ワルラスの一般均衡論を、教科書的な数式解説ではなく「どんな時代背景が、どんな問いを生んだのか」から読み直した回。パレート最適とパレート改善の決定的な違い、そして部分均衡/一般均衡を市場分析ではなく思考の型として使う読み替えが、この日の中心にあった。
この日の講義は、限界革命の三人のうちの一人として名前だけは知られているレオン・ワルラスを取り上げながら、その中身の解説にはあえて深入りしなかった。講師(前田氏)が冒頭で断ったとおり、「限界」や「効用」の話に入る前に、そこへ至るための前提のほうがはるかに重い、という判断である。前提とは何か。ワルラス以前の経済学が暗黙に置いていた二つの仮定――市場は一つだけ見ればよい、そして商品は作れば売れる――この二つを、ワルラスがまとめてひっくり返した、という構図そのものが前提だ、というのが講義の出発点だった。
そこから話は自然に、なぜワルラスがそんな発想に至れたのか、という背景の探索に向かう。講師はここでデカルトとラボアジエの名を出す。運動量保存則・質量保存則、つまり「途中で何が起きても、前と後で全体量は変わらない」という自然科学の型が、そのままワルラスの法則――全市場の超過需要の総和はゼロになる――に写し取られているのではないか、という読みである。ワルラスが「経済学を科学にした人」と呼ばれるのは、単に数式を使ったからではなく、まず理想状態を作り、そこで理論化し、それから徐々に現実に近づけていくという自然科学の作法を経済学に持ち込んだからだ、と講師は整理した。
講義の後半は、参加者の質問が主導した。「売れ残りの量と品不足の量が一致する、というのがどうしてもイメージできない」(小畑氏・前田氏)という素朴な引っかかりが、結果としてこの回で最も価値のある議論を引き出す。答えは、そもそも一つの市場だけを見ているから一致しないように見える、という一点に尽きた。そしてその説明を成立させるために、パレート最適の話が急遽差し込まれる。ここでマイキー氏が持ち出したのが、「パレート最適とは、誰かを泣かせないと他の誰かを幸せにできない、一切の無駄がないギリギリの状態のこと」という強い言い換えであり、さらに「これは有るか無いかの話であって、公平か平等かの話ではない」という決定的な補足だった。
もう一つ、この回でしか出ていない論点がある。中川氏の「なぜワルラスとパレートで発想が違うのか」という問いに対して、マイキー氏が返した技術史からの読みだ。人間の技術史とは自然現象を否定していく歴史であり、食べ物は自然に置けば必ず腐る。焼く・塩漬けにする・漬けるという保存技術は、その腐敗という自然を遅らせるための否定行為だった。だが19世紀には冷蔵庫がなく、今日食べなければ明日は食えないかもしれない。だからこそ「今この瞬間に、余りも不足も残さず配り切る」という最適化の発想が理論として生まれた――という説明である。逆に言えば、保存も先物も保険もある現代人がワルラス均衡とパレート最適をどうしても腑に落とせないのは、自分の時代の頭で読んでいるからだ、という診断になる。
この回のワルラスは、経済学史の勉強ではなく思考の型の話として語られていた。部分均衡分析=「これは自分に関係あるが、これは関係ない」と勝手に線を引く、木を見て森を見ずの思考。一般均衡分析=「数学をやっているが心理学も社会学も連動している」と全体を一つのシステムとして見る思考。講師が繰り返し戻ってきたのはこの対比であり、講義の終盤で渡辺氏に向けて「思考的には部分均衡分析から一般均衡分析へシフトチェンジしない限り無理」と言い切ったところで、この日の理論パートと後半のリーダーシップ論が一本の線でつながる。
講師はまず、ワルラスの出自を二段構えで押さえた。生まれはフランス、活躍したのはスイス。そしてこの人物に影響を与えたのは、経済学者ではなくデカルトとラボアジエではないか、という仮説を提示する。デカルトの運動量保存、ラボアジエの質量保存。どちらも「ビフォー・アフターで全体量が変わらない」という構造を持っている。途中で何が燃えようが何が動こうが、全体としての量は前後で保存される。この構造は、ワルラスの法則の形――全市場を合計すれば超過需要と超過供給が打ち消し合ってゼロになる――と、確かによく似ている。
ここから講師は、ワルラスの方法論を「理想的なモデルから理論を発展させる」と要約した。これはしばしば「そんなこと現実に起こらない」と批判される。だが自然科学でよく使われる方法はまさにそれで、理想的な状態をいったん作り、そこで理論化し、そのうえで徐々に現実の条件を足していく。この作法をそのまま経済学に持ち込んだから、ワルラスは「経済学を科学にした人」と呼ばれる、という説明である。
レオン・ワルラス(Léon Walras, 1834–1910)はフランス生まれの経済学者で、1870年にローザンヌ大学の経済学教授に就任した。主著『純粋経済学要論(Éléments d'économie politique pure)』の第1部は1874年、第2部は1877年の刊行である。第1部が交換の理論、第2部が生産の理論を扱う。連立方程式の体系で複数市場の価格と数量が同時に決まる仕組みをモデル化し、限界効用を「稀少性(rareté)」という語で表現した点、および価格が模索(tâtonnement)によって調整されるとした点が、この著作の骨格をなす。
講義では「お父さんは法学者」と紹介されたが、公開情報上の父アウグスト・ワルラス(Auguste Walras, 1801–1866)は学校行政官かつ経済学者と記述されるのが一般的で、「法学者」という職業規定は正確ではない要確認。ただし発言の実質的な中身、すなわち「息子は父から労働価値説への疑問を受け継いだ」という点は裏付けが取れる。アウグストは当時の価値理論を批判的に検討したうえで、稀少性こそが価値の唯一の有意な原因であるという結論に達しており、効用と稀少性を価値の源泉と考えるという発想自体が父のものだった。息子に文学の道をやめさせて経済学へ、しかも数学重視で進ませたのも父である。「今までの価値観に疑問がある家庭環境」という講義の描写は、この点では的確といえる。
講師が整理した「これまでの経済学の前提」は二つだった。第一に、単一市場。どこか一つの市場にフォーカスを当てて分析する。第二に、商品は作れば売れる。ワルラスがやったのは、この二つをほとんど疑うことだった、と講師は言う。前提をいったん見直したうえで、前提そのものをひっくり返しにいく。
現実には、複数の市場があって相互に影響を及ぼし合っている。一見まったく関係のない市場でも影響がないとは言えない。ゲームの市場とラーメンの市場は関係ないか――関係はある。ということは市場同士の相互作用を見なければならない。そして商品には、実際には余る商品と足りない商品が出てくる。この余りと不足がどう動き、どう影響を与えるのかも考えなければならない。この二つの問いから理論が組み立てられていく。
従来の経済学はソロで歌っている人を分析するイメージだった。この人がどうすれば歌がうまくなるか、この人の歌い方はどういうものか。それに対してワルラスが提唱したのは合唱に近い。Aさんのパート、Bさんのパート、Cさんのパート、Dさんのパートがあって、これらがどう相互作用して一つのハーモニーを作り出すのか。この比喩は、後半のリーダーシップ論で「組織全体をシステムとして見る」という話に接続していく。
講義で示された骨格は単純だった。市場A・市場B・市場Cがあるとして、全体の需要はA・B・Cの需要の合計に等しい。全体の供給もA・B・Cの供給の合計に等しい。そして全体の均衡はA・B・Cそれぞれの均衡から成る。一か所だけバランスが取れていればいいのではなく、すべてがバランスしていなければ全体のバランスは取れない。
ここで講師は重要な注意を挟んでいる。すべての均衡が合致する点が存在することは、ワルラス自身においては前提であって証明ではなかった。この時点では証明されていない。だが後から証明されている、と。この「後から」がアロー=ドブリューを指す。
そして実務的に効いてくるのが、超過需要と超過供給が一致するという主張である。売れ残りと品不足は一致する。理想的な状態においては、この売れ残りと品不足はすべて解消される。この構造があるからこそ、市場A・Bの需要と供給が把握できていてCが分からない状態でも、連立方程式でCを導き出せる。一か所だけ分からなければ、他がすべて分かっていれば計算で出せる、という結論になる。
講義では「ワルラスはクールノーにかなり影響を与えられている」と述べられ、「クールノーとベルトランと言えばすぐ思いつくはず」と参加者に振られたが、両者の対比そのものは今回の講義では展開されなかった。この点は補っておく価値がある。
公開されている経済学史の記述によれば、ワルラスが設定した主要な目標はアントワーヌ・オーギュスタン・クールノーが提示した問題を解くことだった。その問題とは「一般均衡は存在するのか」である。個々の市場で価格が需給を一致させること(部分均衡)はすでに示されていたが、すべての市場について同時に均衡が存在するかどうかは不明だった。ワルラスの連立方程式体系は、この問いに答えるための装置である。つまりクールノーの影響という講師の指摘は、単なる思想的影響ではなく、問題設定そのものの継承という強い意味を持つ。
クールノーが1838年に刊行した『富の理論の数学的原理に関する研究』は、複占において企業が数量を戦略変数として競争するモデルを提示した。これに対しジョゼフ・ベルトラン(Joseph Bertrand, 1822–1900)は1883年、『Journal des Savants』誌上でクールノーとワルラスの数理経済学の著作を書評し、企業が競争するのは数量ではなく価格ではないかと批判した。同質財・一定単位費用の下で価格競争を行えば、値下げの応酬が起きて価格は限界費用まで落ちる、というのがベルトランの指摘である。同じ複占でも、数量競争(クールノー)では価格は独占価格より低く限界費用より高い水準に落ち着き、価格競争(ベルトラン)では完全競争と同じ帰結になる。動画タイトルにこの二人の名が入っているにもかかわらず、本編でこの対比が講義されなかったのは事実として記しておく要確認。
小畑氏の質問――パン屋が大量生産して余ったとしても、不足はしないのではないか――に対する講師の答えは即座だった。「市場を一つで見ていないからです」。一軒のパン屋で品が余っていても、二軒目のパン屋では品不足になっていることがある。要は足りないという需要が来ている。これがバランスを取る、というのが最終的な結論なのだ、と。
ここから、この日の議論は最も生産的な局面に入る。マイキー氏が引き取って、部分均衡分析と一般均衡分析の違いを一気に具体化した。りんご市場だけを見て、みかん市場には影響しないと仮定して分析するのが部分均衡分析である。パンが店頭で余った――確かに余る。だが「店ではなく路上で売れば全部売れるのでは」という考え方を持っていない状態、それが部分均衡的な思考だ、と。
そして話は連鎖する。店内で100円で売っていたパンが在庫として余ったので、外で80円で売った。すると、いつも90円のホットドッグで朝食を済ませていた人が80円のパンを買ってしまう。90円のホットドッグは売れなくなる。りんごの値段が上がればみかんが売れる。みかんが上がりすぎれば次はりんごが売れる。りんごが上がって売れれば農家が儲かり、トラクターを買えるようになって生産量がさらに上がる。すべてが連動している――これがワルラスの言っていることだ、というのが講師の説明だった。
この説明は、遠藤氏の質問(「店の外に出したほうがいい、という行動と、90円で買っていた人がいるなら80円に下げたほうがいいという心理学が重なってきた、ということか」)に対しても、シャンプー100個を作って広告を打ち、60個しか売れなかったという例で反復された。残った40個を路上で売れば全部売れる。ただし半額で売れば他のシャンプーメーカーの売上が多少なりとも落ちる。木しか見ていない状態から森を見る状態への移行が、そのまま部分均衡から一般均衡への移行になっている。
マイキー氏はこの対比を、そのまま人間の認知の話に転用した。「これは私には関係あるけれど、これは私には関係ない」と勝手に決めつける人がいる。それが部分均衡的な思考であり、木を見て森を見ずの状態で、自分に関係あると思い込んでいるものしか見ていない。対してワルラスがやったのは、「数学をやっているが科学も関係ある、心理学も関係ある、社会学も関係ある」と、すべてが連動していると考える発想である。経済全体が一つのシステムとして成り立っている。学問自体が一つの大きなシステムとして成り立っている。視野が広がるかどうかの違いだ、というのがこの日の結論だった。
講義では、部分均衡分析=マーシャルの考え方=木を見て森を見ず、という図式が繰り返し用いられた。理解の入口としては有効だが、学説史上のマーシャル本人の立場とは食い違うため、そのまま覚えると後で修正が必要になる。
アルフレッド・マーシャルが部分均衡分析を確立したのは『経済学原理(Principles of Economics)』1890年の初版である。個別市場を切り出し、他の条件を一定(ceteris paribus)として分析する手法だ。ただし公開されている解説によれば、マーシャルは経済のほとんどの市場と価格が相互依存していることを完全に理解していた。その証拠に、『原理』数学付録の Note XIV および Note XXI で、彼は一般均衡体系の基礎を自ら描き出している。にもかかわらず部分均衡を選んだのは、全市場の同時均衡を分析することの実務的困難が大きく、しかもマーシャルが第一の読者として想定していたのが政策担当者や実務家だったからだ、と説明される。彼は部分均衡分析が一般均衡の文脈に埋め込まれなければならないことを認めたうえで、それが成り立つ ceteris paribus 条件を注意深く特定した。
したがって「マーシャルは自分に関係があると思い込んでいるものしか見ていない」という講義中の描写は、マーシャル自身の見識ではなく、部分均衡の道具だけを受け取った後世の使い手の限界を指していると読むのが公平である。講師(前田氏)自身も別の箇所で「マーシャルは現実に使いやすいものを出したほうがいいのではないかと考えて部分均衡を出した」と述べており、こちらは学説史の記述と整合する。
なお講義中に「ケインズはワルラスに批判的です」という発言があった。ケインズの貢献を「維持不可能な理論的パラダイムから経済学の舵を切ろうとした試み」として読む解釈は研究上存在するが、ケインズがワルラス個人ないしワルラス体系を名指しで批判した一次資料は、今回の調査では確認できなかった要確認。
マイキー氏の説明で登場した「オークショニア」は、ワルラス体系の要となる装置である。Aさんはみかんをたくさん持っていてりんごも食べたい。Bさんはりんごをたくさん持っていてみかんも食べたい。そこに仲介人が出てくる。りんご1個とみかん2個ではどうか。それは嫌だ。ではりんご1個とみかん1個では。それならいい――こうして交換が成立すると、量がぴったり均衡する。これが一般均衡だ、という説明だった。
講義で「オークショニア」「仲介人」と呼ばれたものは、経済学ではワルラスの模索過程(tâtonnement)と、それを進行させる競売人(auctioneer)として知られる。公開されている解説では、ワルラスはこの競売のプロセスによってアダム・スミスの「見えざる手」を形式化したとされ、観察されない力が均衡価格を需給が一致する水準へ調整する、というモデルになっている。ワルラスは、すべての交換が模索によって見出された均衡価格で行われると想定した。
この装置には強い批判がある。第一に、競売人は理論の都合で導入された機械仕掛けの神(deus ex machina)であり、現実には存在しない。第二に、模索モデルでは主体は取引せずに契約を結び直し続けるため、均衡外では価格だけが動いて数量は固定されたままになる。第三に、模索はあくまで仮想的であり、現実の市場では取引なしに価格が調整されることはない。この非現実性への不満が、後の経済学における様々な代替アプローチを生んだ。講義がワルラスを「理想状態から出発する理論」と位置づけたのは、まさにこの点を指している。
この回で最も強い言い換えが出たのがこのパートである。前田氏が「超過需要と超過供給の一致がイメージしにくい」と言い、パレート最適で説明できるのではという流れになったところで、マイキー氏が数分間考え込んだうえで組み立てた説明が、以下のものだった。
りんごとみかんの交換が終わったあと、「もうりんごは飽きた」「みかんも飽きた」と言い出せば、もう一度交換しようという状態になる。Aさんはりんごをたくさん持ってくる、Bさんはみかんをたくさん持ってくる。互いの需要が変わる。それでもまだ足りないとなったとき、どちらかが必ずどこかで妥協する。妥協した瞬間に、妥協したほうが負ける。これがパレート最適だ、と。
「最終的な究極まで行ったあとに、誰かを犠牲にしないと他の誰かを幸せにできない、一切無駄のないギリギリの状態のこと」。そして続けて、「これは無駄があるかないかの話であって、公平か平等かの話ではない」。この二文が、この回で最も繰り返し確認された定義である。
この定義は、参加者から複数の角度で検証された。町田氏は「Bが折れます、と言った直前のギリギリのラインをパレート最適と呼ぶのか」と尋ね、マイキー氏はピザの例で答えた。友人と二人でピザを食べていて、箱に一枚残っている。それを自分が食べても友人の取り分は減らず、自分の満足度だけ上がる。これはまだパレート最適ではない。改善の余地があるからだ。ピザがなくなったあと、自分はもっと食べたい、しかし友人の皿にはまだピザがある。その友人のピザを取り上げて食べたとき、それがギリギリの限界点であり、相手を犠牲にすることで自分が2枚多く食べた状態――これがパレート最適である、と。
ここに小島氏が正確な補助線を引いた。「パレート最適はあくまで効率性の話で、無駄がない状態であるという話。平等かどうかは関係なく、たとえばピザが3枚あって、ジャイアンとのび太とスネ夫が1枚ずつ分けてもパレート最適だし、ジャイアンが二人から奪って3枚食べてもパレート最適」。マイキー氏はこれを受けて、パレート最適とパレート改善の区別を明示した。
誰の利益も損なわずに、全体の利益を増やすこと。
講義で挙がった実務例:コスト削減で浮いた分を従業員に還元する。空いている会議室を有効活用する。
まだ改善の余地が残っている状態を指す。日常の経営改善のほとんどはここに属する。
もう改善の余地がない最終到着点。
講義で挙がった実務例:これ以上給料を上げるには、会社が赤字になるまで追い込んで巻き上げるしかない、という状態。会社から奪っているのでパレート最適。
誰かの取り分を減らさない限り、誰の満足も増やせない。だから決して公平ではない。
マイキー氏はこの区別を「Win-Winの関係になるのがパレート改善で、Win-Loseを作るのがパレート最適」とまとめ、参加者から「それは分かりやすい」という反応が返った。この一文が、この日の理論パートで最も実務に持ち帰りやすい成果である。
ヴィルフレド・パレート(Vilfredo Pareto)の主著『経済学提要(Manual of Political Economy)』は1906年の刊行である。彼はローザンヌ大学の政治経済学講座においてワルラスの後任であり、ワルラスの一般均衡論を大きく拡張した。ただし、経済理論の形式化についてはしばしばワルラス自身の考え方とは異なる方向へ進めている。
パレート最適の標準的定義は「誰か他の人の状態を悪化させることなしに、誰か一人でも状態を改善することができない資源配分」であり、講義で示された「誰かを犠牲にしないと他の誰かを幸せにできない状態」という言い換えは、これと正確に一致する。パレートは、少なくとも一人を(本人の評価において)より良い状態にしつつ、他の人々を(その人自身の評価において)これまでと同等に保つことが可能である限り、社会の資源の最適配分は達成されていない、と述べた。近代厚生経済学の基礎はここに置かれている。
なお講義中の「他人の不幸で成り立つ」「誰かをぶち殺してでも取り上げて振り分ける」という表現は、聞き手の記憶に残す装置としては効果的だが、定義そのものとしては言い過ぎである点に注意したい。小島氏が指摘したとおり、ピザ3枚を3人が1枚ずつ分ける配分も同様にパレート最適である。初期配分が公平であれば、公平な配分がそのままパレート最適になりうる。パレート最適が保証しないのは公平性であって、パレート最適が要求するのが不公平なのではない。マイキー氏自身も「有るか無いかの話であって公平か平等かの話ではない」と正しく述べており、この二つの表現は本来同じ内容を指している。
講義の中盤、マイキー氏は「前田さんが今後やるであろう講義を見据えて、これだけ覚えておいてください」と言って、4つのキーワードを一気に並べた。これはこの回の最も再利用しやすい成果物である。
| 概念 | 一語で言うと | 講義中の説明 |
|---|---|---|
| ワルラス均衡 | 完全調和 | 価格が調整され、全員がハッピーに交換を完了している状態。理想の状態。 |
| パレート最適 | 無駄ゼロ | これ以上、誰かのりんごやみかんを奪わない限り、誰かの満足を増やせない状態。すなわち他人の犠牲の上に成り立つ。 |
| ナッシュ均衡 | 腹の探り合い | 「あいつが下げてくるから俺も値段を下げる」という相互の読み合いで、動きが固定されてしまう状態。 |
| アロー=ドブリュー | 未来とリスク | 台風で不作でも、高いプレミアムのチケットを買っておけばりんごが手に入る。保険も同じ。価値は一定ではないから、未来とリスクを織り込んだうえで完全調和をどう作るかを扱う。 |
4つを並べると、それぞれが前のモデルのどの穴を埋めたのかが一目で分かる。ワルラス均衡は交換の同時決定を扱うが、戦略的な読み合いを扱えない。そこにナッシュ均衡が入る。ワルラス均衡は時間を止めているので腐敗も天候も扱えない。そこにアロー=ドブリューが入る。パレート最適は、その均衡が「無駄がない」という意味で最適かどうかを判定する物差しになる。講師が「この4段階を頭にぶち込んだ上で次の講義を聞けば、めちゃくちゃ分かるようになる」と言ったのはこの意味である。
参加者から「ワルラスの限界は何か」という論点が出たとき、マイキー氏の答えは一語で明快だった。時間の概念を消している。りんごとみかんがずっと同じクオリティでいるのか。腐る。ということは、ワルラスの理論は時間という概念を無視したうえで成立している。今日のりんごと来年のりんごは意味が違う。今日のりんごには価値があるが、来年のりんごは腐っている。価値が落ちるものもあれば上がるものもある。晴れた日の傘と雨の日の傘では価値がまるで違う。取引条件や環境によって価値は変わる。これを数式で表したのがアロー=ドブリューのモデルである、と。
そして講師は、この構造がそのまま金融の道具につながることを指摘した。今日の100万円と来年の100万円は価値が違う――これはディスカウント・キャッシュフロー法(DCF)の概念に近い。お金についてはすでに計算式があったが、モノについて同じことをやったのがアロー=ドブリューだ、という位置づけである。さらに、ここが分かってくるとオプション取引やCAPMの説明にも紐付けられるようになる、という展望が示された。
ケネス・アローとジェラール・ドブリューの共著論文「Existence of an Equilibrium for a Competitive Economy」は、1954年に『Econometrica』誌 第22巻 265–290頁に掲載された。ワルラス体系における均衡の存在という長年の未解決問題を解いた論文であり、1950年代以降の一般均衡理論の中心的な位置を占め続けている。生産・交換・消費を統合したモデルについて均衡の存在が証明されており、生産者の技術と消費者の選好に置かれる仮定は先行研究(ヴァルト)よりも大幅に弱められている。証明の構造の簡略化は、ゲームの概念を一般化した「抽象経済(abstract economy)」の概念によって可能になった。
講義で強調された「時間とリスク」の扱いについては、このモデルの中心的前提が完備市場であることを押さえておくとよい。すなわち、あらゆる状態に対応する条件付き請求権(state-contingent claims)の完全な集合が存在し、経済主体は将来のあらゆる不確実性に対して完全に保険をかけられる、という想定である。講義中の「台風で不作でも、プレミアムを払ってチケットを買っておけばりんごが手に入る」という説明は、まさにこの state-contingent commodity の直観的な言い換えになっている。
なおマイキー氏は「アロー=ドブリューのモデルであれば、現代人のほうがむしろ理解しやすい」と述べた。ストックオプションや保険が身近にある現代人には未来のリスクを買う発想が通じるが、19世紀の人に「不作の年のためにりんごと交換できるチケットを用意しておけ」と言っても価値が理解されなかっただろう、という指摘である。これは学説史的にも整合的で、条件付き請求権の完備市場という発想が定式化されるまでに、ワルラスから80年を要している。
この回で最も理論的に踏み込んだ質問は、効用と均衡の接続についてのものだった。「均衡は効用によって生み出されるということだったが、個人一人ひとりが自分の効用を最大化しようとした結果、市場全体の連立方程式の解が決定される、というミクロからマクロへの積み上げとして接続されているのか」。
前田氏の回答は二点。第一に、効用の前提として個人に焦点が当たっていること。第二に、それまで供給側にあった焦点が需要側に移っていること。この二点から見て、質問者の理解は適切である、と。ただし質問はさらに深く進む。効用も満足度も個人の主観である。そのバラバラな主観が、どういう仕組みで市場全体の統一された客観的な価格に変換・集約されるのか。
ここで示された答えが、この日で最も記憶に残る比喩だった。財布の制約が全員に共通しているからである。持っている金額には限りがある。その制約下で考えるからこそ、主観は集約されうる。前田氏はこれを遠足のお菓子で説明した。300円を握りしめて駄菓子屋で一生懸命悩む姿。この300円という制約の中で、どうすれば自分の満足度が最も高くなる組み合わせを選べるか――その発想から効用理論は来ている。マイキー氏も「手元にあるお金でいかに自分の満足度を増やすか、という考え方」と重ねて言い直した。
質問者は最後にこう言い換えて確認した。「全員分の需要曲線を足し合わせたら社会全体の需要が見えました、ということか」。前田氏の答えは「そう似たような結果になってくる」。そして重要な留保が付いた。この静学モデルが成り立つのは「その時点でいくら持っていて、これ以上増えない」という制約が効いているからであり、お金がどんどん入ってくる状況では話が破綻する、と。
この回で最も独自性の高い議論は、中川氏の問いから始まった。ワルラスの時代は「価格は市場が決める」という感覚がまだ残っていたのではないか。だから在庫が残ってもどこかで売れる、という発想だったのではないか。それに対してパレートになると、人間が少しずるくなって「全部自分が取ってしまおう」という発想が始まり、価格競争になり、パイの取り合いになったのではないか――そういう時代背景の違いではないか、という仮説である。
マイキー氏の答えは、その仮説を別の軸に置き換えた。人間の思考は技術によって相対的に決まる。そして人間の歴史とは、自然現象をどれだけ否定できるかによって技術を生んできた歴史である。最も分かりやすい例が食べ物だ。食べ物は自然界に置いておけば必ず腐る。肉を自然に置けば腐敗する。これは自然な流れである。
そして当時の技術には、食べ物を長期間保存する能力がなかった。だからこそパレート最適という考え方が出てくる、というのが講師の主張だった。生肉は腐敗しやすいから焼く。塩漬けにする、漬け物にすることで腐敗を遅らせる。火を通す、塩水に漬ける。これが文化であり歴史であり、食べ物に対する進化である。その延長線上に加工食品と保存技術ができあがり、今日食べても1年後に食べても同じ金額で同じ価値で食べられる状態が生まれた。だが当時は冷蔵庫がない。氷で遅らせることはできても、今ほどの保存能力はない。今のうちに全部食べ切らないと3日後には役に立たない。今日食べておかないと長持ちしない。
「パレート最適のようなものが数多く出てくるのは、今の段階でどれだけ囲い込むかを考える時代だったから、そういう理論が出てきている」――マイキー氏。中川氏はこれを受けて「ワルラスの時代からどんどん進化して、全部売ってしまおうという発想が最適化を生んだ、という理解でいいか」と確認し、「食べ物が3日持つ・1週間持つではなく、本当にすぐ腐敗する時代。エアコンもない。季節によってはすぐ物が腐る。だからできるだけ満遍なく配っていくことをやる、というところから生まれている」という回答が返った。
この読みは、そのまま現代人の理解不能さの診断につながる。今の一般の人がワルラス均衡とパレート最適を腑に落とせない理由は、今現在の世界の頭で考えているからである。当時の立場に立てば理解しやすい。逆に現代人が理解しやすいのはアロー=ドブリューのほうだ。ストックオプションなら今の人には分かるが、昔の人には「なぜ未来のためにそんなところに金を担保しなければならないのか」となる。19世紀の人に「不作の年があるからりんごと交換できるチケットを用意しておけ」と言っても、そこに価値を感じられない。未来のリスクという概念自体が薄い。
ここから議論は短期視点と長期視点の話に接続した。当時が短期視点だったのは、生活をガラリと変えるような技術革新が存在しなかったからである。未来を想像することが難しいので、今どう生きるかしか考えられない。だから弱肉強食になる。マイキー氏は表現を訂正して「今の時代でも弱肉強食。日本だけが弱肉強食ではない」と付け加えた。
「保存技術の欠如がパレート最適という発想を生んだ」という因果関係は、経済学史の標準的な説明としては確認できない要確認。パレートの『経済学提要』は1906年の刊行であり、機械式冷凍・冷蔵技術はすでに19世紀後半から商業利用が始まっている。したがって、この読みは学説史の記述ではなく、講師による解釈仮説として受け取るのが正確である。
ただし、この解釈が持つ実用上の価値は別のところにある。理論を「その理論が答えようとした当時の制約」とセットで理解せよ、という方法論そのものは有効であり、実際ワルラスの静学性(時間を止めた構造)については、講義中に「金融商品が少ない分、そこまでの概念がなかった時代背景」という別の指摘も出ている。こちらは学説史とも整合しやすい。19世紀後半のフランス・スイスにおいて、一般の人が投資に触れる機会は極めて限られており、利息や金融の概念が理解できたのは富裕層に限られた、という講義中の指摘も、時代状況としては妥当な認識といえる。
講義中に「イノベーション理論のシュンペーターは、全経済学者の中で最も偉大な人はワルラスだという言い方をしている」という発言があった。これは実在する評価だが、原文には限定が付いている点を補っておく。シュンペーターの『経済分析の歴史(History of Economic Analysis)』(1954年、著者の死後に第三夫人エリザベス・ブーディの編集により刊行)の827頁で、ワルラスは「純粋理論に関する限りにおいて、すべての経済学者の中で最も偉大(the greatest of all economists…as far as pure theory is concerned)」と評されている。無条件の絶賛ではなく、純粋理論という領域を限った上での評価である。
なお、シュンペーターがワルラスを高く評価した理由については、彼の初期の著作から一貫して「ワルラスは古典派経済学者より優れた価格理論を提供した」と主張していたことが指摘されている。講師が「他の概念を取り入れることがどれだけ困難で、どれだけ画期的だったかが言える」と述べた文脈は、この評価と方向性として一致する。