身内のテストでうまいと言われたパンが、市場では売れない。この落差をどう扱うかが品質改善の全てだという。台湾の新竹サイエンスパークから宇宙論まで、話は一気に伸びていく。
ベンチャーキャピタルの評価基準の話で「独自データは足で稼ぐしかない」という結論が出たあと、講師は残りの1時間をかけて、その先を展開した。アナログデータを持っているだけでは足りない。マクロデータも同時に持ち、その二つの隔たりを埋める作業こそが品質改善である、というのがこの部分の主張である。
講師の定式化は単純だ。アナログデータは自分が今どこに立っているかを教える。マクロデータはどこへ向かうべきかを教える。片方しかなければ、進む方向か現在地のどちらかが欠ける。そして「マクロデータはいらない」と言う経営者はアナログデータを持っていない人であり、「自分のデータが正しい」と言う人には「では、どこに向かうんですか」という問いが返ってくる。
この理屈は具体例で繰り返し検証された。知り合いが作ったパンは「うまくないけどうまい」と評価される。学校で一番かわいい子を芸能界に入れたら評価が変わる。Microsoftの近くの顧客はもともと優秀だからChatGPTを使いやすいと言うが、世界中で使わせるとキャズムが見つかる。すべて同じ構造――身内のアナログ評価と市場のマクロ評価の落差が、改善すべき点を教えてくれる――である。
ここから話は日本メーカーの姿勢への批判に及ぶ。顧客の指摘に対して「テストではそういう数字が出ていないので」と返す姿勢と、中国・台湾のメーカーが月内に修正品を用意してくる速度の対比である。そして台湾の新竹サイエンスパークの訪問体験へ。金融機関と大学と企業が徒歩圏で繋がっている街そのものが、品質改善のエコシステムとして設計されている、という観察が語られた。
終盤、この議論はさらに抽象度を上げる。学問を分けること自体が創造性の欠落だという主張、生態学と経営学を結ぶエコロジー理論、そして参加者によるプラトンのデミウルゴス・イデア論・宇宙論からの説明。最後は「最強の秩序は何もない状態=ゼロであり、エントロピーで乱れたぶんを埋め合わせるのが成長だ」という、この日全体を貫く「穴埋め」概念の最も抽象的な定式化に至った。
アナログとマクロ、ミクロとマクロ、下部構造と上部構造、地形と宇宙論――スケールは違っても、講師と参加者が繰り返しているのは同じ一つの操作である。二つの異なる解像度を同時に持ち、その差分を埋める。品質改善も、個人の成長も、戦略立案も、この操作の別名にすぎない、というのがこの回の到達点である。
この議論は、一人の参加者の実務的な悩みから始まった。医療分野でロボット手術に関するデータを集め、学会で発表しているという参加者が、次のように問いかけた。
「自分がやっていることを仮説検証して、それに合わせてデータを構築して、学会で発表してくる。でもそれが本当に正しいことなのかどうか、その根本的な定義や設定が正しいかどうか。ロボットで手術をすることはコストがすごくかかるんですけど、それは違うんじゃないかという人たちもいるんですよ。この生命合いのときに、僕はそれが正しいと言っているからこのデータを出してこういうことが正しいと説明しているんですけど、そうじゃない視点から攻められたりしたときに、それって本当に正しいのかと振り返ることはあるんですけど」。
この問いに対する補講者の応答が、弁証法の実務的な使い方だった。「置き換えたときに弁証法を使えばいいんですよ。〇〇さんの言っていることが正、向こうの言っていることがアンチテーゼだったときに、ジンテーゼが何なのかを考えるところで説得性が増す、というのがセンスメイキング論のところに書かれます」。
講師は自身の立場を明確にした。「僕らはアナログのデータがないと何も物が言えないので」。参加者も「仮説検証の仮説をしてこういうことをやっているというイメージがあった中で、ひたすら今やっているデータをまさに集めて、それをガッチャンコして自分たちが言いたいことに設定をする。論文を書くなんてまさにそういうことなので、それをやるのは当然なんだろうなとは思いますけど」と応じている。
センスメイキング(sensemaking)はカール・ワイクの用語で、1979年の『組織化の社会心理学』および1995年の『Sensemaking in Organizations』で体系化された。不確実な状況に対して事後的に意味を与え、行動可能にする組織的な過程を指す。「正しさ」が事前に決まっているのではなく、行為と解釈の往復のなかで納得可能性(plausibility)として構成される、という点がこの議論と対応している。
弁証法(テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ)については、この勉強会シリーズの別の回でソクラテス・ヘーゲル・マルクスの三系譜として扱われている。なお、この三段階の定式化はヘーゲル自身の用語ではなく、フィヒテおよびハインリヒ・モーリッツ・シャリベウスによる整理が広まったものである点は、しばしば指摘される論点である。
講師は商品開発の文脈でこの二種類を定義した。「営業をしていって物を売ります。これはアナログデータですよね。今度、広告を打ちます。これはマクロデータになりますよね。この二つには絶対に隔たりが生まれてくる。でも最終的に持っていきたいのはマクロなわけじゃないですか。このアナログ埋めが、僕は品質改善だと思っています」。
参加者がこれを言い直した。「アナログは今自分の立っている立ち位置を明らかにして、マクロというのは目標があって、ここの差をどうやって埋めるかという話だと理解するんですね」。講師は肯定し、さらに念を押した。「今の自分の場所が分からなかったらどうやって進むのかという話ですし、マクロがなければどこに行くんですかという話なんですね」。
自分の足で集めた一次情報。営業で直接聞いた顧客の声、身内のテスト結果、現場での観察。
教えてくれること:自分が今どこに立っているか。
弱点:バイアスがかかっている。サンプルが偏っている。
統計、市場全体の数字、広告を打った反応、学術的な理論体系。
教えてくれること:どこへ向かうべきか、市場全体はどうなっているか。
弱点:自分の固有の状況を教えてくれない。ファンを作れない。
講師はさらに、両方を欠いた場合に何が起きるかも示した。「アナログだけ取っていたらどうなのかという話です。市場を無視しているじゃんという状態なんです。じゃあマクロだけ取っていたらどうなのか。ファン作りをどうするのってなってくるんです」。
講師:「マクロデータは持っているよ、プレゼンだからね。だけど自分たちのアナログデータは持っていないということは、じゃああなたの会社はどこからどこに行くんですかが投資家に見えないわけなんですよ。そんなところに誰が投資するんだという話になってくる」
逆に、アナログデータを持っていれば「自分たちが欠落しているところが何なのかがはっきり見える」。だから「それを改善する能力があるのであれば、それは投資したい」となる。埋めるべき隔たりが具体的に見えていること自体が、投資判断における説得力の源泉である。
講師は、この方法論を個人の成長にそのまま適用した。「自分がイーロン・マスクみたいになりたいとなったときに、自分の今やっている生活習慣のデータと、イーロン・マスクみたいなやつのパターンデータをやったときに、何が違うのか埋める作業だと一緒です」。
より具体的には、「素晴らしい経営者になりたい。じゃあGAFAとかマグニフィセント・セブンの経営者みたいになりたい。彼らの生活や、どういう仕事の体制をしているのか。7人いるんだったら7人の行動パターンを全部分析して平均値化してみました。これに対して自分の行動パターンがどれくらい隔たりがあるのか。まずやってみようということは何なのか。そこのパラメータを埋める作業に入っていくところが自分の成長になる」。
講師は、なぜ順序としてアナログが先なのかを説明した。「まず合理的なのは何かというと、自分の商品のファンを作ってしまうこと。いきなりマクロで全員アンチになる可能性があるので、その防波堤としてもファンを作っておく。アナログで作っておいて、そこでのフィードバックと実際に出したもので違いを見る」。
そしてこの回でもっとも記憶に残る例が出てくる。
「必ず知り合いが作ったパンがうまいかというと、うまくないけどうまいと記載してくれるわけなんですよ。で、これが実際のもので、実際じゃあパンをネットで売ってみましたというときに、このパン、あんまりうまくないという状態になる。じゃあこの人たちは、なぜこれがうまいと言ったのか。バイアスがかかっている状態なんですよ。このバイアスを取り除いた上で、じゃあどうやってここに持っていくのかを考えるということがものすごく重要だよね、というのが、おそらく製品の品質改善やサービスの品質改善のところに繋がってくる」
講師はもう一つ、別の単位で同じ構造を示した。「クラス、中学校のときに、学校で一番かわいい子がいました。これがアナログデータですよね。その子を芸能界にぶち込みましたというときに、ブスですと言われました。じゃあその中で、その人たちが見ていた世界って、その子はなぜかわいいのかと言ったけど、学校だとかわいかったけど、現場に行ったらブスでした。じゃあ何を変えれば綺麗になるのかが初めて分かるんですよ、そこで」。そして髪型、体重といった具体的な改善項目が出てくる。「そこで初めて改善されて、その人は綺麗になっていく。同じ理論だと思うんですよ。サービスでも同じようにやっていく。必ずアナログ調査から始まるんでね」。
知人からのフィードバックが好意的に歪む現象は、複数の既知のバイアスの合成として説明される。①社会的望ましさバイアス(social desirability bias)――回答者が相手に好ましく見える回答を選ぶ傾向。②選択バイアス――そもそも知人という時点で、対象への好意的な事前態度を持つ集団に偏っている。③要求特性(demand characteristics)――被験者が実験者の期待する回答を推測して答える傾向。
リーン・スタートアップの文脈でも、エリック・リースは初期の顧客インタビューが「知人の善意」に汚染されることを繰り返し警告している。また『The Mom Test』(Rob Fitzpatrick, 2013年)は、この問題への対処法だけを扱った実務書で、「意見を聞かず、過去の具体的行動を聞け」という原則を提示している。講師の「バイアスを取り除いた上でどうやって持っていくか」という課題設定は、この系譜と一致する。
講師は、この作業が一回で終わらないことを強調した。「Aという商品があって、1回目のマーケティングがうまくいって全体で広がりました、めっちゃ売れました。ただこれをずっと使わせていたら人は飽きますよね。ということはさらに改良版を作らなきゃいけない。これに対して改良版をいきなり全員にばら撒きますか」。答えは「身内から試させる」である。「身内でテストしました、良かったです。じゃあ市場に流しました。またそこに対して市場の反応が違いました。またそこを埋めに行きます。埋め終わった、改善が終わりました、売ります。まためっちゃ売れました、の繰り返しでしょ、という話です」。
講師は、この構造の実例として生成AIの普及過程を挙げた。「Microsoftが営業をかけていった人たちはどういう人たちなのかという話なんですけど、自分たちの近くの顧客なんですよ。すなわちMicrosoftの近くの顧客って誰ですか。クソ優秀なやつなんですよ。そりゃあ使いやすいよね、となるんですよ。もっと優秀なんだもん」。
そして市場に出したときに何が起きるか。「実際にChatGPT自体を世界中で使いましたというと、AIが使えない人からすると難しいという人もたくさんいたわけなんですよ。で、そこから何かというと、キャズムになるポイントが見つけられるんですよね、初めて」。
キャズムが見つかれば、そこを埋める作業に入れる。「これがChatGPTやAIのインターフェースのところの使いやすさに変わっていって、もっと人が使えるように改善していくことによって、ChatGPTがさらに人に使われるようになりました。これはClaudeも同じわけなんですよ」。
キャズム(chasm)は、ジェフリー・ムーアが1991年の著書『Crossing the Chasm』で提示した概念である。エベレット・ロジャーズの普及理論(イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガード)を土台に、アーリーアダプターとアーリーマジョリティのあいだに深い断絶があると論じた。前者は技術そのものに価値を見出すが、後者は既存業務での実用性と安全性を求めるため、同じ製品でも購買動機がまったく異なる。
講師の指摘の要点は、キャズムは市場に出すまで見つけられないという点にある。アーリーアダプター(=Microsoftの近くの優秀な顧客)だけを見ていると、断絶の存在自体が観測できない。ここでもアナログ(身近な一次情報)とマクロ(市場全体)の両方が必要だという同じ構造が繰り返されている。
なおキャズム理論そのものは、この勉強会シリーズの別の回でも扱われている。この回での新しさは、それを「二種類のデータの隔たりを埋める」という一般的な操作の一事例として位置づけ直した点にある。
講師は自身の輸出業の経験から、メーカーの対応姿勢を比較した。前提として、「客は文句しか言ってこない。基本的に『あなたの商品は素晴らしいです』と言うと同時に、『でもこういうところを直してほしいんです』と絶対に言ってくる」。
そのうえで、対応の速度が国によって決定的に違うという。
「製造業なども含めて、中国の対応がクソ早かったんですよ、昔から」
「こういうところがお客さんが気にならないらしいです、とか、こういうところがちょっと音が鳴っちゃって、削れちゃって、みたいな話をすると、中国の場合はすぐ大体ポンと用意してくるんですよ。月までの期間である程度修復してくる」
「日本のメーカーさんって王様なので、何を言ってくるかというと、『いやでもテストではそういう数字が出ていないので』って言ってくるんですよね」
同席者の証言:「そっちが悪いみたいな言い方をされるので、腹は立ちますね」「我々のほうが正しいので、それにそっちが合わせてくださいの対応なので」
講師:「会話にならねえや、という。いや、客がそう言っているんだから、みたいな」
「テストではその数字が出ていない」という応答は、マクロデータ(自社の試験結果)だけでアナログデータ(顧客の現場の声)を否定している状態である。この回の枠組みで言えば、隔たりを埋めるのではなく、片方を無効化することで隔たりの存在自体を消している。
したがって講師の批判は、日本企業の技術力や誠実さではなく、二つのデータのどちらが上位かを決めてしまう姿勢に向けられている。隔たりを埋める作業が発生しないので、品質改善のループが回らない。
講師は、改善速度の重要性をOSの例で示した。「AppleやGoogleがなぜ優秀なのかという話なんですけど、OSを改善したときに評判が悪かった瞬間にすぐ改善してくるでしょう。またアップデートがすぐ行われるみたいな。これなんですよ」。そして対比としてWindows Vistaを挙げた。「WindowsからMacに移っていった人の問題は何かというと、スティーブ・バルマー時代にWindowsのアップデートが弱かったんですよね」。
ここから参加者との間でWindows XPへの賛辞が交わされる。「XPが一番良かった」「あれは無敵でした」「未だにあれを超えるOSがあるのかというくらい」。そしてVistaへの評価。「みんなVistaがクソだって文句を言っていました」。
講師はVistaの問題を四点に整理した。
| # | Vistaの問題(講師の説明) | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | ドライバーの互換性 | 既存の周辺機器が動かない事例が多発した |
| 2 | セキュリティ強化のしすぎ | システム変更のたびに確認ダイアログが出て許可を求める仕様に、当時のユーザーが慣れていなかった |
| 3 | ハードウェア要求の増大 | 「XPのほうが軽かった。Vistaはハードを積み込みすぎた」 |
| 4 | 初期の不具合 | 「初期めっちゃバグだらけだった」 |
そして講師は、Windows 7の位置づけを説明した。「セブンって何かというと、Vistaを改良してもっと軽くして作ったのがセブンですからね」。
Windows Vista(2007年1月一般提供開始)の不評の要因として一般に挙げられるのは、まさに講師が挙げた四点である。ドライバーモデルの変更(WDDM等)により発売当初は対応ドライバーが揃わず、周辺機器の互換性問題が広範に発生した。新導入されたユーザーアカウント制御(UAC)は、システム変更のたびに確認を求める設計で、頻度の高さから批判を集めた。要求ハードウェアスペックがXPから大幅に上がり、当時の一般的なPCでは動作が重かった。
Windows 7(2009年)は、Vistaのカーネルを土台としつつ、UACの通知レベルを調整可能にし、パフォーマンスとドライバー互換性を改善したものである。「Vistaを改良して軽くしたのがセブン」という講師の説明は正確である。
この場面で、参加者の一人が「Vistaはわざとああいうぶっ飛んだことをしてきたのではないか。一度Vistaを挟んで、悪い反応を見て、それを踏まえてWindows 7を出し、XPから次のステップに行くための中継に使っているのでは」と質問した。
講師は「違う」と即答したうえで、質問の構造そのものを指摘した。「その答えでは誰も答えられないですよ」「2択しか聞いていないのに、なんでその答えになるんですか」「2択で、なんで全然関係ない話になるんですか。全然キャッチボールになっていないです、話が。話をまず聞いていますか、ということです」。同席者も「会話が成り立っていないので、よく言っている意味が分からない」と述べた。
「わざとやってきたんですかということ自体が、ちゃんと理解した上で聞いてきていたらすごくいい質問だったんですけど、全く知識がなくて、ただひねくれた、ひねった質問をすればオッケーなんじゃないかという風潮を作るのは良くないと思っていて」
「ある程度、基礎があるからね、ひねった質問とか、僕がよく〇〇さんにしたりとか、〇〇さんもひねってきて質問するのは分かるんですけど、根本知識がなくて、ただひねった質問をしてきたら、ただのバカだと思われるからやめたほうがいいですよ。まず質問の正当性になる質問の練習からしたほうがいいんじゃないかな」
ただし講師は同じ回の中で、質問した参加者に対して「ナイスチャレンジです。僕はそこは評価します」「そうやってボコボコにされて、どんどん質問力を上げていけばいい」とも述べており、質問すること自体は明確に肯定している。
この指導内容は、講師の言う「アナログデータを持て」という主張と正確に対応している。基礎知識(マクロ)を持たないままひねった質問(アナログな切り口)を出しても、それは隔たりを埋める作業にならない。二つが揃って初めて、質問は情報を生む。
データサイエンティストの参加者が、「研究開発というアナログな部分を製品として持っていく循環のところで、下部構造と上部構造のあいだにいるところが必要になってくる。いわゆる三角形みたいな関係が必要になってくる」と述べ、以前一緒に訪問した台湾の新竹サイエンスパークの話を持ち出した。
講師はまず前提を説明した。「台湾は世界でも半導体を製造している国ですよね。TSMCがあるから。あそこという国が異例なんですけど、半導体の意思決定に関しては政府が持っていなくて、新竹サイエンスパークとか国家発展委員会みたいな特別機関が決裁権を持っているようなイメージなんですよ」。
訪問は6名で行い、パスポートも身分もすべて調べられ、許可が出るかどうかという手続きを経たという。「というくらい重要な機関なんですよ」。
「いろんなスタートアップ企業とかを色々見させてもらったんですけど、金融機関と大学と企業が全部歩いて繋がる距離になっていて、あれってまさに品質改善のエコシステムができあがっているわけじゃないですか。だからまさに、あれこそが仕組み化・システム化だと思っているんですよね」
「開発もできるし改善もできるし、調達もできるみたいな循環性があるからこそ、その商品自体がアップデートしていくよね、というのを街で作っちゃっているよね、という状態になっているのが新竹サイエンスパークだと思うので、その辺は多分日本より全然進んでいるんじゃないか」
訪問時に講師が指摘したのは、弱点だった。「確かに研究所と企業自体はすごい。研究者や教授といったところと企業は強いけど、ファイナンスの部分が弱いよねというのはかなり指摘したんですよね、台湾に対しても。そこがもし出来上がるのであれば、ものすごい改善システムができあがってくるので、台湾のこの製品自体の品質は上がるよ、という話もかなりしてきた」。
そして講師は、三つの要素を整理した。「企業はアナログを取れるし、研究所はマクロを取れる。データの詰め合わせはできるわけじゃないですか。で、あと必要なのは資本なんですよね。この資本の部分がしっかりと合致してくると、商品自体のアップデートのサーキュレーションが早くなる」。
新竹科学園区は1980年に設立された。近隣に国立陽明交通大学(旧・国立交通大学)と国立清華大学があり、これらが人材と研究を継続的に供給する構造になっている。2026年の年間総売上は1.8兆台湾ドル(約569億米ドル)を超える見込みで、500社超のハイテク企業が入居し、16万人以上が就業している。
主要企業はTSMC(世界のファウンドリ市場シェア66%超)、UMC、MediaTekなど。スタートアップ支援ではTaiwan Startup Terrace、Taiwan Tech Arena(TTA)、500 Startupsなどがメンタリング・資金・リソースを提供している。NVIDIA、AMD、Microsoft、Amazon、Googleがインキュベーターとして参加しているという講師の指摘とも整合する。
「メーカー・サプライヤー・研究機関・大学を近接配置する」というサイエンスパーク・モデル自体が台湾の設計思想であり、講師が「街で作っている」と表現した構造は、意図的な政策設計の結果である。ファイナンス機能が相対的に弱いという講師の指摘については、台湾のVC市場規模が米国・中国と比べて小さいことは事実だが、それが具体的にどの程度のボトルネックになっているかについては、公開情報からの定量的な裏取りができなかった。要確認
データサイエンティストの参加者が、事業相談を受けるときに「どちらか一方に偏っている」ケースが多いと述べたのを受けて、講師は年齢別の傾向を示した。
「アナログデータは強いけど、デジタルデータが超弱い。マクロデータが」
長年の現場経験から一次情報は豊富だが、統計や市場全体の数字への接続が弱い。
「マクロフードのデータが強いのはあるんですけど、マクロじゃないという。マクロじゃないけど、マクロだと彼が思っているのはあるんですけど、アナログが弱い」
講師の評価:「僕からするとあれはマクロデータでも何でもないですね。ただのギャンブリングデータです」
講師は「彼らはマクロだと思っているらしいですけど、僕はマクロデータだと思っていない」と繰り返したうえで、なぜアナログ強化を先に勧めるのかを説明した。「なぜアナログにこだわるかというと、このなんちゃってマクロみたいなものが強すぎるので、まずアナログを鍛えたときに、なんちゃってマクロデータ自体にも追いつけるよね、うわ、飛び越えられるよね、というのでアナログ強化しろというのはまさにそこです」。
「45歳以上はアナログ強・マクロ弱、20代はその逆」という年齢別の切り分けは、講師自身が事業相談の実務から得た観察であり、統計的な裏づけを持つ主張として提示されているわけではない。要確認
ただし、講師が「なんちゃってマクロ」「ギャンブリングデータ」と呼んでいるものの正体は推測できる。SNS上の断片的な数字、出典不明のグラフ、集計方法が確認できない調査結果などが、統計的な代表性を持つデータと区別されないまま流通している状況を指していると読める。この批判は年齢層とは独立に成立するもので、年齢別の傾向という形にしたのは講師個人の経験則である。
講師はこの日の議論を、より高い抽象度でまとめ直した。「今日言った清華大学のAIの論文も見まくっていたら、すべて学問を横断しているよねというのを、まさに『関係ないよね』と思ったから、実は関係しているものしかないという。関係ないというのは、想像性が欠落しているのと同じなんですよね、学問の上で」。
例として挙げたのが経営学と生態学である。「経営学と生態学を結びつけること自体がそもそもよく分からない、という人もこれは想像性がないわけじゃないですか。会社に寿命があるように、動物にも寿命があるということは、同じ理論で説明できるポイントがあるわけですよ」。
そして具体化する。「動物自体が長生きするためには何、人間が長生きするためには何をするのかと同じように、例えばゲノム編集して若返らせるとか、血を綺麗にするとか、臓器を取っちゃうほうが良かったよねとか、これも長生きする秘訣なわけじゃないですか。同じようにこれって生体で使えるように経営学の中でも使えますよね。例えば会社の中身の循環を変えるとか、人を入れ替える。これは臓器を入れ替えるのと同じなんですよ」。
参加者が「あまりにも例がドラスティックすぎてびっくりしていますけど、すごく分かります」と応じ、講師は「これはエコロジー理論というやつで、実際にある理論なんですよ、経営学の中で」と述べた。
講師が「エコロジー理論」と呼んだのは、組織エコロジー(organizational ecology)/個体群生態学(population ecology)と呼ばれる経営学・組織社会学の一分野である。マイケル・ハナンとジョン・フリーマンが1977年の論文「The Population Ecology of Organizations」(American Journal of Sociology)で提示し、1989年の『Organizational Ecology』で体系化した。
この理論は、個々の組織の適応能力ではなく、組織の個体群(population)レベルでの淘汰・生存・死亡率に着目する。構造的慣性(structural inertia)により組織は容易に変われないため、環境変化への適応は個体の変化ではなく個体群の入れ替わりによって起こる、という主張が中核にある。生物学の生態学から概念を輸入した点で、講師が挙げた「経営学と生態学の接続」という例そのものである。
したがって講師の「実際にある理論なんですよ」という発言は正確である。ただし、講師が挙げた「臓器を入れ替える=人を入れ替える」という比喩は、組織エコロジー理論の中核命題(個体の適応より個体群の淘汰)とはやや異なる方向を向いている。組織エコロジーはむしろ「組織は簡単には変われない」という慣性の側を強調する理論である。
ここで補講者が、「なぜアナログと柔軟性と面白さがリーダーシップに繋がるのか」という参加者の問いに、まったく異なる高度から答えた。
「僕たちがそこの計画モデルに見ているようなモデルというのが、結局は近代物理学じゃないですか。それに対して、それが結局プラトンモデルのデミウルゴスなんですよ」。参加者が「デミウルゴスって何ですか」と問い返し、補講者は「宇宙の創造者です」と答えた。
説明はこう続く。プラトンは、宇宙がどう発展し、我々がその宇宙の作り上げた構成=秩序(コスモス)をどう認識しているかを論じるにあたって、まずマクロレベルのモデルを作った。「それについて自分たちの持っている世界というものを対比して論じるというやり方がプラトンモデルなんですよ。ですから学問においては中心的な問題なので、これは一番説得力がある問題なんです」。そしてガリレオによって近代物理学がこのモデルをアリストテレスから再導入したため、この構造が通用することがリーダーシップの説得力につながる、と補講者は述べた。
参加者が「よく分からなかったので、もう少し分かりやすく」と求め、補講者は言い直した。「人間は神ではないので実際的真理には到達できないんですけども、ただモデルというものを作ることによって、推論がどのようにできるかというマクロレベルを作った。これがイデア論なんですよ」。マクロなモデルと自分たちの世界とを対比するというモデル自体が普遍的なモデルなので、これは説得力を生む議論になる。「マクロとミクロモデルの対比がなぜリーダーシップに繋がるのかというと、こういった議論の土台が埋め込まれて僕たちは理解しているんですね。その埋め込まれた理論の土台が物理学にはめ込まれているから、それが経済学の理論として僕たちは理解できるんですよ」。
デミウルゴス(Demiurge)は、プラトンの対話篇『ティマイオス』に登場する製作者としての神である。無から創造するのではなく、既存の混沌とした素材にイデア(形相)を範型として秩序を与える存在として描かれる。ここが重要な点で、補講者も後段で「物質は変えたわけじゃないんですよ。ただそこに秩序を付与したというところがある」と正確に述べている。
イデア論は、感覚で捉えられる個別の事物とは別に、完全で不変な形相(イデア)が存在し、事物はその不完全な模像だとする理論である。補講者が「人間は真理には到達できないが、モデルを作ることで推論できるマクロレベルを作った」と説明したのは、この構造を認識論の道具として読み直したものである。
なお、ガリレオがアリストテレスからモデルを再導入したという補講者の説明については、科学史上はより複雑である。ガリレオはむしろアリストテレス的自然学(目的論的説明、天上界と地上界の区別)を批判した側であり、数学的自然観という点ではプラトン主義の影響を受けたという解釈が一般的である。ただし「自然を数学的に記述できるという前提そのものが古代から継承された」という趣旨であれば、補講者の主張は成立する。要確認
講師はこの議論を引き取り、「一番大きな理想形態は何なのかというときに、理想形態は地球上にないから、宇宙から作っていったらその理想形態に近づくんじゃないかという前提があるわけなんですよ。で、そこの対比の部分の穴は何なのかという話なんです」と、この日ずっと使ってきた「穴埋め」の枠組みに接続した。
そして最も抽象的な定式化に至る。「例えば宇宙ができました。何もない状態ですが、これが何もないものが一番の最強の秩序なんですよ。なんで、何も起きないんだもん。ただこれがどんどん仮想化に行ったりすると、それ自体が乱れてくるので、それを埋め合わせに入ることが実際のルールの変更だったりする」。
「すべてこの上部構造と下部構造というのは、すべてこの埋め合わせの作業になってくる。埋め合わせの作業がうまくいくからこそ、この人は成長するし、経済基盤とか経営基盤とかもこうやって成長していくよね、という流れになってくる」
「成長しない人間って何かというと、その埋め合わせをしないことと無秩序なんですよ。最強の秩序は何もないのが最強の秩序ですから。それをどうやって秩序を上げていくのかというところは、まさに成長以外と埋め合わせ以外はないわけじゃないですか」
「その秩序というものの隔たりを埋めるためにというところで、そこにこだわりを見せた瞬間に、その人の成長は止まるんですよ」
参加者が「今の話だと、1から0にするということですか」と問い、講師は「その表現はその表現で面白いかもしれない」と応じた。「0が一番安定しているので。どうしてもエントロピーで散らかっていっちゃうから0でいられなくて1になっちゃう、というのが0なんだよ、という話になっていくのかな」。補講者も「カオス的な物質の動きに対して必然を与えるということなので、まさにその通りだと思います」「その秩序を与えたところにコスモスができ、宇宙論ができる。物質を変えたわけじゃないんですよ。ただそこに秩序を付与した」と補強した。
最後に講師は、この宇宙論スケールの議論を、より実務に近いスケールに降ろした。「すべての戦略ってどこから始まるかというと、地形から始まるわけじゃないですか、人間のマクロ的に言うと」。
順序はこうである。地形から始まって、気候から始まって、周辺国で戦略が決まって、民族性で戦略が決まって、その後に産業で戦略が決まって、その後に歴史が決まって、その後に政治統制という統治体制が決まっていく。「これで僕らの社会が成り立っているわけなんですよ」。
具体化も添えられた。「気候によって育てるものが変わるわけじゃないですか。南国だったらパイナップルだけど、ちょっと寒かったらリンゴが育つよね、みたいな。で、食い物によって人間も変わってくるわけなので、地形から大体説明できるわけなんですよね、戦略って」。
この場面で提示されたのは、同じ「戦略の起源」を三つの解像度で見る階梯である。
①一般的な解像度:産業や競争環境から戦略を考える。
②講師の解像度:地形と気候から戦略が決まる。産業はその結果でしかない。
③補講者の解像度:宇宙の創造と秩序の付与から始まる。地形の話は、この視点からはすでにミクロである。
講師はこれを明示的に指摘した。「地形から戦略が始まるよねというのも、渡辺さんの思考の中だと、あれ、それもうミクロなんですよ」。参加者たちにとってのマクロが、別の人にとってはミクロになる。この階層の相対性こそが、この日ずっと語られてきた「上部構造と下部構造はどのスケールにも存在する」という命題の、最も鮮やかな実演になっている。
講師は最後に、経済学における簡便な定義も提示した。「経済学の部分だと、金が回るところだけを、一番金が上で回っているところをマクロと定義すればいいだけです」。
12月13日:営業の勉強会(都内)――有志を集めて開催。場所と時間は追って決定し、Discordで参加表明を受け付ける。講師は「どれくらい厳しくしてほしいかによって変えます」と述べている。
12月4日・11日:Zoomフェス――2日に分けて開催。プレゼンテーションを学びたい人向け。複数名が登壇予定。
12月18日――講師が外部の打ち合わせを予定していると開始前の雑談で言及。