STUDY REPORT / 2025年10月度 勉強会

モラルなき最適化はなぜ勝つか ――「倫理コストの非対称性」という講師の問いを、検証可能な形に開く

功利主義の講義を終えた直後、マイキー氏が「僕が今日YouTubeで話した内容」として持ち出したのが「モラルのないやつが一番強い」という命題だった。製薬・動物実験・治験制度という具体的な現場に降ろされたこの議論を、講師の主張として明示したうえで、公開データと反証例を併記して再構成する。

EXECUTIVE SUMMARY

この命題は「倫理が悪い」という話ではなく、「倫理はコストである」という話である

読む前に ── 本レポートの立場

本稿の中心にある「ルールも倫理もない側が最大化競争では強い」「結果として中国が勝った」という命題は、すべて講師(マイキー氏)の主張であり、本レポートの見解ではない。マイキー氏自身も議論の中で「僕はそれが正解だとは思いません」「別にルールを破れとは思っていない」と明言している。本レポートは、この主張を①発言として正確に記録し、②検証可能な部分を公開データで裏取りし、③反証となる事実を併記する、という三層構成で扱う。特定の国や国民に対する一般化を支持するものではない。

150億ドル
中国の研究用動物需要(発言)。公開統計との差はPART 4で検証
10例 vs 100例超
同種の臨床データ蓄積スピードの日中差(小島医師の現場実感)
SOD1 / TDP-43
中国科学院が作出したALSモデル・トランスジェニックブタの遺伝子
14 対 1
2022年FDA諮問委員会が中国単独データでの承認に反対した票差(反証例)
懲役3年
ゲノム編集ベビー事件で中国の裁判所が科した刑(反証例)
1/4
日本のインバウンド消費を支える中国比率(発言)

議論の起点は、功利主義セッションの終盤に出た一言だった。ルールや規制、道徳や倫理がある以上、最大化は原理的に得られない。限られた中での最大化はできるが、限られていない側の最大化には勝てない――マイキー氏はこの論理を、製薬業界という具体例で展開していく。

展開の手順はソクラテス式の問答だった。人体実験や遺伝子操作は世界的常識としてありかなしか。ナチスは何をしたか。ほとんどの薬は何を通しているか。中国は何をしているか。そこで作られたデータは、いま誰を救っているか。そして最後に、極めて居心地の悪い問いが置かれる。「癌の薬があって、身内が死にそうなとき、中国が非倫理的なことをやっていたから買いません、という人がどれくらいいますか」。

この問答を通じてマイキー氏が取り出したかったのは、道徳批判でも中国礼賛でもない。倫理は競争においてコストとして現れるという構造的な事実である。そして先進国ほどそのコストが高い。したがって、そのコストを払わない主体が短期の最適化競争では有利になる。これが「モラルなき最適化はなぜ勝つか」の骨格である。

ここに渡辺氏が歴史的な説明を接ぎ木する。中国がルールを無視できるのはなぜか。渡辺氏の答えは「イギリスとフランスにやられたから」だった。清朝末期に人間扱いされない扱いを受け、法律を盾にした略奪を受けた記憶がある。二度と起こさないためには同じことをやらなければならない、というところへ振り切った。当時イギリス・フランスのほうが振り切っていたのであり、中国はそれに答えているだけだ、と。「中国が自分でそれをやりたかったというよりは、こういう連鎖が起こっている」。

そしてマイキー氏は最後にこの議論を反転させる。ポケモンカード目当てのハッピーセット大量購入と食品廃棄が問題になったとき、日本人は怒った。ではビックリマンチョコはどうだったのか。ペプシのスターウォーズフィギュアは。AKBの投票券は。かつて日本人がヨーロッパでブランド品を買い占め、現地紙に取り上げられたことは。「これがモラルが中国人がモラルがないんだったら、日本人もモラルないんですよ、ってなっちゃうんですよ。やってること同じなんだもん」。

セッションを貫く1本の線

この議論の要点は「誰にモラルがあるか」ではなく、「倫理のコストを誰がどれだけ払っているか、その非対称性が競争結果を決めている」という点にある。だからこそ、批判の矛先を相手の国民性に向けても何も変わらない。変えられるのは「自分がどこまで振り切るか」の設定だけだ、というのがマイキー氏の結論だった。「別にルールを破れとは思っていない。ただ、今置かれている状況がビジネスであって、それが苦しい状態のとき、どれだけ振り切るのかというだけの話」。

PART 1 / 問いの立て方

ソクラテス式問答で解体された「倫理」

マイキー氏はまず、参加者の小畑氏に問いを投げた。「人体実験や遺伝子操作はありですか、なしですか。世界的常識で言うと」。小畑氏は「世界的常識ではなしだけれども、中国はありかもしれません」と答える。ここから問答が始まる。

問い展開
ナチスはどうだったか倫理を無視して人体実験を行い、どこよりも早く短期的に医学データを集めた
薬は何を通しているかほとんどの薬は必ず何らかの形で動物を通している
中国は何をしているか統合失調症や睡眠不足の状態を人工的に作ったサルを大量に用意して実験する
それは倫理的にどうか小畑氏「他の国はやらないと思います。倫理的には良くないですね」
ALSの遺伝子をブタに入れたら生まれつき体が弱く、歩くと足が折れる。それでも立とうとする姿を見て、人間ならどう思うか
科学者ならどうか小畑氏「かわいそうだと思うけれども、データとして扱うということでしょうか」
ネズミでは出なかったどれだけ注力してもネズミではALSが出なかった。ならばネズミの中に何かがあるはずだ、として薬を作った
先進国になるとどうなるかそうした実験が極めて厳しくなる。ならば「関係ねえや」と科学実験をしまくる国が勝つ

この問答の設計は巧妙である。どの一歩も単独では否定しにくい。ところが全体を通して見ると、「倫理的に良くない」と答えた実験の産物を、我々はすでに享受しているという結論に到達する。マイキー氏の言葉では「そういう動物実験をやっているのが、今僕らを救ってくれているお薬になっている」。

📌 Claude補足 ── ALSブタは実在するが、因果の説明には修正が必要

裏取り済中国科学院・遺伝発育生物学研究所を中心とするグループが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)モデルとしてトランスジェニックブタを作出していることは公開論文で確認できる。変異型ヒトSOD1(G93A)を発現するブタは後肢の運動障害を示し、生殖系列を介して形質が伝達され、用量・加齢依存的に運動ニューロンの変性を起こす。さらに変異型TDP-43を発現するブタは、ALS患者脳と類似した細胞質内へのTDP-43蓄積を示す。近年は耳静脈からTDP-43 M337Vウイルスを注入して神経変性モデルを作る手法も報告されている。「中国がALS遺伝子をブタに入れている」という発言は事実に基づく。

発言との食い違いただし因果の向きは、発言の説明とは異なる。公表されている知見の要点は「マウスモデルでは再現できないヒト病理を、ブタが再現した」という点にある。変異型TDP-43を発現するマウスでは細胞質内蓄積という典型的な病理変化がほとんど見られず、ブタでは見られる。この種差は「種依存的神経病理」として2014年に報告されている。つまり「ネズミには出なかったから、ネズミの中に何かがあるはずだと考えて薬を作った」という説明よりも、「ネズミでは病態が再現できないので、より人間に近いブタで作った」と理解するほうが公開資料に整合する。前者は防御因子の探索、後者はモデルの精度向上であり、研究上の意味が異なる。

要確認なお、ALSに対する根治薬は2026年8月時点でも存在しない。承認薬(リルゾール、エダラボン、トフェルセンなど)はいずれも進行抑制または特定遺伝子型向けであり、「ブタ実験から治療薬ができた」と読める記述には慎重であるべきである。

PART 2 / 中心命題

「限られた中の最大化は、限られていないやつの最大化に勝てない」

マイキー氏がこの命題を最も明確に述べたのは、功利主義の議論から地続きの場面だった。

講師の中心命題(発言のまま)

「倫理というか道徳、それ以上、最大化はできないです。最大化を目指すんだったら無理です。限られた中の最大化はできるんですけど、限られてないやつの最大化には勝てないんですよ

「モラルと常識と非道徳のやつが一番強いんですよ。もう世の中残念ながら理想論じゃなくて、現実的に手段選ばないやつが一番強いわけであって」

マイキー氏はこれを、中国の製薬戦略として具体化する。中国は数十年にわたりジェネリック医薬品しか扱っていなかった。アメリカ・ヨーロッパ・日本が作ったものをジェネリックとして扱う立場である。しかし中国の狙いはサプライチェーン依存をどう外すかにあり、自分たちで作って逆に相手を自分たちに依存させる戦略を取っている。

ではどうやって追いつくか。マイキー氏の論理はここで一段階進む。技術で遅れている側が、進んでいる側の作ったルール通りにやって追いつけるか。追いつけない。ならばルールを無視してでもやらなければ追いつけない。「これ、合理性ですよね」

その帰結として挙げられたのが、「中国はゲノム編集した動物を世界で最も輸出している」という指摘である。そして、非倫理的とされる実験を通じて得られたサンプルが、結局は世界の研究に使われている。

思考実験としての「癌の薬」と「ユニクロ」

ここでマイキー氏は、聞き手を当事者の位置に移す二つの問いを置いた。ひとつは癌の薬である。身内が死にそうなとき、「中国が非倫理的なことをやっていたから買いません」という人がどれくらいいるか。「そしたらビジネスの世界なので、何とかやって売ったもん勝ちなんですよね」。

もうひとつがユニクロだった。マイキー氏の発言では「ユニクロの服に使われたウールがウイグルの労働だった。でも僕らは関係なく買っていますよね。便利だからという理由で」。

📌 Claude補足 ── ユニクロ/ウイグルの記述は事実関係が大きく異なる

発言との食い違いこの例示は、公開情報と複数の点で食い違う。第一に素材で、議論の対象になってきたのはウールではなく綿(新疆綿)である。第二に、より重要な点として、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長は2024年11月のBBCインタビューで「新疆綿は使っていない」と明言している。この発言は中国のSNSで急速に拡散し、複数のハッシュタグが炎上、不買を表明する投稿が相次いだ。中国の綿業界団体は「新疆綿を使うべきだ」と国際企業に呼びかけ、ファーストリテイリング株は一時4.5%下落した。つまりユニクロは「使っている」ことで批判されたのではなく、「使っていない」と述べたことで中国市場からの反発を受けたのが実際の経緯である。

したがって「僕らは知りつつ便利だから買っている」という構図は、ユニクロの事例には当てはまらない。ただし「消費者はサプライチェーンの倫理コストにおおむね無関心である」という論点そのものは成立する。米国のウイグル強制労働防止法(UFLPA、2022年6月施行)に基づく輸入差止は繊維・太陽光・自動車部品などの分野で継続しており、供給網の遡及的な追跡が困難であることも広く指摘されている。例示を差し替えれば、マイキー氏の主張自体は維持できる。

PART 3 / 渡辺氏の歴史的説明

なぜ中国は振り切れるのか ── 「彼らは答えているだけ」

マイキー氏が「中国が圧倒したら、自分たちで倫理を作ってルールを作って、世界中でこうしましょうと言い出すかもしれない」と述べたところで、渡辺氏が歴史的な説明を差し込んだ。

渡辺氏の論点はこうである。中国にとってルールとは何だったのか。清朝末期、中国はイギリスとフランスに「めちゃくちゃなことをやられた」。人間扱いされず、法律を盾にした略奪行為や非人道的な行いを受けた。それをずっと記憶に持っている。「それを二度と起こさないためには、それと同じことをやらねばならん、というところに振り切った」

そして渡辺氏は視点を反転させる。当時、逆に振り切っていたのはイギリスとフランスのほうだった。利益を最大化するために中国をどう植民地化するか、中国の主権をどう貶めるかをやったのが英仏である。「これに対して中国が答えただけです」。そのあとに続く日本も、全部それを覚えている。同じことをされないためには何を蓄積すればいいのか――このデータを集め始めたのが中国だ、と。中国が自分でそれをやりたかったというよりは、こういう連鎖が起こっている、という読みである。

📌 Claude補足 ── 渡辺氏の言及した歴史的経緯

裏取り済渡辺氏が「真の末期」と述べているのは清朝末期のこと。第一次アヘン戦争(1840–42)とその結果の南京条約(1842)による香港割譲・五港開港・治外法権、第二次アヘン戦争(アロー戦争、1856–60)と英仏連合軍による円明園の焼き討ち(1860)、天津条約・北京条約による追加の開港と賠償――中国でこの一連の経緯は「百年国恥」として国民教育に組み込まれており、対外政策の歴史的正当化の枠組みとして機能している。渡辺氏の「連鎖」という説明は、この文脈を指している。

なお、この説明は行動の理由の説明であって、正当化ではない点に留意が必要である。渡辺氏自身も後段で「僕たちはそれを単に否定するだけではなくて、それが何を破壊するのかということと、それを上回るものは何かということの両方を考える必要がある」と述べており、歴史的動機の理解と現在の行為の評価を分けて扱っている。

渡辺氏はさらに、この議論を市場論に接続する。従来の人と人の関係、約束を守ること、道徳的なものよりも、産業や技術、そして富の再生産が行われる場所が上回った。サッチャーが「社会などというものは存在しない」と述べたように、社会が道徳規範を再生産して成り立たせていた部分が崩れている。「道徳も過去、更新されてきたとは言える」。だから単に否定するのではなく、それが何を破壊するのかと、それを上回るものは何かの両方を考える必要がある。それをやっているのが市場であり中国である、というだけの話であって、日本が自分の利益を守るために「どちらに正当性があるか」を言うことにはあまり意味がない――なぜならそうやって上書きされてきた概念だから、と。

PART 4 / 現場からの証言

日本の治験はなぜ進まないのか

ここで議論は、抽象論から日本の医療現場の具体に降りる。医師である小島氏と前田氏が、実務の側から証言を加えた。

責任の所在が決まらない

まず前提として、薬は理論と実際がかなりずれる。実際に使わないと分からない、というのが大前提にある。そのうえで、臨床現場に治験の話が来たときに何が起きるか。「誰の責任か、という責任の押し付け合いが起こります」。企業側に「この時にどこが問題になるのか」と聞くと、「それは使った先生の判断の問題」と言われる。医師側は「あなたたちがテストしてくれと言って、こっちの問題になるなら僕は使いません」と応じる。これを延々とやり取りすることになる。

前田氏の整理では、日本で治験が進みにくい理由は二つある。第一に、責任の所在を法律で明確にしていない部分があること。第二に、医師側は一円ももらわないにもかかわらず責任を取れという言い方をされること。結果として「基本、関わりたくない」となる。

さらに同意取得の主体という問題がある。参加者から「患者のコンセントをもらってやるのではないか」という質問が出たが、前田氏の答えは「それは誰が取るんですか、というところから入っています」。医師ではなく治験コーディネーターが取る。そこからさらに、トラブルが起きたときにどうするか、どこまでがトラブルの範囲かという議論が入る。加えて治験が入ると保険診療にならないため自由診療になり、その薬剤費は企業側が持つ形になる。「二重にややこしくなってくる」。

症例数のスピード差

小島氏の証言はさらに直接的だった。前向きのRCT(無作為化比較試験)は、やるかやらないかの二分化になるため、日本ではほとんど組めない。「倫理観だというのが先に出るんで」。患者側にも「私たちはこれに入るとマイナスのほうの実験台にされるんですね」という先入観が強すぎる。それに対して医師ができるのは話すことだけで、結果が分からない中で「こうなるのではないか」という予想しか示せない。だからマイナスの側を取れない。

そのうえで小島氏が挙げた数字が生々しい。「僕らが10例やってどうだと言っているところを、向こうはいきなり100例。僕らが10何年やって、慈悲でいろいろ説得してやってくるところを、1年以内で100件以上、10倍くらいのデータを出してくる」。まだ勝てるのは技術と、論文・雑誌という監修の強さの部分だが、「明らかに中国がもう全然違う」。

そして小島氏は、自らの立場についても正直に述べた。「倫理観と言うんですけど、とはいえ僕らも散々、大学にしろ何にしろ動物実験というのはいっぱいある。それと何がそんなに違うんだ、と。人体、何かの進化には必ずそういうものがついて回っているので、どこが境界なのか、正直僕からしてみるとよく分からないなと思って日々動いている」。

同種の臨床データ蓄積スピードの体感差(小島医師の証言に基づく)
単位:症例数。数値は勉強会での発言に基づく体感値であり、統計データではない。「日本」は10年以上をかけた蓄積、「中国」は1年以内での蓄積として語られたもの。Claude作図

中国の研究インフラ

マイキー氏は数字で補強する。中国は研究用動物の世界最大の供給国であり、「これだけで150億ドルの需要」「2兆円産業」。さらに10年間で8つの国営センターを作っている、と。これに対して前田氏は「日本じゃ作れないですよね。倫理観だったり保護団体だったりで、そういうのは絶対作れない。コストもそうですけど、そういう障壁が強すぎて、多分それを作ったときにその地域に対する反対で、空港じゃないけど偉いことになります」と応じた。

マイキー氏はさらに、規制の抜け穴も指摘した。製薬会社は規制当局への報告義務があるが、その中で「サルを使いました」と書くとき、どこまでが一般的なサルでどこまでが遺伝子編集されたサルなのかは書かれていない。そしてアメリカも倫理を掲げているが、医学系論文600万件を分析した調査では、新しく上がっている共同研究のうち300万件が米中共同研究だった――「倫理だ倫理だと言いつつも、結局やっている」。

📌 Claude補足 ── 数値の裏取り結果(3件とも要確認)

要確認「研究用動物150億ドル/2兆円産業」:公開されている市場統計とは桁が合わない。動物モデル市場の世界規模は2025年時点で約20億ドル、実験用サル市場は約28億ドル(うちアジア太平洋が約10.8億ドル、38.7%)とされる。150億ドルという規模は、前臨床CRO受託サービス全体(WuXi AppTec、Pharmaron、JOINN Laboratories等が担う領域)まで含めた広義の推計であれば近づく可能性があるが、「研究用動物」の需要額としては公開統計の7倍以上になる。引用の際は定義の範囲を明示する必要がある。

要確認「10年間で8つの国営センター」:具体的な施設数を特定できる公開資料は見つからなかった。中国が霊長類研究拠点を国家プロジェクトとして整備していること自体は広く報じられているが、施設数の裏取りはできていない。

発言との食い違い「論文600万件中、共同研究300万件が米中」:この数値は確認できず、しかも近年の趨勢は逆方向である。米中の共著論文は2010年代を通じて増加したのち、近年は減少局面に入っている。特に「中国製造2025」の重点分野――先端情報通信、航空宇宙、新材料――では急激な縮小が観測され、先進ニューラルネットワーク応用で53.6%減、先端無線通信技術で53.5%減といった数字が報告されている。一方で地球・環境科学(地震学、気候モデリング、水文学)は協力が持続している。「倫理を掲げつつ実際には米中で共同研究している」という主旨は分野によっては当てはまるが、全体としては分断が進んでいるというのが公開データの示す方向である。

PART 5 / 反転

「モラルがないのは中国人だけか」という自己適用

ここでマイキー氏は、それまで積み上げてきた議論を自分たちの側に折り返す。

きっかけは日本のIPの話だった。ポケモンカードが中国でブームになり、2025年8月に日本のマクドナルドがハッピーセットにポケモンカードを付けた。カードが中国で100倍の値段で売れるため、大量注文が発生し、日本人にはカードが手に入らず、街中にハンバーガーが捨てられ、店内でゴミ箱に捨てる様子がSNSで拡散した。日本人は「俺らが買えない、街が汚れる」と怒った。

マイキー氏の問いは短い。「じゃあ昔の日本のビックリマンシールはどうやって説明するんですか」。当時、日本国内でビックリマンチョコを買ってチョコを捨て、シールだけを集めることが社会問題になった。「あれダメなんじゃないですかね」「いや、完全にアウトだと思いますね」。同じ構図として、ペプシのスターウォーズフィギュア目当てにペプシを捨てる行為、AKBの投票権目当てにCDを捨てる行為も挙げられた。

さらに例は続く。中国で粉ミルク問題が起きたとき、中国の消費者は品質のいい日本の粉ミルクを買いに来た。偽物が多かったのでブランド品も日本で買った。では昔の日本はどうだったか。ブランドの偽物だらけで、ヨーロッパに買いに行っていた。現地の人が買えなくなり、フランスの新聞に日本人が取り上げられるところまでいった。そして現在、マイキー氏自身が韓国のKPOPライブのチケットを取れないでいる。理由は日本人の転売である。韓国の芸能事務所からは「日本人のマナーが悪い」と直接言われた、と。

この反転が示していること

「中国人だろうがいい人もいれば悪い人もいるし、日本人もいい人もいれば悪い人もいる」――マイキー氏の結論は素朴に見えるが、議論の構造としては重要である。前半で示された「モラルなき側が勝つ」という命題を国民性の話として受け取ると、命題そのものが自分に跳ね返ってくる。転売もマナーも、集団の属性ではなくインセンティブ設計の結果として現れる。だから怒りの矛先を国籍に向けても再発は防げず、変えられるのは制度と設計のほうだけ、という PART 1〜4 の論理と同じ形になっている。

📌 Claude補足 ── マクドナルド・ポケモンカード問題の報道内容

裏取り済2025年8月9日から始まった日本マクドナルドの「ハッピーセット ポケモン」は、カード目当ての大量購入と食品廃棄が問題化し、開始からわずか数時間から1日足らずで販売が中止された。店舗前に大量のハッピーセットの袋が捨てられた写真、受け取りカウンターに放置された商品の写真がSNSで拡散し、食品廃棄への批判が集中した。マクドナルドは謝罪し、以降のキャンペーンではモバイルオーダーやデリバリーの制限を含む販売制限を導入する方針を示した。510円前後のセットに付属するカードが、eBayで1枚28ドル程度で出品されていたと報じられている。

発言との食い違いただし報道は転売目的の購入者を国籍で特定していない。主要各社の記事はいずれも「resellers(転売業者)」「scalpers(転売ヤー)」という一般名詞で扱っており、「中国から大量に来た」という記述は確認できなかった。この点は、マイキー氏自身の主張――「悪いところだけがピックアップされる」「中国人がと言われるのもどうかと思う」――をむしろ裏づける材料になっている。

反証と対立見解

「モラルなき最適化は本当に勝つのか」── 併記すべきデータ

ユーザーの理解のために、この日の命題に対する反証となる公開事実を Claude の側から整理して併記する。以下はいずれも勉強会では言及されていない。

命題を支持する側の材料(この日の議論)

データ蓄積スピード:規制コストが低いほど症例・サンプルの蓄積が速い。小島氏の証言は現場実感として一貫している。

合理性としてのルール無視:後発が先発の作ったルールの内側で追いつくことは、定義上難しい。この論理自体は妥当である。

消費者の無関心:最終的に製品が便利で安ければ、供給網の倫理コストは購買行動にほとんど反映されない。

研究インフラの規模:霊長類を含む研究資源の供給で中国が大きなシェアを持つことは、複数の市場統計で確認できる。

命題に対する反証(Claudeによる併記)

単一国データは市場アクセスに直結しない:2022年、イーライリリーと信達生物のPD-1抗体シンチリマブについて、FDA腫瘍学薬諮問委員会は14対1で「中国単独の第III相試験(ORIENT-11)では米国人口に一般化できない」と判断し、追加の国際試験を要求。FDAは最終的に承認を拒否した。安く速くデータを取っても、規制市場に入れなければ収益化できない。

倫理逸脱は中国国内でも処罰される:2018年のゲノム編集ベビー事件で、賀建奎は倫理審査書類の偽造等により懲役3年・罰金300万元の判決を受けた。「中国なら何でもあり」という前提は、少なくとも法制度上は成立しない。

中国自身が規制を強化している:2023年10月公布・12月施行の「科技倫理審査弁法(試行)」、2023年の「ヒトを対象とする生命科学・医学研究の倫理審査弁法」、2024年7月の「ヒトゲノム編集研究倫理指針」など、倫理審査体制の整備が急速に進んでいる。先行して振り切った側が、優位を確定させる段階でルールを作り始めるという、マイキー氏自身が予言した展開が現に起きている。

逆方向の規制リスク:米国のBIOSECURE法案に代表される、中国バイオ企業へのアクセス制限の動きは、規制コストの非対称性を政治的に打ち消す方向に働く。

反証を踏まえた再定式化

これらを合わせると、「モラルなき最適化が勝つ」は時間軸を限定すれば成立する命題だと言える。研究段階・データ蓄積段階という前半では、規制コストの低い側が明確に速い。しかし承認・市場アクセス・国際的な資本調達という後半では、制度的信頼そのものが通行証になる。シンチリマブの事例は、前半で勝った側が後半で止められた典型である。そしてマイキー氏自身が述べたとおり、圧倒した側は最終的にルールを作る側に回る――中国の倫理規制整備はその段階に入りつつある。したがって実務的な含意は「倫理を捨てろ」ではなく、「自分がどの時間軸で競争しているのかを自覚し、その時間軸に合った振り切り方を選べ」ということになる。

Q&A

質疑応答

人体実験や遺伝子操作はありですか、なしですか。世界的常識で言うと。(マイキー氏 → 小畑氏)

世界的常識ではなしだけれども、中国はありかもしれません。(小畑氏)

中国は統合失調症や睡眠不足の状態を作ったサルで実験している。これは倫理的にどうですか。(マイキー氏 → 小畑氏)

他の国はやらないと思います。倫理的には良くないですね。(小畑氏)

生まれつき体が弱く、歩くと足が折れるブタが、それでも立とうとしている姿を見たとき、人間ならどう思うか。科学者ならどうか。(マイキー氏 → 小畑氏)

人間が見たらかわいそうだと思う。逆に科学者だったら、多分かわいそうだと思うけれども、データとして扱うということでしょうか。(小畑氏)

癌の薬で身内が死にそうなとき、「中国が非倫理的なことをやっていたから買いません」という人はどれくらいいるか。(マイキー氏)

自分の子供や身内が死にそうで、いろんな犠牲があったとしても、本当に身内が死にそうなら多分その薬を使うと思う。ならビジネスの世界なので、売ったもん勝ちになる。/人間的な正解とは別の話で、ビジネスの世界ではどちらが正解かと言えば中国になってしまう。ただし僕はそれが正解だとは思いません。大抵の人は数字で判断し、プロセスではなく結果で判断する。(マイキー氏の自問自答として展開)

治験は患者のコンセントをもらってやるのではないのか。それで問題は解消しないのか。(参加者)

それは話がややこしい。コンセントを誰が取るのか、というところから入っている。医師ではなく治験コーディネーターが取る。そこからさらに、トラブルが起きたときにどうするか、どこまでがトラブルの範囲かという議論が入る。加えて治験が入ると保険診療にならないので自由診療になり、その薬剤費は企業が持つ形になる。二重にややこしい。(前田氏)

日本の医療現場で前向きのRCTが組めない理由は何か。(議論の流れの中で)

やるかやらないかの二分化になるので、日本はほとんど対応できない。倫理観が先に出る。患者側にも「マイナスのほうの実験台にされるのでは」という先入観が強すぎる。医師にできるのは話すことだけで、結果が分からない中で予想しか示せないため、マイナスの側を取れない。中国はそれが関係ないので、N(症例数)の多いデータをどんどん出してくる。(小島氏)

昔の医学は動物を普通に使っていた。今は原点に戻っているだけという捉え方もできるのでは。(マイキー氏 → 前田氏・小島氏)

僕はそれが正しいとは別に思わないです。むしろ動物でやるくらいなら、いらない人間でやってくれと思っている人間なので。(マイキー氏自身の応答)/医学の発展と動物実験はほとんど歴史が一緒で、紀元前から行われている。戦争における生物兵器の利用も紀元前から知られている。インスリンも犬を使って発見されている。(渡辺氏・前田氏)

宿題・アクションアイテム

次回までにやること

  1. 「研究用動物150億ドル/2兆円産業」の定義を確認する。公開統計との桁の差(動物モデル市場は約20億ドル規模)が何によるものか――前臨床CRO受託全体を含むのか、飼育・輸出を含むのか――を突き止める。
  2. 中国の霊長類研究国営センターの実数を確認する。「10年間で8つ」の出所を特定し、日本の対応する施設数と比較する。
  3. ALS動物モデルの原論文を当たる。中国科学院のSOD1トランスジェニックブタ、TDP-43ブタの論文を読み、「マウスでは再現できない病理」という種差の論点を確認する。
  4. 日本の治験制度における責任所在を法令レベルで確認する。臨床研究法(2018年施行)、GCP省令、健康被害補償の負担主体を整理し、「法律で明確にしていない部分」がどこかを特定する。
  5. 自分の事業の「振り切りポイント」を言語化する。マイキー氏の「別にルールを破れとは思っていない。今の状況でどれだけ振り切るのかというだけ」という指摘に対して、自分がどこまで振り切っているか、振り切れる余地がどこにあるかを1枚に書き出す。
  6. 反証側も確認する。シンチリマブのFDA判断(2022年)と、中国の科技倫理審査弁法(2023年施行)を読み、「規制コストの非対称性がいつまで続くのか」を自分の投資時間軸に照らして評価する。
GLOSSARY

用語集

ALS(筋萎縮性側索硬化症)
運動ニューロンが変性し、筋萎縮と筋力低下が進行する神経変性疾患。根治薬はなく、動物モデルの構築が研究上の主要課題であり続けている。
SOD1 / TDP-43
ALSに関連する代表的な遺伝子・タンパク質。変異型SOD1(G93A)や変異型TDP-43を導入した動物がモデルとして用いられる。
トランスジェニック動物
外来遺伝子を導入して特定の形質を持たせた動物。ヒト疾患の病態を再現し、薬効・安全性を評価するために作出される。
RCT(無作為化比較試験)
被験者を無作為に介入群と対照群に割り付ける試験デザイン。因果推論の標準だが、対照群に置かれることへの忌避感から日本では組成が難しいと語られた。
治験コーディネーター(CRC)
治験の実務を支援する専門職。患者からのインフォームド・コンセント取得を担うことが多く、責任の所在をめぐる論点の一つとして挙げられた。
自由診療
公的医療保険が適用されない診療。治験が入ると保険診療から外れるため、薬剤費の負担構造が変わり手続きが複雑化する。
CRO
Contract Research Organization。製薬企業から研究開発業務を受託する企業。中国のWuXi AppTec、Pharmaron等が前臨床領域で大きな存在感を持つ。
ゲノム編集
CRISPR-Cas9等を用いて特定の遺伝子配列を改変する技術。2018年のゲノム編集ベビー事件を契機に、各国で倫理規制の整備が進んだ。
百年国恥
アヘン戦争から中華人民共和国成立までの、列強による中国への侵略・不平等条約の時代を指す中国側の歴史認識の枠組み。
UFLPA
ウイグル強制労働防止法。2022年6月施行の米国法で、新疆ウイグル自治区に関連する製品は強制労働によるものと推定し、輸入を原則禁止する。
BIOSECURE法案
特定の中国バイオ企業との取引を米国政府調達等で制限しようとする法案。規制コストの非対称性を政治的に打ち消す方向に働く。
サプライチェーン依存の反転
依存する側から依存させる側へ立場を移す戦略。中国のジェネリックから自社創薬への転換を、マイキー氏はこの枠組みで説明した。