エグゼクティブサマリー
人的リソース
この日の後半のテーマは、前日に米国企業との打ち合わせで交わされた議論の再演から始まった。相手がマーケットプレイスという言葉を、その意味を理解しないまま使っていた。そこから1時間の講義になり、それをそのまま共有する、という導入である。話し手の苛立ちは明確だ。人を集めて、そこで売買できる場所。それをマーケットプレイスと呼んでいる人があまりにも多い。「そんなのマーケットプレイスじゃねえよ」というのが出発点である。
では何がマーケットプレイスなのか。提示されたのが5つのドライバーという枠組みだった。取引コストの最小化、信頼形成メカニズムの発達、需給マッチング効率の向上、規制・文化に応じたリスク分担、そしてプラットフォーム運営者の収益モデル。この5つをどう解決するかによってマーケットプレイスは進化する。既存の場が抱えるこの5つの問題を解決すると主張しているものが、今「流行っている」マーケットプレイスと呼ばれるものの正体である。
講義の白眉は、この枠組みを歴史に当てはめたところにある。古代から19世紀までの物理的市場、20世紀初頭の百貨店とカタログ通販、流通革命後のスーパーマーケット、1990年代のインターネットとオークション、2000年代の決済インフラ、そしてスーパーアプリへ。各段階で、物流コスト、情報コスト、決済コストは着実に下がってきた。文化的要素も改善された。ところが規制コストだけは、歴史上一度も下がっていない。どんなマーケットプレイスを作ろうと、必ず規制とぶつかる。しかも決済も物流も外注できるのに、規制コストだけは外注できない。
そこから導かれる結論は、意外なほど組織論的である。規制コストを解決することはできないが、ハードルを下げることはできる。それを可能にするのは経営戦略と人的リソースの二つだけだ。そして人的リソースを機能させるためには、社内における「アイデアのマーケットプレイス」をどう構築するかが問われる。無形のマーケットプレイスを社内に作れているかどうかが、外部のマーケットプレイスを作れるかどうかを決める――これが講義の到達点だった。
マーケットプレイスとは場所ではなく、コスト構造の設計である。下げられるコストは技術と資本で下げてきた。下げられないコストが一つだけ残っている。そこに向き合わない事業計画は、名前がマーケットプレイスであっても中身はただの寄せ集めにすぎない。
5つのドライバー――マーケットプレイスを定義し直す
講義の冒頭、参加者に「マーケットという言葉を聞く人はどれくらいいますか」という問いが投げられた。ほぼ全員が手を挙げる。ではマーケットプレイスとは何かと問われて、どう答えるか。そこに答えられないまま言葉だけが先走っている、というのが問題意識である。
話し手はまず、人類の歴史から見てマーケットプレイスはほとんど進化してこなかった、という前提を置く。変わり始めたのは19世紀からだとされる。そして、この場を成り立たせているのが5つのドライバーだと説明した。
最小化
メカニズムの発達
効率の向上
リスク分担
収益モデル
この5つを解決すること、あるいは改善することによって、マーケットプレイスは進化していく。逆に言えば、この5つのうちどれか一つでも欠落しているものは、歴史上ほぼ例外なく消えていった。過去に廃れていったマーケットプレイスを見れば、必ずいずれかが欠けている、という指摘がなされている。
そして、これを別の角度から言い直したのが、後に繰り返し登場するコストの分解である。物流コスト、情報コスト、決済コスト、規制・制度コスト、そして文化的需要への対応コスト。これら全体を統合した数値が低ければ低いほど、マーケットプレイスとしての成長率は高い。これは経営学上、理論として言われていることだ、と補足された。
「マーケットプレイスは5つのドライバーで成り立っている」「経営学上、理論として言われている」という説明について、この5項目を定式化した特定の学術理論を、この名称と組み合わせで特定することはできなかった。
ただし、内容そのものは既存の経済学・経営学の複数の系譜と明確に接続している。第一に取引費用理論(ロナルド・コース、オリヴァー・ウィリアムソン)。講義中でも「前回やった取引費用理論と同じ話をしている」と話し手自身が述べており、この接続は自覚的である。第二に、ジャン・ティロールらのプラットフォーム/両面市場の経済学。第三に、情報の非対称性と信頼形成をめぐる議論(アカロフのレモン市場、eBayの評価システム研究)。
したがって、5ドライバーという整理は既存理論の実務向け再編成として理解するのが妥当であり、単一の出典を持つ確立した理論名として引用するのは避けたほうがよい。枠組みの有用性と、出典の有無は別の問題である。
マーケットプレイス進化史――港から、百貨店を経て、スーパーアプリへ
古代から19世紀:物理的市場と地理の制約
最初の段階は物理的な市場である。シルクロードやヨーロッパの市が例に挙げられた。人と物が集中的な立地に集まる。港が整備され、川沿いに市場ができる。信頼形成の手段は「顔が見えること」であり、客との一体感の中で取引が成立していた。ただしそれは、地理的に集積する場所が固定されていることの裏返しでもある。物流コストは高く、情報コストも高く、決済コストも高い。文化的要素にいたっては、一部の人としか接点がないため生まれようがなかった。
19〜20世紀初頭:鉄道と郵便が距離を壊す
19世紀の産業革命によって大量生産が可能になり、市場に物を集めれば売れる状態が生まれた。では20世紀に入って何が変わったのか。話し手が最大の革命として挙げたのは、鉄道と郵便――すなわち情報と物の伝達能力の加速だった。これによって百貨店とカタログ通販が登場する。20世紀初頭のことである。
ここでのキーワードは垂直統合だとされた。それまで市場の管理人が場を管理していたものを、建物という単位で管理する発想に切り替えたのが百貨店である。建物自体を垂直統合し、上から下まで自分たちの手で管理する。印刷能力の向上と物流能力の向上によって、価格情報を全国に一括配布できるようになった。これが「紙のマーケットプレイス」と呼ばれるものの実態である。
20世紀中盤:流通革命とバーコードが分散を可能にする
次の段階が、一点集中していた場をより分散させる動きである。スーパーマーケットの登場がそれにあたる。背景にあるのは流通革命による大量輸送の実現だが、話し手が最も重要視したのは在庫管理システム、具体的にはバーコードの普及だった。
理由は明快である。在庫を多く抱えても売れなければ不良在庫になる。食品であれば腐り、どこかで倒産に至る。バーコードによって在庫を正確に管理できるようになったことで、店舗を増やすリスクそのものが下がった。だからスーパーマーケットは拡散できた。同時に、都市部や沿岸部に人が集まる必然性が薄れ、郊外化が進んだ。これは規制・制度リスクが軽減されていく過程でもあった、という整理がなされている。
1990年代以降:インターネットと評価システム
1990年代、インターネットとウェブ、電子メールの普及によってオークションがオンラインで成立するようになる。90年代後半にはB2Cのプラットフォームが登場し、Amazonのマーケットプレイスもこの時期に生まれた。検索エンジンによって探せるようになったことも大きい。
この段階の信頼形成メカニズムとして挙げられたのが、eBayの評価システムである。顔の見えない相手との取引における信用を、評価という形で補完する仕組みだ。ただし当時のeBayはPayPalと統合される前であり、決済は代金引換が主流だった。Amazonが決定的だったのは、実際の利用者のレビューが見えるようにしたことであり、さらに在庫管理を自社で引き受けることで出品者側の負担を外部化した点にある、と説明された。
2000年代:決済インフラの完成
2000年前後、PayPalやAlipayといった決済サービスによって取引コストが劇的に削減される。ここでの本質は速度である。銀行振込であれば翌日、場合によってはさらに時間がかかる。日本の銀行の更新が概ね平日の限られた時間帯に限定されていたことを踏まえれば、決済確認が即時に行われる意味は大きい。決済が確認できればすぐ発送でき、翌日到着が可能になる。決済システムの高速化が、そのまま物流の高速化を引き起こしたという因果である。
2010年代以降:モバイル、シェアリング、スーパーアプリ
スマートフォンの普及によってUberなどのシェアリングエコノミーが生まれ、それらを統合する形でスーパーアプリが登場する。中国のAlipayやWeChat Payが代表例として挙げられ、「スーパーアプリとは百貨店やショッピングモールのオンライン版だと思ってください」という説明がなされた。食品も洋服も、遊園地に相当するものまで、何でもその中にある状態である。そこからライブコマースやeコマースが派生していく。マーケットプレイスは全体としてコンパクト化の方向に進んできた、というのが話し手の総括だった。
| 段階 | 技術的な転換点 | 信頼形成の方法 | 解決されたコスト/残った問題 |
|---|---|---|---|
| 物理的市場 〜19世紀 | 港湾・河川沿いへの集積 | 顔が見えること/管理人の存在 | 物流・情報・決済すべて高コスト。地域ごとの税制と通行料という国家が決めたルールが障壁で、解決不能だった |
| 百貨店・カタログ 20世紀初頭 | 鉄道・郵便・印刷能力 | 建物による垂直統合 | 距離の制約を解消。郵便制度の整備が規制・制度リスクを軽減した |
| スーパー・モール 20世紀中盤 | 大量輸送・バーコード在庫管理 | 店舗ブランドと標準化 | 不良在庫リスクが低下し、多店舗展開が可能に。郊外化が進行 |
| EC・オークション 1990年代 | インターネット・検索エンジン | ユーザー評価システム(eBay)/レビュー(Amazon) | 情報コストが大幅低下。ただし電子取引規制が整備され、新たな制約が生まれた |
| 決済インフラ 2000年代 | PayPal・Alipay | 即時決済確認 | 決済コストが激減し、物流も高速化。国内規制が厳しくなり海外展開へ向かう動機に |
| スーパーアプリ 2010年代〜 | スマートフォン・シェアリング | プラットフォーム内の統合信用 | あらゆる領域を統合。データ規制が複雑化し、データの歪みをどう管理するかが新たな課題に |
唯一下がらなかったコスト――規制と、それを和らげる二つの要素
ここが講義の核心である。物流コストは下がった。情報コストも下がった。決済コストも下がった。心理的安全性を含む信頼形成の領域も、インターネットによって大幅に改善された。ところが規制コストだけは、歴史上一度も下がっていない。
決済システムは外注できる。物流も外注できる。しかし規制コストだけは外注できない。ルールに関わる部分は、事業者自身が向き合い続けるしかない。だからマーケットプレイスは、ずっと規制と戦い続けなければならない構造になっている。
どんなマーケットプレイスを作ろうと、必ず規制とぶつかる。ルールが作られて止められる。特定商取引法などがその典型例として挙げられた。しかも今の時代、物流コスト・情報コスト・決済コスト・文化的需要への対応は、すでに最低段階まで下がっている。だからこそ、残された規制コストをどう下げるかにフォーカスしなければならない、というのが主張である。
ただし話し手は、規制コストが「解決できる」とは言っていない。解決はできないが、和らげることはできる。そのための手段は二つしかない。参加者から「経営戦略ですか」という応答があり、話し手はそれに一つを加えた。経営戦略と、人的リソースである。
物流確保 → 情報確保 → 決済確保 → 規制をどうくぐり抜けるか。多くの事業者は規制を飛ばして文化の領域に向かい、結果として規制に突き当たってクリアできなくなる。順序そのものが重要である。
社内における「アイデアのマーケットプレイス」
規制に突き当たり、それを解決する過程で何が起きてきたか。話し手の答えは、社内におけるアイデアのマーケットプレイスをどう作り上げたか、という点にあった。ここに人的リソースが集まることで、解決の道筋が生まれる。専門家を入れる、あるいは知見を持つ人材を確保する。そこに対してアイデアを集め、まとめ、アウトプットし、また集めてまとめてアウトプットする。この往復を何度も繰り返すことによって、規制やルールのハードルは下がっていく。そこまで到達して初めて、マーケットプレイスは最終形態に入る。
したがって、投資家が資金を入れるかどうかの判断基準もここにある。この根本的な基盤を解決できる状態になっているのであれば、投資家は金を入れる。それが全くできていない資料やプロジェクトがあまりにも多い――前日の米国企業への「お説教」も、日本の経営者への苛立ちも、すべてこの一点に集約されている。
「規制コストだけは外注できない」という主張は、直近10年のプラットフォーム事業の顛末と整合的である。ライドシェアは各国のタクシー規制と個別に交渉せざるを得ず、市場ごとに撤退と再参入を繰り返した。民泊は都市ごとの宿泊日数上限や住居専用地域の制限に個別対応を迫られた。日本の特定商取引法や、EUのデジタル市場法(DMA)・デジタルサービス法(DSA)も、事業者側に構造的な設計変更を強いている。
いずれの事例でも、物流や決済はパートナーに委ねられる一方、規制対応は自社内に法務・渉外の人員を抱えて対処するほかなかった。講義の「解決はできないが和らげることはできる。それを担うのは経営戦略と人的リソースだ」という結論は、実務の観察としても妥当性が高い。
文化的要素という最難関――SNSの盛衰とTikTokのアルゴリズム
質疑の流れから、5つのドライバーのうち「文化的要素」について掘り下げる展開になった。話し手はこれを最も難しい領域だと位置づける。地域ごとに文化も習慣も異なる中で、その平均値をどう取るのか。ここには相当量のリサーチが必要になる。流行るSNSと流行らないSNSが実際に分かれるのは、この部分の設計差による、という説明である。
MySpaceとFacebook、そして韓国のSNS
話し手は、世界で最初にできたSNSは韓国のものだったと述べ、その創業者と日本で会ったことがあるという逸話を披露した。ではなぜ世界展開できなかったのか。韓国市場しか見ていなかったからだ、という。当時の米国ではFacebook登場以前にMySpaceが人気を集めていたが、使い勝手そのものは韓国のサービスのほうが優れていた。それでもMySpaceが強かったのは、自分の好きな音楽をプロフィールに設定できたからである。これが文化的要素による突破の例として提示された。日本でいえばmixi、韓国であれば日記の共有機能。それを写真と動画に置き換えたのがFacebookだった、という整理である。
創業者本人が語ったという敗因は示唆的だった。何かをシェアできるという機能ではなく、もう少し五感を刺激するようなマーケティングを組み込んでおけばよかった、というものである。文化的行動として、写真を撮る・音楽を聴くといった行為には人がはまりやすいポイントがある。そこをどう取り込むかが分かれ目だった。
講義では「世界で最初にできたSNSは韓国のもの」と述べられているが、一般に世界初のSNSとして挙げられるのは米国のSixDegrees.com(1997年、Andrew Weinreich創業)である。プロフィール作成、友人リストの登録、1998年からは友人リストの閲覧という機能を初めて組み合わせたサービスとされ、最盛期に約350万人の登録者を集めたのち2000年に閉鎖された。
韓国のCyworldは1999年開設で、SNS的な機能が加わったのは2001年とされる。したがって「韓国発のSNSが早期に高い完成度を持っていた」という趣旨は成立するが、「世界最初」という表現は公開されている通説とは異なる。話し手が創業者本人と面識があるという別のサービスを指している可能性もあるが、講義中でサービス名が「ちょっと忘れちゃった」とされているため特定できなかった。
なおMySpaceの創業は2003年、Facebookは2004年であり、「Facebook登場前に米国で人気があった」という説明は正確である。
「サーバーが重い」の中身
MySpace衰退の理由として「サーバーが重すぎた」という説明がなされ、参加者からその意味を問う質問が続いた。回答は二段構えだった。第一に、インターフェースの問題である。MySpaceでは知り合いを検索しにくく、写真も1ページずつ開かなければならなかった。Facebookは1画面で複数の写真が見え、フィードが見やすかった。さらにFacebookには「知り合いかも」というレコメンデーションのアルゴリズムがあったが、MySpaceにはなかった。
第二に、サーバー設計そのものの違いである。話し手の説明によれば、MySpaceは一括して一箇所で管理するサーバー構成だったため、データが混在して検索に時間がかかった。対してFacebookは、地域や用途ごとにサーバーを分別して構築していたため軽かった。ここで参加者から「それはブロックチェーンのノードに似ているのか」という質問が出るが、話し手はこれを明確に否定する。ノードは「空いている場所を探しに行く」仕組みであり、Facebookがやったのは「分野ごとにサーバーを分けておく」ことである。農業なら農業、医療なら医療、飲食なら飲食と分けておけば、そもそも細かく探す必要がなくなる――という説明で決着した。
TikTokのアルゴリズムは何が違ったのか
この日の質疑で最も反響があったのが、TikTokがなぜ拡大したのかという質問への回答だった。話し手の整理はこうである。FacebookやYouTubeのレコメンデーションは、個人にパーソナライズされたものだった。「この人とこの人は関係があるのではないか」「この人とこれは関係があるのではないか」という発想である。それに対してTikTokのアルゴリズムは、より内側――インタレスト(関心)の層に入り込んでいる。
具体例で説明された。ある参加者が金融関係の人物であれば、米国のSNSは金融関係の情報を集めやすくする。それは大雑把なパーソナライズにすぎない。TikTokはそこではなく、その人がゴルフを好きだとか、肉が好きだといったインタレストの層にアルゴリズムを張った。これが両者の差である、と。この説明に対して質問者は「非常にクリアになった」と応じている。
さらにバイトダンスの手法についても補足がなされた。同社が運営するアプリはTikTokだけではない。中国国内の抖音(Douyin)や、ニュースアプリ(今日頭条)などが並行して存在する。同社は毎月のようにアプリを配信し、その大半がエンタメ系や趣味系で、ほとんどが失敗する。しかし失敗を前提に月1回配信を続けることで、利用者が何に興味を持っているかを紐付けていく。TikTok上ではゴルフと焼肉しか見ていない人物が、別アプリでは野球も見ていると分かれば、野球のレコメンデーションが出てくるようになる。データ収集そのものを目的化した設計である。
講義では「バイトダンスの社長はもともとマイクロソフトの人間で、マイクロソフトでSNSの開発をやっていて、あえて一番厳しいところ(WeChat上)でSNSを流行らせようとした」という説明がなされた。この点について、公開されている経歴とは複数の食い違いがある。
張一鳴(Zhang Yiming)は1983年生まれ、南開大学でソフトウェア工学を学び2005年卒業。旅行検索サイトの酷訊(Kuxun)にエンジニアとして入社し、1年で技術ディレクターに昇格した。2008年にマイクロソフトに短期間在籍したのは事実だが、社内規則になじめず早期に離職している。その後、王興(後の美団創業者)が立ち上げたTwitterクローンの飯否(Fanfou)に参加した。SNS開発の経歴があるとすれば、マイクロソフトではなくこのFanfouでの経験を指すと考えるのが自然である。
その後2009年に不動産検索の99房を創業し、2012年にバイトダンスを共同創業。今日頭条、続いて抖音/TikTokを立ち上げた。WeChatのリリースは2011年であり、マイクロソフト在籍時(2008年)にWeChat上でSNSを流行らせようとしたという時系列は成立しない。
ただし、「規制の厳しい環境の中でどう成立させるかを考え抜いた人物である」という講義の人物評そのものは、中国の情報統制下でレコメンデーション型サービスを成立させた実績を踏まえれば、評価としては的外れではない。経歴の細部は不正確だが、人物像の把握としては一定の妥当性があるという読み分けが必要である。
重商主義と大航海時代――市場はなぜ成立したのか
休憩後、途中参加した参加者から、この日の議論を歴史的に位置づける発言があった。マーケットプレイスの歴史を語るなら植民地市場の話になるのではないか、というものである。重商主義において、マーケットプレイスは市場を作っているように見えて実際には利益誘導であり、市場原理そのものを否定していた。だから規制という問題によって必ず崩壊し、国家の崩壊とともに市場も崩壊するということが繰り返された。それが大航海時代に至って権利の交換が起こり、公開事業のリスクとリターンを分かち合うという概念が生まれて、初めて株式マーケットが誕生した。つまりリスクが権利を創造した――この整理は、前半の負債論とも接続する。
話し手はこれを受け、東インド会社を例に議論を具体化した。オランダとイギリスの東インド会社は貿易会社だと思われているが、実態は違う。オランダのVOCは物流ネットワークを整備し、世界で初めて株式を発行して資金調達を行うという、金融のプラットフォームを構築していた。対してイギリスのEICは、税収をどう管理し直接運営するかという方向に進み、各国で徴税の仕組みを作った。前者は資金調達のプラットフォーム、後者は税収回収のプラットフォームである。いずれも巨大なマーケットプレイスとして機能していた。
参加者からアムステルダム取引所の成立と、情報流通の場としてのコーヒーハウスの登場が指摘され、さらに貿易が金融・軍事・統治にまたがる活動であったことから保険業が生まれたという流れが確認された。船舶保険、すなわちロイズの起源である。
オランダ東インド会社(VOC)は1602年3月20日、オランダ連邦議会の特許によって設立された。設立憲章の第10条により一般市民が株式を購入できるようになり、1602年8月の「IPO」には1,143人の投資家が参加した。株式は公開市場で売買され、その市場の一つがアムステルダム証券取引所となった。世界初の公開株式会社とされる。参加者の「アムステルダムの取引所ができたということですよね」という発言は正確である。
ロイズは、エドワード・ロイドがロンドン・タワー街で営んでいたコーヒーハウスに起源を持つ。ロンドン・ガゼットにおける最初の言及が1688年。船乗り・商人・船主が集まり、信頼できる海運情報が得られる場だったことから、海上保険を取得する場として認知されていった。ロイドがテーブル(ボックス)を貸し出し、商人が船主にリスクを分散して引き受ける仕組みが生まれ、これが現在のシンジケート引受の原型となった。参加者が挙げた「ロイズですね」という応答は的確である。
VOCが物流ネットワークと金融プラットフォームを、EICが徴税と直接統治を担ったという役割分担の整理も、通説と大きく矛盾しない。ただし両社とも軍事力を保有し、統治にも関与していたため、「貿易会社ではない」という言い方はやや強めではあるものの、実態把握としては的を射ている。
市場の成立とは何だったのか
議論はさらに抽象度を上げていく。市場の成立は歴史学的にも極めて難しいテーマだとされ、意図的に準備されなければならないのは安全性であり、信頼の担保だという指摘がなされた。今われわれが市場が成り立っていると感じているのは、市場原理が合理的であると刷り込まれた世代だからにすぎない。それ以前は、力関係や影響力、あるいは暴力的な関係によって市場が成り立たざるを得なかった。グレーバーが述べているように、市場の成立とは国家が戦争するための準備である、という言葉が引かれた。国家が資金を集め、それを運営するために必要なものをどう調達するか。物的・人的な移動をコントロールするために作られたのが市場である、という見方だ。
それを運営するために必要な概念が、権利であり、所有であり、人権である。近代の社会秩序を作っているシステムは、市場を形成させるためにあると言ってもいいのかもしれない、という指摘に対して、話し手は同意しつつ、市場をコストを下げるための場所として捉えるほうが、交換の場所として捉えるよりも歴史的な成立過程に近いのではないか、と応じている。
もう一つ提示されたのが、貨幣の役割である。価値というものはどうやっても一体化しなかった。互いが納得できる交換のシステムを作ることが難しかったからこそ、貨幣によって納得させた。価値観も法律も異なる者たちに適用させるために作られた貨幣は、権力構造がそれを内包するだけの説得力や支配力を持たなければ成立しなかった。
議論の終盤で、一つのものがそれぞれの価値を保存したまま橋渡しするための通貨が別に必要になる、という考え方が提示された。一つの文化圏の経済にはグローバル化できないものがある。グローバル化を全部押し付けて暴力化するのではなく、多元化を認めたうえでの一元化へ向かうステップになるのではないか、という展望である。ブルーノ・ラトゥールの議論が引かれ、「自然」という言葉そのものがすでに共通了解を失っており、バベルの塔化しているという指摘がなされた。文化は多元的に扱われるのに、自然については誰もが一つの認識しかないと想定されている。しかし実際には、それぞれの自然が違う。市場を見るときも、それぞれの国や地域で納得させるような価値づけが違うことを理解しなければならない――これが、この日の最も抽象度の高い到達点だった。
NFT、CBDC、テンセント――現在進行形のマーケットプレイス
NFTマーケットプレイスから撤退した理由
話し手は過去に韓国の芸能関連でNFTのプロジェクトに関わっていたが、途中で撤退している。その理由が、5ドライバーの枠組みで語られた。マーケットプレイスの構築が絶対にできないと判断したから、というのである。
論理はこうだ。NFTのマーケットプレイスで最大だったOpenSeaも結果として振るわなくなった。なぜか。税収回収システムを入れてしまうと、誰も暗号資産を買わなくなるからである。具体例として、1,000円で買ったポスターが1万円になった場合の話がなされた。通常であれば1万円で売っても問題にならないが、ブロックチェーンで取引を記録し管理してしまうと、キャピタルゲイン課税の対象になる。ところがNFTの売り文句として流布していたのは「税金がかからない」というものだった。つまり、この問題を解決すると逆に流行らなくなる。透明化させることが普及を阻害するという構造的な矛盾がある。
さらに、当時のNFT・暗号資産の参加者層についても指摘がなされた。一般的な金融機関ではなく素人が中心であり、リテラシーの高い金融機関であれば「どう納税するか」「どう税負担を軽くするか」を考えるのに対し、一般の参加者はそういう発想を持たない。だから金融機関が入ってくるまでNFTも暗号資産も流行らなくていい、というのが当時の結論だったという。参加者からの「定着しない」という応答に対しても、市場が破壊しないので定着しない、と同意している。ビットコインブームが来る前に撤退したのは、まさにこの判断によるものだった。
加えて、成立したマーケットプレイスの多くが概ね12年程度で廃れていくという観察も示された。12年で廃れるものに何億円、何十億円もかける価値はない。市場が成長してからでなければならないか、あるいは成長前に作っておいて後から対応する必要があるが、後者は長期的コストが極めて大きい。だから難しいと判断できた、というのが撤退の理屈である。
OpenSeaは2022年1月にNFTマーケットプレイスの89.7%のシェアを持ち、月間取引高は51.9億ドルに達していた。しかし同年10月に登場したBlurに押され、2022年12月にはシェアが29.7%まで低下、取引高も2.5億ドルに縮小する。2023年第1四半期にはBlurが57.4%を握って首位が入れ替わり、2024年半ばにはBlurが78.7%、OpenSeaは21.3%まで押し込まれた。
もっとも、その後Blur自身も縮小に転じ、2025年4月時点ではOpenSeaがイーサリアムNFT取引高の51%超を回復している。つまり「OpenSeaがダメになった」という発言は2022〜2024年の局面としては正しいが、その後の巻き返しも起きている。より正確に言えば、特定の事業者の盛衰というより、NFT市場全体の取引規模が大幅に縮小したことが本質である。2022年5月のピークから翌年4月には売買高が99.1%減という数字が、その縮小の度合いを端的に示している。
ビットコインと米国の準備金
参加者から、価値の尺度が統一されることの重要性と、米国の銀行が金を買っている状況、そして各国が資源をめぐって行っていることが実質的に重商主義ではないか、という問いが投げられた。
これに対する回答は、ビットコインのマイニング拠点の移動から始まった。中国では電力使用量が過大になり停電が頻発していた。工場の増設にエネルギーを回さなければならない状況の中で、中国がマイニングから撤退した際に、それを回収していったのが米国企業だった。したがって「通貨発行権を持っているのは実質的に米国だ」という帰結になる。さらに、ビットコインはもともとドルと連動していなかったが連動するようになり、その通貨発行の資格の8割以上を米国が持っている状態になっている、というのが説明の骨子である。したがって準備金として保有することは合理的ではないか、と。
「通貨発行の資格の8割以上を米国が持っている」という発言について、公開データとは大きな開きがある。
2025年時点の推計では、米国のビットコイン・マイニングにおける世界シェアはおおむね35〜40%である。Hashrate Indexの2025年第4四半期集計では37.8%、年初時点の別集計では約40%とされている。世界第1位ではあるが、8割には遠く及ばない。
ただし一点、この数字の受け取り方には注意が必要だ。ケンブリッジ大学の2025年4月調査では「報告ベースのマイニング活動の75.4%が米国」という数値が出ている。これは調査に回答した事業者の中での比率であり、上場企業が多く回答する米国のシェアが構造的に高く出る。発言の「8割以上」がこの種の数値を指しているなら、出所としては説明がつく。
いずれにせよ、「実際のハッシュレートの8割を米国が握っている」という理解は誤りである。この差の理由は自分で確認しておく価値がある。なお、中国が2021年にマイニングを禁止し米国がシェアを引き継いだという大枠の経緯そのものは事実である。
関連して、マイニング用ハードウェアの設計についても言及がなされた。ビットコインはASIC、イーサリアムはGPUを使う。米国は技術的には強いが、専用チップの設計自体はできていなかった。それを担っていたのが中国のビットメイン社ともう1社であり、後者は上場している。製造自体はすべてTSMCが担い、その後の改造で特化させる設計を持っていたのが中国だった。そして、その中国で設計していたのは日本人だった、という指摘で締めくくられている。さらに、マイニング装置がラックに入っているイメージについて、あれは在庫のラックが余っていたから入れただけで本来不要であり、パッケージで売ったほうが高く売れるからだった、という裏話が披露された。転売の構造が中国のマイニングブームを生んだ、という説明である。
中国のCBDCと、アリババが干された理由
参加者から、中国が2021年に暗号資産を規制した一方で金を集め続けていることについて、何かクリプトを作る意図があるのかという質問が出た。回答は明快だった。中国はクリプト自体は認めていないが、CBDC(中央銀行デジタル通貨)を進めている。北京オリンピックの際にテスト運用を行った。
その背景として説明されたのが、決済システムの主導権をめぐる構図である。中国は決済システムを国家が管理したかったが、すでにAlipayとWeChat Payが存在していた。そこで両社に協力を求め、圧力をかけた。これに反発したアリババが「干された」というのが話し手の理解である。テンセントもアリババもスーパーアプリを通じて資金と物流の流れを完全に把握していた。しかしCBDCのテストを進めるために両社に規制をかけ、テストに振り向けさせた。これが北京オリンピック時のテクノロジー面での最大の目的だった、と。
中国人民銀行のデジタル人民元(e-CNY)は、2022年の北京冬季オリンピックに合わせて大規模なパイロットが実施され、外国人が現金や銀行口座なしにe-CNYへ交換できる仕組みが試験された。全国10地域規模でのパイロットが同時に進行している。
アント・グループのIPO停止は2020年11月で、北京オリンピック(2022年2月)より前である。当時から、当局が同社を経済の不安定要因と見なし、デジタル人民元がその抑制手段として機能するという分析が複数のメディアで示されていた。国務院はAlipayとWeChat Payに対する独占禁止法上の調査にも着手している。
したがって「CBDCのテストのためにAlipayとWeChat Payに規制をかけた」という因果の説明は、時系列としてはアントのIPO停止が先行しており、より正確には決済主導権をめぐる一連の構造改革の中に、アント規制もe-CNYパイロットも位置づけられると理解するのが妥当である。単純な前後関係で語ると、実際より整理されすぎた図式になる。
三菱UFJとテンセント、そしてProgmat
参加者から、テンセントと三菱UFJの提携報道についてどう考えるかという質問が出た。話し手の回答は、三菱UFJが手掛けているのは要するに一つのマーケットプレイスの構築である、というものだった。具体的にはProgmatというプラットフォームがあり、そこにデジタル資産の売買、サービス、ポイント、会員情報などを全部組み込む構想がある。三菱UFJがステーブルコインを仲介業者に発行させる形で、当時契約していたのがバイナンスだった。顧客データを含めて組んでいたのが三菱UFJとSBIであり、顧客データの管理でNTTデータが入っている。テンセントはおそらくここに入ってくるのではないか、という推測が語られた。
参加者が言及した報道は、2025年9月24日から25日にかけて日本経済新聞などが報じた提携である。内容はProgmatやステーブルコインではなく、三菱UFJ銀行の中国現地法人が、中国本土の基幹システム(口座管理・決済・融資)をテンセントのクラウドサービスへ2027年10月をめどに切り替えるというものだった。あわせてAIを活用した業務効率化でも協業を広げる。協定は2025年9月16日に、MUFG中国とテンセントのあいだでインフラ・技術製品・サービス領域での協力協定として締結されており、運用は中国国内に限定されている。
したがって、講義中で語られた「Progmatにテンセントが入ってくるのではないか」という推測は、公表されている提携内容とは異なる。話し手自身も「おそらく」「だと思う」と留保を付しており、断定はしていない。Progmatの株主にテンセントが加わったことを示す情報は確認できなかったため、この点は要確認として扱う。
なおProgmat社自体は、信託銀行・商業銀行・証券会社・取引所などを株主に持つ構成で、持株比率は2.7%から11.6%の範囲に分布していると公表資料に記載がある。
テンセントという企業をどう見るか
議論の最後は、テンセント論に流れ込んだ。楽天にも出資しており、あちこちに顔を出す。担当者はリストに300社から500社を並べ、自分が入れないところは紹介してくれとまで言ってくる。日本企業側はチャイナマネーであることを警戒し、5%以上は渡したくないという姿勢を取るが、それでもテンセント側は買いたくて仕方がない状態にある、という証言が参加者から出された。
アリババとの比較も語られた。アリババの創業者は天才だが自己主張が非常に強い。対してテンセントのトップは自分の主張をあまり前面に出さず、水のように形を変えていくスタイルである。中国という環境ではそうでなければ生き残れないのかもしれない、という観察がなされた。そして「アメリカでやっていたら、あの企業群にも勝っていたのではないか」という評価で一致している。
ゲームについても言及があった。3人ないし4人で作られたとされる中国のゲームが初月で相当な売上を記録したという例が挙げられ、日本の数億円から数十億円規模の投資を要するゲームに匹敵する品質を少人数で実現したことへの驚きが語られた。日本はゲームの面白さもIPで買っているにすぎず、勝てないという厳しい評価が続く。最後に、TikTokに対抗して作られたInstagramのショート動画やYouTubeのリールに触れ、米国が中国を模倣する構図が当たり前になりつつあるという指摘で議論は締めくくられた。日本でライブコマースが流行るかという問いには「流行らないでしょう」という答えが返され、クレームが最も多い国民性ではライブコマースは大変なことになる、という現実的な観測が示されている。
「3人で作って初月の売上が300億円」とされたゲームは、miHoYo(現HoYoverse)の『原神』を指すと考えられる。同社は上海交通大学の学生3名(蔡浩宇、劉偉、羅宇皓)によって2011年に創業された。『原神』の初月モバイル売上はSensor Tower集計で2億4,500万ドルとされており、当時の為替で日本円換算すると250〜260億円程度になる。発言の「300億円」はやや大きめだが、大きくは外していない。
一方で「テンセントとかが買収している」という部分は正確ではない。miHoYoはテンセントの子会社ではなく独立企業である。テンセントは少数株主として出資しているとされるが持株比率は非公開で、中国本土における『原神』の配信・運営を担っている関係にとどまる。会話の流れが速く、テンセントが買収した他のゲーム会社と混線している可能性が高い。
テンセントの楽天出資については、2021年3月に子会社Image Frame Investment (HK) が1株1,145円で総額約657億円を投じ、3.65%を取得している。同時にウォルマート、日本郵政も出資し、楽天は総額約2,423億円を調達した。テンセントは楽天の第6位株主となったが、この出資は日米双方の政府から安全保障上の懸念を持って精査された。参加者の「楽天にもお金を入れている」という発言は正確である。
質疑応答
(この応答に続けて)マーケットという言葉は一般的にあまりにも狭義に使われすぎている。物の交換としか考えられていない。5つのドライバーがどれくらいマーケットの中で機能しているか、そして最終的な規制のポイントをどう解決するか。それはまさに人的リソースがなければ無理だという話になる。
バイトダンスは毎月アプリを配信し、その大半が失敗する。しかし失敗を前提に配信を続けることで、利用者が何に興味を持っているかを紐付けていく。TikTok上ではゴルフと焼肉しか見ていない人物が別アプリで野球を見ていると分かれば、野球のレコメンデーションが出るようになる。
(これを受けた応答)東インド会社は貿易会社だと思われているが違う。オランダのVOCは物流ネットワークを整備し、世界で初めて株式を発行して資金調達するという金融プラットフォームを作った。イギリスのEICは税収をどう管理し直接運営するかという方向で各国に仕組みを作った。物流革命を担ったオランダと、徴税と株式発行による資金調達を分けたイギリス。両者ともマーケットプレイスとして機能していた。
加えて、当時の参加者層は金融機関ではなく素人だった。リテラシーの高い金融機関ならどう納税するかを考えるが、一般の参加者はそうではない。だから金融機関が入ってくるまでは流行らなくていいというのが結論だった。
宿題・アクションアイテム
- 自分が関わる事業を5つのドライバーで分解してみる。取引コスト、信頼形成、需給マッチング、規制・文化リスク分担、収益モデル。どれが欠落しているかを特定する。欠落があるものは歴史上ほぼ例外なく消えている。
- 物流・情報・決済・文化・規制の5コストのうち、自社が向き合っている規制コストを言語化する。外注できない唯一のコストであるため、誰がそれを担っているかを明示できるかが問われる。
- 社内に「アイデアのマーケットプレイス」があるかを点検する。アイデアを集め、まとめ、アウトプットし、また集める。この往復が仕組みとして回っているか。回っていなければ規制のハードルは下がらない。
- 次回予告:中国でスーパーアプリとライブコマースが成立し、先進国で成立しない理由を扱う講義に参加する。経済史的背景から一列で説明できるとされている。
- 取引費用理論(コース、ウィリアムソン)を復習する。講義中に「前回やった取引費用理論と同じ話をしている」と明言されており、5ドライバーの枠組みの理論的な足場にあたる。
- 東インド会社(VOC/EIC)の設計差を、金融プラットフォームと徴税プラットフォームという観点で調べ直す。株式会社と保険業の起源が同じ流れから生まれたことの意味を確認する。
- デジタル人民元(e-CNY)の進捗と、日本のステーブルコイン政策の現在地を追う。CBDC対ステーブルコインという戦略の違いが、決済マーケットプレイスの主導権をどう分けるかを見る。