った理由が、彼の判断基準を最も端的に示している。相手は女性の経営者で、面談の場で「時間が割けるか分からない」と述べた。彼はその時点で断ったという。理由の説明はこうである。「時間が割けるか分からない、って誰に言ってるんだよって話なんですよ、僕からすると」。相手は自分より忙しくないはずであり、仕事の効率も悪い。そのうえで時間が割けるか分からないと言うのなら、それは失礼ではないか。こちらだって同じ条件なのだから、と。

この判断基準が示していること

断りの理由は、能力でも実績でもなくコミットメントの表明の仕方だった。「時間が割けるか分からない」という発言は、参加の意思そのものではなく、意思を留保する態度を示している。彼が反応したのはその留保のほうである。入り口の時点で条件を留保する相手は、入った後も留保し続けるという読みが働いていると解釈できる。逆に言えば、通った側に共通していたのは能力ではなく、留保しなかったことのほうである可能性が高い。

通した側の基準はまったく違う方向を向いていた。彼が挙げた理由は、いずれも「面白いかどうか」である。ある男性は見た目に反して真摯に取り組んでいることが分かり、見た目とのギャップが面白かったので通した。もう一人は、著作権に関わる件で逮捕歴があると自分から明かした人物で、彼は「こいつ、くそ面白いな」と思ったと述べている。ただし決済手段の問題があるため保留にし、断ってもよいとも伝えたという。

この基準は、彼が会場で行った「予告」とも整合している。彼は面談の申し込みを募る際に、セールスをかけるどころか逆のことを言っていた。うちのクラブに行くとどうなるか――名前は出さなかったが、圧倒される人が多数出るだろう、と。人間GPTのような存在がいて、その人に知識で挑めば100倍返しでやり込められる、と。女性会員にも非常に優秀な人がいて、金融業界の実務家がいて、データの話をしたら何を詰められるか分からない、と。「ぶち殺される前提で来てください、と話をしたうえで、これだけ来ているんですよ」と彼は述べ、「セールスをかけるんだったらそんなことは言わないんですよね、売上の最大化を考えれば」と付け加えた。

つまり、この日の面談申込は「誰でも歓迎します」という誘導の結果ではなく、ハードルを明示的に上げたうえで残った55人である。そして面談の場でさらに、留保する態度を持つ人が落とされている。78%という数字の意味は、この二段のフィルターを踏まえて読む必要がある。

📌 Claude補足|「あえて障壁を示す」ことの効果について

入会前に困難さを強調する手法は、社会心理学では加入儀礼の厳しさが集団への評価を高めるという古典的知見と関連づけられることが多い(Aronson & Mills 1959 の「努力の正当化」実験が代表例として引かれる)。ただし、この日の発言をその理論の実例として断定するだけの材料はない。本人は「売上の最大化を考えていなかったから言った」と説明しており、効果を狙った演出ではなく、売る気がなかったことの帰結として語っている。結果としてどちらに作用したのかは、この記録からは判定できない。要確認

読み手にとって実務的に意味があるのは、理論的な位置づけよりも次の観察である。ハードルを下げた告知と、ハードルを上げた告知とでは、集まる人の質が変わる。この日は後者で55人が集まっており、しかもその後の面談でさらに落とされている。母数を最大化する設計と、通過者の質を最大化する設計は別物であり、78%という数字は前者ではなく後者の文脈で出ている。

PART 9

摩擦の効用 ― 嫌われる前提と、二つの自分

この日の議論を最後に引き受けたのは渡辺氏だった。彼の整理は、テクニックの列挙を一段抽象化して、態度の問題として捉え直すものである。

彼はまず、この日語られた設計の全体を要約した。一人ひとりのこの場所を設定してマイキー氏が作るということは、皆さんの課題を設定してあげているということだ、と。一人ひとりをカスタマイズするところまで振り切っているからこそ、面白いというところまで全員を引きつけるし、「自分のことに関心がある」というところまで到達する。それを全部見ていられるのはさすがだ、と述べた。

そのうえで彼は「アウェイ」を定義し直した。アウェイとは、基本的に自分が話している内容と相手とが噛み合っていないということである。だからそれに対して、どこで相手が噛み合っているのかというところまで全部壁打ちして、そこで見ている――その訓練が違うのではないか、というのが彼の見立てである。アウェイを場所の属性ではなく、噛み合いの欠如という関係の状態として定義している点が重要である。噛み合いを探す作業を続ける限り、アウェイは解消可能な状態になる。

マイキー氏の応答は率直だった。「嫌われる人生だったので、もうアウェイが当たり前みたいな状態なので、今後も嫌われる性格でいようかなとは思っています。本当にそっちのほうが勉強になるので」。そして「どこかの誰かたちみたいに、他人に嫌われたくないから発言したい、みたいなことは僕はしません。ちゃんと嫌われてでもいいから発言します」と述べ、それで嫌われるならアウェイで面白い、と続けた。彼は「嫌われる前提じゃなかったら、前田さんの講義だって生まれない」とも付け加えている。

渡辺氏の「二つの自分」

ここから渡辺氏の議論が始まる。彼の主張はこうである。私たちは二つの自分を持たなければならない。自分というものを守りたい自分と、人からどう見られるかという自分。この二つを同時に設定して走らせていないと、それを一つにしている段階で、私たちは自分の学びにブレーキをかけてしまう。

そして彼は「摩擦」という語を持ち込んだ。人はふつう、摩擦を退避させる方向に動く。だが、自分に摩擦を生んでいるものは何なのか、自分が嫌われたくないものは何なのかを考えたうえで初めて、本当に自分にとって重要なものが何かが見つかる。だから逆に、摩擦を見つけることのほうが大事だ、と。彼はマイキー氏について「摩擦を見つけることを常にやっていらっしゃる、あえて」と述べ、「摩擦はある意味、転覆化させるポイントになる」とまとめた。

摩擦を避けることが、なぜ学びを止めるのか

渡辺氏の論理を追うと、こうなる。摩擦とは、自分の前提と外の世界が噛み合っていない箇所である。噛み合っていない箇所は不快なので、人はそこを避ける。だが噛み合っていない箇所こそが、自分の前提が更新されうる唯一の場所である。摩擦を避けるということは、前提が更新される機会を避けるということに等しい。「守りたい自分」と「見られる自分」を一つにしてしまうと、守りたい自分を傷つける情報が全部遮断されるため、学びが止まる。二つに分けておけば、見られる自分が傷ついても守りたい自分は生き残るので、摩擦の中に留まれる。この回で最も実用的な指摘である。

マイキー氏はこれを受けて、自分の実感を述べている。「摩擦を生んでいるときは一番楽しいと思えてしまうから、摩擦を生んでいる」。そして「嫌われるまでやるということが僕の中だと楽しい」と続け、さらに一言を加えた。「人に好かれる人生を送ろうとしているやつが一番嫌われている、ということにまず気づかれたほうがいいかな」。渡辺氏はこれを「人から好かれようとするのは、結構最強の利己主義ですね」と受け、マイキー氏は「一番は身勝手な人だと思うので」と同意した。

渡辺氏はこのやり取りをこう締めくくっている。「マイキーさんの最強のプレゼン力というのは、実はそこで培われているということが面白い」。会場設計も、注意の誘導も、例え話の在庫も、すべては「嫌われることを前提に発言し続けてきた」という態度の副産物として位置づけられた、という整理である。

PART 10

クロージング ― 名指しの称賛という場の温め方

セッションの最後は、マイキー氏があるメンバー(緑氏)を執拗に持ち上げ、本人が全力で否定し続ける、という形で進んだ。約十分にわたるやり取りで、内容としては軽い。だが、この回で語られた技術がその場で実演されている面があるので、そのまま記録しておく。

始まりは、マイキー氏が「僕は絶対に勝てない人が世の中にいる、それが緑さんです」と述べたところからである。緑氏は即座に「落ちに使うのはやめてもらっていいですか」と応じ、以後、称賛と否定の応酬が続いた。マイキー氏は前日の懇親会でも、参加者に対して「僕よりプレゼンがうまい会員が一人いる」として緑氏の話をしたと報告し、さらに三次会でも言ったと重ねた。他の会員の名前は出していないが、緑氏の名前だけは出した、と。

途中でマイキー氏が挙げた根拠は、過去のプレゼン企画で緑氏が最後に登壇した際、アンケート用紙に「マイキーより上」という趣旨の記載があった、というものである。緑氏は「書いてないです、そんなの誰も書いてない」「まぐれです」と否定し続けた。マイキー氏の側は「まぐれとかないです」と返している。

マイキー氏がこの流れの中で置いた一文が、彼の価値観をよく表している。「世の中、ビジネスとか経済とか大事かもしれないですけど、やっぱり面白い人間が一番魅力的なんですよ。というときに、僕より100倍ぐらい面白い緑さんが一番トップにいてくださって、一番多分安泰なんですよ」。能力ではなく面白さを頂点に置く、という表明である。

緑氏の防御も見事だった。「崖から落とされようとしています」「羽がないので飛べません」と自分の立場を説明し、前田氏が「重力は存在しないし、ちゃんとパラシュートもついているので二重のセキュリティになっている」と冗談で援護すると、「褒め殺しは怖い」「当事者になってみてください」と返している。会場は笑いに包まれた。

この十分間が実演していたこと

この応酬は、PART 4 以降で語られた設計とは対照的に、まったく物理設計を伴っていない。にもかかわらず場の温度は明確に上がっている。使われているのは、特定の一人を名指しし、その人が否定すればするほど周囲の関心が集まるという構造である。PART 6 で語られた「ラインを間違えた一人を触媒にして全員の注意を獲得する」手法と、注意の集め方の構造は同じである。違うのは、今回の触媒が捨て駒ではなく、称賛の対象として扱われている点だけである。同じ注意誘導の構造が、扱い方次第で真逆の意味を持つことが、はからずも同じセッションの中で並んで記録されている。

今後の予定

締めくくりとして二つの予定が共有された。一つは11月に帯広で行われるプレゼン合宿で、この時点で参加人数はすでに締め切られている。マイキー氏は来年に向けて、新規会員が数百人単位で入ってくる可能性もあるのでまたプレゼン企画をやろうと考えている、面白いアイデアがいくつか思いついてきた、と述べた。そのうえで「とにかく格差を作るコミュニティを作るので、さらに飛ばしていって脱落者を増やそうかなと考えています」と付け加えている。

もう一つは11月13日に予定されているという500名規模のイベントで、彼を含む三人が登壇するという。彼はそこに緑氏の推薦もしておいた、と述べ、緑氏はまたも全力で否定した。

そして最後に、彼はこのセッション全体の結論を一行で言い直している。「セールスは覚えましょう。プレゼンテーションはやりましょう。それで売上が上がらないと言われても僕はもう知りません。それで上がるので、それだけです。簡単な話です」。

Q&A

質疑応答(マイキー氏への質疑・全件)

会場からの質問がすごかったとのことだが、それはどういう質問だったのか。

(マイキー氏)本当にくだらないものが多い。「マイキーさんって飯は何食ってるんですか」から始まり、「クソみたいなサービスをやっていて、ボロクソに言われる覚悟で聞きに来ました」というものまであった。話を聞いてみると本当にしょうもない事業だったが、それでもそれをビジネスとして捉えるのであれば、というところは誠意を持って喋った。ただ、バカなりにちゃんと質問してくるので、それはすごいと思う。

行く前に「絶対に無理だ」と言っていた方々は、どういう点でマイキー氏のセールスが効かないと言っていたのか。

(マイキー氏)というか、ちゃんとしたプレゼンテーターが皆そこで失敗していた、というだけの話。だから「それはそれで面白そうじゃないか」という自分の好奇心だけで行った。

それはマイキー氏から見ても「ちゃんとしたプレゼンテーターだ」と思っていた方々ということか。名前の挙がった方もダメだったのか。

(マイキー氏)うまいですよ。名前の挙がった人もやっていて、ダメだったと言っていた。ただ自分もその人から「最後に物を売るならマイキーさんが最終兵器だ」と言われるくらいなので、じゃあちょっと行きますわ、と突っ込んでいった。

素朴な疑問だが、なぜそのプレゼンが上手な方たちが行ってダメだったのか。

(マイキー氏)おそらく入り口の問題。何かに特化している人が多い。マーケティングならマーケティングに特化した人、セールスならセールスに特化した人、経営なら経営に特化した人が、基本的に何かの職能を軸にプレゼンテーションをする。自分は全方面で行けるので、切り口をいくらでも作れる。だから全員に刺さるように喋れる。だから知識が大事、というのはそういうこと。ある業界に例えればこうだが、この業界に例えるとこうだ、無形商材ならこう例えるが有形ならこうだ、というふうにカテゴライズして両サイドに刺さるようにする。常に「一体の表現をしろ」と言っている。光と影のような存在があるなら、両方のサイドで例え話も事例も作る。多様な人がいる場では多様な表現の仕方をしてあげないと刺さらない。

であれば、主催者の方たちはなぜそういう人たちがそこに集まっているのか。何か共通があるのではないか。

(マイキー氏)それがマーケティングなどのところになっているので、共通の課題がある。自分は表情を見ながら全部それを把握して、1と2をやってみて2が刺さらなかった、1と3をやったら1が刺さらなかった、では2と3をやってみよう、2と3は全員に刺さった、では2と3と4を加えよう――算数の計算式のような感じで、例え話も業界の例えも全部計算しながらやっている。前田さんと喋ったのと同じで、喋りながらフォルダーがどんどん出てくると言ったが、あれをそのまま人前に立つときに全部表現しただけ。だから頭は使っていない。人の感情を見て好き嫌いを判断しているだけ。単純作業で言えば「この人はこの言葉が嫌いだな」「この人はこういう食べ物が好きだな」というのを喋りながら単語を入れていって、表情が変わるところだけをずっと見ていた。それをジャブで30分ぐらい会話しながらやって、この話は刺さる、この話はあまり刺さらない、というのを感覚的に掴んで、まずできるだけパイを掴んでから深掘りしていく。そうすればほぼ全員に刺さる。人の顔を見て喋らない人が多いが、自分は全員の顔も目も全部見ていた。だから後ろの席の人がみんな手を挙げず下を向いている、ということも分かる。

ちょうどその人数で全員の顔を見渡せたのも良かったということか。会場が大きいと(どうなるのか)。

(マイキー氏)いや、それはまたやり方が違う。会場が暗くて数百人単位になってくると、仕込むやり方は変わる。もちろん変える。

例えば1万人、あるいは仮に300人でもよいが、後ろのほうはどうするのか。

(マイキー氏)自分は3,000人の前で海外でピッチをやったことがある。そのときも、前のほうが盛り上がると後ろへ伝染していくことはあるが、自分はそういうときに壇から降りて席順を見る、絶対に。席が左右に分かれて中央に通路があるなら、その中に入っていって後ろのほうまで行き、「皆さん、あの図を見てください」とやる。すると全員がバッと見る。その後に今度は左右に言葉を振っていくと、後ろのほうも一気に盛り上がる。そういうテクニックをものすごく使う。わざと壇から降りる。降りるタイミングで左右両サイドに話を振り、「こちらのサイドの人に聞きますけど、どうですか」「右サイドの方はどうですか」「左サイドの人はこうですか」「右サイドの人のほうがこういう傾向がありますね」といったことを言いながら、後ろから前に行くスタイルにすると、後ろまで全部温まる。そういう行動的な作業もプレゼンテーションの中に入れる。そうすると最終的にはスタンディングオベーションになる。席の配置も、もっと言うと席の角度まで見る。椅子が横に並んでいるときは突っ込んでいってよいが、丸まっている状態の場合はまたやり方を変える。(質問:その丸に従って動くのか)動きますよ、ちゃんとそれに従って。

その場所の見取り図があって、どこにスクリーンがあるかといった情報が先にあれば、事前に準備できるということか。

(マイキー氏)そのとおり。一番簡単な方法は、席の丸みを利用したもの。全部横並列なら椅子の数は決まっているが、丸みを帯びているということは一列あたりの席数の割合が違うということで、最後列と最前列とで数が変わってくる。その数を計算しておいて「ここまでのラインの人たち」と言うと、聞き手は自分のラインがどちらなのかを把握しようとする。それによってこちらに意識が向く。あと、そういうシーディングもぶち込む。大勢がいるときは必ず、自分のラインを間違えて立ち上がる人がいる。「この列の人は立ち上がってください」と言うと、含まれていない人まで立つ。そこで「いや、そこのラインはこのラインなので」と言うと、自分のラインを認識し直して座る。そういう相手の判断パターンをミスらせることによって、逆に「ここまでのラインがどうこう」という意識が生まれる。そういう心理的な作用もプレゼンテーションの中に、あえて入れる。次に「これを3段階に分けて聞いていきますね」と言うと、「僕のラインはどこなんだろう」と気にする。一人が間違える。その人はもうカモで、捨て駒なのでどうでもいい。次に「6列目まで」と言い、その次に「5列目まで」と言うと、向こうで計算が走ってまた思考が始まる。そうやってどんどんこちらに意識が向く。もう気にしている時点で、こちらに巻き込んでいる。席の配置と数、余っているところと埋まっているところも見て、余っている席があればそこへプレゼンしながら乱入することもある。横の人に「ハワイユー」などと言うと、周りは「みんなは?」という顔になる。そこで「では見てください」とやる。振られたくないので、みんなパッと目をそらすように前を見る。そういう工夫もぶち込む。

仮に人数にもよるだろうが、自分でコントロールできるのであれば、どういう配置が一番プレゼンしやすいと思われるか。

(マイキー氏)基本的にプレゼンテーションをする場合は、必ず椅子の指定と角度まで全部要求する。まずそれが大前提。それが通るか通らないか。通った場合はやりやすいが、通らなかった場合はその場に合わせて変える。ただ、できるだけ角度まで全部指定する。

ご自身でやるときに一番ベストな机の位置はどういうものか。

(マイキー氏)まず机があった場合は絶対に排除させる。机は絶対に入れない。机を入れると人はメモに必死になる。メモに必死になるくらいなら、こっちの話を聞けよ、という話。どうせメモを取らせない。メモを取ろうとしている人がいたら取らせない。「後であげますから」「最後にお渡しするので」という一言を言うだけで、その会場にいるエンゲージメント率が上がる。(質問:出ている人にはアーカイブを渡します、というような形で)そう。なので「今は僕の話をじっくり聞いてください」という感じ。あとは来ている層や席順、舞台の角度もすごく気にする。目線が高くなるか低くなるか、その角度と人数の幅によって、自分の顎の位置をどこにするかを考える。(質問:聴衆から見たマイキーさんの顎がどこにあるかということか)そういうこと。本気でプレゼンするときは、舞台の位置から客席の席順のところに行って自分で座ってみて、どう見えるか全部チェックする。左右、真ん中、後ろ、前、全部チェックする。

オーディエンスの目線が、ちょっと目を上げたぐらいの角度で口が見えるくらいの感じか。

(マイキー氏)ちゃんと体が見えるというのがベスト。だから角度が欲しい。映画館では席の順が前の人の頭が来ないように少しずれている。それを表現するために、あえて角度をつける。真っ直ぐの席だと、前の人の頭が大きすぎたり身長が高すぎたりすると、女性や小さい人から見えなくなる。その人が見えるための角度は何なのか、と考える。円弧を描くような形にすると、人の頭と人の頭のあいだから見えるという状態を作れる。段差のある会場ならよいが、段差のない会場のほうが多いので、角度がものすごく大事になる。本当に見えなさそうな場合は、この部分だけ椅子を30cmでもいいから横にずらしてほしい、と会場の運営者に依頼することもある。海外でそれを拒否されたことがあり、「ずらせません」と言われたときは、スタッフを用意して自分の時だけ偶数列を30cm横にずらすよう指示を入れさせ、セミナー会場が始まるときに聴衆がずれるという作業を起こさせて見えやすくさせた。

花の指定というのは、どういう意味なのか。花の色を指定するとか。

(マイキー氏)会場に合わせるとか、椅子の色を全部固定化させるとか、そういうこともやる。ただ、そんなことを今やっていても面倒くさい。だからいい加減にやっていいや、ということでもうやらない。セットアップがすごく重要になるので、本当にやるならセットアップの部分にはかなりこだわりを入れる。ただ二度とやりたくない。面倒くさすぎるので。世の中を変えるんだとか、資金調達を思い切りしなければならないとか、そういう機会があるならするかもしれないが、自分は何もする気のない人間なので。いい加減にやっても人より数字が出れば文句はないでしょう、という話。無責任にいい加減に仕事をするなら、その分だけ実力をつけていい加減に仕事をして人よりちょっと数字を出せば、文句を言われることはない。普通に考えればセミナー中にゲームをやっていること自体が怒られる話だが、人よりちゃんと数字を出せるものができるなら、無責任にストレスなしで仕事をしたほうがいい。そういう考え方で仕事に臨んでいる。

HOMEWORK

宿題・アクションアイテム

  1. 自分の次のプレゼンで会場設計を1項目だけ変えてみる。 机を排除する、椅子の角度を要求する、後方の席から見え方を自分で確認する――どれか一つでよい。この日語られた設計は物理条件の変更であり、話術の習得を待たずに今日から実行できる。
  2. 「シーディング」を次の機会に試す。 質疑の中で参加者が「次の機会に試してみます」と明言している。列を指定して立たせ、境界の誤認と訂正を挟むことで注意を集める手法。ただし PART 6 に記した「最初に間違えた一人を捨て駒として扱う」という前提の是非を、実行前に自分で判断すること。
  3. 自分の例え話の在庫を数える。 マイキー氏が「うまいプレゼンターが失敗した理由」として挙げたのが入り口の少なさだった。自分の主張を、いくつ異なる業界・領域の言葉で言い換えられるかを実際に書き出してみる。無形/有形、光/影のような対で両側から作れているかを点検する。
  4. K-POPコンサートのMCパートを観察する。 マイキー氏が最終的な盛り上げ方の参照先として挙げた。呼びかけの順序、左右の振り分け、後方への言及の頻度を実際の映像で確認する。なお「訓練されている」という見立てには公開資料での裏取りがないため、観察は各自の検証として行うことになる。
  5. 自分が避けている摩擦を1つ特定する。 渡辺氏の宿題。自分に摩擦を生んでいるものは何か、自分が嫌われたくないものは何か。それを考えたうえで初めて、自分にとって本当に重要なものが見つかる、という指摘だった。
  6. 「守りたい自分」と「見られる自分」を分けて走らせる。 同じく渡辺氏の指摘。この二つを一つにしている段階で、学びにブレーキがかかる。実務的には、批判を受けたときにどちらの自分が反応しているかを区別する訓練になる。
  7. 11月13日の500名規模イベント/11月の帯広プレゼン合宿。 いずれもマイキー氏が言及した予定。合宿は参加人数を締め切り済み。来年に向けて新規のプレゼン企画を検討中とのこと。要確認(内部イベントのため外部からの裏取りはできていない)
GLOSSARY

用語集

一体の表現
マイキー氏が日頃から用いている指示。光と影のような対の存在があるなら、両方のサイドで例え話も事例も作ること。片側だけの例えは片側の聞き手にしか届かないという前提に立つ。
ジャブ
セミナー冒頭の約30分にあたる観測フェーズ。単語を入れながら喋り、聴衆の表情の変化だけを見て、刺さる話題と刺さらない話題の地図を作る。
シーディング
この日マイキー氏が用いた語で、座席の列を指定する際にあえて境界を誤認させ、訂正を通じて聴衆の注意を自分に固定する仕掛けを指す。マーケティング用語としての一般的な seeding とは意味が異なる自己流の用法。
千鳥配置(staggered seating)
前後の列で座席を互い違いにずらし、後方の観客の真正面に人が座らないようにする劇場設計の標準手法。前席に平均身長の男性がいても約7割の女性客が舞台を見通せることを設計目標とする。
顎の位置
舞台の高さと聴衆の人数の幅から逆算して決める、登壇者自身の顔の高さ。この日挙げられた設計変数のうち最も細かいもの。
セットアップ
会場の物理条件の事前設計。椅子の指定と角度、机の排除、座席の間隔、花や椅子の色まで含む。マイキー氏は「本当にやるならここにかなりこだわる」と述べた。
スタンディングオベーション
壇を降りて後方から左右へ話を振り、会場全体の温度を均していった先の到達点として挙げられたもの。前方だけが盛り上がった状態では起きない、という位置づけ。
エンゲージメント率
この文脈では、聴衆がその場の話にどれだけ注意を向けているかの度合い。机を排除し「資料は後で渡す」と約束することで上がる、と説明された。
Pre-Suasion(プリ・スエージョン)
ロバート・チャルディーニが2016年に刊行した著作の題名であり概念。メッセージを届ける前に受け手の注意の焦点を変えることで受容性を高める手法を扱う。人は注意が向いた対象に不当に高い重要性を割り当てる、という前提に立つ。
特権的瞬間(privileged moment)
Pre-Suasion の中心概念。受け手がメッセージを特に受け入れやすくなる、特定できる時点のこと。決定の瞬間に注意の中で持ち上げられた要因が選択を左右する、とされる。
分割注意
複数の作業に注意を分けている状態。講義中にメモを取ることは、聞くことと書くことのあいだで注意を往復させるため、論理的なつながりが重要な内容では理解を損ないうると指摘される。
手書きノート研究(Mueller & Oppenheimer 2014)
ノートPCによる逐語的な書き写しより手書きのほうが概念理解に優れるとした研究。ただし2019年の追試では効果は小さく統計的に有意でなく、結論の頑健性には疑問が呈されている。
摩擦
渡辺氏がこの回で用いた語。自分の前提と外の世界が噛み合っていない箇所を指す。避けるべきものではなく、探しにいくべきものとして位置づけられた。「転覆化させるポイント」とも表現された。
二つの自分
渡辺氏の提起。自分を守りたい自分と、人からどう見られるかという自分。この二つを同時に走らせておかないと、一つにした段階で自分の学びにブレーキがかかる、とされた。
アウェイ(渡辺氏の再定義)
場所の属性ではなく、自分が話している内容と相手とが噛み合っていない状態のこと。どこで噛み合うのかを壁打ちして探し続ける限り、解消可能な状態として扱える。