本レポートの概要
この回のレポートは全3本に分割している。本ファイルはその3本目、テーマは「不在データを探すリサーチ手法と、そのケーススタディ」である。
勉強会後半、AIをめぐる議論のなかでマイキー氏が「一学問で言ってしまうと、見落としのデータが多すぎるから説明がつかない」と述べた。この一言から、リサーチ手法の話題へ移る。マイキー氏がここで持ち出したのが、統計学者エイブラハム・ウォルドに由来するワールドプロトコルという枠組みである。もっともこの日の力点は、有名な逸話そのものではない。マイキー氏がウォルドの仕事から取り出した定式は「能動的な不在データの探索手法こそが最強のリサーチである」という一行であり、これをそのまま投資と事業のリサーチに適用したのがこの節の中身だった。
マイキー氏は自分自身の実践を引き合いに出す。ほとんどの人は成功体験の話を聞きたがる。有名な経営者が来ると言えば見に行き、有名な投資家が来ると言えば聞きに行く。それは一見合理的だが、帰還機の話に置けば合理的ではない。優秀な人のデータは他人がやっているから自分がやる必要がない。自分が取りたかったのは無能な人、成果の出せない人のデータだった——マイキークラブを作る前の3年間、そういうデータを日本人3,000〜4,000人から取り続けたという。失敗しにくいパターンを作り上げることが、むしろ成功につながるのではないか、という発想である。
後半は具体的な分析装置の列挙になる。スマイルカーブによる付加価値の所在、レッドクイーン理論による競争環境の読み、コブラ効果によるインセンティブ設計の裏側、そしてガートナーのハイプサイクルによる幻滅期の判定。これらを組み合わせたケーススタディとして提示されたのがジャスパーAIだった。ピック&ショベル型の成功例に見えていた企業が、OpenAIという鉱山への依存という一点で崩れた事例である。
取れているデータは、取れたという事実によって歪んでいる
マイキー氏の導入は、リサーチを内部リサーチと外部リサーチに分けるところから始まった。どちらか一方が欠落している人間はバイアスがかかりやすい、というのがきっかけになる観察である。
ウォルドの定式
そこでマイキー氏が持ち出したのが、数学者エイブラハム・ウォルドの仕事だった。この日マイキー氏がウォルドから抽出した命題は明快である。能動的な不在データの探索手法自体が、最強のリサーチである。そして「これをマックス・ウェーバー自身がやったのではないか」というイメージがある、と前半の議論に接続した。
この日の説明はごく短いが、記録しておく。第二次世界大戦中、敵地から帰還した戦闘機の損傷部分をデータ分析し、傷ついていた場所を補強していくという作業が行われた。これはものすごく合理的に見えて、ものすごく非合理的である。なぜなら帰ってきた飛行機は安全だったから帰ってこられたからだ。弾痕が残っている場所は、そこを撃たれても大丈夫だった場所である。むしろ帰還機で攻撃を受けていなかった場所——つまり帰ってこなかった機体のデータ——のほうが有用ではないか。こうして強化すべき場所はエンジンとコックピットだと結論され、結果として帰還できる機体が増えた。
マイキー氏自身の実践――3年間、4,000人の「無能なデータ」
マイキー氏はここで自分の履歴を持ち出した。ほとんどの人は成功体験の話ばかり聞きたがる。有名な経営者が来ると聞けば見に行き、有名な投資家が来ると聞けば聞きに行く。それはある意味で合理的だが、戦闘機の話をしたあとでは合理的ではない。
マイキー氏の主張はこうである。優秀な人のデータは、他人がやっているから自分がやる必要がない。自分が取りたかったのは、無能な人間のデータ、あるいは成果の出せない人間のデータだった。これこそ価値があるのではないか、という判断のもとに、マイキークラブを作る前の3年間、日本人のデータを3,000〜4,000人から取り続けた。結果として得られたのは失敗しない考え方、失敗しにくいパターンであり、それを作り上げることがむしろ成功につながるのではないか——戦闘機の考え方とまったく同じことをやっていた、という説明である。
裏取り済エイブラハム・ウォルド(Abraham Wald, 1902–1950)はハンガリー出身の統計学者で、第二次大戦中にコロンビア大学の統計研究グループ(Statistical Research Group, SRG)で爆撃機の装甲配置を分析した。逐次確率比検定(SPRT)や統計的決定理論の創始者としても知られる。
呼称についての注記この日「ワールドプロトコル」「ウォールドプロトコル」と呼ばれているものは、Wald(ウォルド/ヴァルト)の名に由来する呼び方で、学術的な正式名称ではない。一般には生存者バイアス(survivorship bias)あるいは選択バイアスとして知られる。会外で調べる際は "Abraham Wald survivorship bias" で検索したほうが一次情報に届く。また、この日マイキー氏は文中で一度「エイブラハム・プロトコル」と言い間違えているが、指しているのは同じウォルドである。
要確認「能動的な不在データの探索手法自体が最強のリサーチである」という命題を、ウォルド本人がその言葉で述べたという記録は確認できなかった。ウォルドの報告は装甲配置という具体的な工学問題への統計的解答であり、この定式化はマイキー氏による一般化と理解するのが正確である。また、ウォルドの提言が実際にどの程度そのまま運用されたか(何機に、いつから適用されたか)についても、逸話が伝わる過程で単純化されている部分があるという指摘があり、米国数学会(AMS)が一次資料を整理した解説を出している。「結果として帰還機が増えた」という因果を強く主張する場合は、その解説を確認するのが安全である。
要確認マイキー氏の「3年間で日本人3,000〜4,000人のデータ」という数値は、本人の自己申告であり外部から検証できる性質のものではない。本レポートでは発言としてそのまま記録している。
ピック&ショベルとの対
マイキー氏はここで、前回扱ったピック&ショベル型のリサーチとの関係を整理した。
マイキー氏はこの二つを、どちらかを選ぶものではなく統合したうえでリサーチをかけるべきものとして位置づけた。そして、大抵の人はここでバイアスをかけてしまう、と言う。基本的に人はネガティブな情報を受け付けない。シンプルでポジティブなものを好み、ネガティブで複雑性の高いものを拒む。プラスが出ている間は見るが、マイナスが出た瞬間にそこに対して盲目になるのか、しっかり分析するのか——これがリサーチで決定的に重要なポイントになる、という整理である。
不在データを探すための四つの道具
マイキー氏は、実際に何を見に行くのかを四つの枠組みで提示した。どれも既存の理論だが、組み合わせ方に主張がある。
スマイルカーブ――付加価値はどこにあるか
最初に挙げたのがバリューチェーンの見直しである。設計と販売は儲かるが、製造は儲からない。上がっている部分が設計、もう一方の上がっている部分が販売、下がっている真ん中が製造。この笑った口の形になるのがスマイルカーブである。Appleが強いのは設計と販売を持っているからだ、という説明が添えられた。
マイキー氏はここで一社だけ例外扱いを宣言している。TSMCはスマイルカーブを壊した企業なので、いったん置いておいてほしい。製造メーカーではなく本質的にイノベーション企業だから、という理由である。
そして、この曲線の両端が何であるかを言い換えた。設計とは発想力である。販売とは営業とプレゼンである。結局、儲かるところはアイデアと販売能力、すなわち創造力とコミュニケーション能力だということになる。したがってリサーチでは、その業界が伸びるかどうかを見るときに、アイデアの部分と販売の部分がしっかり強化されているか、という付加価値の所在を押さえられているかどうかを確認しなければならない。
裏取り済スマイルカーブは、台湾Acer創業者の施振榮(スタン・シー)が提唱した概念である。横軸に製品開発から販売までの工程、縦軸に付加価値を取ると、両端が高く中間の製造が低いU字になり、笑った口の形に見えることからこの名がついた。施振榮は製造の前の研究開発と、製造の後のサービスという両端に注力すべきだと説いた。パソコン産業の各工程における付加価値の特性を説明するために作られた枠組みである。
要確認提唱年について。1992年はAcerの経営改革が行われた重要な年として言及されるが、スマイルカーブの提唱年をこの年とする一次的な確認は取れなかった。1990年代前半という程度の記述にとどめるのが安全である。
TSMC例外扱いについてマイキー氏の「TSMCはスマイルカーブを壊した」という評価は、分析枠組みとしては筋が通る。純粋なファウンドリでありながら、微細化プロセスの研究開発と製造技術そのものに参入障壁を築いたため、スマイルカーブが前提とする「製造はコモディティ化する」という仮定が当てはまらない。ただしこれはマイキー氏の判断であり、スマイルカーブ理論の側からの定説ではない。
レッドクイーン理論――余裕をこけない構造か
二つ目が、前田氏がよく持ち出すというレッドクイーン理論である。マイキー氏の説明では、周りが成長してくるから自分も成長しなければならない。自分が成長したら周りがさらに成長するかもしれないから余裕をこけない。この強迫的な考え方を指す。
リサーチの観点としては、こうした考え方を社内文化に取り入れているか、そして他社が来るかもしれないという環境下で、それを打ち返すだけのポテンシャルがその会社にあるのかどうか。ここを見ないと会社自体がしっかり見えない、というのがマイキー氏の指摘だった。
コブラ効果――インセンティブの裏側
三つ目がコブラ効果である。マイキー氏の定義では、インセンティブの設計と失敗の指標をしっかり提示できているか、あるいは読み取れるものを発信しているかを見る枠組みである。このインセンティブは取れるかもしれないが、失敗した場合にはこういう形で市場を失う可能性がある——そうした形で、コブラ効果そのものを可視化できるほどリサーチをしているかどうかを確認する。
裏取り済レッドクイーン仮説は進化生物学者リー・ヴァン・ヴェイレン(Leigh Van Valen)が1973年の論文「A New Evolutionary Law」で提唱した。共進化する種の間で絶えず軍拡競争が続き、ある種にとって有益な進化が他種にとっては不利益になるため、相対的な適応度は改善しない、という主張である。名称はルイス・キャロル『鏡の国のアリス』の赤の女王の競走に由来し、同じ場所にとどまるためにも走り続けなければならない、という比喩から取られている。20世紀の進化生物学で最も影響力のある論文の一つとされる。経営学では、企業間の競争的軍拡として応用されている。
裏取り済コブラ効果は経済学者ホルスト・ジーベルト(Horst Siebert)が2001年に名づけた概念で、逆インセンティブ(perverse incentive)の代表例である。逸話としては、植民地期デリーでコブラの害に困った英国政府が、死んだコブラ一匹あたりに報奨金を出したところ、当初は成功したものの、やがて人々が報奨金目当てにコブラを養殖し始めた。政府が気づいて制度を廃止すると、飼育者がコブラを放逐したため、野生のコブラはかえって増えた——というものである。ただしこの逸話自体の史実性には疑義が呈されており、制度名としては実在の記録が乏しい。概念の名としては確立しているが、歴史的事実として引用するのは避けたほうがよい。
マイキー氏の用法は、この概念を「開示されている指標が、うまくいった場合の上振れだけを示していて、失敗した場合の下振れを示していないなら疑え」という投資リサーチの検査項目に翻訳したものである。原義の逆インセンティブとはやや異なる使い方だが、実務的な検査項目としては筋が通る。
ハイプサイクル――幻滅期で戻るかどうか
四つ目が、渡辺氏とのやり取りを受けてマイキー氏が持ち出したガートナーのハイプサイクルである。必ず成長期があり、頂点があり、幻滅期があり、その後に回復して市場に戻ってくる期間がある。幻滅期に落ちたとき、戻ってくるか戻ってこないかをどこで判断するのかが決定的に重要だ、というのがマイキー氏の主張である。
マイキー氏はここで、以前の出版講演会で自分がハイプサイクルを回収した際、重要なのはレジリエンスだと述べたのがまさにこの点だ、と自分の過去の議論に接続した。
裏取り済ハイプサイクルは、ガートナーのアナリストジャッキー・フェン(Jackie Fenn)が1995年1月のレポート「When to Leap on the Hype Cycle」で公表した。五段階は黎明期(innovation trigger)/過度な期待のピーク期(peak of inflated expectations)/幻滅期(trough of disillusionment)/啓発期(slope of enlightenment)/生産性の安定期(plateau of productivity)である。幻滅期では実験や実装が期待に届かず関心が離れ、その技術の提供者は淘汰されるか消える。啓発期に入ると第二・第三世代の製品が登場する。マイキー氏の「幻滅期で戻ってくるか戻ってこないか」という関心は、ガートナーの記述でいえば「淘汰される側か、第二世代を出せる側か」の判定にあたる。
ジャスパーAI――道具屋が鉱山に飲まれた
ここまでの装置を一社に適用したのが、この節である。マイキー氏が選んだのはライティング用AIツールのジャスパーAIだった。マーケティング用のコピーライティングツールを提供するスタートアップとして、AI企業の中でも突出した評価を受けた先駆けである。
全盛期
マイキー氏の説明では、全盛期の年間経常収益は8,000万ドル、日本円でおよそ100億円規模に達していた。当時のAI企業としてはきわめて大きな収益である。まさに絶頂期に入っていくところだった。
そしてマイキー氏は、この企業のビジネスモデルを前回のピック&ショベルの枠で言い当てた。OpenAIという鉱山から掘り出された言語能力を、マーケティングという部分に特化して加工して売る道具屋として成功しているように見えた、と。
致命的な被弾
その後に起きたことを、マイキー氏は端的に述べた。OpenAI自身がChatGPTをリリースした。その瞬間にジャスパーAIの価値提案はすべて崩壊した。ジャスパーは月額80ドルで出していた。ChatGPTが20ドルで出し始めた瞬間に、全部が崩れた。
結果として起きたのは、内部評価額の低下、レイオフ、CEOの交代、そして成長率の急激な鈍化である。企業の中での幻滅期が起きていた、というのがマイキー氏の見立てだった。
裏取り済・数値は正確ジャスパーは2022年に経常収益を倍増させ8,000万ドルに達した。同年のシリーズAで評価額15億ドルがついている。マイキー氏の「年間経常収益8,000万ドル」という数値は公開報道と一致する。
裏取り済・価格も正確ジャスパーのBoss Modeは2022年時点で月額82ドル(2022年12月時点の価格データ)。ChatGPT Plusは月額20ドル。マイキー氏の「80ドル対20ドル」という対比は、実際の価格とほぼ一致している。なお2023年2月にはジャスパーのBoss Modeは月額59ドルからに引き下げられ、その後このプラン自体が廃止された。
時系列の注記「ChatGPTが20ドルで出し始めた瞬間に崩壊した」という説明は、二つの出来事を一つにまとめている。ChatGPTの一般公開は2022年11月30日で、この時点では無料だった。月額20ドルのChatGPT Plusが登場するのは2023年2月である。ジャスパーの価値提案を最初に壊したのは有料版の価格ではなく、無料でほぼ同等の出力が得られるようになったことだった。マイキー氏の趣旨(価格破壊による崩壊)は妥当だが、引き金の順序は「無料化が先、20ドルの有料版が後」である。
裏取り済その後の経緯。ジャスパーは2023年夏に同年のARR予想を少なくとも30%下方修正し、2023年7月にレイオフを実施。2023年9月には内部評価額を約20%切り下げ、15億ドルのピークからおよそ12億ドルへ引き下げた。同月、創業CEOのデイヴ・ローゲンモーザーに代わり、元Dropbox社長のティモシー・ヤングがCEOに就任した。事業も個人・企業混在から、中堅・大企業のマーケティングチームへと軸足を移している。マイキー氏の「評価額が落ち、レイオフし、CEOを交代させられ、成長率が鈍化した」という記述は、いずれも公開報道と一致する。
コックピットはどこだったのか
マイキー氏はここで、この日の枠組みを適用した。ジャスパーの死因は何か。自分たちが持っていたコックピットとは何だったのか。答えはOpenAIのAPIへの依存である。他社のAPIに依存するビジネスモデルなので、そのAPIの提供元がユーザーインターフェースを改善した瞬間に消滅する。
マイキー氏はこれを製鉄の比喩で言い換えた。MicrosoftやOpenAIが製鉄所にあたる。ジャスパー自体は鉄を仕入れて売っていたにすぎない。依存度が大きかったから、製鉄所であるOpenAIとMicrosoft自身が鉄を販売し始めた瞬間に、鉄を仕入れて売っていた側はどうなるか——という構図である。
そしてマイキー氏は、投資家側の失敗として結んだ。ワールドプロトコルの考え方でリサーチをかけたところは、おそらくこの企業に期待をしていなかった。ところが大抵の投資家と市場はジャスパーに強く期待していた。それはこのワールドプロトコルの部分を見逃し、いいとこ取りだけをしていたからである。よく調べれば「外注依存が多くないか」という状態になり、一つひっくり返ったときに全部がひっくり返る、という構造が見えていたはずだ、と。参加者の小澤氏からも「すごく分かりやすかった、ジャスパーAIは暴落のあれだったので」という反応が出ている。
構造としては妥当ジャスパーの事例は、業界では「GPTラッパー」問題として広く議論されてきた。基盤モデルの提供者が下流のユースケースを自社製品として取り込むと、そのユースケースだけを薄く包んでいた事業者は差別化を失う。プラットフォーム研究では、補完財事業者がプラットフォーム提供者に取り込まれる現象としてエンベロープメント(envelopment)や、Sherman Kent 流に言えば「プラットフォームのロードマップ上に事業を建てる」リスクとして知られる。マイキー氏の「外注依存が多い企業ほど弱い」という定式は、これを投資リサーチの検査項目に落とし込んだものである。
要確認ただし「外注依存が高い=弱い」は無条件には成り立たない。ファブレス半導体企業は製造をTSMCに全面依存しているが、設計IPという別の堀を持つため脆弱ではない。危険なのは外注そのものではなく、外注先が自社の提供価値と同じ層へ降りてこられる場合である。この区別を入れないと、指標として使ったときに誤検出が増える。
枠組みの外に出ることを知性と呼ぶ
この節は、渡辺氏とマイキー氏の応酬から生まれた。リサーチ論が認識論に折り返す部分である。
組織的沈黙と、敵の視点
渡辺氏はまず、集団のコミュニケーションの語彙に翻訳した。これは組織的沈黙のなかをどうリサーチして見つけ出すか、という視点の作り方とも言える。マイキー氏も同意した。渡辺氏はさらに、プラスの点を見つけるのと同時にどうやってエラーをちゃんと発見するかというプロトコルを作ること、そして自分たちでプロトコルそのものを探し続けることを両立させれば、どんどん効率的になっていく、と述べた。
次に渡辺氏が出したのが、この節の中心になる論点である。自分と逆の視点を入れるか、敵の視点を入れるかが非常に大事だ。これは別の戦争でもよく言われることで、敵から学び、被害から学ぶところがその戦争の最大の収穫だったと総括されている。どのように傷病管理ができたのか、どのように作戦管理ができたのかを問うことは、結局敵の反応を自分たちがどれだけ見られなかったのかを問うことであり、それがアメリカの反省点だった。そこをデータ化したところが重要で、これは他者から見た自分がどう見えているのかを見ることにつながる。
そして渡辺氏はここに条件をつけた。それは分析方法としてどこかに厳格に設定しないとできない。どうやってルーチン化できるかが一つのイノベーションである。そして——それが厳格化できないからこそ、ウェーバーが難解に思えるのだ、と前半の議論に戻した。
一つの学に特化するというバイアス
マイキー氏はここで、自分の運営方針の説明に踏み込んだ。ビジネス系のスクールで営業のスクールに行けば営業しか教えてくれない。マネジメントならマネジメントのみ、マーケティングならマーケティングのみ。これはマックス・ウェーバーの考え方ではなく、一つの学に特化したバイアスになってしまう、という指摘である。
だから自分はアカデミックな人たちをクラブの中で重宝している、とマイキー氏は言う。学問を混ぜないとウェーバーの考え方に行かない。ウェーバーの考え方に行かないということは、ワールドプロトコルのリサーチ方法はできない。そのゲームの中でしか思考していないのだから。そしてこれこそが付加価値になる、と続けた。ここでマイキー氏は「この付加価値自体が分からない人を、僕はイコール馬鹿と呼ぶんですけど」という、かなり強い言い方をしている。
マイキー氏の観察では、経営学も経済学も、すでに学問の横断しかしていない。だから議論がきわめて難しくなっている。そして議論自体が最終目的地に着かないからこそ、人は思考する。大抵の人は答えを欲しがるが、優秀な人はプロセスを欲しがり、次の種は何なのかを欲しがる——この違いではないか、というのがマイキー氏の見立てである。
そのうえでマイキー氏は、教育制度そのものへの持論を述べた。投資スクールでFXしか教えない、株しか教えないというのはおかしい。もう少し乱雑にしていい。社会・理科・国語・英語と分散させて教えること自体が間違っていると思っている、と。その中で得意・苦手を自分で作ってしまう。全部やってしまえば得意も苦手も関係ない、やらなければ終わるのだから。その発見がなければ学問は繋がらない。
渡辺氏の応答――知性とは超規的なコミュニケーション
渡辺氏はこれを古代からの知性の定義に接続した。知性をどう定義するかというと、超規的なコミュニケーションだと言う。つまり一つの枠組みの外、後期的に定義されているコミュニケーションの外に出ることを知性と呼ぶ。
するとその枠組みの中でしか思考できないということは、ある意味で知性に対する裏切りだと言える。逆に、自分の持っている問いは実は綻びを見つけているのであり、過去の包括的なビジョンやコミュニケーションでは説明のつかないものを見つけているということになる。
無駄な学びは誰が作っているのか
渡辺氏はもう一点付け加えた。無駄な学びというのは、本人が単に生み出しているものであり、教養がないという言い方もできる。無駄なものを生み出すこと自体が教養のなさを生み出すとも言える。要は「無駄な知識」と言っている時点で、逆に自分の何もなさを露呈していることになってしまう。むしろ無駄と思っているものを生かす方向を考えるのか、生み出すのか、見つけられるのかということが、本当の知性の重要なところになる、と。
クラブの面談で落とす人
マイキー氏はこれを実務の話に落とした。クラブの面談でよく「マイキーさんのクラブって何をやっているんですか」と聞かれる。経営も経済もリーダーシップも営業もプレゼンテーションもやると答えると、「営業とプレゼンテーションは僕には必要ないですね」と返ってくることがある。マイキー氏の反応は「お前そんなにすごいのか」である。
マイキー氏の論理はこうだ。完璧な経営ができる人もいない。完璧な営業ができる人もいない。完璧なマーケティングも、完璧なマネジメントもできる人はいない。そして会社のリソースを循環させるためには、売上までの流れが全部必要になる。ところがその循環を断ち切ろうとする人が非常に多い。「僕は全部できます、だからこれだけ学びたい」という人は、基本的にその場で落としている、と述べた。他が本当にすごいならそれでいいが、自分はそうは思っていない、本当にすごかったらこんなところに来ていない、というのがマイキー氏の言い分である。
断言できるやつは天才か嘘つきか
締めくくりにマイキー氏が置いたのが、この日全体を総括する一言だった。今回のウェーバーは皆さんの頭の中をあえて複雑にさせるという部分で、ものすごい教材だと思う。前田氏は分かりにくかったのではないかと気にしていたが、そもそも分からないものである。宗教学も政治学も勉強しないとウェーバーは分かるわけがない。でも経済とはそれだけ複雑に出ているものだ。
質疑応答
ただし渡辺氏は条件を付けた。分析方法としてどこかに厳格に設定しないとできない。どうやってそれをルーチン化できるかが一つのイノベーションである。そして「それが厳格化できないからこそ、ウェーバーが難解に思える」と、前半の議論に接続した。
マイキー氏はこの応答を「めっちゃ今よくて」と評価し、そこからハイプサイクルの話に展開している。
そして渡辺氏は「他者の視点を獲得することが、おそらくAIの最大の利用方法ではないか」と結んだ。
持ち帰るべき課題
- 自分が今追っている銘柄・事業について、「取れていないデータ」を一つ特定する。成功事例のデータは他人が集めている。集まっていないのはどこか。マイキー氏が「会社分析にも業界分析にも自己分析にも使える」と述べた枠組みを、実際に一件へ適用する。
- 外注依存の検査を一件行う。その企業が依存している外部提供者は、自社と同じ層へ降りてこられるか。降りてこられるなら、そこがコックピットである。ジャスパーAIとOpenAIの関係を型として使う。
- ガートナーのハイプサイクルを確認する。マイキー氏が「ハイプサイクルが分からない人はガートナーのハイプサイクルを見れば分かる」と名指しした。五段階のうち幻滅期で戻る企業と戻らない企業を分ける条件を、自分の言葉で書けるようにする。
- スマイルカーブ・レッドクイーン理論・コブラ効果を一社に同時適用する。付加価値はどこにあるか、余裕をこけない構造か、失敗指標を開示しているか。三つを別々に使うのではなく、一社に重ねてかけるのがこの日の主旨である。
- (アナウンス)エヴァンゲリオンのアウトプットを提出する。マイキークラブで50名に達すれば、エヴァンゲリオンの編動画を撮る予定。年内にあと6名必要というアナウンスがあった。「誰かがやってくれるだろうではなく、あなたがやってください」と念押しされている。なおマイキー氏からは、提出者のうち10名以上はおそらく本編を見ていない、ちゃんと見てほしいという指摘も出た。
- (アナウンス)『黒子のバスケ』も対象。すでに5名ほどのアウトプットが届いており、チームリーディングの筋が分かってくるはずだ、ミッション・ビジョン・バリューがこの作品で分かってくる、と述べられた。
- (アナウンス)本の予約を済ませる。締めくくりで二度繰り返された。次回は12月29日。