STUDY REPORT / 勉強会レポート

マニュアル論と人材マネジメント

HACCPとの違い・東京電力の事例・無能の定義・SMMとQ&A全13件

レポート作成日:2026年8月13日 | 登壇:前田氏(レジリエンス理論)/マイキー氏(人材論・マーケット解説) | 参加者Q&A:ゆ谷氏・佐藤氏・藤川氏・まき氏・山まち氏 ほか
元動画:「組織のレジリエンス Nvidiaの5000億ドル融資 中間選挙」(YouTube)
OVERVIEW / 本レポートの位置づけ

本レポートの概要|マニュアル論と人材マネジメント

この回のレポートは全4本に分割しています。本ファイルはその2本目、テーマは「マニュアル論と人材マネジメント」です。

HACCP義務化
2021年6月
食品衛生法改正で原則義務化
東電平均年収
800万円台
事故直後の620万円から回復
SMM提唱
1993
Cannon-Bowersらが定式化
Q&A件数
13
組織論からNVIDIAまで全件収録

このパートは前田氏の理論に対する参加者からの質疑を起点に展開したマニュアル論と、マイキー氏による人材・組織論をまとめている。HACCPとの類似性を問う質問への回答から、「ポイントを決めることは他の可能性を捨てること」という指摘、そして日本で言う「マニュアル」の多くが実際には作業手順書であり、定期的に更新されないものはマニュアルではないという定義の整理を収録した。

企業のリスクを誰が見るかという問いからCROや内部監査室の位置づけ、東京電力のガバナンス不全の事例が語られたのち、マイキー氏が「問題発生時に何もしない人間を無能と呼ぶ」と定義し、能力の低い層は手順書で固め、能力の高い層は自由に動かすという二層設計と、その土台となるSMM(シェアードメンタルモデル)=コミュニケーションの重要性を論じる展開を扱う。

後半には、事故の優先順位の付け方をめぐる質問への訂正から、教員社会のフラット組織とピラミッド型の比較、「グリーン組織」を掲げながら実態は労働集約的だという乖離への処方、動かない人への対処法までを含む質疑応答13件全件も収録しており、理論を実務にどう落とし込むかという参加者側の生の疑問がそのまま反映されている。

PART 2 / Q&Aから発展した組織・人材論

マニュアル論、HACCP、そして「何もしない人間」の定義

2-1. HACCPとの関係 — 「ポイントを決めること」自体が最も危険な行為

前田氏の講義に対し、参加者から食品業界のHACCP(危害分析重要管理点)と考え方が近いのではないかという指摘が出た。これに対する前田氏の回答が、本セッションで最も鋭い論点の一つである。

◆「ポイントを決める」=他の可能性を捨てること

決めすぎると柔軟性がなくなる。今回の講義であえて「ここがポイントです」という言い方をしなかったのは、ポイントを設定するということは、必ず他の問題・可能性を捨てるということだからである。「自分たちは安全だ」と思っている組織はなぜそう思えるのか。自分たちが安全だと思っているものしか見ていないからである。

重要なのは捨てることではなくバランスの取り方だ。かといって全体を見ることもできない。ならば「現状のパターンなら、この程度の力の配分でバランスを取れば危険性が最も低くなるのではないか」という仮説を立てながら組み立て続けるしかない。ポイントを一点に絞ると、連鎖が起きたときに原因箇所が特定できなくなる。ほとんどの事象は複雑であり、いろいろなところから来るからである。

📌 Claude補足|HACCP(ハサップ)とは

HACCP=Hazard Analysis and Critical Control Point(危害要因分析・重要管理点)。1960年代にNASAの宇宙食開発の中でピルズベリー社らが確立した食品衛生管理手法。原材料の受入から出荷までの各工程で危害要因(Hazard)を分析し、特に重要な工程を重要管理点(CCP)として継続的に監視・記録する。日本では2018年の食品衛生法改正により、2021年6月から原則すべての食品等事業者にHACCPに沿った衛生管理が義務化された。

NATとの違いは、HACCPが「事前に管理点を特定して制御する」アプローチであるのに対し、NATは「特定しきれないことを前提に、連鎖を止める」アプローチである点。前田氏の「決めすぎると柔軟性を失う」という指摘は、この本質的な差分を突いている。

2-2. マニュアルと「作業手順書」は別物である

「マニュアルを厳格化しすぎて思考停止が起きるのでは」という質問に対し、前田氏はまず用語の定義を切り分けた。日本で一般に「マニュアル」と呼ばれているものの多くは、実際には作業手順書である。手順書を厳格化して「この通りにやれ」とすると、想定外の手順が出た瞬間に対応不能になる。

◆ マニュアルの原則 — 定期的に更新されないものはマニュアルではない

マニュアルには作成時の原則が一つある。定期的に更新しなければならないということだ。「作りました、以後更新しません」というものは、そもそもマニュアルではない。マニュアルとは、環境や状況に応じて組織に必要な考え方・スタイル・システムをメンバー間で共有するためのものであり、環境変化に合わせてブラッシュアップされ続けることが前提条件である。

逆に、適切に運用されているマニュアルであれば厳格化した方が組織は回りやすい場合もある。厳格化の是非ではなく、更新されているかどうかが判断軸になる。

ここで前田氏は参加者に「イナーシア」という語を調べるよう宿題として提示した。

📌 Claude補足|イナーシア(Inertia)=組織慣性

Inertia(イナーシア/イナーシャ)は物理学の「慣性」を語源とし、経営学では組織慣性(organizational inertia)/構造的慣性(structural inertia)を指す。マイケル・ハナン(Michael T. Hannan)とジョン・フリーマン(John Freeman)が1977年の論文「The Population Ecology of Organizations」および1984年「Structural Inertia and Organizational Change」で定式化した概念。

組織は規模が大きく歴史が長いほど、既存のルーティン・投資・制度への埋め込みによって環境変化に対する再編成の速度が構造的に低下する。マニュアル(手順書)の固定化は、この構造的慣性を強化する典型的なメカニズムであり、前田氏が「更新しないマニュアルはマニュアルではない」と言う根拠にあたる。

2-3. 誰が全体システムのリスクを見るのか — ガバナンス構造

「企業では誰がシステム全体と危険性を分析するのか」という質問に対しては、明確な正解はなく企業ごとに分かれるという前提のうえで、CRO(Chief Resilience Officer/チーフ・レジリエンス・オフィサー)という職位が存在すること、日本ではガバナンスコードの文脈で内部監査室・内部統制部門が担うのが一般的であることが示された。内部監査室は取締役の直下にぶら下がり、何でも知ることができる設計になっている。

レイヤー担い手位置づけ
内部(第一線)内部統制部門業務プロセスに組み込まれた統制
内部(第二線)内部監査室取締役直下。全社の情報にアクセス可能
内部(監査)常勤監査役(内部監査役)内部にいる監査役がまず見る
外部(監査)社外監査役その次の層としてチェック
外部(会計)監査法人(Big4等)監査対象企業に対する外部監査

2-4. 東京電力の事例 — ガバナンス不全がレジリエンスを破壊した

質問者から「福島の東電資料館を見たが、この視点での展示がなかった気がする」という発言があり、そこから東京電力のガバナンスの話に展開した。第三者委員会はもちろん入っているが、当時の同社はガバナンスが効いていないことで有名だった——事故時に社長の所在が分からなくなる、会長の親族が社長を務めるなど、上場企業(パブリックカンパニー)としてありえない体制だった、という指摘である。ガバナンスが全く機能していなかったことが、結果としてレジリエンスの欠如=大事故につながったという整理だ。

セッション内では「あれから15年、社員は全員ボーナスなしが続いている」「赤字だからボーナスなし、無配も続いている」という発言があり、参加者からは「負担のために報酬を返上しているのはむしろ良い会社では」という反応も出た。これに対し「半ば公益企業であり、電力利用者全員に負担を負わせている以上、自分たちがボーナスを受け取れるわけがない」という説明がなされた。

📌 Claude補足|東京電力の報酬・配当の現状(要精緻化)

事実関係を整理すると、東京電力は2011年6月に一般職20%・管理職25%の年収削減を実施し、従来型の賞与(ボーナス)制度を廃止して年俸制に移行した。この「賞与という支給費目が存在しない」という点は発言と整合する。

要確認ただし「社員が15年間ボーナスなしで苦しんでいる」という含意には補正が必要。事故直後の2012年度の平均年収は約620万円(震災前比▲約140万円)まで下がったが、その後段階的に回復し、近年の東京電力ホールディングスの平均年収は800万円台(報道ベースで819〜832万円)と、事故前の水準を上回っている。年俸制のもとで賞与相当額を月給に分割して支給する形式が取られているためである。「賞与という制度がない」ことと「報酬が抑制され続けている」ことは分けて理解すべき。

普通株式の配当については、2011年度以降無配が継続している点は発言通り。

2-5. マイキー氏の総括 — 「何もしない人間」を無能と呼ぶ

前田氏の理論を受けて、マイキー氏が実践面での総括を行った。前提は2つ。①どんな優秀な会社でも問題は必ず起きる。②そのうち8割以上は内部(組織内のコミュニケーション)から生まれる。

その前提のうえで、マイキー氏が最も面白いと考えるのは問題が起きたときに人間性が最も露わになるという点である。準備していなかったと慌てふためく人がいる一方、即座にリカバリーに動く人もいる。その差は積み重ねの結果である。

◆ 組織で最悪なのは「何もしない人」

問題が提起されたときに何もしない人が最もまずい。「何もできません」と言う人のことを無能と呼ぶ、というのがマイキー氏の定義である。能力がなくて何もできないこと自体は仕方がない。問題は、「どういう能力を手に入れれば解決できるか」「何をすれば何ができるようになるか」を考えに行かないことである。まともな人間ならまずそこに行き着く。「俺は何もしないんだ」という状態を能動的に抱え込む人間には、人間性の問題があると考えている。

前田氏の比喩を引き継ぐなら——「文章題が出てきたら私は解きません」と言っている状態は相当にまずい。文章題が解けないなら、どうすれば解けるようになるかを考えるのが手である。人に聞く、外部から持ってくる、それも立派なリサーチである。問題なのは「何もしない」ことだけである。

2-6. 能力による二層設計 — 手順書で固める層と、自由に動かす層

ここでマニュアル論が反転する。何もしない人間には、むしろ手順書でガチガチに固めた方が動く。固めなければ何もしないからだ。逆に能力の高い人材は手順書ではなく自由に動かした方がいい。この使い分けこそが組織のレジリエンスを上げる、というのがマイキー氏の主張である。

能力が低い/動かない層

手順書で完全に固める。自由度が高すぎると、手持ちの能力では解決できないため勝手なことをやり、問題しか起こさない。固めた方が生産性もレジリエンスも上がる。

能力が高い層

自由に動かす。手順書で縛るより、裁量を与えた方が能力を発揮する。ここが組織の課題発見・課題解決のエンジンになる。

ただし、この二層設計を成立させるには上に立つ人間が全レイヤーを理解しコントロールできる能力が必要である。「上に立つということは、その能力があるべきだ。でなければ社内で問題しか起きない」と明言された。

2-7. 最低水準を上げ続ける — SMM(シェアードメンタルモデル)とコミュニケーション

「マニュアル通りに誠実にやる人だけを残し、やる気のない人は足切りするのか」という質問に対し、マイキー氏は論点を「最低水準をどう引き上げ続けるか」にずらした。小学1年生の算数ができるようにというマニュアルを維持し続ければ、2年生の問題は解かなくていいことになる。手順書を作るにも、水準そのものを上げていかなければならない。商品・製品が進化すれば手順は必ず変わる。ずっと同じ手順書なら、そもそも商品が進化していない証拠である。

◆ 時代背景で「求められる最低水準」は上がり続ける

20世紀半ばのアメリカでは、文字が読めれば就職できた。今は文字が読めるだけでは就職できない。40〜50年前はパソコンやワープロが使えればすごいと言われた。今は「キーボードが打てます」に何の価値もない。

つまり、かつて「すごい技術・スキル」だったものが当たり前になっていく。重要なのは「昔こうだった」ではなく、自分が社会に出た頃と今とで、自分は何が変化しているかである。何も変わっていないなら、それは無能扱いされて当然だという話になる。

そして、この最低水準の入口にあたるのがSMM(シェアードメンタルモデル)であり、その正体はコミュニケーションであるとマイキー氏は定義した。物事を誰かに伝える能力、指示を出せる能力、指示された内容を正しく理解できる能力——この対話能力が最低水準ラインであり、これを徹底的に上げなければ、そもそもレジリエンスの話にすらならない

📌 Claude補足|シェアードメンタルモデル(SMM)

Shared Mental Model(共有メンタルモデル)は、チーム認知研究の中核概念。Cannon-Bowers, Salas & Converse(1993)らが定式化し、John Mathieu ら(2000)の実証研究で「チームメンバー間のメンタルモデルの共有度がチーム・プロセスとパフォーマンスに有意に寄与する」ことが示された。

典型的には4類型に分けられる:①タスクに関するモデル(何をするか)、②装置・技術に関するモデル(どう使うか)、③チーム相互作用に関するモデル(誰がいつ何をするか)、④チームメンバーに関するモデル(誰が何をできるか)。マイキー氏が「SMMの入口はコミュニケーションだ」と言うのは、③④が対話を通じてしか形成されないという点で理論的にも整合する。医療・航空分野のCRM(Crew Resource Management)訓練の理論的支柱でもある。

2-8. 「動かない人」をどう動かすか — メリット提示、そして強制

後半のQ&Aでは「知的でありたいと言いながら実際の動きは労働集約的な人」への対処が論点になった。マイキー氏の診断は経験不足と発想力の欠如である。そして「脳筋」型で動かない人はメリット・デメリットでしか判断していないため、メリットを提示するプレゼンテーションが必要になる。動けない人は、何かをやること自体をデメリットの方が大きいと認識しているからである。

それでも動かない場合は、促すのではなく無理やりやらせるしかないという結論が示された。促されて能動的に動く人間はごくわずかであり、大抵は促しても動かない。「勉強しなさい」と言って勉強しない子供に対して、親が最終的に強制するのと同じ構造である、という比喩が用いられた。

◆ 前田氏の補足 — 「理由」を減らすことがレジリエンスにつながる

「結局、動くか動かないかだけ。話を聞いていて思うのは理由が多すぎるということ。何かをやるときの理由を極力なくすことの方が重要で、それがレジリエンスにつながる」。マイキー氏はこれを受け「組織にとっての理由ならまだ分かるが、個人的な理由はどうでもいい。組織の方が個人より大事だから。そして大体は個人的な理由である」と応じた。

2-9. フラットな組織 vs ピラミッド型(教育現場の事例)

特別支援学校の教員という参加者から、教員社会はフラットで責任の所在が分かりにくいが、ピラミッド型は責任が明確な分やりにくさもある、という論点が提起された。実態としては250人規模の学校でトップ3人(校長・副校長・教頭)がすべてを決める完全なトップダウンで、校長の許可が出るまで動けないという状況が語られた。

マイキー氏の応答は明快だった。フラットで自由に動けるはずなのに、バイアスをかけて動けない状態にしているのはリスクを回避しているだけである。ならば「怒られてもいいからこのチャレンジをしたい」と言いに行き、ダメでもやってしまうかどうかの違いしかない。自身も会社員時代、会社の方針を全部無視して合理的な方をやっていたと述べ、「結果を出せば文句なし。結果が出なくても責任を負うのは部長・課長だから関係ない」という立場を示した。

◆ 出世を考えたら何もしない方がいい、という組織はすでに死んでいる

学校教育で最も重要なのは自分が出世することではなく、何の教育を教えるかである。出世を考えると何もできなくなる組織、つまり「出世を考えたら何もしない方がいい」という構造の会社は、そもそも死んでいる組織だ。それがよろしくないと思うなら動いた方がいい、というだけの話である。

📌 Claude補足|ティール組織のカラーモデル

Q&A中に「ティール/レッド/グリーン」という語が出た。これはフレデリック・ラルー(Frederic Laloux)の『Reinventing Organizations』(2014、邦題『ティール組織』)で提示された組織発達段階モデル。Red(衝動型・力による支配)→ Amber(順応型・階層と規則)→ Orange(達成型・成果主義の機械的組織)→ Green(多元型・価値観と対話重視のボトムアップ)→ Teal(進化型・自主経営/全体性/存在目的)の5段階。

質問者の「グリーンになりたいと言っているが実際の動きは脳筋・労働集約」という指摘は、掲げる段階と実際の行動段階が乖離しているという組織診断上の典型的なズレを指している。

Q & A

質疑応答(全件)

Q1.事故にはドミノのように連鎖する型と、災害のように一発で来る型がある。優先順位の決め方に指針はあるか?— ゆ谷氏
A.

優先順位はない。事故から発想するものではない。組織の中にどういう原因があり、どうやったら最小化できるかという話である。

さらに重要な訂正として——「起こりうる」ではなく「常に起こっている」。事故もトラブルも必ず起こっている。ただ気づいていないだけである。「事故が起こっていない」「問題がない」と言う人は思考停止している人であり、思考そのものに問題があるとしか言えない。

ドミノの比喩で言えば、1箇所に密集させれば一気に倒れる。ならば広い範囲に持っていくか、複雑に絡ませずラインを1本にすれば分かりやすくなる。放射状に広がるドミノでは全く関係ないところが倒れて自分のところが倒れるが、ラインが1本に決まっていれば予測がつけやすい

Q2.食品業界のHACCP(危害分析・重要管理点)と同じ考え方に思えるが、組織に展開する場合との違いはどこか?— 前田氏への質問
A.

そもそも分ける必要があるかを考えるべきだが、逆に言うと決めすぎてしまうと柔軟性がなくなる。今回の講義であえて「ここがポイントです」という言い方をしていないのはそのためで、ポイントを設定することは必ず他の可能性を捨てることを意味する。

「安全だ」と思える組織は、自分たちが安全だと思うものしか見ていない。重要なのは捨てることではなくバランスの取り方であり、仮説を立てながら組み立て続けるしかない。ポイントを一点に絞ると、連鎖が起きたときに原因箇所が分からなくなる。ほとんどは複雑で、いろいろなところから来るからである。

Q3.会社がマニュアルを厳格化しすぎて、それに従った結果として思考停止するケースもある。マニュアルは厳格化しない方がいいのか?— 佐藤氏
A.

日本で一般に「マニュアル」と呼ばれているものは実際には作業手順書であり、定義が違う。手順書を厳格化して「この通りにやれ」とすれば、想定外の手順が出た瞬間に対応不能になる。これが第一の問題。

マニュアルには原則が一つある。定期的に更新しなければならないということだ。「作ったら以後更新しない」ものはマニュアルではない。環境・状況に応じて組織に必要な考え方やシステムをメンバーで共有するものである以上、ブラッシュアップし続けることが前提である。逆に適切に運用されているなら、厳格化した方が組織は回りやすい場合もある

関連キーワードとして「イナーシア(inertia/組織慣性・硬直化)」を調べるとよい。

Q4.システム全体とその危険性を分析・整理する担当は、一般的な企業ではどういう立場の人か?外部に見てもらうことはしないのか?— 佐藤氏
A.

CRO(Chief Resilience Officer/チーフ・レジリエンス・オフィサー)という職位も存在するが、企業によって分かれる。むしろ実際にどこまでやっているのかが不明であること自体が今の最大の問題ではないか。

日本ではガバナンスコードの文脈で内部監査室・内部統制部門が担うのが一般的で、内部監査室は取締役の直下にぶら下がり、何でも知ることができるようになっている。外部については監査法人(Big4等)が監査対象企業をチェックし、社外監査役も見る。ただしまず見るべきは内部統制と内部監査室であり、その次が社外監査役、さらに監査法人という多層構造になっている。

Q5.教員社会はフラットで責任が分かりにくいが、ピラミッド型だと責任が明確な分やりにくさもある。組織形態とレジリエンスに関係はあるか?— 参加者(教員)
A.

実態としては250人規模で校長・副校長・教頭の3人がすべてを決める完全なトップダウンであり、フラットとは言い難い。

ただしフラットで自由に動けるはずなのに、バイアスをかけて動けない状態にしているのはリスクを回避しているだけである。ならば「怒られてもいいからこのチャレンジをしたい」と言いに行き、ダメでもやってしまうかどうかの違いしかない。会社員時代も会社の方針を無視して合理的な方をやっていた。結果を出せば文句なし。結果が出なくても責任を負うのは部長・課長である。

ただし後々出世できないという結末はある。しかし学校教育で最も重要なのは自分の出世ではなく、何の教育を教えるかだ。「出世を考えたら何もしない方がいい」という構造の会社は、そもそも死んでいる組織である。

Q6.マニュアルでコントロールできる人は「やる気がなくても誠実にできる人」だと思う。マニュアルが更新されていく前提なら、やる気のない人は足切り対象と見ていいか?— 参加者
A.

前田氏が言っていたのはマニュアルは常に変えていくものだということ。そして最低ラインをどう引き上げていくかを前提に作らなければならない。小学1年生の算数ができればいいというマニュアルを維持し続ければ、2年生の問題は解かなくていいことになる。手順書を作るにもレベルを上げ続ける必要がある。ずっと同じ手順書なら商品が進化していない証拠である。

時代背景によって求められる水準は変わる。20世紀半ばのアメリカは文字が読めれば就職できた。今は違う。40〜50年前はパソコンやワープロが使えればすごかった。今は「キーボードが打てます」に価値はない。自分が社会に出た頃と今とで何が変化しているかが重要で、何も変わっていなければ無能扱いされる。

そしてこの最低水準の入口がSMM(シェアードメンタルモデル)=コミュニケーションである。伝える・指示を出す・指示を理解する能力を徹底的に上げなければ、レジリエンスの話にすらならない。

Q7.上に立つ人間にコミュニケーション能力がなかったらどうすればいいか?— まき氏
A.

コミュニケーション能力がないなら、コミュニケーションをして鍛えてあげてください

Q8.「こうなりたい」(例:グリーン/知的な組織)と実際の動き(脳筋・労働集約)に乖離がある場合、どうコミュニケーションを取ればいいか?— 山まち氏
A.

「知的になりたい」は多分みんな同じ。人によって課題は違うが、間違いなく言えるのは経験不足と発想力の欠如である。

脳筋型の人はメリット・デメリットでしか判断していない。しかも何かをやること自体をデメリットの方が大きいと認識している。だからメリットを提示するプレゼンテーションの話になる。

さらに厄介なのは「メリット・デメリットでしか動かないのに、人からは好かれたい(自己承認欲求が高い)」というタイプ。この場合はメリットを提示してもやらないならやらせるしかない。促されて能動的に動く人間はごくわずかで、大抵は促しても動かないため、無理やりやらせるしかない。子供に「勉強しなさい」と言って動かないとき、親が最終的に強制するのと同じ構造である。

Q9.今回のNVIDIAの件は、抽象的に見ると「弱者救済」という意味でサブプライム的なものに似ていると感じたが?— まき氏
A.

違う。これは強者の中の「中の下」の救済である。無能な相手にNVIDIAが貸すわけがない。「今からAIの計算をしたい」という新規参入者には貸してくれない。

今起きている問題はAI研究所やAIスタートアップに計算する場所がないことである。Googleですらデータセンターに投資してなお計算能力が足りない。米国全体で計算能力が絶対的に不足している。従来は「貸してもいいがこのパーセンテージは取る」という高金利が壁だった。それを和らげるのが今回のスキームである。

Q10.SPVから借りられるなら、CoreWeaveの顧客が直接SPVから借りるようにならないか?— 藤川氏
A.

ならない。GPUを買っただけでは明日からAIトレーニングはできない。データセンターの運用には冷却技術、電力関連をはじめ膨大なシステムが必要で、それが揃っている場所に集まる。CoreWeaveが強いのはデータセンターの構築・運用まで含めたパッケージを持っているからである。

むしろ調達コストが下がることでCoreWeaveやその他ネオクラウドに依頼するコストが安くなり、より多くのGPUを購入できるようになる。実際、CoreWeave株は1日で約10%上昇した。

Q11.NVIDIAがGPUの開発スピードを上げると、1世代前のGPUのチープ化が速くなり、担保としてのGPUの価値が落ちるのでは?— 参加者
A.

実は逆のことが起きている。H100は「もうゴミ」と言われる世代だが、レンタル費用が上がっている。性能が相対的に落ちても、計算能力が絶対的に足りなすぎるため、H100のレンダリング料金は1.5倍まで上昇している。

メディアでは「過剰投資」「GPUは劣化するから価値がなくなる」という論調が目立つが、実マーケットのレンタル価格を見ると上がっている。それだけ計算資源が足りていない。(※この数字の基準については本レポートPart 3-9のClaude補足を参照)

Q12.5,000億ドルもあれば、ハイパースケーラーが金利低下分を全部取ってしまわないか?— 参加者
A.

作れるGPUの数は簡単には増えない。ということは単価を上げられる。資金が潤沢になれば、最も利益率の高い製品(Vera Rubin等)へ需要を誘導できる。

Meta・Microsoft・Amazonはもっと投資したいが、やりすぎると株主・市場の反応が読めないためCapExに上限がある。結果としてその先にようやく他社へ供給が回り、顧客が分散されるというリスク低減効果も同時に得られる。

Q13.1人でも強力なリーダーシップを持つ人が入ると、組織の動きは予想外になるか?— 参加者
A.

リーダーたちはちゃんとやっている。しかしレジリエンスや不満という観点で見ると、どういう不満がどのタイミングで出てくるかはほぼ予想通りである。5ヶ月ほど運営して、ほぼ予定通りの不満と予定通りの動きになっている。

同じ問題が同じように出てくるということは、考え方が変わっていないということ。労働集約から一歩抜け出すという考え方にまだ入り込めていない状態だと見ている。課題から見つけに行くのが最もエンジンがかかりやすい。課題が見つけられないなら、そもそもエンジンを積んでいない