「皆さんにとって最強の経営者は誰ですか」。この問いに答えられる経営者がほとんどいない、という指摘からセッション後半は始まった。サッカー選手の凄さは説明できるのに、経営者の凄さは説明できない。その空白を埋めるための実演として、Microsoftの売上構成と利益構造が一枚ずつ解体されていく。
この日のセッションは2時間18分あり、前半は中国企業の香港上場と金融情報規制、中盤はJ.S.ミルの生産と分配の法則、そして功利主義とジェンダーの話が続いた。本レポートが扱うのは1時間19分55秒以降、講師が「ちょっと話をしていこうかな」と切り出してから終了までの約58分間である。テーマは経営者論、より正確には事業設計の読み方である。
入り口は挑発的な問いだった。皆さんにとって最強の経営者は誰か。そしてその人は何がすごいのか、説明できるか。講師によれば、これはほとんど答えが返ってこない質問だという。サッカーであればメッシがどれだけすごいか説明できる。バスケットボールならマイケル・ジョーダン、テニスなら大坂なおみ、歌手でも格闘家でも「誰が一番か、なぜか」を語れる。ところが経営者だけは、経営者自身がやっていながら説明できない。「これ、矛盾を感じませんか」というのがこの日の出発点である。
そこから講師が取り上げたのがサティア・ナデラだった。理由は明快で、六角形のパラメーターが全部埋まっているからだという。開発も、ファイナンスも、設計も、教育も優れている。アンディ・ジャシーは武闘派としてエッジが効いており、ティム・クックは非常に強いが開発だけが弱い。サッカーで喩えるなら、ナデラがクリスティアーノ・ロナウドで、ジャシーがメッシである――メッシは飛び抜けてうまいが右足やヘディングに偏りがあり、ロナウドは全部できる、という比喩が使われた。
そして、この回でもっとも重要な問いは講師自身が投げた自己反駁である。レジリエンスを高めるために3対3対3にしたのに、なぜ今それを崩して4対4対2にしているのか。それはレジリエンスと反対方向ではないか。この疑問が参加者から出てこなかったことに講師は不満を述べ、そのうえで自分で答えを出している。答えは「崩した後に戻す能力があるから」だった。この一往復が、この回のもっとも密度の高い部分である。
講師はまず、経営者向けの場でこの質問がほとんど機能しないことを指摘した。事業をやっている人に「あなたが尊敬する、一番すごいと思う経営者は誰か」と聞いても出てこない。出てきても、孫正義、三木谷浩史、柳井正といった名前で止まる。もちろん彼らはすごい。しかし「それよりすごい経営者は世の中にいっぱいいるわけじゃないですか。その中で最強の経営者って誰ですか」という問いになると、答えが続かない。
比較として持ち出されたのがスポーツである。サッカーであればメッシが好き、昔ならマラドーナやペレ、バスケットボールならマイケル・ジョーダン、少し前ならコービー・ブライアント、今ならレブロン・ジェームズ。そしてその選手の何がすごいかも説明できる。格闘家でも歌手でも同じである。ところが経営者だけができない。「なぜアンディ・ジャシーがすごいのか」「なぜティム・クックが素晴らしいのか」「なぜサンダー・ピチャイがすごい経営者なのか」「なぜサティア・ナデラがすごいのか」を説明できる人がいない。経営者をやっておきながらおかしくないか、という問いかけである。
参加者の一人が、Microsoftを理解するにはナデラだけでは足りないと補足を入れた。スティーブ・バルマーも分からなければならないし、ビルゲイツの何がすごかったのかも分からなければならない。三者三様で、どれも別の会社になっているのだから、会社がどう変わったのかが分からないとMicrosoftを分かったことにならない――という指摘である。講師はこれに全面的に同意し、「全然、意味が違うわけなんですよ、これ自体が」と応じている。
この日は前回の講義でGAFAMのリサーチを扱っていた。その続きとして、決算の数字を読むだけでなく経営者の動きも見ておきましょう、というのがこの回の位置づけである。講師は締めでもこう述べている。「なんでこんなに会社がうまくいっているのかという、全然違うでしょ。日本の経営者とやっていることはマジで全然レベチなんです。ただ適当に広告を打っておけばいいとか、勝手に商品を作って売ればいいとか、そんなことを言っているわけじゃないんで、彼らは」。
この「最強の経営者」の問いが投げられる直前、講義は一度中断され、十分近くが事務連絡に充てられている。テーマ本体とは無関係だが、当日の記録として落とさずに残しておく。
登場したのは小山氏のアシスタントを務める杉村氏で、講師から「杉ムー」と呼ばれて紹介された。用件は、翌週木曜日にあたる2025年11月13日、東京・浅草橋で開催されるリアルイベントの案内である。小山氏にとっては約3年ぶりのリアル登壇で、講師と小山氏、そしてもう一名を加えた三名が並ぶ。講師は「なかなか揃わないよね、この3人」「小山さんと登壇するのは初めてなんで」と述べている。
依頼の中身は集客ではなく人手だった。募集開始から28時間で満席となり、来場者が想定を上回った結果、当日のスタッフが足りなくなる見込みだという。杉村氏はチャットワークとLINEの連絡先を共有したうえで、手伝える参加者からの申し出を求めた。無料枠や立ち見での受け入れも調整中である旨が添えられている。
講師の応答が、この回のテーマと不意に接続する箇所がある。講師は運営側に対し「いくら売ればいいの。損益分岐点を教えてくれれば、その分だけ上げるから」「大きめに出しておいたほうがいいですよ。少なかったら本当にふざけるんで」と申し出た。イベントの赤字は自分の売上で埋めるので、その分は登壇内容を自由にやらせてもらう、という交換条件である。この日の講義でMicrosoftの横断設計を成立させた要因として名指しされたのは「営業」だった(PART 5)。その営業力を、講師自身が自分の登壇枠の裁量と引き換えに差し出している場面になっている。
登壇順についても言及があった。前半に他の二名が話し、講師は中盤に入る。「後半つまんなそうだけどね」という軽口に続けて、講師は自身が力を出せる状況をこう説明した。「アウェイのほうがいいんですよ。ドアウェイのほうが面白いので。(過去の登壇)のときみたいにひっくり返すみたいなやつのほうが面白いので、今回はアウェイ感もなさそうな感じもするので、なんか中立みたいなやつが一番面白くないからね」。会場の空気が敵対的であるほど価値を出せる、という自己認識である。
この場面には参加者どうしの軽口も残っている。講師は杉村氏を「めちゃくちゃ男前で仕事ができる」と評したうえで、「1個だけ問題点があるんですよ。静岡出身なんですよ」といじり、直後に自分も静岡出身であることを明かしている。あわせて、今週土曜日の懇親会と、その前に行われる「0次会」への参加も呼びかけられた。「0次会は悪口しか言ってないんであんまりあれですけど」という断りが入っている。
なお、この日の最後、2時間16分を過ぎたところにも運営への指示が追加されている。QRコード付きの配布物を500枚用意し、椅子に置くのではなく一人ひとりに挨拶しながら手で渡すこと。理由は「椅子に置いておくと捨てられるんで」である。あわせて500〜600本分の水の手配も指示された。配布物の受け渡し方まで接触の設計として扱っている点は、後段の「全部これも打点はプレゼンテーションと営業なんです」という主張と地続きになっている。
講師は説明に入る前に、参加者へ順番に問いを投げた。Appleの売上構成比を占めているのは何か。答えはiPhoneで、それだけで50%。Amazonは何か。ECで60%程度。ただし利益率で見れば圧倒的にAWSが多い。Googleは何か。広告で80%。メタは何か。広告で98%。
この並べ方には仕掛けがある。各社を「何が主力か」で見るのではなく、集中度で見ているのである。98%というのは、その1本が折れたら会社が終わるということを意味する。80%も同じである。50%や60%でも十分に危うい。そしてこのクイズの答えが出そろったところで、講師はMicrosoftを持ち出す。Microsoftだけは、独占的な広告も、独占的なECサイトも、独占的なデバイスも持っていない。
講師のナデラ評は、能力の総合性に置かれていた。知能家でもあり、設計家でもあり、開発もファイナンスも設計も教育も、すべての面で優れている。六角形のパラメーターがあったら全て網羅している人だ、と。対してアンディ・ジャシーは武闘派の側面が出る。ティム・クックは非常に強いが開発の部分だけが弱く、「最強ではあるけれど、どこか欠落している」という評価になる。
なお講師は、経営を勉強していてナデラを知らないのは相当まずい、という言い方をしている。「スティーブ・ジョブズを知っているなら、ナデラくらいは知っておいてくれ」「経営をやっている方でナデラを知らないのは、サッカーをやっていてメッシとロナウドを知らないぐらいやばい」。これは煽りだが、後段の「本当に経営のことが分かっているなら、ジョブズがすごいとは言わずにこいつがすごいと言うはずだ」という主張につながっていく。
次に講師が板書したのは、過去5年平均の営業利益率ランキングだった。1位がMicrosoft、2位がメタ、3位がアルファベット、4位がApple、5位がAmazonという順である。そしてメタとアルファベットが高い理由を参加者に問い、「広告だから」という答えを引き出したうえで、無形と有形という軸を導入する。広告は無形資産を使っている。Appleはスマホなので有形。Amazonは流通なので両方持っている。Googleも無形と有形の両方を持っている。
ここから各社の内訳が示された。数字は講師が口頭で板書したものである。
| 企業 | 営業利益率 | 販管費率 | 原価率 | 講師のコメント |
|---|---|---|---|---|
| Microsoft | 46% | 26% | 28% | どこも突出せず、上がったときにどこかへ転換できる仕組み |
| メタ | 42% | 40% | 18% | 原価率は低いが、どこよりも大きく販管費をかけなければならない |
| アルファベット | 32% | 26% | 42% | システム開発の原価率が高い。サービスをどんどん出しているため |
| Apple | 32% | 15% | 54% | ブランドがある分だけ販管費は少ないが、デバイスなので原価率が高い |
| Amazon | 11% | 38% | 51% | 実はAppleと同じぐらい原価率が高く、そのうえ販管費率も高い |
図1:主要5社の損益構造(原価率・販管費率・営業利益率)。数値は当日板書された概数。出典:勉強会での発言をもとにClaude作図
この表の読み方を、講師はこう説明した。今の話は、どこかが崩れると利益率が崩れるモデルなんですよ。GAFAMでさえ。メタは販管費率が上がってしまうと営業利益率が落ちる。アルファベットもAppleも原価率が上がれば落ちる。ところがMicrosoftだけは仕組みが違う。販管費26%、原価率28%という均衡を保っているため、どちらかが上がったときにもう片方へ転換できる構造になっている、と。
Appleについては具体的な脆弱性も語られた。デバイスを作っているので原価率が高くなる。だから中国に進出して原価率を落としてきた。ところが関税や半導体価格、人件費が上がると原価率が上がってしまい、そこを叩かれるとダメージが大きい。実際にそれが起きた、というのが講師の見立てである。Amazonについても、かつては独占だったが、SHEINやTemuが出てきて独占的ECサイトの地位が崩れつつある、と補足された。
講師の説明は、まずバルマー時代のMicrosoftがどういう会社だったかから始まる。売上構成比は6対4で法人向けと消費者向けという分け方だった。これが基本的な指針であり、講師の表現では「大雑把にやっていた」。
ナデラはこれを切り替えた。切り替えた先がモバイルファースト、クラウドファーストである。この分け方に変えると何ができるようになるか。今まで企業向けだったものも消費者向けだったものも、モバイルにもクラウドにも持っていける。つまり顧客セグメントで切るのをやめて、提供形態で切ったということである。これによって、それまでの事業やサービスではできなかった横断が可能になった。
そのうえで、Microsoftは3つのセグメントを持つに至る。講師が挙げたのは次の3つである。
| 略称 | 正式名称 | 主な中身 | 10年間の成長 |
|---|---|---|---|
| PBP | Productivity and Business Processes(生産性とビジネスプロセス) | Office、Microsoft 365、Dynamics 365など | 4.6倍 |
| MPC | More Personal Computing(モア・パーソナル・コンピューティング) | Windows、Surface、Xbox、Webブラウザなど | 1.3倍 |
| IC | Intelligent Cloud(インテリジェント・クラウド) | Azure、Windows Server、GitHub、Visual Studio、OpenAI関連など | 4.4倍 |
図2:Microsoftの3セグメント売上高(2015年6月期 → 2025年6月期、単位:10億ドル)。出典:Microsoft各年度Form 10-K。Claude作図
講師は、モバイルファースト・クラウドファーストへの転換で唯一うまくいかなかったのがWindows Phoneだったと述べている。そのうえで、ナデラはどのように膨大な情報処理をリアルタイムに解析するかを考え、顧客だろうが法人だろうが個人だろうが関係なく一気に集めてしまう仕組みとして、クラウドのAzureを置いた。目的は顧客の情報処理を速くしてあげることであり、Office 365やDynamics 365といったCRMは、そのための生産性向上の道具として定義し直された、という説明である。
講師の整理では、ナデラは3つのセクターに分けたうえで、それらを組み合わせたサービスを作ろうとした。情報(情報処理の基盤・スピード)、企業(企業の生産性)、個人(個人の生産性)の3本柱である。既存の商品を使って、この3つを組み合わせたサービスを設計し直す。結果としてセグメントが一気に伸び、3対3対3まで持っていった。
ここで講師が強調したのは、売上ではなく利益率のほうだった。MPCは1.3倍にしかなっていない。にもかかわらず営業利益率は上がった。デバイスという、原価が変動しやすく利益率が出にくいと言われる領域で、営業利益率を2.5倍まで持っていった。他方でクラウドやPBPはもともと利益率が高いのでそのまま維持した。この非対称な打ち手を10年で作り上げたのがナデラのすごさである、という主張である。
ここが、この回でもっとも重要な部分である。講師は説明を終えたあと、参加者に向かってこう言った。「今の説明で皆さんにちょっと疑問に思ってほしいと思う。レジリエンスを高めるために3対3対3にしたのに、なんで崩すんですかっていう質問、出ないですか。レジリエンスと反対側に行っていませんかっていう疑問、出ないですか。」
この疑問が出てこなかったことに講師は不満を示しつつ、自分で答えを出している。崩したことによって投資家からは叩かれた。しかし重要なのは、崩した後に戻す能力があることだ。この会社にはその基盤がある。それがMicrosoftの仕組みなのだ、と。
なお、クラウドを広げなければならない理由についても補足がある。クラウドが広がるということはソフトウェアも売れるようになるということであり、AI需要がICを膨らませればPBPも連動して伸びる。この連動が組み込まれているために、4対4対2という一見アンバランスな状態でも構造が破綻しない、という説明だった。
参加者から質問が出た。今の話を聞く限り、みんなが使うもの、たとえばデータ処理をどこで行うかという効率化を突き詰めたのがMicrosoftで、高い利益率を実現したように思えるが、そういう感じか。計算リソースはみんな必要で、パソコンのように分割してやるとコストがかかるから、1箇所でやって、できあがったハードウェアリソースを最大限に活用する展開をしたのがMicrosoftなのか――という問いである。
講師の答えは「それも一理ある」としつつ、付加価値をつけたのがうまかったという言い方だった。そして質問を返す。「じゃあ、それをやっておくためにMicrosoftはどんなふうに、これを横断させるためのことをやりましたか」。
この論点は、この日の勉強会の別の場面とも接続している。講師はセッション中盤で、月商500万円だった会員が2年で月商1.5億円・純利益1億円に到達した事例を挙げ、その要因は「プレゼン能力のアップだけだった」と述べていた。個人の売上を作るのも、世界最大級のIT企業がサービスを横断させるのも、突き詰めれば説明の力だという一貫した見方である。
参加者から、ナデラは文化創造から社会実装までをやっているという指摘が出た。企業のところから、Microsoftの社内から始めて、内部のビジネスと財務・ファイナンスモデルを設計して、そこに到達して、次に社会実装に向かう――そういう順序ではないか、と。
講師はこれを受けて、社内文化の転換を説明した。スティーブ・バルマーは「何でも知っている奴になれ」という考え方だった。ナデラはそうではなく「知らないことをなくせ」という考え方である。横断的に学問も何かスキルも手に入れていけ、という発想を持っているのがナデラだ、と。この転換によってMicrosoftの社内文化が一気に変わり、Azureもどんどん良くなり、そもそもOpenAIに投資したのもMicrosoftである、という流れで語られた。
「家庭環境も洗ったほうがいいのかな」という講師の問いかけから、ナデラの背景に話が及ぶ。インド人であること、宗教的背景があること、父親と母親のこと、母親が学者であること。講師は「単純に技術だけではなく、文化の重要性と語学の重要性と技術の重要性を知ったうえでバランスを取ったような教育背景があると思う。だからこの視点ができてきているのではないか」と述べた。
これに対して参加者の渡辺氏が、ナデラの自伝を読んだ立場から補足を入れた。サンスクリット学者だった母親の影響で東西の言葉というものをすごく定義しており、信頼という概念を彼に植えつけている。妻が心理学的に共感性の高い人であり、インドの歴史とアメリカの歴史を突き詰めて研究していた人でもある。息子の闘病生活もそうだが、そういう自己自身の体験が、CEOになる以前から、どういう組織あるいはどういうリーダーシップを取るかというところで独自性を持たせている――という指摘である。
具体例として挙げられたのが、LinuxやOfficeシステムをAppleと共有したことだった。渡辺氏の読みでは、あれは本来自分から相手に譲ることによって、相手を議論の場、あるいは取引の場に引きずり込むことで、ひとつの動きを生むというアクションである。そういうことを計画して作り上げるには、相当大きな代償と計画性がないとできない。その辺りの人間性に惹かれてきている、と述べた。講師も「リーダーシップもすごいですからね」と応じている。
セールスフォースとの関係についても言及があった。マーク・ベニオフとスティーブ・バルマーが激しく対立していた状態を、ナデラは1年で解消したという指摘である。講師は「まあ、その後のことは置いといて」と一言添えている。
講師のまとめはこうだった。ナデラが何をやったかというと、需要がないところに需要を作り出していったのである。これは顧客向け、これは企業向け、という区分をやめる。企業向けのものを顧客向けに出し、個人向けに出し、個人向けのものも企業向けにカスタマイズして出す。それによってエコシステムがどんどん大きくなっていく。囲い込みのような状態を作る。おまけにゲーム会社も「どれだけ買収するんだ」というぐらい買収していった、と。
ここで参加者へのクイズが出た。Microsoftが買収した会社を言える人はいるか。兆円規模で買収したところが2つあり、それ以外にも5〜6社ある。参加者から「LinkedInも買収していますし」という答えが出る。そして講師の追加の問い――「この数年間で一番話題になったMicrosoftの案件で、独占禁止法でずっと裁判していた会社はどこでしょう」に対して、「アクティビジョン・ブリザード」という答えが返った。
セッション終盤、参加者の藤川氏から出た質問をきっかけに、講師は最後の論点を提示した。企業の金利と国債の金利はどちらが高いか。通常は企業のほうが高い。ではなぜ、Microsoftの社債利回りはアメリカの国債より低いのか。
講師の説明はこうである。過去のデータを見ると、ロシア危機、アルゼンチン危機、ギリシャ危機のようなときには、国債の利回りが会社の社債を上回る。国債が社債を上回るというのは金融危機のサインになる。ところがアメリカではそうならない。にもかかわらずMicrosoftの社債利回りが国債より低いということは、そこにMicrosoftの信用度が現れている、と。
さらにデリバティブの側面にも触れられた。CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)で見ると、危機的状況になるとソブリンのCDSが跳ね上がり、企業のCDSより高くなる。そこを見るとMicrosoftのすごさがさらに分かる。企業分析をするならそこまで見る必要があり、それによってその会社の基盤の強さが見えてくるというのが講師の主張だった。
講師はこのテーマについて「それを喋るとまたすごい時間がかかりそうなので、YouTubeで撮っておくので是非見といてください」と述べ、この日は深追いしていない。加えて「利回りが国債より低いということは、もちろんWACCが落ちるわけじゃないですか。営業利益率があれだけあるということはROICが上がるわけじゃないですか。って考えたら買いでしょ、となるんです」「これがナデラになってから一気に変わり始めた」と結んでいる。
このセッションは2025年11月7日に行われた。約9か月が経過した現在から、当日の議論に関係する事実を確認しておく。
| 当日(2025/11/7)の論点 | 2026年8月時点で確認できること |
|---|---|
| Microsoftは3対3対3から4対4対2へ偏っているが、戻す能力がある | 営業利益率は45.6%(2025年6月期)を維持。ただしIC成長の相当部分がOpenAI関連に依存していたと報じられており、セグメント比率の粒度では見えない集中がある |
| そもそもOpenAIに投資しているのはMicrosoft | セッションの10日前(2025年10月28日)にOpenAIの営利法人化が完了し、Microsoftは約27%・評価額1,350億ドル相当の持分を取得。2032年までの技術アクセス権も確保した |
| 横断とエコシステムによる囲い込み | 2026年4月27日、両社は契約を改定。Microsoftの技術ライセンスは2032年まで継続するが独占ではなくなり、OpenAIは他社クラウドでも提供可能になった |
| ナデラがChatGPTを世の中に広げた | Azureは引き続きOpenAIの主要クラウドであり最新製品への先行アクセスを維持。ただし排他性は解消された |
講師は「これ、氷山の一角ですよ」と述べ、ナデラだけを見て終わりにしないでほしいと釘を刺した。そして他に見るべき経営者の名前が次々に挙がる。
まずアジェイ・バンガ。前田氏が過去に取り上げていた人物として言及され、「マスターカードの彼も、ものすごい素晴らしい経営者だと思う」「アジェイ・バンガについて調べたことがある人いますか。彼が何をやったのか。マジで化け物ですよ」と述べられた。参加者からは、説得力が増すようにロジカルに伝えるためにどう伝えたらいいかという言葉を選び、ステップを非常にしっかり刻んでいるという評価が加えられている。
次にモリス・チャン。「20世紀ですごい人。あれだけ見事に、ファイナンスだけ見てもものすごい設計じゃないですか」「どうやってエコシステムを考えて作り出したのか、何を元にしてエコシステムを作り出したのか、どうやって依存性を生み出すのか」。加えて、テキサス・インスツルメンツにずっといたこと、そしてストックオプションを拒否したという逸話が語られた。
さらに、最近ではジェンスン・ファンも化け物的な行動をしており、サム・アルトマンもすごい、イーロン・マスクは廃れてきている、という評価が並ぶ。そして講師が「最近一番感動した」と述べたのが、TikTokの周受資(ショウ・ジー・チュウ)によるアメリカ議会公聴会での立ち回りだった。「あんな人には勝てないと思います。あんだけフルボッコにされておいて曲げなかったですから」「あの公聴会、マジでいじめだった。ただのリンチ状態でした」。それでも結果として味方を増やしてしまった、というのが講師と参加者の一致した評価である。
最後に、日本市場についての苦言が置かれている。こういう経営者の判断やアドバイスを見ているとすごいと思うのに、日本人はそれよりも令和の虎やリアルバリューに必死になっている、というものである。「僕、リアルバリューって何回か見たんですけど、何を言っているか、やっぱり分からないんですよ」「誰かが切れているのを見て、あ、怒っている、というぐらいなんで」。参加者からは「側の話しかしていないですからね」という応答があった。
Appleの売上構成比を占めているのは何ですか。
iPhone。それだけで50%になっている。Amazonは売上で言うとECで60%程度だが、利益率では圧倒的にAWSが多い。Googleは広告が80%、メタは広告が98%。
(メタとアルファベットの)営業利益率が高い理由は分かりますか。
広告だから。無形資産を使っている。Appleはスマホなので有形。Amazonは流通で、無形と有形の両方を持っている。Googleも両方持っている。(編注:Amazonの利益率はアンディ・ジャシーになってから変わった、という補足があった。)
サティア・ナデラを知らない人はどれぐらいいますか。
経営を勉強するというところでナデラを知らないのは結構やばい。スティーブ・ジョブズを知っているなら、ナデラくらいは知っておいてほしい。(参加者からの補足:Microsoftを理解するには全員を知らないといけない。スティーブ・バルマーも分からなければならないし、ビルゲイツが何がすごかったのかも分からなければならない。三者三様で別の会社になっているのだから、会社がどう変わったのかが分からないとMicrosoftが分かっていないのと同じ。)
今の話を聞く限り、データ処理をどこで行うかという効率化を突き詰めたのがMicrosoftで、高い利益率を実現したように思えるのですが。計算リソースはみんな必要で、パソコンのように分割するとコストがかかるので、1箇所でやって、できあがったハードウェアリソースを最大限に活用する展開をしたのがMicrosoftなのかなと。
付加価値をつけたのがうまかった。それも一理ある。ただ、それをやっておくためにMicrosoftはどうやって横断させたのか。これは全部営業なんですよ。打点はプレゼンテーションと営業。MicrosoftぐらいのIT企業でさえ、これを全てやっていた。営業がめちゃくちゃ強い。営業ができなかったら「何を言ってるんですか」で終わる。
(藤川氏)企業の金利と国債の金利は、どちらのほうが高いでしょうか。
通常は企業。ではなぜMicrosoftの社債利回りはアメリカの国債より安いのか。ロシア危機、アルゼンチン危機、ギリシャ危機などでは国債の利回りが社債を上回り、それが金融危機のサインになる。だがアメリカはそうならない。にもかかわらずMicrosoftの社債が国債より低いということは、そこに信用度が現れている。CDSの部分も見るとさらに分かる。企業分析をするならそこまで見る必要がある。時間がかかるのでYouTubeで撮っておく。
レジリエンスを高めるために3対3対3にしたのに、なぜ崩すのですか。レジリエンスと反対側に行っていませんか。
(編注:この質問は参加者からではなく、講師が「この疑問が出ないですか」と自ら提示したものである。)実際そこのレジリエンスが崩れ始めており、崩したことによって投資家から叩かれた。しかし重要なのは、崩した後に戻す能力がこの会社にはあるということ。その基盤を作ったのがMicrosoftの仕組みである。
Microsoftが買収した会社を言える人はいますか。
(参加者)LinkedInも買収しています。(講師)兆円規模で買収したところが2つあり、それ以外にも5〜6社ある。この数年間で一番話題になった、独占禁止法でずっと裁判していた会社は――(参加者)アクティビジョン・ブリザード。(講師)そう、アクティビジョン・ブリザード。
この人(ナデラ)こそ、文化創造から社会実装までやっているという意味で、さっきのミルに重なる部分があるのではないですか。
まさにそう。企業のところからMicrosoftの社内で始めて、内部のビジネスと財務・ファイナンスモデルを設計して、そこに到達して、次に社会実装へ。社内文化も変えた。もともとスティーブ・バルマーは「何でも知っている奴になれ」という感じだったが、そうではなく「知らないことをなくせ」という考え方を持っているのがナデラである。
家庭環境なども洗ったほうがいいのでしょうか。
ちなみにインド人。宗教的背景もある。母親が学者。単純に技術だけではなく、文化の重要性と語学の重要性と技術の重要性を知ったうえでバランスを取ったような教育背景があると思う。だからこの視点ができてきているのではないか。
(渡辺氏)僕は逆に、ナデラの人間性から『Hit Refresh』を読んでいたので、そこで彼の人間性にすごく触れました。
サンスクリット学者だった母親の影響で、東西の言葉というものをすごく定義していて、信頼というものを彼に植えつけている。奥さんが心理学的に共感性の高い人で、インドの歴史とアメリカの歴史を突き詰めて研究していた人でもある。息子さんの闘病生活もそうだが、そういう自己自身の体験が、CEOになる以前から、どういう組織あるいはどういうリーダーシップを取るかというところで独自性を持たせている。LinuxやOfficeシステムをAppleと共有したことも、本来は自分から相手に譲ることによって相手を議論の場に引きずり込み、ひとつの動きを生むというアクションだと思う。それを計画して作り上げるには相当大きな代償と計画性が必要で、その辺りの人間性に惹かれている。
アジェイ・バンガについて調べたことがある人はいますか。
彼が何をやったのか。マジで化け物ですよ。マスターカードの彼もものすごい素晴らしい経営者だと思う。(参加者:あの方のプレゼンテーションもすごいと思っていて、説得力が増すようにロジカルに伝えられるようどう伝えたらいいかという言葉を選び、ステップを非常にしっかり刻んでいる。参考にしやすいモデルになっている。)
(ルメルトについて)マイキーさんは2012年から、ルメルトが戦略的にすごくよく考えられているという提唱の仕方をしているので、なぜその時から目をつけられたのかという話ですが。
ルメルトがなぜそんなことを提唱したのかということをちゃんと調べるというのも重要だと思う。(編注:これは参加者からの発言で、講師はこれを受けて次の話題――ファーウェイの任正非など――へ移っている。)
(TikTokの公聴会について)あんな意地悪な質問をされて、あの公聴会は本当にいじめでしたよね。
ただのリンチ状態だった。でも結果的にあの人は味方を増やしてしまった。シンガポール人で、まだ40代前半。あの立ち回り方がすごい。あんな経営者と戦えと言われても、戦う方法が見出せない。