STUDY REPORT / 2025年9月度 勉強会

ストライキが技術を生む――労働争議は新技術導入の先行指標である、という仮説

ロンドン地下鉄の全面ストから話は始まった。フランス、Amazon、産業革命期の紡績業、2010年前後の中国工場。歴史を並べると、労働争議のあとには決まって設備投資と自動化が来ている。ならばストライキの起きない国では何が起きるのか——日本の技術導入の遅さを、労働運動の不在から説明しようとする議論の記録。

EXECUTIVE SUMMARY

「ストライキはマイナスではない」という逆説から、日本のDX停滞まで一本で繋がった

9/5〜9/11
ロンドン地下鉄の全面スト。2023年3月以来
週35→32時間
RMTの要求。3.4%の賃上げ提示は拒否
約6割
DX導入に反対したとされる日本企業の割合
74.6%
2024年度に医業赤字となった日本の病院
99.0%
韓国のキャッシュレス決済比率(2022年)
Antifragile
この回の結論を言い当てた概念

この回の後半は、マイキー氏が一日かけて調べたという仮説の披露から始まった。きっかけは、女性の社会進出を「プロテスト」として捉え直して各国の事例を追っていたところに、ロンドン地下鉄の封鎖というニュースが飛び込んできたことである。イギリスのメディアを見ると、このストを受けて自動運転を加速させよという論調が明確に出始めていた。それを見て過去の事例を調べ直したところ、同じパターンが繰り返し観測できた——というのが議論の出発点になっている。

先進国で最もストライキが多いのはフランスである。そしてフランスではストの後に新技術が次々と生まれている。シェアバイクがその典型例として挙げられた。時代を遡れば産業革命期にも同じ構図がある。労働争議で生産が追いつかなくなり、自動機械化へ向かう流れが強まった。現代ではAmazonが該当する。GAFAのなかでも特にストライキが多く、だからこそ倉庫の自動化やロボット技術への投資を積み上げてきた。中国でも2010年前後に工場ストライキが多発した後、自動化への設備投資額が一気に増加している。

この因果を、マイキー氏は経営者側の意思決定として分解した。ストライキが起きると、まず労働コストが上昇する。次に供給リスクが増える。従来の生産量に間に合わなくなる。しかし企業は生産性の継続を確保しなければならない。ここで決定的な非対称性が働く——人間はストライキを起こすが、ロボットは起こさない。技術は起こさない。だから生産性を担保するための投資が始まる。人数が半分になって同じ生産量が出れば、生産性は直接的に上がる。ストライキは、人間の感情がバグとして現れる部分を、機械やAIで補う設備投資の引き金になる。

そして議論は反転する。ではストライキの起きない国では何が起きるのか。日本人は「ストライキを起こして給料を上げるが首になる可能性がある」と「何も言わず淡々と働く」の二択で、後者を選ぶ。自らをリスクに置いて会社を変えようとはしない。だとすれば、日本の技術導入が他国と比べて遅れ続けるのは納得がいく——というのが結論部である。マイキー氏はストライキを「団体のプレゼンテーション」「自己主張」と定義しており、その手段が存在しない社会では変化の圧力がかからない、という見立てになっている。

セッションを貫く1本の線

摩擦は排除すべきコストではなく、変化を駆動する入力である。ストライキも、規制も、地政学リスクも、それ自体を封じ込めようとすればロバストネス(頑健性)止まりだが、それを利用する側に回れば技術導入の追い風になる。渡辺氏がこの回の結論を アンチフラジャイル という一語で言い当てたのが、議論の到達点だった。

PART 1

ロンドンから遡る——ストライキと自動化の年表

マイキー氏がこの仮説に至った直接のきっかけは、イギリス・ロンドンの地下鉄封鎖である。労働者のストライキによって地下鉄が止まり、イギリスのメディアでは自動運転を加速させるべきだという論調がかなりの勢いで出始めた。それを見て、過去の事例を洗い直すことにした、という流れだった。

📌 Claude補足:2025年9月のロンドン地下鉄スト

この回の直前に起きたストライキは、RMT(全国鉄道海運運輸労働組合)の組合員によるもので、2025年9月5日(金)から9月11日(木)まで実施された。最も影響が大きかったのは9月7日〜11日である。ロンドン地下鉄の全面ストは2023年3月以来だった。

争点は賃金と労働条件で、組合側はTfL(ロンドン交通局)が提示した3.4%の賃上げを拒否し、週35時間から32時間への労働時間短縮を要求していた。

そしてこのストは、まさに講義で指摘されたとおり自動運転の議論を再燃させた。City A.M.、The Spectator、Bloomberg Opinion がそれぞれ「無人運転の地下鉄を」という趣旨の論説を掲載している。なお実態として、ヴィクトリア線・ジュビリー線・ノーザン線、およびセントラル線/サークル線/ディストリクト線/ハマースミス&シティ線/メトロポリタン線の大部分は、すでに自動列車運転装置(ATO)でソフトウェア制御されている。「ストが自動化論を呼ぶ」という因果は、この事例に関しては報道ベースで明確に確認できる。

時期・地域労働争議その後に起きた技術導入
産業革命期
(18〜19世紀)
紡績・織物などの分野で労働争議が発生生産が追いつかなくなり、自動機械化への流れが強まった
19世紀
(鉄道・鉄鋼)
鉄関連産業でのストライキ各種の機械化・工程改良
フランス
(現代・継続的)
先進国で最もストライキが多い国ストの後に新技術が次々登場。シェアバイクが代表例
中国
(2010年前後)
工場ストライキが多発自動化設備への投資額が一気に増加。近年はAI導入率も急上昇
Amazon
(現代・継続的)
GAFAのなかでも特にストライキが多い倉庫の自動化、自動ロボット技術への集中投資
ロンドン
(2025年9月)
地下鉄の全面スト自動運転推進の論調がメディアで一斉に噴出
📌 Claude補足:中国の事例には学術的な裏づけがある

「2010年前後の工場ストライキの後、自動化への設備投資が一気に増えた」という指摘は、複数の実証研究と整合する。自動車部品サプライヤー8社を長期追跡した研究(Luo, Asia Pacific Journal of Human Resources, 2025)は、2010年のストライキを契機に各工場で企業内労働組合が設立されて団体交渉が定例化し、経営側が自動化を積極的に推進するようになったと報告している。

賃金側からの経路も確認されている。2001〜2012年の中国企業のロボット輸入を分析した研究では、最低賃金の上昇がロボット導入を促し、その効果は定型業務集約的・労働集約的・大規模な企業ほど有意だった。中国の平均最低賃金は1998年の213.8元から2012年の1,004.8元へ、およそ5倍に上昇している。中国は2016年以降、産業用ロボットの世界最大の導入国であり続けている。「労働コスト圧力と労働争議が自動化投資を誘発する」という講義の主張は、この点に関しては研究文献に支持されている。

PART 2

経営者側から見た因果——「ロボットはストライキを起こさない」

なぜストライキが技術導入を生むのか。マイキー氏はこれを、経営者の意思決定の連鎖として分解した。

ストライキ発生後に経営側が直面する連鎖

① 労働賃金の引き上げ要求により労働コストが上昇する。
② 次に供給リスクが増える。従来の生産量に間に合わなくなる。
③ しかし企業は生産性の継続を確保しなければならない。
④ ここで非対称性が働く——人間はストライキを起こすが、ロボットも技術も起こさない。
⑤ 生産性を担保するための投資が始まる。人数が減っても生産量が増えれば、生産性に直接ヒットする。

この整理の核心は④にある。労働争議は、人間という生産要素に固有のリスクを可視化する。そのリスクが可視化された瞬間、そのリスクを持たない代替手段——機械、ロボット、AI——の相対価値が跳ね上がる。マイキー氏の表現では「人間が感情的にやってしまう、そのバグになっている部分を機械やAIで補う設備投資が始まる」ということになる。

そして同時に、供給側にも変化が起きる。ストライキで生産量が落ち、非効率が生じ、経済にダメージが及ぶ。それを解決しなければならないという需要が生まれると、スタートアップが出てくる。それまで売れていなかった技術、使えるのに認知されていなかった技術が、急に営業しやすくなる。ストライキは、技術の売り手にとって市場を開く出来事でもある——この供給側の視点が加わることで、単なる代替の話が産業形成の話に広がった。

「ストライキは決してマイナスなものではない」

ここまでの整理を踏まえて、マイキー氏は自らストライキを「一つの自己主張、団体主張、団体のプレゼンテーションと同じ」と定義した。プレゼンテーションであるということは、それは情報の伝達手段であり、伝達されなければ受け手(経営側)は動かないということでもある。

PART 3

良いストライキと悪いストライキ——内生性という補助線

ただしマイキー氏は、この仮説に留保を付けた。調べていくうちに「良いストライキと悪いストライキがある」と気づいた、というのである。そこで持ち出されたのがエンドジェネイティ(endogeneity/内生性)という概念だった。

整理はこうである。ストライキが起きるということは、何かしら不都合な情報が存在し、それを会社に訴えるという行為が発生しているということだ。ただし、その訴えの内容が経済合理性と反している場合がある。会社の合理性に反しているにもかかわらず、それを補う形で設備投資が増加していく——これはマイキー氏の評価では良い方向である。技術を取り入れることになるからだ。

一方で最悪のパターンとして挙げられたのが、新しい技術を取り入れることによって誰かが怪我をする、誰かが痛めつけられる、誰かの雇用が怪しくなる、という理由で起こるストライキである。この場合、争議は技術導入を促すのではなく阻止する方向に働く。そして、日本で起きているのはまさにこちらだ、という診断が続く。

技術導入を生むストライキ

賃金・労働条件を争点とする。要求が経済合理性と衝突するため、経営側は生産性を担保する別の手段——自動化・機械化——を探す。結果として設備投資が増え、新技術の市場が開く。ロンドン、フランス、Amazon、2010年前後の中国。

技術導入を止める抵抗

新技術そのものを争点とする。自分たちのポジショニングが崩れる、雇用が危うくなるという理由で導入に反発する。設備投資は起きず、技術は入らない。日本のDX反対、マイナンバーカードと保険証の統合をめぐる反発がここに分類された。

PART 4

日本で技術が入らない理由

議論の後半は、日本の技術導入の遅さを説明する試みに移った。マイキー氏が挙げた事例は具体的である。

DXへの反対と、マイナンバーカードの統合問題

「DXを入れますか」という問いに対し、日本では約6割の企業が反対したという事例が紹介された。なぜDXやITを嫌がるのか。それが入ることで自分たちのポジショニングが崩れるからだ、というのがマイキー氏の読みである。要確認(この「6割」という数字については、出典となる具体的調査を今回特定できなかった。)

さらに具体的な例として、健康保険証とマイナンバーカードの統合をめぐる医学会の反発が挙げられた。統合したほうが合理的なのは明らかであるにもかかわらず、使えない人たちがいるからという理由で反対し、導入コストが非常にかかると主張する。しかし政府はその導入費用を出すと言っている。それでも足りないと言うのは、1円も払う気がないということではないか——という厳しい見方である。セブンイレブンをはじめ一般企業は自社の投資で技術を導入しているのに、という比較が置かれた。

「合理性 vs 民主主義」という問題設定

ここでマイキー氏は、かなり踏み込んだ主張をしている。良いものであればどんどん取り入れるべきで、そこに民主主義は関係ない。民主的な手続きを踏むと、合理性より非合理性が高くなってしまう。中国は根回しをせずに勝手に導入する。韓国も同様のことをやる、と。

📌 Claude補足:韓国のキャッシュレス施策——発言と公開データの食い違い

講義では「韓国は1年後に年商200万円以下の企業は全部キャッシュレスの技術を入れてくださいと義務化した。それによってキャッシュレスが世界一になった」と語られた。方向性としては正しいが、数値と条件の向きが実際とは異なる。

公開情報によれば、韓国では法律により年商2,400万ウォン(約240万円)以上の店舗にクレジットカード決済の受け入れが義務づけられている。講義では「200万円以下」と述べられたが、実際は一定規模以上の事業者に課される義務であり、条件の向きが逆になっている。

また、韓国のキャッシュレス化は単一の義務化政策ではなく複数施策の重ね合わせによる。1999年にはカード利用額の一部を課税所得から控除する制度(上限300万ウォン、利用額の20%)が導入され、2005年には現金決済時にも事業者が現金領収書を発行し記録が国税庁へ渡る「現金領収書制度」が始まった。加盟店側の義務化と、消費者側のインセンティブと、現金取引の可視化がセットになっている点が重要である。結果として韓国のキャッシュレス決済比率は2022年時点で99.0%に達している。

インフラが持たなくなるという危機感

小賀氏からは、技術導入の遅れを別の角度から捉える発言があった。地方のインフラ、特に交通インフラはこれから非常に厳しくなる。JR北海道、トラック輸送、そして郵便配達の問題。ドライバーが減り続けるなかで自動運転を導入しなければ、インフラ自体が持たない。「ここ半年1年でも持たなくなると思う」という強い危機感が示された。

JRについても、分社化の影響で判断が難しい面があるだろうが、結局は一度止まってみんなが困ってからでないと動かないのではないか、という悲観的な見通しが語られた。セブン&アイのTOBに反対が出たことについても、伊藤忠の会長が「(買収されれば)地方のセブンは全部潰されるのではないか」と述べていた、という言及があった。ここで小賀氏は根本的な問いを立てている——なぜセブンというプライベートカンパニーが地域のインフラを見なければならないのか。セーフティネットワークをきちんと入れ、交通インフラと安全のインフラを地域・地方の単位で考えなければならないのではないか、と。

そして最も切実な例として、80代・90代の高齢者がペダルを踏み間違えて子供を死なせてしまう事故が挙げられた。「社会問題としては本当に早急に解決しなければならない」。ただし選挙の帰趨次第では、そういうことは起こらないだろう、という諦めも同時に語られている。

医療インフラとDX

医療分野も同じ構図として扱われた。日本の病院の7〜8割が赤字経営であり、加えて後継者不在の問題がある。これから病院は淘汰されていく。そのなかで遠隔診断のような改革ができるかというと、現状ではほぼ不可能な状態にある。今日診てもらえる開いている病院を探せるプラットフォーム、あるいは病院が淘汰される際にまだ働きたい医師や看護師の次の勤務先が見えるプラットフォーム——そうしたものが可視化されれば素晴らしいはずだが、日本では導入されない。看護、介護も同様である。人がいない、ロボットも患者を診てくれない、外国人も入れない、では「行き倒れになるしかない」という表現が使われた。

日本の病院経営:赤字病院の割合(2023年度 → 2024年度)
出典:四病院団体協議会(日本病院会・全日本病院協会ほか)調査に基づく報道をもとにClaude作図。講義中の「病院の7、8割が赤字」という発言の裏取り
📌 Claude補足:「病院の7〜8割が赤字」は概ね正しい

四病院団体協議会の調査によれば、医業赤字となった病院の割合は2023年度の70.8%から2024年度には74.6%へ上昇し、経常赤字病院の割合も52.1%から65.6%へ悪化している。「7〜8割が赤字」という発言は、医業損益ベースで見ればほぼ正確である(経常損益ベースでは6割台半ば)。

地域別に見ると2024年度の営業赤字割合が最も高いのは四国(72.3%)で、次いで北陸(71.7%)、北海道(64.9%)、九州(63.8%)と続く。2025年度はさらに厳しくなるとの見通しが示されており、この回で語られた危機感は数値の裏づけを持っている。

2024年度 地域別の営業赤字病院割合
出典:帝国データバンク「全国『病院経営』動向調査(2024年度)」に基づく報道をもとにClaude作図

「職業が全部なくなるのが一番のユートピア」

この流れで、マイキー氏は自ら「クソみたいな考え方」と前置きしたうえで一つの逆説を出した。病院が減って3分の1くらいになれば、みんな健康に気を使うのではないか、と。医者のベストは患者を治すことだが、それ以上に医者がやっているのは予防を一緒に考えることである。だとすれば最強の状態とは、その職業が全部なくなることではないか。病院に行かない人が増えれば増えるほど、それは健康な国だということになる。

ここから話は予防医療、特に歯科へと展開した。小賀氏はイギリス在住時の経験として、必ず歯科衛生士によるケアを受け、そのうえで最悪の場合のみ医師に診てもらうという体制だったと述べた。歯を大事にすることでアルツハイマー病のリスクが下がるという指摘も出ている。60代から70代にかけて歯を失うと噛めなくなり、それが認知機能に影響する、という筋道である。日本では予防医療の観点が決定的に遅れており、病院が高齢者の社交場のようになってしまっている面もある、という認識が共有された。

マイキー氏からは、アメリカで最初に受けたカルチャーショックが「外国人は日本人より歯を大切にしている」ことだったという話が出た。理由を聞くと、アメリカでは歯科が高すぎるからだという。留学中の日本人が、現地で治療するより安いからと飛行機で日本に戻って歯医者に行っていた例まで紹介された。ここから引き出された論点は鋭い——セーフティネットの高さが、問題意識を落としている。虫歯になったら歯医者に行けばいい、という発想が成立してしまう環境が、予防への投資を抑制している、という構図である。

PART 5

アンチフラジャイル——この回の結論

セッションの締めくくりで、渡辺氏がこの日の議論全体を一つの概念で言い直した。それがアンチフラジャイル(antifragility)である。

渡辺氏の整理はこうだ。ストライキが起きるということは、すでに市場の破綻あるいは崩壊の予兆があるということである。そうした予兆に対して脆弱性を補おうとする働き、すなわちロバストネス(頑健性)が作動する。しかし多くの組織は、それを「起こさないようにする」「起きても揺らがないようにする」というネガティブな方向でしか捉えられない。フラジリティとロバストネスの対抗関係の中で思考が止まってしまう。

そうではなく、何かが起こったときにそれをプラスに転換する——これがアンチフラジリティである。破綻を破綻としてしか捉えられず、影響がないようにする、それによって揺らがない自分であるか、という点しか見ていないのが、これまでの価値観を維持しようとするロバストネスの限界だ、と。

渡辺氏の到達点

これから追求すべきなのは、どういうブラックスワンが起きたときに、それを自分のメリットにどう繋げられるか。それが起きたからこそ、自分が望む変化に対して追い風にできる——ストライキが新技術導入の布石になるというのは、まさにこれである。そして予測不可能性をプラスに持っていく能力は、教育でしか作れない。過去に起きたことを教育で防ぐのではなく、起きた波に乗る。これが、これからの企業が内部リソースを高めていく方法になる。だからこそ、陳腐化するような「価値(V)」よりも、それをどう評価するかという「組織(O)」の側に主軸が置かれることが、本当のケイパビリティになる。

この発言が重要なのは、前半のVRIO論——O→I→R→Vという逆順の提案——と、後半のストライキ論を一つに縫い合わせている点である。組織が持つべき能力とは、予測不可能な出来事をリソースに変換する能力である。だからOが先に来る。マイキー氏も「一見全然違うところを見ていても、大体そういうところで繋がってくる部分が結構見えるものだ」と評価している。前回の勉強会で渡辺氏が扱ったエントロピーの話とも繋がる、という指摘もあった。

関連して、アンラーニング(unlearning)という語も登場している。自分たちのリソースを強化する、あるいは予測不可能性を捉えて違った価値観を入れていく——そのための手段としての位置づけだった。

日本におけるストライキの歴史(小賀氏)

「バブル期以前の日本にはストライキが多かったのでは」という問いに対し、小賀氏から歴史的な整理があった。ストライキはよくあった。特にJRの前身である国鉄時代がそうである。戦後に左翼勢力が非常に強く出たため、大学での全共闘のような運動もあり、その流れで労働組合が非常に強くなった。結果として解雇ができなくなり、その法制度がそのまま残ってしまった。だから経営側は怖くてそんなこと(解雇)は言えない、という状況になっている、と。

そのうえで小賀氏は、マイキー氏の仮説を支持する形でこう述べた。ディスラプティブな形での何らかの革命、もしくはストライキがあることによってサービスが停滞し、だからイノベーションが起こるというところは、実際にあると思う、と。日本で起きているのは「みんなでやれば怖くない」という精神すら消えた状態だ、という指摘も出ている。

Q & A

質疑応答(全件)

(マイキー氏から渡辺氏へ)ストライキが多い国のほうが新技術が導入されるという話、気になりませんでしたか?
おっしゃる通り。そこで陳腐化されるものが早いということ。価値はV→R→Iの順で陳腐化してくるが、そこに変わらないものがあるとすれば、それをどうオーガニゼーションするかという部分だけ。現状の変化にどう対応できるかが大事になる。その要素自体はすぐに変換できるものだが、それをどう組み立てるかという構想力だけは市場から出てこないものなので、テクノロジーがそれに代替するということだと思う。
バブル時代とか昔の日本には、ストライキ的なものが結構多かったと聞いていますが、実際どうだったんですか?
(小賀氏)ストライキはよくあった。特にJRの前の国鉄時代。戦後に左翼勢力が非常に強く出たので、大学での全共闘のような動きもあった。その流れで労働組合が非常に強くなり、解雇もできなくなった。その法制度がそのまま残ってしまったため、経営側は怖くて解雇を口にできない状況になっている。ただ、ストライキによってサービスが停滞するからイノベーションが起こる、という因果は実際にあると思う。
歯科について、定期的なチェックアップを促している歯科医院は日本にも増えているのでは?
(小賀氏との議論)統計的に見ると、日本は歯科医院の総数が多いぶん、衛生士が在籍している歯科医院の割合はまだ限られる。イギリスでは必ず歯科衛生士によるケアを先に受け、最悪の場合のみ医師に診てもらう体制だった。日本では最近になって矯正が保険適用になり、3ヶ月に1回の歯科衛生のチェックも受けられるようになってきたが、予防医療という観点では依然として遅れている。
会社の立場からすると、ストライキで事業が止まるリスクを感じたら会社を守る方向に動くはずです。ただ日本では労働者をそもそも切れないので、彼らが働きやすいように、文句を言わないようにコストをかける。人件費が固定費のようなものなので、その枠内で考えてしまう傾向があるのでは。本来は新しい仕組みを作ってリスクに対応できるようデザインすべきなのに、彼らを雇う前提でシステムを作らなければならないから動きづらく、改善の方向に進まないという気がするのですが。
(渡辺氏)もちろんそれはあると思う。だからそれに対して、従来の方向で対応するのか、それとも投資判断の納得性といったところに軸をずらすのか。そこは結局、経営判断ではないか。そこをどう理解し、どう評価するのかという評価体制を変えるだけだと思っている。
(マイキー氏の総括に対して)今日の議論のポイントは何だったと考えますか?
(渡辺氏)ストライキが起きるということは、すでに市場の破綻・崩壊の予兆があるということ。それに対して脆弱性を補おうとするロバストネスが働くが、多くはネガティブにしか捉えられない。そうではなく、何かが起こったときにそれをプラスに転換するアンチフラジリティという見方ができることが、今日の大事な点だったと思う。予測不可能性をプラスに持っていく力は教育でしか作れない。だからこそ、陳腐化する価値よりも、それを評価するオーガニゼーションの側に主軸が置かれることが本当のケイパビリティになる。
宿題・アクションアイテム

持ち帰るべき課題

  1. ストライキと新技術導入の相関について、自分でも一次データにあたる。フランス・イギリス・中国・米国の労働争議データと、同期間の設備投資額・ロボット導入台数を突き合わせてみる。マイキー氏は既に論文・調査を読み込んでいるため、同じ土俵で議論するには裏取りが要る。
  2. 「良いストライキ」と「悪いストライキ」の分類軸を精緻化する。争点が賃金・労働条件にあるものと、新技術そのものへの反対にあるものとで、その後の設備投資の動きがどう違うかを事例で検証する。
  3. エンドジェネイティ(内生性)という概念を、経済学の文脈で正確に押さえ直す。この回では「不都合な情報があって会社に訴える行為が発生する」という意味で使われたが、計量経済学における内生性(説明変数と誤差項の相関)とは用法が異なるため、混同しないよう整理しておく。
  4. アンチフラジャイルとロバストネスの区別を、自社の意思決定に当てはめる。リスク事象に対して「起こさないようにする」設計になっていないか、「起きたときに利益に変える」設計になっているかを点検する。
  5. 日本のDX反対に関する定量データを探す。この回で言及された「6割の企業が反対」という数値の出典を特定する。
  6. 地方インフラ(交通・物流・郵便・医療)について、自動化が間に合わなかった場合の時間軸を見積もる。「ここ半年1年で持たなくなる」という危機感が妥当かどうかを、自分の担当領域で確認する。
GLOSSARY

用語集

アンチフラジャイル(Antifragile)
ナシーム・ニコラス・タレブが提唱した概念。衝撃や変動を受けたときに、耐えるのではなく、それによって強くなる性質。ロバストネス(耐える)を超えた第三の状態として位置づけられる。この回の結論を言い当てた語。
ロバストネス(Robustness)
頑健性。外部からの衝撃を受けても壊れず、元の状態を維持する性質。この回では「変化をプラスに変えられない」限界として、やや批判的に扱われた。
フラジリティ(Fragility)
脆弱性。衝撃によって損なわれる性質。ロバストネスの対義語であり、アンチフラジャイルの反対概念でもある。
エンドジェネイティ(endogeneity/内生性)
この回では「ストライキが起きること自体に問題があり、不都合な情報の存在を示唆している」という文脈で使用された。争議の内容が経済合理性と反する場合に、それを補う形で設備投資が増加する、という構図を説明する補助線として持ち出された。
アンラーニング(unlearning)
既存の知識や成功体験を意図的に捨てて学び直すこと。予測不可能性を取り込み、違った価値観を入れていくための手段としてこの回で言及された。
RMT
National Union of Rail, Maritime and Transport Workers。イギリスの鉄道・海運・運輸労働組合。2025年9月のロンドン地下鉄全面ストを主導した。
ATO(自動列車運転装置)
Automatic Train Operation。列車の加減速や停止をソフトウェアで自動制御する仕組み。ロンドン地下鉄の主要路線ではすでに導入済みで、それでも運転士のストで路線が止まることが「無人運転を」という論調を呼んだ。
予防医療
発症前の段階で介入し、疾患の発生そのものを抑える医療。この回では歯科衛生士による定期ケアが代表例として扱われ、日本の遅れが「セーフティネットの高さが問題意識を落としている」という構図で説明された。
全共闘
全学共闘会議。1960年代後半の日本の学生運動組織。この回では、戦後の労働組合の強大化と、その帰結としての解雇規制の残存を説明する文脈で言及された。