ひとつの指標を見て結論を出す。相関を因果として語る。都合のいい国だけを比較対象に選ぶ。この日の後半は、そうした「データの使い方の劣化」を具体名を挙げて解体し、代わりに何をすればいいのかを、因数分解・オルタナティブデータ・プロキシ変数・反証可能性という四つの道具で示していく。
この日の講義の後半は、前半で扱った債券市場の逆転現象を「一つの観測に二つの説明を当てて選び直す」実例として振り返るところから始まった。逆転を主権リスクとして読む説と、需給として読む説。どちらも同じデータを見ているのに、結論が正反対になる。ではどうやってどちらかを選ぶのか。その方法論が、この後半のテーマである。
マイキー氏がまず取り上げたのは、雇用統計をめぐる自身の発言だった。7月の時点で6月の雇用統計を語ったとき、数字が良かったから為替が素直に反応したが、その値動きは間違っている、と YouTube で述べた。結果として、8月に発表された7月の雇用統計は最悪の内容となり、相場は一気に反転した。ここで重要なのは予測が当たったことではなく、なぜそう読めたのか、という手続きである。多くの人は雇用統計や消費者物価の見出し数値だけで判断する。ひとつのデータが正しいと思ってしまう。だが本当に大事なのは、その数字の中身が何で構成されているかである。
この「中身を見る」という作業が、講義でいう因数分解にあたる。売上は伸びていないが資金調達が非常にうまくいった企業と、資金調達も営業利益も伸びている企業。フリーキャッシュフローが同じでも、この二つは価値が違う。営業キャッシュフローと投資キャッシュフローに分けて見れば、その差が現れる。データをひとつのまま扱えば判断できないものが、分解すれば判断できるようになる。手法としては残差分析、回帰分析、分散分解といったものが挙げられた。
そして講義は、因数分解を怠った議論の実例として、ある経済評論家の主張を取り上げる。人口減少下でも経済成長している国としてリトアニアとエストニアを挙げ、だから日本も移民を入れずに成長できる、と論じたもので、数十万回の再生を集めていた。マイキー氏の批判は、比較対象の条件がまるで揃っていないという一点に尽きる。先進国と発展途上国の違い、人口ピラミッドの形の違い、そして人口減少の原因の違い――バルト三国の人口減少には国外流出が大きく含まれており、出生率だけの話ではない。賃金水準が低いことで輸出競争力と外貨獲得力が確保されているという条件も揃っている。これらの変数を無視して結論だけを取り出せば、どんな主張でも作れてしまう。
データで真実はいくらでも曲げられる。曲げられるからこそ、そのデータ自体を固くするために、多角的な視点を用意する必要がある。固くするとは、自説を強める材料を集めることではなく、自説を否定しうる材料を先に手元に置いておくことである。否定できる準備をした人の主張だけが、否定されなかったときに強くなる。
後半では、この作法が二つの方向に展開された。ひとつは、公式統計や財務データの外側にある情報を使うオルタナティブデータ分析。もうひとつは、直接測れない概念を別の観測可能な指標で代替するプロキシ変数分析である。さらにゲストの上野氏(データサイエンティスト)、小島氏(医療系研究者)、渡辺氏(社会学)が加わり、交絡因子、実証主義の三段階、反証可能性、近代の二分法批判へと議論が広がっていく。最後には、マイキー氏自身がかつてアメリカで作った広告システム――クリック率だけを跳ね上げて売上に繋げず、その失敗をコンサル料に変換するという仕組み――が明かされ、「疑えないように設計する側」の視点が提示された。
講義が最初に置いた具体例は、二つの企業の比較である。片方は売上がまったく伸びておらず、営業利益もゼロだが、資金調達が非常にうまくいった。もう片方は資金調達もうまくいき、営業利益も伸びている。どちらが優良企業か。答えは明らかに後者である。だがフリーキャッシュフローの数値だけを見ると、この二つが同じ値になることがありうる。
ここで必要になるのが、キャッシュフローを営業キャッシュフローと投資キャッシュフローに分けて見る作業である。ひとつの合成された数字を、それを構成する要素に分解する。これが因数分解である。
| 企業 | 営業利益 | 資金調達 | フリーキャッシュフロー | 合成値だけを見た判断 | 分解後の判断 |
|---|---|---|---|---|---|
| A社 | ほぼゼロ | 非常に好調 | X | 同等に見える | 調達に依存した状態。事業自体は価値を生んでいない |
| B社 | 伸長 | 好調 | X | 事業と調達の両輪が回っている。明確に優位 |
表1:講義中の設例を整理したもの。同じ合成値でも、構成要素に分けると評価は逆転する。
講義で挙げられた分析手法は次の三つである。いずれも「観測された値を、説明できる部分と説明できない部分に切り分ける」という思想で共通している。
| 手法 | 英語名 | 何をする道具か |
|---|---|---|
| 残差分析 | residual analysis | モデルで説明できた部分を差し引き、残った誤差の構造を見る。想定外の要因が潜んでいる箇所を炙り出す。 |
| 回帰分析 | regression analysis | 複数の説明変数が結果にどれだけ寄与しているかを推定する。単純な相関を、他の変数を統制したうえでの寄与に置き換える。 |
| 分散分析/分散分解 | variance decomposition | 結果のばらつきが、どの要因からどれだけ来ているかを配分する。「何が効いているか」を量的に語れるようにする。 |
表2:講義中に列挙された分析手法。名称はClaudeが正式表記に補正。
音声認識では「リシルアナアナリシス」「バランスデコポジション」と記録されていた。文脈から前者は residual analysis(残差分析)、後者は variance decomposition(分散分解) を指していると判断し、本レポートでは正式名称で表記している。文脈から確定
ここで上野氏に発言が振られた。一般の発信者が「なぜその数字になったのか」という構成要素の部分まで説明することは、ほぼないという指摘である。だからこそ、後ろ側のストーリーを話す人の話が面白く聞こえる。逆に言えば、面白く聞こえる理由が「珍しいから」である時点で、市場全体の分析水準がその程度だということでもある。
講義が槍玉に挙げたのは、ある経済評論家の動画である。移民問題を扱う人間にはそれで得をする人がいるのであって、本当に国内経済を高めたいなら移民は入れるな――そういう主張だった。根拠として提示されたのが、人口減少下でも経済成長している国としてのリトアニアとエストニアである。
マイキー氏の批判は複数の層に分かれている。
先進国と発展途上国、あるいは経済規模も産業構造も異なる国を並べて「同じことができるはず」と論じている。これは前半の債券の議論と同じ誤りである。条件変数を揃えないまま、結論だけを持ってくる。
日本は高齢層が圧倒的に多く、出生率が低い。どちらが活発に消費するかといえば、中間層の年齢が厚い国である。総人口という一つの数字ではなく、その内訳を見なければならない。ここでも因数分解の話に戻る。
バルト諸国の人口減少には、国外に出ていった人々が含まれる。出生率だけの現象ではない。原因が違えば、そこから導かれる政策的含意も違う。
リトアニアやエストニアは賃金水準が相対的に低く、輸出しやすく外貨を稼ぎやすい条件が揃っている。だから人口が減っても経済が成長しうる。日本のバブル期の成長が、安価な労働力・当時高かったスキル・人口ボーナスという国内条件の組み合わせで生まれたのとは、構造がまるで違う。
講義の指摘は、主張の内容が間違っているという話に留まらない。この種の主張が数十万回再生され、コメント欄が賛同で埋まり、発信者を財務大臣や日銀総裁に、という声が出る。それを支えているのは、データの扱い方に対する社会全体の判断力の劣化である。そしてその劣化は、より頭の悪い人間が支持するというだけでなく、再生数と登録数を増やすという発信側のインセンティブによって供給され続ける。
会場から「確信犯で言っているのか」という問いが出た。回答は、確信犯でないならただの誤りであり、確信犯ならもっと悪い、という趣旨だった。さらに、日本の減税議論とアメリカの減税設計の違いが例に挙げられた。アメリカの減税は、富裕層の現金が増えるような設計と、一般層の支出負担が減るような設計を同時に組み合わせている。いろいろな角度から分析できるからこそ、そういう設計ができる。それに対して「減税したほうがいい」という謳い文句だけが流通し、そこに乗る人が非常に多い。設計を語れないまま結論だけが流通している状態が、データに対する考え方の劣化そのものである。
リトアニア・エストニアの人口減少に国外移住が大きく寄与しているという指摘は、両国の人口統計上、EU加盟(2004年)後の域内労働移動の文脈で一般に確認されている論点である。ただし、この日の講義で参照された特定の動画・特定のデータセットについて、Claude は原典を特定できなかった。したがって「その動画がどのデータをどう使ったか」という個別の検証はできていない。要確認
比較方法論としての批判――先進国と体制移行国、人口ピラミッドの形状、人口減少の原因(自然減か社会減か)、賃金水準と輸出競争力――は、いずれも国際比較を行う際の標準的な統制変数であり、批判の構造そのものは妥当である。
この議論の終わりに、政治の場での対比も挟まれた。国債を発行すればいいという主張に対して「金利はどうするのか」という指摘が入り、それに「金利のことは考えていない」と返す。この指摘のほうが正当であるにもかかわらず、コメント欄では指摘した側が叩かれる。マイキー氏はこれを「気持ち悪い」と表現し、参加者に対して、そちら側にはならないでほしい、と述べた。
では、景気が本当に良くなっているのかをどう確かめるのか。公式統計や財務データだけで判断するのではなく、まったく別系統の情報を使う。これがオルタナティブデータ分析である。
講義が最初に挙げた例が、衛星写真による夜間光の観測だった。産業が本当に成長しているなら、昼間の産業だけでなく夜の経済活動も活発になり、地上の光の量が増える。逆に、公表GDPと夜間光の量が乖離している国は、GDPを盛っている可能性がある。研究では、社会主義国ほどこの乖離が大きい傾向が出ている、と説明された。
基礎研究:Henderson, Storeygard, Weil "Measuring Economic Growth from Outer Space"(American Economic Review, 2012)が、夜間光を経済成長の代理指標として使う統計的枠組みを提示した。国民所得統計の質が低い国では、公式成長率と夜間光ベースの推計をおよそ同じ重みで合成した値が最適推計になるとされ、公式データとの差は年率で最大3パーセントポイントに達する。裏取り済
権威主義体制の過大計上:Luis R. Martinez "How Much Should We Trust the Dictator's GDP Growth Estimates?"(Journal of Political Economy, 130巻10号, 2022)は、夜間光に対するGDPの弾力性が権威主義体制で有意に大きいことを示し、権威主義体制は年間GDP成長率をおよそ35%過大に報告していると推計した。真の成長率が1%なら1.3%と報告される計算になる。裏取り済
中国の事例:セントルイス連銀の分析では、1992〜2006年の中国の累積GDP成長率が公式値で約122%であるのに対し、夜間光からの推計では約57%にとどまり、65パーセントポイントの乖離があるとされた。裏取り済
したがって講義の「社会主義の国ほどGDPを盛る傾向が研究で出ている」という指摘は、公開研究と整合する。ただし学術用語としては「社会主義国」ではなく権威主義体制(autocracies)で分類されている点が正確な表現である。用語の差
図1:中国の累積GDP成長率(1992–2006年)――公式統計値と夜間光ベース推計値の比較。出典:セントルイス連銀の分析として報道された数値(Claude が WebSearch で確認)。
この事例が示しているのは、統計の外側から統計を検証できる、ということである。GDPを発表する主体と、衛星写真を撮る主体は別である。だから前者が数字を操作しても、後者は追随しない。クロスチェックとは、まさにこの「主体が違う情報源を突き合わせる」という作業を指す。
もうひとつの道具が、直接測定できない概念を扱うための代理変数である。心理状況がその典型で、これを直接数値化することはできない。そこで、その概念と連動して動くと考えられる観測可能な指標を持ってきて、傾向を推し量る。これがプロキシ変数分析である。
講義では景気の代理指標が具体的に列挙された。
| 領域 | プロキシ指標 | 何を映していると考えるか |
|---|---|---|
| 法人・ビジネス活動 | ネクタイの売上 | 対面のビジネス機会の増減 |
| 男性ワイシャツのクリーニング枚数 | 出社・外訪の頻度 | |
| 会議室予約サイトの空室状況 | 商談・打ち合わせの実数 | |
| ビジネスホテルの平均単価/Wi-Fi接続数 | 出張需要と移動量 | |
| 高額消費 | 高級時計の中古在庫の増減 | 手放す側が増えているか、買う側が増えているか |
| 高級ワインとビールの比率 | 景気が良い局面ほど高級ワイン、悪い局面ほどビールへ | |
| 個人消費・心理 | 口紅の売上(口紅指数) | 小さな贅沢への支出余力 |
| 男性下着の売上 | 買い替えを先送りするかどうか | |
| 家計ストレス | リボ払いの利用率 | 資金繰りの逼迫度 |
| 宝くじの売上 | 一発逆転への期待の高まり | |
| 防災・先行き不安 | 水の購入量 | 消費が増えていても、その中身が備蓄なら「景気」とは読めない |
| トイレットペーパーの購入量 | ||
| 缶詰の売上 |
表3:講義中に挙げられた景気のプロキシ指標。分類はClaudeによる整理。
講義の要諦は指標の列挙そのものではなく、その組み合わせ方にある。高級ワインが売れ、宝くじの売上が下がり、高級時計の在庫が減り、自動車の在庫が減っているなら、消費は本当に強い。だが消費者物価が上がったときに、水・トイレットペーパー・缶詰の売上が増えているなら、それは景気の強さではなく災害や先行き不安に向けた備蓄である。同じ「消費が増えた」という観測でも、因数分解すれば読みが正反対になる。
口紅指数(Lipstick Index):エスティローダー社の会長だったレナード・ローダーが2001年前後に提唱したとされる経験則で、景気後退期には高額品を控える一方、口紅のような小額の贅沢品の売上が伸びる、という主張。学術的に確立した指標ではなく、その後の景気局面では逆の動きも観測されており、常に成立するわけではない。出自は確認済/指標としての妥当性は限定的
男性下着指数:元FRB議長のアラン・グリーンスパンが景気の代理指標として言及したとされるもので、男性用下着は買い替えを先送りしやすいため、売上の落ち込みが家計の逼迫を映すという理屈。こちらも逸話的な性格が強い。出自は確認済
これらは講義の趣旨と矛盾しない。プロキシ変数は「単独で信じる指標」ではなく「本命のデータをクロスチェックするための補助線」として使うものであり、その使い方を外すと、まさにこの日批判されていた種類の誤用になる。
プロキシ変数の議論は、後半でHIS(ハウスホールド・ストレス・インデックス)という指標に接続された。AとBとCを足し合わせるとこうなる、という筋道が読めていれば、人に説明したときに納得が得られる、という文脈である。この指標については質疑で綴りの確認が入っており、その扱いは後述する。
ここで小島氏(医療系研究者)から質問が入った。自分たちも医学でデータを出すが、データ数が少なく本当かどうか分からないなかで、とりあえず事実としてこれがあります、ということだけは伝えなければいけないと思ってやっている。それは今の話からだいぶ離れているのか、という問いである。
回答は、離れていない、というものだった。あるデータを出して「こういう傾向がある」と強く言う。だが同時に、それを否定する考え方も必ず存在する。そして否定材料は調べればすぐに出せる。それを覆すものはこれです、という材料を準備しておくだけで、主張の信憑性は上がる。
質問が来たときに答えられない。答えられなかった瞬間、それまで積み上げた主張の薄っぺらさが一気に露呈する。聞き手は内容ではなく「準備の程度」を評価するため、結論そのものへの信頼まで失われる。
「こういう傾向がある。これを否定する意見もこうある。ただしこれはこういう理由で成立している」と自分の口で言い切れる。否定を先に提示して、それを処理してみせることで、肯定側の説得力がむしろ増す。
マイキー氏は、これを露骨にテクニックとして使ってよいとも述べている。あえて否定的なデータを持ってきて、それを否定してみせることで肯定感が増す。その否定材料の中身が薄くても構わない。重要なのは、聞き手に「この人は反対側も検討済みだ」と伝わることである。自分の立場なら絶対に反証材料を出してから発表する、なぜなら相手は必ず質問してくるからだ、と付け加えられた。
プラスのデータがあるなら、マイナスのデータも調べる。プラスのデータを強めたいなら、因数分解する。複数のデータを組み合わせて「こういう傾向があるからこの数字が出ている」というバックグラウンドを提示する。この三点を通すと、データそのものが強くなる。
加えて、事業相談の場で持ち込まれる資料の多くが「一方通行」であるという実感が語られた。ひとつの主張を支える材料だけで構成されていて、反対側が用意されていない。それは提示の仕方としてはむしろ分かりやすいのだが、質問が来た瞬間に崩れる。
上野氏が加わり、議論はエクスポージャーの話に展開した。何かが起きたとき、あるいは何かに曝露したときに結果が出る。過去の事例を見ればこうだった、という観測はある。だが同時に、別のものも一緒に起きていたはずである。その部分を取れるかどうかで、真似して同じ結果が出るかがまるで変わる。一緒に起きていたもののほうが、実は大きな原因だったという可能性は十分にありうる。
小島氏がここで医療の実例を挙げた。コーヒーとがんの関係を調べた研究があったが、実際にはコーヒー自体はほとんど関係がなく、コーヒーを飲む人は同時にタバコを吸っているため、その影響が出ていた、というものである。ひとつの事象と別の事象が関係しているように見えるとき、他の要因が関係している可能性が常にある。自分が興味を持っていない領域のデータを取りにいけるか、新しい発想を持てるかで、結論は大きく覆される。
マイキー氏はこれを別の文脈に置き換えた。ある処置を受けて1週間以内に亡くなった人が何人いるか、という数字と、1週間以内にお茶を飲んで亡くなった人の数を並べれば、後者のほうが多い。本当にその処置が原因だったのかは、そこまで突き詰めなければ分からない。分母と対照群を置かない比較は、どんな結論にも使えてしまう。
ここで語られているのは疫学・統計学でいう交絡因子(confounding factor)である。曝露因子(コーヒー)と結果(がん)の両方に関連し、かつ因果経路の途中に位置しない第三の変数(喫煙)が存在すると、見かけ上の関連が生じる。コーヒーと肺がんの関連が喫煙で説明されるという例は、疫学の教科書で交絡の代表例として繰り返し用いられている。概念として確立
講義中で挙げられた具体的な研究の特定はできなかったが、交絡の説明としては標準的なものである。
ここからマイキー氏は、時制の話を持ち出した。データ分析で未来を予測することはできる。だが過去に起きた事実については、それを分析するためのデータそのものが少ない。ITが存在しなかった時代について残っているのは書籍や文献であり、そこから判断するしかない。コミュニケーションの透明性という点で、過去は未来より薄い。
したがって、過去を語るときのアプローチは、未来を語るときとは別の方法でなければならない。未来については相関的に考えればよい。だが過去については、相関的に考えるのではなく、「こういう現象が起きたのだから、過去にこういうことがあったはずだ」という逆算的な思考を持つ必要がある。そしてこの切り替えを意識しないかぎり、歴史から何かを読み解くこと自体ができない。
マイキー氏はここで自分自身にも同じ刃を向けている。自分が過去の事実として話している内容も、データが少ない以上、事実ではない可能性のほうが高い。だからこそ、事実を確定的に語らず、相関的・留保的な語り方をするほうが、かえって説得力が増す。
ここで渡辺氏(社会学)が参加し、議論は科学哲学へ移った。オーギュスト・コントの実証主義における三段階の法則――神学的段階、形而上学的段階、実証的段階――が引かれ、そこには数学・天文学・物理学・生物学がすべて含まれていたことが指摘された。つまり異なる思考様式を取捨選択して当てはめないと、科学としての社会学は成り立たない。当時の人々は、データがあるからといって人間の行為が直ちにそう成り立つ、という短絡はしていなかった。共同体の発達段階――軍事的段階か、法律的段階か、産業的段階か――を差し引いて考えるべきだと理解していた。ところが現代は科学的実証主義だけを取り出し、それを直ちに社会に応用してしまう風潮ができている。
さらにブルーノ・ラトゥールが引かれ、近代は二分法が進みすぎているという指摘がなされた。すべてのものはハイブリッドであり、悲観と客観、自然と人工は入り混じっているにもかかわらず、思考はすぐにどちらかに分けようとする。二分法では説明できないもののほうが多い。
これに対してマイキー氏は、文献も歴史書も、そこに思想が入っている段階でバイアスがかかっている、と応じた。日本で書かれた日本史の文献と、中国で書かれた日本についての文献はまるで違う。捉え方によってバイアスがかかった表現になるのだから、両方からアプローチすることで、何が最適な理解なのかを導き出すしかない。一方的な情報解釈をするから、互いの教育を非難し合うことになる。歴史を理解していれば、なぜそういう教育が生まれたのかも理解できる。
そして小島氏が、カール・ポパーの反証可能性という視点が抜けていることが多い、と付け加えた。渡辺氏の応答は鋭い。有用性や機能性が先に立っているから、純粋にひとつの理論として反証の余地があるかを検討するインセンティブがない。欲しい結果のためにデータを使っているだけで、データへのリスペクトも研究への興味もない。ただ自分の欲しい結論のために、たまたまこじつけられるデータを持ってくる。
オーギュスト・コント(1798–1857):フランスの社会学者・実証主義哲学者。人間精神が神学的段階・形而上学的段階・実証的段階を経て発展するという「三段階の法則」を提唱し、諸科学を数学・天文学・物理学・化学・生物学・社会学の順に階層化した。社会学(sociologie)という語の創案者でもある。一般に確立した事実
ブルーノ・ラトゥール(1947–2022):フランスの科学人類学者。『虚構の「近代」』(原題 Nous n'avons jamais été modernes, 1991)で、近代は自然と社会を純化して分けようとしながら、実際にはハイブリッドを増殖させ続けてきたと論じた。講義中の「二分法が進みすぎている」という指摘はこの議論に対応する。一般に確立した事実
カール・ポパー(1902–1994):科学と非科学を分ける基準として反証可能性(falsifiability)を提唱。理論が科学的であるためには、それを否定しうる観測が原理的に想定できなければならない、とした。この日の講義全体を貫く「反証材料を先に用意する」という実務作法は、ポパーの基準を実践に落とし込んだものと読める。一般に確立した事実
この流れで、心理学の扱い方にも批判が及んだ。相手を変えたい心理学、自己啓発に接続された心理学はすべて同じ構造を持っている。答えが先にあり、それを証明したいところから逆算して話が組み立てられる。脳科学者と呼ばれる人々についても、まともなことを言っている人を見たことがない、という強い表現が用いられた。クオリアという概念を先に出して、そこに繋げているだけだ、と。
MBTIや血液型についても同様の指摘がなされた。人間を四種類に分けられるはずがない、という当然の話である。渡辺氏の補足では、MBTIはユングの研究をマイヤーズ=ブリッグスが単純化したモデルにすぎず、ひとつのチェックポイントを見るツールとしては使えるが、それ以上のものではない、とされた。
講義中、血液型性格分類について「流行ったのは1960年、ダム博士という人」という発言があり、A型が5万年前、B型が2万6千年前に、という進化年代の話が続いた。公開情報と突き合わせると次のようになる。
起源:1927年に古川竹二が『心理学研究』に発表した「血液型による気質の研究」が最初。親族11人を対象とした調査であり、対照群も統計解析も欠いていた。1933年には学術的にほぼ否定されている。その後、1971年以降に能見正比古がエンタメ書籍として再流行させ、テレビと出版を通じて社会に浸透した。「1960年・ダム博士」という発言とは一致しない
「ダム博士」に該当する人物は特定できなかった。要確認 なお、血液型と性格の関連を支持する確かな科学的根拠は現時点で確認されていない、というのが学術的な現在地である。この点については講義の批判的な結論のほうが正しい。
ABO式血液型の進化年代:発言で挙げられた「A型5万年前/B型2万6千年前」という数値の出典は特定できなかった。要確認 ABO式血液型の起源については、ヒトとその他の霊長類の共通祖先まで遡る(数百万年規模)とする分子系統学的研究が複数あり、数万年というオーダーとは桁が異なる。
講義の終盤、マイキー氏はかつてアメリカで作った仕組みを明かした。データを疑う話をしてきた直後に、「疑わせないように設計する側」の実例を出すという構成である。
仕組みはこうだ。広告代理店にとって、クリック率が上がれば単価を上げられる。だがクリック率が低ければ代理店の責任になり、クリック率が高いのに売れなければ「広告主のホームページに問題がある」ということになる。この責任の切れ目に着目した。
まず広告会社に営業をかけ、自社のシステムを使ってもらう。次に、100ドルで入会できるネットワークを作る。参加者は数十万人規模まで膨らんだ。彼らに1日10本の動画を見てクリックまで到達するよう指示し、達成したら報酬を払う。クリック率は一気に跳ね上がる。しかし当然、そのネットワークの参加者は商品を買わない。売上は伸びない。
そこで、ホームページのコンサルティング会社を別に用意し、「売れないのはホームページが問題だからです」と紐づけて売る。クリック率上昇で上がった広告単価の一部はネットワーク参加者への報酬に回し、参加者の依存度を高める。単価の上昇率を月1%、2%、3%と段階的に設計することで、広告主はその広告枠から外れられなくなる。その間にコンサル業務のフィーを取り続ける。二重・三重に収益を取る構造だった。
この仕組みを見るのは誰でもよく、小遣い稼ぎをしたい一般層が動けばよい。アメリカでネットワークビジネスが最も強い地盤を持つのはユタ州である。だからユタの会社にオファーをかけ、そこから拡散させた。設計は「誰が最も速く広げてくれるか」まで含めて行われている。
ローンチから1週間で数百件の契約が決まり、大ヒットした。この仕組みが露見したきっかけは、共同で動いていたメンバーが本人の知らないところで中国で展開したことだった。中国側がこれを見抜き、マイキー氏はその時点で離脱。1年ほど後に中国で問題化した。大手企業はどこも気づかなかった、とも語られている。
この話を受けて、前田氏から鋭い質問が出た。今日の講義は「データを正しくアセスメントできるようになれ」という趣旨だったはずだが、いま説明されたシステムを「これは違うのではないか」と疑うことは、どうすればできるのか。自分は絶対にハマる自信がある、と。
マイキー氏の回答は、ある意味で身も蓋もないものだった。そういうふうに疑えないような仕組みを作ってくる者が、金儲けがうまい。そして逆で、疑える人はそもそもそこに行かない。疑えない人がそこに行く。人参がぶら下がっていれば人は短絡的にそうなる。だから「行かない」という選択そのものが最も重要な防御になる、と。
さらに、この経験があったからこそ、広告代理店は自社の広告がどこでどう見られているかというデータを全部出すべきだ、と過去に発信していたことも明かされた。仕組みを作った側だから、何を隠せるかを知っている。
そして上野氏が、この日の議論を一本の線に戻した。データと情報と知識は本来まったく違うものであるにもかかわらず、同列に並べて語られている。それがまず最大の問題である、と。
質疑で参加者が「調べても見つからない」と述べたこの指標について、Claude も WebSearch で標準的に確立した経済指標としての「Household Stress Index」を特定できなかった。要確認
類似の名称を持つものとしては、家計の財務ストレスを測る各種の民間指数や、学術文脈での家計ストレス尺度が存在するが、講義で説明された「複数の代理指標を合成して家計の状態を読む」という用法に一対一で対応する確立した指標名としては確認できない。講義中でも「ケーススタディの一つで、かなり細かくマニアックな話」と位置づけられており、標準指標というより特定の事例研究で用いられた合成指標である可能性が高い。
実務上は、指標名を追うよりも、講義が示した組み立て方――複数のプロキシ変数を合成し、その合成の筋道を説明できる形にしておく――のほうを持ち帰るべき部分と考えられる。
・血液型性格分類の「1960年・ダム博士」という起源の説明。要確認(公開情報では1927年・古川竹二/1971年以降・能見正比古)
・ABO式血液型の進化年代として挙げられた「A型5万年前/B型2万6千年前」の出典。要確認
・講義で批判された特定の動画で用いられたリトアニア・エストニアの具体的データセット。要確認
・広告システムの事例について、当事者の証言以外の公開記録。要確認 本レポートでは講義中の説明として記述しており、事実として確認したものではない。