この回は開始前の雑談から始まっている。話題は二つ。日本の重電がなぜ今これほど受注を積んでいるのかという「数字で見える一次情報」と、上海・蘇州から帰ったばかりの参加者が語る「体で受け取った一次情報」である。両者は無関係に見えて、同じ問いに帰着した。二次情報だけで判断すると何を取り落とすのか。
この日の勉強会は、定刻の21時より前に始まっている。正確には、始まっていない時間に交わされた雑談が、そのまま一つのセッションになっている。最初の話題は三菱重工だった。ガスタービンが「ドンとはまった」という言い方で切り出され、エネルギー関連の電源装置、データセンター向け需要、そして同社が持つ冷却システムまでが、一本の需要の線でつながっているという整理がなされた。ホンダがガスタービンに参入しつつあるという観測、IHIの株価がこの2〜3年好調だという観測も添えられたうえで、それでも受注で頭一つ抜けているのは三菱重工だ、という結論に落ちる。
ここで出た評価が、この回全体の伏線になっている。「結局、既存の事業が一番強かった」。この10年、重工の新規事業はおおむね失敗している。にもかかわらず同社が今好調なのは、新しい何かを当てたからではなく、長く持っていた既存資産のほうに時代が寄ってきたからだ、という読み方である。この視点は、後半で語られる「海外コラボレーションはほとんど失敗している」という話と正確に対をなす。
話題はそこから、日本企業が国内市場に閉じていることの限界へ移る。東京エレクトロンがインドにオフショアを持ち、技術移転も進めていく動きは肯定的に評価された。「現金が余っているのだから出ていけばいいのに」という言い方には、外貨を稼がなければこの国はやっていけない、という前提が置かれている。国内の製造業を底上げすることも大事だが、それだけでは足りない、という問題意識である。
21時直前、主催者が席を外している間に、上海・蘇州から帰国したばかりの前田氏に話が振られた。ここから後半は中国の話になる。前田氏の第一声は「勢いがすごい」という、本人が自ら「通り一遍」と断る表現だった。しかし重要なのはそこで止まらなかった点で、彼はすぐに「通り一遍の言葉でしか語れないくらいに勢いを感じてしまう」と言い直している。語彙が追いつかないという事実そのものが情報だ、という認識がここにある。以降の議論は、その「言葉になる前の情報」をどう扱うかをめぐって進んだ。
三菱重工の受注残も、上海の街頭で感じる熱量も、どちらも「報道された時点では落ちている情報」である。前者は決算資料を自分で開かなければ見えず、後者は現地に立たなければ得られない。この回の雑談が結果的に示したのは、一次情報には数字型と身体型の二種類があり、どちらか一方だけでは判断が偏るという単純だが実行の難しい命題だった。
この勉強会は、開始時刻の前に人が集まり、雑談が始まっている状態でZoomが回っている。この日は主催者が「今日はあんまりZoomに入ってこないんじゃないか」と予想を述べていた。理由は、その日公開したYouTube動画を見てから来るよう事前に指示していたためである。参加のハードルを自分で上げておいて、それでも来る人がいるかを見ている、という構図になっている。
そして主催者は21時数分前に「ちょっとトイレに行ってくるので雑談しといてください」と席を外す。残された参加者のあいだで交わされたのが、本レポートが扱う中国の話である。つまりこの日の中国パートは、司会が不在の時間に自然発生した会話であり、誰かが用意した議題ではない。にもかかわらず内容は濃く、後半の分析手法の議論にまで影響を残した。準備された議題より、準備されていない時間のほうが濃くなることがあるという、この場の性格がよく出た30分である。
なお、開始直後には主催者から価格交渉の成功報告が入り、YouTube動画の視聴確認も行われている。これらは本レポートの主題から外れるため扱わない。この回の講義本編(比喩の三類型)と、その後のナラティブ論・分析手法の議論は、それぞれ別のレポートに収めている。
会話の冒頭で使われた「ドンとはまった」という表現は、偶然の当たりではなく需要側の構造変化を指している。挙げられた要素を順に並べると、まずガスタービンが「めちゃめちゃ売れまくって」いる。次にエネルギー関連の電源装置が売れている。そこにデータセンター向けの需要が急増している。そして同社は冷却システムを持っており、それがデータセンターに「すごくはまる」。
この四つは別々の商品ではなく、生成AI向けデータセンターという一つの需要が、電源・発電・冷却という複数の入口から同じ会社に流れ込んでいる状態を指している。データセンターは電気を大量に食い、その電気は誰かが発電しなければならず、発電した先では熱が出る。三菱重工はその三つの工程すべてに製品を持っている、という読み方である。
比較対象として名前が挙がったのがIHIと川崎重工だった。IHIについては「この2〜3年、株式がいい」という株価面の観察。川崎重工については、三菱重工の防衛受注がその約2倍あるはずだ、という規模比較。そして「今のところ一番受注しているのは三菱」という結論が置かれる。ホンダについては、小型の航空エンジン用と思われるガスタービンをやり始めているらしい、という観測が添えられた。
図1:防衛省中央調達の契約額上位(2024年度/出典:報道による防衛装備庁契約実績の集計。Claudeが検索で確認した数値)
発言中の「防衛は川崎重工の2倍ぐらい受けているはず」という規模感は、公開データとおおむね整合する。2024年度(令和6年度)の防衛省中央調達実績では、契約額1位が三菱重工業の約1兆4,567億円、2位が川崎重工業の約6,383億円と報じられており、比率にすると約2.3倍にあたる。上位5社(三菱重工・川崎重工・三菱電機・NEC・富士通)の合計は約3兆759億円で、全体約5兆7,943億円の約53%を占める。
ただし基準には注意が必要である。防衛装備庁の中央調達契約額と、三菱重工が自社開示している「防衛・宇宙セグメントの受注高」は集計範囲が異なる。同社開示ベースでは2024年度の防衛・宇宙の受注高は約1兆8,768億円で、前年度(約1兆8,781億円)並みの高水準とされている。どちらの数字を引くかで絶対額は変わるため、比較する際は必ず同一基準に揃える必要がある。
また前年度比の方向は逆で、三菱重工は前年比で減少、川崎重工は約64%の増加と報じられている。「三菱が2倍」という水準の指摘は正しいが、伸び率で見ると川崎重工のほうが勢いがあった年である点は、発言では触れられていない。
「データセンター向け需要でガスタービンが売れている」という認識は、その後の公開データでも裏付けられている。三菱重工の2024年度のガスタービン(GTCC)受注高は約1兆2,593億円。さらに勉強会の後になるが、2025年度連結では受注高が前年度比約2割増の約7兆6,536億円、受注残高は約13兆2,376億円に達し、GTCC事業だけで受注残が5兆円を超えたと報じられている。大型ガスタービンは米国・中東を中心に計25台規模の受注があり、同社は生産能力を2030年度までに2024年度比で2倍へ引き上げる計画を示している。
つまり勉強会の時点(2025年10月)での「今、時代の流れに乗りまくっている」という観察は、その後の実績で追認された形になる。ただしこれは事後の数字であり、勉強会の場でこの数値が共有されていたわけではない。会話の時点で参照されていたのは「受注履歴を見ていると」という定性的な確認である。
好調な受注の話は、そのまま輸出の話に接続した。「このまま行ってほしいですけど、あと頑張って輸出しないと」「国内は限界があるので」。ここが弱い、という指摘に対して、前田氏が肯定的な例として挙げたのが東京エレクトロンのインド展開である。ある種のオフショアをインドに持っていき、テクノロジートランスファーもしていく。良いプロジェクトマネージャーがインド側にいればいける、という条件付きの評価だった。
インドが選ばれる理由として挙げられたのは立地である。「東に行っても西に行っても、両方とも大きな需要がある」。ハブとしての位置づけが評価されている。それを受けた主催者側のコメントが「現金が余っているのだからバンバン出ていけばいいのに」で、さらに「データセンターも作れそうじゃないですか」と続いた。
日本国内の製造業を底上げすることも大事だが、それだけでは足りない。外貨を稼がなければこの国はやっていけない。したがって、手元資金が潤沢な企業ほど海外に出ていく責務がある――という筋の議論である。国内回帰か海外展開かの二択ではなく、外貨獲得という一点で評価軸を揃えているのが特徴的だった。
この議論には、後半(PART 8)で語られる冷や水が待っている。三菱重工に「真っ先に行ってほしい」という期待が語られた直後に、「ただ過去10年間、重工関連の海外とのコラボレーションはほとんど失敗している」という指摘が入るからである。出ていくべきだという規範と、出ていっても失敗してきたという実績。この二つは会話の中で解消されないまま並置された。
前田氏が訪れたのは上海と蘇州である。感想を求められた彼はまず「勢いがすごい」と答え、即座にそれが通り一遍の表現であることを自ら認めた。しかし続けて言い直したのが、この日の中国パートで最も重要な一文である。「通り一遍の言葉でしか語れないくらいに、勢いを感じてしまう」。表現の貧しさが、体験の強さの指標になっているという構造である。
具体的に何を感じたのかと問われると、人の数、そして人の動きだと答えている。日本で感じる速度感と、見た感じの雰囲気が違う。これはあくまで自分の印象であり、先入観を持って見ている部分もあると本人は留保を付けたうえで、それでも「知識的に取れる情報よりは、裸の情報のほうが伝わってくるものがある」と述べた。参加者からはこれが「熱量」と言い換えられ、一人ひとりの熱量が違う、という表現で合意が形成されている。
熱量の具体例として出たのが、小規模な商店を営むような人の様子だった。「日本で上場企業のCEOじゃねえかというぐらいの勢い」という比喩が使われている。それを受けて「なんか勉強してるんでしょうね」という推測が入るが、前田氏の応答はやや違う角度から来た。「ただ、勉強しているだけでは、あの話はできない」。
彼が挙げたのは、相手の背景に対する理解の深さである。中国では多様な出自の人が客として来る。どんな背景の相手が来ても、ちゃんとコミュニケーションが成立している。ということは、相手の背景をあらかじめ分かっていなければできないはずだ、という推論である。単にモノを売るのではなく、商売が成り立つにはまずコミュニケーションが必要だという前提を踏まえたうえで動いているのではないか、というのが彼の見立てだった。ここでも本人は、滞在時間が短いので表面をさらっただけと言われればそれまで、と留保している。
今回の訪問メンバーの構成上、杭州(アリババの本拠地)には行けなかったことも語られた。「あそこは本当に進んでいる」という評価が返され、ただし元々進んだ地域はやや斜に構えているかもしれない、という留保が付く。一方で蘇州については、市場を見るだけで1日がかなりしんどかった、かなり広い、という体験が語られている。広さそのものが情報であるという感覚が、この一言に凝縮されていた。
会話の中で「日本の報道は中国が疲弊しているという言い方をする。不動産バブルがどうのこうのと」「でもそうでもなさそうな感じがする」というやり取りがあった。この対立は、公開統計を見るとどちらも部分的に正しい、という形で説明できる。
2025年の中国の実質GDP成長率は前年比5.0%で、政府目標の「5%前後」を達成している。一方で同じ年、不動産開発投資は前年比17.2%減、新築不動産販売面積は8.7%減、販売金額は12.6%減と大幅に落ち込み、固定資産投資も前年比3.8%減とマイナスに転じた。名目GDPの伸びは4.0%にとどまり、実質を下回っている。年後半の実質成長率も7〜9月期4.8%、10〜12月期4.5%と、前半の5%台前半から鈍化した。
つまり不動産と投資は明確に縮んでいるが、経済全体は目標成長率を維持しているという二重構造である。街頭の熱量と不動産統計の悪化は矛盾しない。発言側が「そうでもなさそう」と感じたことも、報道が「不動産バブル」と書くことも、どちらも観測している対象が違うだけだと整理できる。判断を下す際は、どのセクターの話をしているのかを必ず特定する必要がある。
主催者が戻ってきた後、議論は都市部と地方の差に移った。ここで提示されたのが、上海や北京といった大都市よりも、内陸の都市のほうが現体制への支持が強いという見立てである。理由は生活史にある。
この20年の異常な成長は現体制のおかげだ、と地方に行くほど強く思われている。1980年代から90年代ごろの、川で水を汲んでいた生活。そこから、洗濯機が回り、電力が来て、普通に暮らせる生活へ変わった。その変化を誰のおかげと捉えるか。20年というスパンで見たとき、地方に行くほど「この体制はいい体制だ」という自信が生まれている、という説明である。旅行など考えられなかった層が、今はヨーロッパにまで行っている、という具体例も添えられた。
対して上海については、「割と斜に構えていると思う」という評価が置かれた。理由は歴史で、もともと非常に長い歴史のなかでトップを走ってきた地域だからである。前田氏もこれに同意し、10億人規模の人口の大半が地方に住んでいる以上、そこが現体制を支持していることがあの国の強さなのではないかとまとめている。
もともと長い歴史のなかで先行してきた地域。体制に対して斜に構える余地がある。「元々進んだところ」であるがゆえの相対化。
この20年で生活水準が劇的に変化した。その変化を体制の成果として記憶している。人口の大半がここに属し、支持の厚みが体制の強さを支える。
この見立てが後段のリスク議論にもつながる。地方が体制の受益者として自信を持っているという構造は、次のPARTで語られる「地方がリスクテイカーになる」という現象の下地でもある。中央が失敗を許されない一方、地方は手を挙げて実験を引き受ける。受益の記憶と実験の引き受けは、同じコインの裏表として語られていた。
前田氏がこの訪問で最も強く感じた「見足りなかったもの」として挙げたのが、港湾と鉄道の接続である。蘇州や杭州から上海の市場へ向けてサプライチェーンが集積している。だとすれば、港との繋がりがどうなっているのか、列車の繋がりがどうなっているのか、実際に列車に乗り、港にどうアクセスするのかを直接見たほうがいい――そう「正直、すごく感じた」と述べている。
ここに主催者が接続したのが、中欧班列に代表される鉄道網の話だった。鉄道がヨーロッパまで繋がっている。ミラノまで繋がっている。どんどん延伸している。「輸出物流としては、鉄道はかなり大きなパワーがある」という評価である。それに対する前田氏の応答が示唆的だった。「今はオンラインのほうに流れているという話があるけれども、実質の物量というのはやはり強い」。デジタル化の議論の陰で、物理的な輸送能力の重みが再確認されている。
主催者はここで満州鉄道に言及した。中国の発展のために鉄道を敷き、幾分かの起点を作ったのは日本軍だったが、それが今は別の形で引き継がれ、ヨーロッパまで繋がってしまった、という整理である。前田氏はこれを受けて「歴史を見直すと、昔の人たちの地政学に対する理解の深さを改めて感じる」と応じた。会話の結論は簡潔で、「鉄道と港ですよね」という一言に落ちている。
人(動きと熱量)、鉄道(内陸と欧州を結ぶ物流)、港(サプライチェーンの出口)。前田氏は今回、1点目は十分に感じ取れたが、2点目と3点目を自分の足で確認できなかったことを心残りとして挙げた。時間をかけて都市ごとの違い・作り・設計を見て、どういう意図があるのかを自分で考えながら見ることをしないと、立体的に輪郭を詰められない、という反省である。
「鉄道がミラノまで繋がっている」という発言について、中国と欧州を結ぶ貨物鉄道(中欧班列)が広範な欧州都市網をカバーしていることは広く知られているが、本セッションでは検索ツールの利用回数の制約から、ミラノ着便の運行主体・開設年・現在の運行頻度までの一次確認ができていない。引用の際は運行事業者の公表資料に当たること。なお「実質の物量は強い」という論点自体は、鉄道貨物が海運より速く航空より安い中間帯を埋めるという一般的な整理と整合する。
主催者が挙げたのが武漢の例である。武漢はCOVID-19で「汚名を着せられた」形になったため、その汚名返上のために自動運転を猛烈に推進している、という見立てだった。加えて、市のトップがかなりアグレッシブな人物で、いろいろなパイロットケースを引き受けている、という説明が続く。
ここで語られた構造が重要である。北京ではパイロットケースができない。失敗が許されないからだ。だから武漢のような、相対的にリスクの低い都市が手を挙げて、そこで実験を引き受ける。武漢は物流の拠点でもあるため、実験の場としての条件も揃っている。中央が守り、地方が攻めるという役割分担が、意図的に設計されているという読み方である。
同じ構造が高速鉄道でも見られた、という指摘も出た。脱線事故が起きたのも、たいてい都市部から離れたところだった。新技術の初期的な不具合を地方が引き受ける、という点で自動運転と共通している。
鉄道の速度についても短いやり取りがあった。「日本より中国のほうが速いんですよね、最高速は」という問いに対し、リニアモーターカーの場合は最高速度が出る区間が15秒程度しかない、という技術的な留保が付けられている。そのうえで、「速いと思いますよ。広いし、まっすぐに作れるし、何もないから」という地理的条件の指摘が続いた。
そして最後に置かれた一言が本質的である。「あとメイド・イン・チャイナなんですよね」。昔は日本製などを使っていたが、今は中国国内で作れる。速度そのものより、生産の内製化が進んだことのほうが構造変化として大きい、という含みが読み取れる。
この回で最も生々しかったのが、鉄道事故の死者数をめぐるやり取りである。参加者の一人が語った内容は次のようなものだった。中国のルールでは、市長や省のトップが問題を起こすと首が飛ぶ。過去の鉄道事故の死者数の推計データを見ると、必ず40人以下になっている。理由は、38名以上の死者を出すとその場で更迭されるという規定があると聞いたからで、そのため情報操作をして38人以下、あるいは40人以下に見せている――という伝聞である。
この話の説得力を支えていたのは、物理的な整合性への言及だった。高速鉄道の車両が脱線して高架から落ちて、死者が40人で収まるわけがない。人数的に無理がある、という指摘である。さらに、救助が完了する前に車両ごと穴を掘って埋めてしまった、という事実にも触れられた。「生きているかどうか確認せずに埋めちゃうんですもん」「あれをやった市長は首になっていると思う」「あんなのが世界中に報道されたらメンツ丸潰れだから」というやり取りが続いている。締めくくりは、出世のための凄まじい競争が背景にある、という説明だった。
ここで語られている事故は、2011年7月23日に浙江省温州市で起きた高速鉄道の衝突・脱線事故を指すと考えられる。公式の死者数については、温州市政府発表で40人とされている一方、事故直後の鉄道省発表は35人・負傷者192人であり、発表主体と時点で数字が異なっていた事実が公開情報として残っている。事故車両が現場で解体され埋められたことも、当時国内外で大きな議論を呼んだ点として記録されている。
一方、発言中の「38名以上で首が飛ぶ」という具体的な閾値は、Claudeによる検索では確認できなかった。要確認関連しうる規定として、中国の『生産安全事故報告和調査処理条例』(2007年)は、死者30人以上、重傷100人以上、または直接経済損失1億元以上の事故を「特別重大事故」と定義し、この区分の事故は地方政府ではなく国務院(またはその授権を受けた部門)が調査組を組織すると定めている。重大事故以下は省・市・県の各級人民政府が調査を担当する。
つまり「30人」という線を越えると調査主体が地方から中央に移るという制度は実在する。発言の「38人」という数字とは一致しないが、閾値を越えると地方トップが自らコントロールできなくなるという構造の指摘自体は、この条例と整合的である。数字を引用する際は「38人」ではなく条例上の「30人」を確認したうえで使うべきである。
この話題を受けて、主催者が日本側のメディアについても同じ構造を指摘した。「日本のマスコミでそんなことを言ったら、日本人がまた何を言ってるんだとなるから、本当のことを伝えない」。中国側の情報操作と、日本側の報道バイアスが、同じ「受け手のメンツ・期待」に規定されているという並置である。
そこから導かれた結論が、この回の中国パートの到達点になった。「本当に、目で見るって重要だ」。それが間違っているかもしれない、という留保は繰り返し付けられている。それでも、見ることによって得られる情報量が変わってくる。一次情報が大事だ、肌感覚として熱量がやたらにあるぞと感じることが大事だ、そして日本のマスコミのニュースだけを聞いていると違った方向に行きそうだ――という整理である。
図2:2025年の中国主要指標(前年比、%)。全体は目標を達成する一方、不動産と投資は大幅なマイナス(出典:公表統計に関する報道をClaudeが検索で確認し作図)
会の終盤、蓄電の話題から三菱重工が再び登場する。データセンターの電力供給を議論するなかで、テスラの蓄電池ビジネスが伸びているという話が出た。それを受けて「さっき言った三菱重工とかも、エネルギーの貯蔵みたいなことをやろうとしている」という指摘が入る。
しかしそこに冷静な観察が続いた。「でも重工って、アメリカにそんなに出てないですもんね」。市場のない国と、ある国。あるなら輸出のタイミングだ、という理屈は共有されたうえで、前田氏が挙げた予想が現実的だった。「ただ僕は、これもハンファグループが持っていくんじゃないかと思っています」「なんでSKがあるんですもん」。韓国勢が先に押さえるだろう、という見立てである。
主催者は「真っ先に三菱とか行ってほしいんですけどね」と希望を述べたが、前田氏の返答は容赦がなかった。「ただ、過去10年間、重工関連の海外とのコラボレーションはほとんど失敗している状態なので」。これはPART 1で出た「結局、既存の事業が一番強かった」「新規は大体失敗している、この10年」という評価と正確に対応している。
最後に付け加えられたのが、なぜ日本の大企業が海外展開に消極的になったのかという仮説だった。「アレルギー状態になっちゃってるのかな」という表現の後に挙げられたのが、アメリカに技術を持っていったのに自分たちで作ったものをブラックボックス化されてしまう、というパターンである。それに対する応答が「風力発電でもやっちまってるし」だった。
この一言が指していると考えられるのが、MHIヴェスタス・オフショア・ウインドの解消である。三菱重工は2014年、洋上風力の成長性に賭けてデンマークのヴェスタスと折半出資の合弁会社を設立し、設計・開発から生産・販売までを共同で手掛ける体制を作った。しかし2020年10月29日、同社は保有する50%全株式をヴェスタスへ売却すると発表し、洋上風力設備の自前開発からは事実上撤退した。国産風力メーカーの終焉として報じられた案件である。
この事例は、発言の「海外とのコラボレーションはほとんど失敗している」という総括を具体的に裏付ける一方で、失敗の型は「技術をブラックボックス化された」というより「合弁が期待した成果を出せず持分を手放した」という形に近い。発言で語られた失敗の理由づけと、実際の事例の経緯は完全には一致しない点は、そのまま食い違いとして記録しておく価値がある。日本の重電が海外展開で何を失ったのかを自分で確認したい場合、この案件は出発点として適している。
なお、三菱重工のエネルギー貯蔵事業の具体的な規模・進捗については、本セッションの検索では十分な確認ができていない。要確認