大手金融機関の見通しを大量に読み込んだうえで、講師が講義で扱ったのは予想そのものではなかった。「この予想が崩れるとき、どんなニュースが先に出てくるか」。年初に置かれたその問いを、2026年8月末までの実績と突き合わせる。
後半の講義は、講師が多数の銀行・ファンドの2026年見通しを読み込んで抽出した傾向の共有から始まった。全15項目のうち、この日は最初の3項目(経済・投資の全体像、成長見通し、インフレ)を扱っている。ただし講師は早い段階でこう断った。傾向そのものは資料を読めば参加者にも分析できる。見てほしいのは、この予想に対するアンチテーゼであり、「こういうニュースが出てきたらやばい」を頭の中にどれだけ想像できているかだ、と。
コンセンサスの骨格は四つに整理された。第一に、2026年は2025年に起きたサイクルの延長線上にあり、何かが劇的に変わる年ではない。リセッションは回避され、成長が持続する。第二に、AIについては「投資すればよかった」局面から、整えたインフラをどう経済に効かせるかという局面へ移る。道路を作る人が偉かった時代から、その道路がどれだけ使われて物流が加速したかを問う時代への移行だと講師は言い換えた。第三に、米国例外主義が一巡し、成長がヨーロッパやインドへ波及する。第四に、それでも三つの不協和音――関税と貿易摩擦、労働市場、割高なバリュエーション――は無視できない。
講師が最も強調したのは、AIが利益に変わるかどうかを企業自身が数字で示すかという点だった。現状、ハイパースケーラーはAIによって生産性がどれだけ上がったかを明確な数字で出していない。広告費やデータセンター売上は出ても、利益率をどれだけ改善したかは口頭ベースにとどまる。これを開示してくるかどうかが期待と懸念の分岐点になる、という指摘である。
「ブラックロックもバンガードも2025年予想を外した」。講師はそう述べたうえで、コンセンサスを覚えることの価値を切り下げ、代わりにネガティブニュースをどれだけ集められるかという批判的思考を置いた。予想の中身ではなく、予想が反証される条件のリストを持つことがリサーチだ、というのがこの回の主張である。
経済全体については、リセッションが回避されているためサイクルの延長線上にあるというのが大方の金融機関の見立てだった。そのうえでAIの局面が変わる。これまで巨額投資をしていたところが強くなったが、これからはインフラを整えた結果としてそれが経済をどう支えるかというフェーズに入る。
米国一極の状態が一度終わり、成長が周辺へ派生していく。ヨーロッパの回復とインドの躍進が具体例として挙がった。ただし三つの不協和音がある。関税と貿易摩擦、労働市場、そして割高なバリュエーションである。最後の点について講師は「バブルではなく、あくまでバズである」という整理を紹介した。
四つ目のテーマが投資環境で、資料の表現は「合理的熱狂と選別」だった。利下げとAIブームが株式やクレジット資産に追い風となる一方、債券市場では中期金利と短期金利のスティープ化が起きうる。何より、これまでAIと名がつけば何でも上がった状態から、AIで利益や生産性に寄与しないと勝てない状態へ移る。バリュエーションがついていたものにバリュエーションがつかなくなる――これが「選別」の中身である。
講師はここで、資産価格の上昇によって株式が上がる段階から、確実な利益成長を問う一段上の段階へ移ったと述べ、これは自身が2024年から言い続けてきたことで、2026年になって金融機関の予測がそこに追いついてきたと位置づけた。
2026年8月時点でS&P500は7,700ポイント台で推移しており(8月7日終値7,757.64)、8月には複数回の最高値更新が報じられている。一方で市場の関心はもっぱら米長期金利の動向と個別のAI関連決算(8月26日のNVIDIA決算など)に集中しており、「指数全体が一様に上がる」局面ではなくなっている点は、講義で言われた選別の局面と整合する。
成長見通しについて、講師が金融機関の分析から抽出したキーワードは二つ、レジリエンス(弾力性)とコンバージェンス(収斂)だった。米国経済はソフトランディングに向かって成長率がさほど高くならず、むしろ出てくるのはヨーロッパ、なかでもドイツだという。
講師の説明では、ドイツが5000億ユーロの特別基金を作ってこれを投じてくる。ヨーロッパは財政赤字に対して極めてシビアだったが、ドイツがそれを壊しに来るので、欧州経済全体に資金が回るエンジンになる。一方でフランスとイギリスは政治的不透明性と財政懸念を抱えており、ドイツと二極化して良くなる側と悪くなる側に分かれる可能性がある、と。
財源を問われた講師は、国債発行だと答えた。長期国債を大量に発行して財政を拡張していくと財政懸念が高まり、逆に国債が売られる状態にもなりうる。そのため「5000億ユーロが本当に捻出できるかは謎」「90兆円でしょ、無理でしょ」と述べたうえで、それでもドイツだけが積極財政を打ち出すことで一時的に資金が集まりやすくなる、と整理した。
ドイツの5000億ユーロ基金は、2026年に新たに始まる計画ではなく、2025年3月に成立済みである。連邦議会が3月18日、連邦参議院が3月21日に基本法(憲法に相当)改正案を可決し、債務ブレーキの適用外となるインフラ特別基金が創設された。総額5000億ユーロは単年ではなく今後12年間にわたって投じられる設計で、うち1000億ユーロが気候変動対策、1000億ユーロが州への配分に充てられ、対象は交通・エネルギー・医療・教育・介護・デジタル化・研究とされている。
したがって「5000億ユーロ=約90兆円を一度に集められるはずがない」という講師の疑問は、制度設計上は前提が異なる。年平均では400億ユーロ強の規模であり、一回の巨額調達ではない。ただし、防衛費の膨張と合わせて国債発行が積み上がり、長期金利と財政懸念が跳ね返るという講師の警戒の筋そのものは、基金の構造とは独立に成り立つ論点である。この差の理由は各自で原資料に当たって確認すべきところ。
中国については、不動産問題を抱えながらも輸出の貿易黒字である程度埋め合わせ、安定成長のシナリオを描く金融機関が多い(成長率4〜5%程度)。東南アジア、特にインドは利下げを進めて資金が回る仕組みを作っていく。成長の推進力として挙げられたのは、金融緩和の浸透、財政拡張、そしてAIの社会実装の三つである。
過剰在庫を海外へ安く出し続けると、米欧や他の主要国の自国産業が打撃を受け、報復関税に発展しうる。そうなれば中国国内経済の方が苦しくなる。講師は12月までを含めた貿易黒字が1.1兆ドル規模という数字に触れつつ、加速しすぎると自国に跳ね返ると指摘した。数値要確認
インフレの項目で講師が最初に投げたのは、「インフレ目標2%を聞いたことがある人」という問いだった。ほぼ全員が知っている。では、その2%は何を根拠に決めた数字なのか。
講師の説明はこうだった。アメリカとイギリスの景気が最も良かった時期が2%だったから、世界中も2%をベースにしましょうという話になった。だから日本にとって2%が合理的なのかと言えば違う。中国も同じである。そのうえで、アメリカは現在3%の段階でも成長し続けており、目標が3%へ移る可能性を自分は1〜2年前から言ってきた。いま金融機関自身がその予測を始めた――と。
インフレ目標2%の起源は、米英ではなくニュージーランドである。1970年代から80年代前半にかけて二桁インフレが続いたことを背景に、1989年にニュージーランド準備銀行法が成立し、大蔵大臣と準備銀行総裁が政策目標協定(PTA)を結ぶ枠組みが作られた。1990年の最初のPTAで数値目標が明示されたのが、世界初のインフレターゲティング導入とされる。当初の目標は0〜2%というレンジで、単一の2%ではなかった。その後カナダ、英国、スウェーデンなどが追随し、米FRBが正式に2%を長期目標として公表したのは2012年、日銀の「物価安定の目標」2%は2013年である。
つまり、2%という数字が理論的必然ではなく歴史的経緯で広まった、という講師の論旨の方向は妥当だが、その経緯の中身(米英の好況期に由来する)は公開されている制度史と一致しない。ここは発言のまま受け取らず、原典に当たるべき箇所である。
インフレを押し上げうる構造要因として、関税、移民政策と労働市場、財政支出の三つが挙げられた。抑制側は二つで、原油価格の供給過剰によるコスト低下と、AIによる生産性向上を通じた企業のコスト削減である。ただし後者が効くということは「人はいらない」という時代になることでもある、と講師は付け加えた。
投資家が警戒すべき点として挙がったのは、生産性が上がったのはAIの能力が上がったからであるにもかかわらず、労働者側が自信を持って賃上げを主張し始める展開である。もう一つはAI投資の副作用で、巨額投資が他へ流れて供給が圧迫され、むしろ物価が上がる可能性。
物価のショックは消えた。しかし物価が高い状態が日常化している。中央銀行は2%達成をなかなか出せず、アメリカを中心に3%という相場観が出てくる可能性がある。
もう一つ講師が転換点候補として挙げたのが、原油は安くなるが電気代は高くなるという逆転現象である。データセンターで大量の電力が使われ、送電網が足りない可能性が出てくれば、電気代が上がる。原油価格を見てインフレが落ち着いたと判断すると、電力コストを見落とす。
図1:米消費者物価の推移と「2%目標」の距離(2026年6月・7月実績。出典:BLS発表を報じた各社報道/Claude作図)
2026年7月の米CPIは前年比3.4%(前月比0.1%)で、6月の3.5%からわずかに低下した。食品・エネルギーを除くコアCPIは前年比2.5%(6月2.6%)。ヘッドラインが3%台で高止まりし、2%目標から一貫して距離を保っている状態は、講師が年初に述べた「3%が常態化する」という見立てとおおむね整合する。概ね的中
一方、金融政策は「パウエル退任後に積極的な利下げ」という展開にはなっていない。7月のFOMCは9対3で据え置きを決定し、8月のCPIを受けても25bp利下げが議論の俎上に載る程度で、市場は10月・12月に軸足を置いていた。7月雇用統計では失業率が4.1%(6月4.2%)に低下したものの雇用者数は予想外の減少、4〜5月分も合計7.4万人下方修正され、労働参加率は61.4%と2021年初以来の低水準となった。講師が「求人件数と退職率の低下」を警戒指標に挙げていた領域で、実際に減速が確認されている。利下げ加速は不発
ここからが講師の言う本題である。コンセンサスが崩れる合図として、以下が列挙された。
第一に、決算でAIによる生産性・利益率の改善が数字で開示されるかどうか。開示されれば期待値が一気に上がり、されなければ懸念派が増える。第二に「AI疲れ」。巨額投資を続けても利益率が改善しない場合、株主から批判的なメッセージが出始める。大株主がポートフォリオを組み替える可能性があるため、講師はこの年のマルチアセット投資・分散投資の動向を転換点として見るよう強く勧めた。第三に、送電網と電力不足という物理的限界。規制緩和と送電網工事が進まなければ、拡大投資は希望的観測にとどまる。Oracleやその周辺がデータセンターの1年遅延を発表している事例が挙がった。
利下げについては、財政拡大を懸念した「悪い金利上昇」が起きていないかを見る。金融機関は利下げを前提としているため、その予定が後ろ倒しになったり、最悪利上げのトーンが混じったりした瞬間に、コンセンサスは崩れる。米10年債利回りが5%を突破し、政策への不信が表面化する展開が明示的な閾値として挙げられた。加えて、FRBの独立性が損なわれ政府の圧力で利下げしていると見なされれば、投資家の懸念が高まって逆に金利が上がる、という逆説も指摘された。
米国市場の強さは個人消費に支えられており、それは雇用が維持されている前提の上にある。失業率が5〜6%へ加速する、求人件数と退職率が低下する(=次の仕事が見つからないので留まる)といったデータが出れば、消費抑制の指標になる。加えてクレジットカードやローンの延滞率。特に、2026年に効いてくる減税策で家計のキャッシュが増えるはずなのにそれでも延滞率が上がるなら深刻だ、という条件付きの読み方が示された。
関税の価格転嫁は6〜18か月かかると言われる。2025年4月に発動し6月に延長された経緯から、2026年2〜3月頃に価格関連のニュースが出てくると予想できる。見るべきは世界の貿易量の増加率で、年比で減少に転じれば縮小のサイン。もう一つはリショアリングによるマージン圧迫のニュースで、建設費や人件費が企業利益を圧迫し始めれば話が変わる。
もしAIの成果が2026年になっても利益として出なかったら。もし積極財政のせいで長期金利が上がり続けたら。もし関税でコストが増え、企業が価格転嫁できずに消費が冷え込んだら。この三つが逆回転のトリガーで、1月末から2月にかけて兆候が出る可能性はゼロではない、というのが年初時点の見立てだった。
レジリエンスに見えても、実際に現れるのはK字型の経済圏である。上がるものと下がるものがはっきり分かれ、勝ち組と負け組が明確に出る。サプライチェーンとバリューチェーンの見直しは大企業ほど有利で、価格転嫁もしやすい。小売のより小さい中小企業は転嫁できず利益率が圧迫される。皮肉なことに、ダメな企業が潰れて大企業に集約されることで、市場全体としては安定して見えてしまう。講師自身が「すごくひどいことを言っているが」と断ったうえでの整理である。
講師が最重要視した「送電網と電力の物理的限界」は、2026年に入って明確に顕在化した。米国のAIデータセンターについては約40%が遅延しているとの報道があり、電力、送電網への接続、変圧器やガスタービンの長い納期、許認可と地域の反発が複合的なボトルネックとして指摘されている。テキサス州でOracleがOpenAI向けに建設中の1,200エーカー・10棟のキャンパス(最終容量1.4GW)は、2026年4月初旬時点で6区画が整地されたのみ、実際に工事が進んでいるのは1区画にとどまっていた。的中
もう一つ講師が挙げたフリーキャッシュフローの枯渇も現実になった。ハイパースケーラーのFCFは急速に縮小し、潤沢な手元現金で投資を賄う無借金体質から、社債を発行して設備投資の不足分を補う動きが広がっている。年末にAmazonやMicrosoftが起債を増やした件を講師は「一つのトリガーになりうる」と述べていたが、その後さらに常態化した。的中
ただし、それでも投資額そのものは減速していない。主要5社(Microsoft・Amazon・Alphabet・Meta・Oracle)の2026年設備投資総額は6,020億ドル規模と、2024年の約2,560億ドルから2年で2倍超になる見込みとされる(AI関連はうち約75%、約4,500億ドル)。別の推計ではAI関連CapExを7,251億ドルとするものもあり、推計値には幅がある。「遅延はしているが投資は止まっていない」というのが8月時点の姿で、講師が置いた二択(開示されれば期待、されなければ懸念)よりも複雑な状態になっている。
図2:主要ハイパースケーラー5社の設備投資総額(2024年実績と2026年見込み。推計値には出典により幅がある/Claude作図)
この回は相場と企業が主題であるため、年初に置かれた見立てを2026年8月末時点の公開情報と突き合わせる。以下はClaudeによる事後の検証であり、勉強会での発言ではない。
| 年初の見立て | 2026年8月末時点 | 判定 |
|---|---|---|
| インフレ目標が2%から3%へ、3%が常態化する | 7月CPI前年比3.4%(6月3.5%)、コア2.5%。3%台で高止まり | 概ね的中 |
| パウエル議長の任期が2026年5月に来る。その後に積極的な利下げが来る可能性 | 任期は5月15日満了。上院が5月13日にウォーシュ氏を承認し、5月22日就任。パウエル氏は理事として残留(任期2028年まで)。ただし積極利下げは起きず、7月FOMCは9対3で据え置き | 日程は的中利下げ加速は不発 |
| 雇用の減速指標(求人・退職率)を見ろ | 7月失業率4.1%、雇用者数は予想外の減少、4〜5月分を計7.4万人下方修正、労働参加率61.4%と2021年初以来の低水準 | 着眼は的中 |
| 電力不足・送電網で拡大投資が遅れるニュースが出る | 米AIデータセンターの約4割が遅延との報道。OracleのテキサスOpenAI向けキャンパスは4月時点で1区画のみ着工 | 的中 |
| FCFの枯渇と社債発行が引き金になりうる | ハイパースケーラーのFCF縮小、社債による資金調達が常態化 | 的中 |
| ドイツが5000億ユーロを国債で捻出できるか謎 | 基金は2025年3月に成立済み、12年間の分割投入。単年の巨額調達ではない | 前提が誤り |
| 中国のCXMT・YMTC・XMCを見ておくべき | CXMTは2026年7月に上海科創板へ上場、調達額はアジア最大規模の約1.4〜1.6兆円、時価総額約80兆円。YMTCも上場準備中 | 的中 |
| グリーンランドとカナダで必ず話が出てくる | トランプ大統領が1月9日会見で領有に向けた措置に言及。2月にルビオ国務長官がデンマーク・グリーンランド両首相とミュンヘンで会談、6月には年内合意との報道 | 的中 |
講師が「HBMの本命」として名指ししたCXMT(長鑫存儲)は、2026年7月27日に上海証券取引所科創板へ上場した。調達額は少なくとも579億元(約1.4兆円)、オプション行使を含めると666億元(約1.6兆円)規模で、2026年のアジア最大級のIPOとなり、時価総額は約3.28兆元(約80兆円)と中国市場最大の上場企業になったと報じられている。ただし本命視されたHBM自体は難航しており、上海で建設中のHBMパッケージング拠点はHBM3の量産を2026年末目標としているものの、当初の2026年上期目標から繰り返し後ろ倒しされ、7月時点では年内量産は困難との見方が出ている。「銘柄としては当たったが、技術の進捗は講師の見立てより遅い」というのが実際のところである。