GM・トヨタ・Anthropic・CVCの事例とセキュリティ3社の協業構造
この回のレポートは全4本に分割しています。本ファイルはその2本目、テーマは「企業事例とセキュリティ業界」です。
資源依存理論が現実の企業関係にどう現れるかを、具体的な事例で検証するパートである。GM=フィッシャー・ボディは大企業が下請けの特殊技術に依存し逆に支配された事例として、トヨタと部品会社は支配関係の維持コストが長期的には重荷になる例として、AnthropicとOpenAIは関係が悪くても国防という上位の制約が相互依存を生む例として紹介される。
CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を巡っては、出資を受けたスタートアップが最終的に技術を乗っ取られる「シャーク」という米国での俗称や、フォロワー投資にとどまりがちな日本のCVCと本気で取り組む米国のCVCとの姿勢の違いが議論された。ベンチャーキャピタルのネットワーク中心性が資金調達のしやすさに影響する「お金の色」の論点にも触れる。
同業内の協業例として、CrowdStrike・Zscaler・Palo Alto Networksというサイバーセキュリティ3社の役割分担を取り上げる。エンドポイント・ゼロトラスト・トレーサビリティという3技術の組み合わせを整理したうえで、2024年のニコニコ動画(KADOKAWA)へのランサムウェア攻撃の経緯もこの3技術の不備と対応づけて解説している。
「中小企業が大企業と組むと、どうしても吸収される方向にしか行かないのでは」という質問に対し、前田氏は「逆パターンの事例がある。GMで調べてください」と回答した。
GMはある特殊技術を1社に委ねてしまった。特殊技術を一社に委ねるということは、その企業がGMに対して圧倒的な優位に立つということを意味する。GMはその状態から抜け出すのに10年ほど苦しんだ。
ここから導かれる実務的な含意はこうだ。企業の大きさだけで力関係は決まらない。自分たちが小さい企業なら、他が持っていないような特殊技術を「持っているように見せる」だけでも、力の差は埋められる。
さらに前田氏は踏み込んだ。仲の良さも同じで、実際にそう思っていなくても「仲が良い」という見せ方はできる。資源とは「相手がどう受け取るか」で決まる部分があり、どうやって(相手に)そう思わせるかは相当に重要な能力である、と。
前田氏が示唆した事例は、経営学・組織の経済学で最も有名なケースの一つGM = フィッシャー・ボディ(Fisher Body)である。
経緯:1919年、ゼネラル・モーターズはフィッシャー・ボディ社の非支配的持分を取得し、フィッシャーをGMの独占的な車体供給者とする10年契約を締結した。フィッシャーはGM向けの関係特殊的投資(専用金型・専用設備)を行う必要があり、投資後にGMから買い叩かれるリスクを警戒した。結果として交渉の主導権はフィッシャー側に傾き、1926年にGMはフィッシャー・ボディの残り株式をすべて取得して垂直統合した。
理論化:1978年、ベンジャミン・クライン、ロバート・クロフォード、アーメン・アルチアンがこの事例を資産特殊性とホールドアップによる垂直統合の代表例として定式化した。「小さな企業でも特殊技術を持てば大企業と対等以上に渡り合える」というセッション内の主張は、このケースが実証している。
なお後年、ロナルド・コースらがこの事件の史実解釈をめぐって反論を行っており、ホールドアップが実際に統合の主因だったかについては学術的な論争がある点は付記しておく。
「トヨタと部品会社のように、依存度は高いが権力不均衡も極めて大きい場合はどうなるのか」という質問に対しては、大企業側は完全に支配する方向、つまり「がんじがらめにする」戦略を立てるという回答だった。
危険なのは、個々の企業が力を持ち始めると支配力が弱まるという点である。そのとき何が起きるか——支配関係を維持するためのコストがめちゃくちゃかかってくる。
したがって短期的には支配が正解でも、長期的には権力不均衡を埋めた方が戦略として正しい方向に流れる。前田氏はここで「だからこそ取引コスト理論も一緒に見た方がいい」と補足した。
マイキー氏は、これを日本の自動車産業に接続した。過去、日本の自動車メーカーは好き放題やって、それでも勝てていた。しかしEVというゲームチェンジが起きた結果、ホンダもトヨタも日産・三菱も中国メーカーには勝てなくなった。
そこで何が起きているか。トヨタは社長を交代させ、外部向けと内部向けで役割を分けた体制に移行した。そして「中国メーカーや世界的なメーカーと戦うには、日本メーカーが結束しないと勝てない」という方向、つまり相互依存を高める方向に舵を切った。
今まで単独で戦えていたものが戦えなくなったからこそ、自分たちの資源を相互依存の形で組み替え、効率性を高めて海外勢と戦おうという旗を上げた——それが今のトヨタである、というのがマイキー氏の読みである。見ている方向性やゲームチェンジによって、協業せざるを得ない状況が生まれる。
もう一つの事例として、AnthropicとOpenAIが挙げられた。両社の関係は極めて悪い。OpenAIに不満を持って出ていった人間が実際にAnthropicを設立したのだから当然である。
しかしマイキー氏は、現段階ではサム・アルトマンも米国の国防を考えたときにAnthropicを認めざるを得ないという趣旨のコメントを始めている、と指摘した。これは国防という上位の制約が入ることで、相互依存を構築する方向に力が働く例である。
この発言の背景には、2026年2月末に起きた一連の出来事がある。国防長官ピート・ヘグセスがAnthropicをブラックリスト入りさせ(同社が自社AIモデルの軍事利用範囲をめぐって国防総省と衝突したため)、その数時間後にOpenAIが国防総省と契約を締結した。
ただしサム・アルトマンは同時に、「国防総省と組む企業は法的保護とレッドラインを守るべきであり、そのレッドラインについてはAnthropicに同意する」と表明し、社内には「Anthropicと国防総省の間をデエスカレートさせたい」と伝えたと報じられている。3月にはアルトマンが従業員に対し、ライバルを「救おう」としていると語ったとも報じられた。
一方で3月5日には「政府は民間企業より強い力を持つべきだ」と述べてAnthropicを間接的に批判してもおり、純粋な協調ではなく、対立と相互承認が同時進行しているのが実態である。「認めざるを得なくなった」というセッション内の要約は、方向としては報道と整合する。
マイキー氏はここから、資源依存理論の実務応用としてCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)を取り上げた。
海外の大手企業はたいていCVCを持っている。CVCから出資を受けたスタートアップは、大企業の販路・知名度・リソースを活用できる。しかし最終的に技術を乗っ取られ、大企業側の力がさらに強くなるという構図がある。米国のスタートアップ界隈では、これを「シャーク(sharks/サメ)」と呼ぶ。
マイキー氏によれば、米国のCVC投資データを25年分見ても分かるのは、戦略の一部としてCVCを受け入れつつ、「サメになる大企業への依存度をいかに巧妙に避けるか」を最初から戦略に組み込んでいるということである。
そのまま売却が目的なら買ってもらえばよい。しかしそうでないなら、大手をうまく利用しつつ、依存から外れていく道筋も同時に設計する。これがCVCを活用する側の合理的な戦略になる。「CVCを入れられたら間違いなくトヨタの言うことを聞かなければならなかったはずで、それをどれだけ外していくかという戦略自体を組むことが合理的だ」というのがマイキー氏の整理である。
この論点に対し、参加者から「日本のCVCはそもそもシャークになっていない」という現場からの指摘が相次いだ。
基本的にフォロワー投資しかしない。「それなりの人が派遣される部署」であり、自らネットワーキングして案件を作りにいくことがない。
大企業に金が余っており、具体的な投資プランがないまま「渋々お金を入れてマーケット調査をやってみようか」程度のノリ。投資しても活かせず、シャークになることもない。
→ ほぼ「表面上の化粧」。ニュースにはなる
スマートHRやスマートニュースのような案件には日本のCVCは入っておらず、米国企業から猛烈なラブコールが入る。仲介者にまで強烈なピッチをしてくる。
「うちのネットワークならこういうことができ、米国市場開拓をこう支援する」と極めて具体的に売り込む。レベルが違う。
→ 金銭的リターンも求め、取り込みや競合潰しの意味も持って本気で取り組む
参加者の言葉を借りれば、米国では「動物園の中の弱肉強食」であり、入るときは徹底的に入ってくる。逆にうかうかしていると食われるか、経営陣の首をすげ替えられることもあり得る。株主との緊張感を常に持ち、それ相応の覚悟がなければ市場でも戦えなくなり、5年後10年後には消えている——という総括で締めくくられた。
マイキー氏はさらに、ネットワークの中心にいるVCから出資を受けたスタートアップは、大企業のCVCや他の投資家からも資金を調達しやすくなるというデータ上の傾向を指摘した。これがマイキー氏の言う「お金の色」であり、これもまた資源依存理論で説明できる現象である。
マイキー氏はこれを個人レベルの俗説と明確に切り分けた。「周囲5人の年収の平均が自分の年収になる」といった話に統計的な裏付けはない。VC投資のデータでその傾向が強く出るのは事実だが、個人がどうかは知らない、という立場である。
そして大前提として——周りがいくら優秀でも、その人自身が無能で成長しない限りは無理。マイキー氏の実感として「自分の周りの生活保護の友人たちの収入は上がらない。何も努力しないから」と述べている。
前田氏が「別の機会にやる」と予告したバウンダリー・スパニング(boundary spanning/境界連結)は、組織の境界をまたいで外部と情報・資源をやり取りする活動、およびその役割を担う人物(boundary spanner)を指す概念。
これはロナルド・バート(Ronald Burt)の構造的空隙理論(Structural Holes, 1992)と密接に関連する。バートは、密につながったクラスター同士の「隙間」を橋渡しする位置にいる人物が、情報の非対称性からくる情報優位と統制優位を得ると論じた。VCのネットワーク中心性が投資成果に効くという実証研究群(Hochberg, Ljungqvist & Lu, 2007 など)も、この系譜にある。
つまりネットワークそのものが資源であるという前田氏の指摘は、資源依存理論とソーシャル・キャピタル理論の接続点にあたる。
参加者から、今回の理論が『黒子のバスケ』そのものだという指摘が出て、セッションが大いに盛り上がった。マイキー氏は「まさにその通り」と全面的に同意し、次のように整理した。
緑間のチーム、そして黒子・火神のチーム。チームメイトを信用し、お互いの依存度を上げていった。
緑間のシュートはチームの信頼なしには成立しないし、選手が怪我をしたときにあそこまでチームが動くこともなかった。信用のポイントを積み上げていったストーリーがある。
赤司、青峰、紫原のチーム。最後まで人に頼らず、自分に依存させる状態が続いた。
紫原は氷室というパートナーがいながら無視し、赤司は無冠の五将を擁しながら関係を作らなかった。関係値の向上が一切なかった。だからチーム自体が崩れた。
「奇跡の世代」は各自が最強である。しかし高校でエース級として振る舞い、味方を誰も信用しなかった結果、勝てなかった。覚醒して初めてチームの流れが変わる——それが試合中の描写として表現されている。資源依存理論と相互依存の観点で見ると、勝敗の構造がきれいに説明できる、というのが結論だった。
※ 参加者いわく「マイキークラブに入るまではスラムダンク派だった」。マイキー氏いわく「理論が詰まっているという目線で見返すと、めちゃくちゃ面白い」。
「同業内の合併には当てはまらないのか」というQ&Aから発展した業界解説。前回のセキュリティ回の補足にもなっている。
前田氏は「同業内でも当てはまる」としたうえで、技術の方向性が少しずれているだけで協業関係が生まれる例として、CrowdStrikeとZscalerを挙げた。両社ともサイバーセキュリティだが技術の方向性が違うため、かなり近い協業関係になっている。
| 技術 | 部屋にたとえると | 本質 |
|---|---|---|
| エンドポイント セキュリティ |
部屋の中で一番大事なものを1つ決め、そこに強力なプロテクトをかける | 守るべき敵が多すぎるので、守りを1点に集中させる発想 |
| ゼロトラスト | 部屋に至るまでに大量の扉と鍵を設置し、全部を通過しないと目的地に着けなくする | 来る人全員を犯罪者・敵と見なし、都度検証する |
| トレーサビリティ | 床にインクを塗って足跡が付くようにする、触れた箇所を検知する仕掛けを作る | 盗まれた後に相手をたどれるようにしておく |
ここにPalo Alto Networksを加えると、3社の関係が見えてくる。
CrowdStrike:包括的にやってはいるが、最大の強みはエンドポイントセキュリティ。その1点が突出して高い。
Palo Alto Networks:全体が非常に高い、包括型。ただし飛び抜けた尖りがないのが弱点になり得る。
Zscaler:特殊な技術を持つが、飲み込めるほどの企業規模ではない。
→ 本音では飲み込みたいができない。だから協業する。CrowdStrikeにとってはエンドポイント技術を一緒に使えることが対抗手段になる
CrowdStrike=端末を守る(PC・サーバー)
Zscaler=通信を守る
Palo Alto=環境全体を守る(前田氏の言う「全方位を強くする」)
→ CrowdStrikeが端末のウイルス感染を検知した瞬間、その情報がZscalerに渡り、Zscalerが端末から社内システムへのアクセスを自動遮断する。3社ともAPIを公開しており、ログを統合できることがそもそもの前提になっている
両社の提携関係は2019年に始まり、その後AI連携やゼロトラスト評価の互換性へと拡張されてきた。CrowdStrikeのFalcon Next-Gen SIEMのISVエコシステムにZscalerを含む500社超のデータを統合でき、エンドポイントとネットワークの両方の可視性を統合してゼロトラストポリシーを適用するという設計思想は、セッション内の説明と一致する。
一方Palo Alto Networksは「ネットワークセキュリティは常に独立したプラットフォームであり続ける」として統合アプローチに懐疑的な立場を取り、CrowdStrikeとはプラットフォーム対バンドルの構図で競合している。前回レポートで扱ったCyberArk買収は、クラウド・エンドポイント・ネットワーク・アイデンティティを横断する統合プラットフォーム構築の一環にあたる。
なお、セッション中に一度「クラウドフレア」と発言された箇所はCrowdStrikeの言い間違いであり、前田氏自身が訂正している。Cloudflareは別企業(CDN/エッジ)でビジネスモデルが異なる。
セッション中に「KADOKAWAはなぜあのように攻められたのか」という質問が出たが、マイキー氏は情報漏洩の懸念から個別対応とし、公開の場では回答しなかった。公開情報の範囲で経緯を記す。
2024年6月8日、ニコニコ動画(KADOKAWAグループ)がランサムウェア攻撃を受けた。窃取したアカウント情報を用いて社内ネットワークに侵入し、ラテラルムーブメントで権限を拡大、仮想化基盤に到達してランサムウェアを展開したとされる。約1.5TBのデータが窃取され、約25万人分の個人情報が流出。2025年3月期通期で84億円の売上減少と36億円の特別損失が見込まれた。
この経路は本セクションの3技術に正確に対応する。認証情報の窃取=ゼロトラストの不備、ラテラルムーブメント=エンドポイントとネットワーク分離の不備、事後の追跡=トレーサビリティの課題である。