STUDY REPORT / 2026年2月度 勉強会

アノマリーは排除か資源か――理論をつくる人と、答えを買いに行く人の分岐点

「納得がいかない」。研究者にとってそれは理論を進化させる入口であり、多くの経営者にとっては排除すべきノイズである。同じ現象に対する態度の違いが、学問と実務のあいだに溝を掘っている。

エグゼクティブサマリー

マーシャルとクリステンセンは、同じ手順で理論を建てていた

理論構築の4段階
観測→分類→Why→修正
記述的理論から規範的理論へ
進化の燃料
アノマリー
既存理論で説明できない事象
拡張の対象
バウンダリー
理論が成立する境界条件
学者の目的
探究された真理
どこでも通じる普遍法則
経営者の目的
直感的な結果
いま目の前の自社での正解
講師の水準観
51%で理論は成功
90%のノウハウは存在しない

前半のマーシャル講義を受けて、講師は「この人の理論の立て方は、クレイトン・クリステンセンのそれとかなり酷似している」と切り出した。両者に共通するのは、抽象論で終わらせず現場にどう落とすかまで考えるがゆえに、プロセスが細かくなるという点である。そのプロセスは、現実の観測から始まり、抽象化と分類を経て、「なぜ(Why)」を徹底的に追い、その結果として理論自体が修正・改善されていく、という4段階に整理された。

この4段階の駆動力に置かれるのがアノマリーである。既存の理論では説明できない事象、非常識なもの、信じたくない事実。それを見つけることが理論を進化させる。理論はすでに枠組みのなかにあるから、アノマリーを探すことは境界線(バウンダリー)を延長・拡張することにほかならない。マーシャル自身も『経済学原理』を完成品ではなく常に改善途上のものだと明言していた、と講師は述べた。

ところがここに、学者と実務家の分岐がある。研究者は「納得がいかない」ところにヒントがあると考える。一方で経営者や一般の人は、納得のいかないものを排除するか否定する。そしてこの否定は多くの場合、理論に基づく否定ではなく感情である。講師はこの違いを、ロバート・ドゥービンの整理を引きながら「目的が違う」と説明した。学者が求めるのは探究された真理、経営者が求めるのは直感的な結果である。

後半は、この構図がパン屋という具体例に落とし込まれ、さらにノウハウコレクター論と減点法/加点法の議論へ展開した。そして最後に、学問と経営のあいだにある溝を「キャズム」と呼ぶ講師独自の用法が示される。キャズムの深さは国によって違い、日本と中国ではITリテラシーの差がそのまま製品開発で越えるべきハードルの高さの差になる、というのがその論旨だった。

セッションを貫く1本の線
自分が信じている理論の外側には必ず、説明できない事象がある。その事象を「資源」として扱うか「ノイズ」として捨てるかで、その後10年の伸び方が変わる。捨てる側の人間はノウハウを探しに行き、拾う側の人間は境界条件を書き換えに行く。この分岐は能力ではなく態度の問題である。
PART 1

理論構築の4段階――クリステンセンとマーシャルの相似

講師の説明によれば、クリステンセンが考えたのは、経営理論を単なる論文や理論で終わらせず、予測能力を持つ規範的な理論へ進化させることだった。そして予測能力を高めるには段階的な積み重ねが必要であり、そのプロセスこそが重要である、と。

現実と観測まず現実を直視する。ただし現実だけを見ていると、既存の理論では説明がつかない事態に必ずぶつかる。過去の理論と未来の予測は繋がっているから、進化を前提とした理論の構築が必要になる。
抽象化と分類集まった観察をまとめ、分類する。マーシャルは時間という概念を持ち込み、市場期間・短期・長期に分けた。クリステンセンも当時、組織の属性を分類する作業を大量に行っていた。
Why(なぜ)の追求ここが研究者のポイント。「なぜこれが起きたのか」に対してどれだけ強いBecauseを返せるかで、予測可能なモデルに近づく。講師は、これこそ受講者が最もできていないことだと指摘した。
理論の修正と改善Whyに答えられるようになるほど、理論そのものが修正・改善されていく。対象化される理論は不完全なものが多く、批判の対象になって当たり前である。マーシャル自身も『経済学原理』を完成されたものではないと明言していた。
📌 Claude補足:クリステンセンの理論構築サイクルの原典
講師が「クリステンセンの理論の立て方」と呼んだものは、Paul R. Carlile と Clayton M. Christensen による "The Cycles of Theory Building in Management Research"(ハーバード・ビジネススクール ワーキングペーパー)に整理されている。この論文では、理論構築は記述的(descriptive)段階と規範的(normative)段階の二つの大きなステージからなり、それぞれのステージ内で観察(observation)→分類(categorization)→関連づけ・因果(association / causality)という3ステップを反復するとされる。
アノマリーの役割も明示的で、新しい観察がアノマリーを明らかにするとサイクルが繰り返され、既存理論が改訂されうる。アノマリーは、定義や分類の再評価を促すことで予測力を高める、と位置づけられている。
講師が挙げた4段階は、この「観察→分類→因果」の3ステップに「理論の修正」を独立の段階として加えたもので、原典の枠組みと大きく矛盾しない。ただし原典が最も重視するのは、記述的理論から規範的理論への移行における「状況(circumstance)による分類」であり、講師の説明ではこの「状況分類」の側面には踏み込んでいない。

講師がマーシャルとクリステンセンに見た共通点は、抽象論に留まらず「どうやって落とし込むか」まで考える点だった。だからプロセスが細かくなる。そして両者とも、自分の理論を完成形とは考えず、未完成であることを前提に、それを完成させるためにアノマリーを探し続けた。

PART 2

バウンダリーを延ばす――「納得がいかない」の使い方

アノマリーが重要な理由を、講師はバウンダリー(境界条件)という語で説明した。理論はすでに枠組みのなかにある。だからアノマリーを探すという行為は、その境界線を延長し、広げることを意味する。境界が広がれば理論はより堅くなり、条件の設定を再定義する契機が得られる。

ところが、と講師は続けた。自分が納得のいかない結果を、一般の人は排除する傾向がある。「あいつとは合わない」「あいつは性格が合わない」「生理的に受け付けない」――こうした言葉はすべて、自分でバウンダリーを設定している行為である。境界そのものを延長することで自分の価値観や概念を再定義する機会にできるはずのものを、機会にしていない。

「納得がいかない」は答えではなく入口
講師はここで受講者に問いかけた。研究者はなぜ「納得がいかない」で止まらないのか。答えは単純で、納得がいかないものこそがアノマリーだからである。私生活で「◯◯が納得いかない」と連発しているその内容は、本来なら理論を書き換える材料になる。研究者はそこにヒントを見る。経営者や一般人はそれを排除するか否定する。

そして講師は、否定する権利を持つ人がいるとすれば、それはアノマリーを追求し続けた人間だけだと述べた。理論が固まっているから否定できる。大抵の人の「納得がいかない」は感情であって、そもそも思考の枠組みが違う。

PART 3

学者と経営者は、何を求めているのか

講師はここでロバート・ドゥービンの名前を挙げ、経営学者の理論と一般の経営者の理論の違いを「目的が違う」と整理した。学者が求めるのは探究された真理。経営者が持ってくるのは直感的な結果である。

アカデミックの思考
日本でもアメリカでも、鉄鋼業でもITでも通じる法則=普遍性をまず探す。そのために境界条件(バウンダリー・コンディション)を明確にし、変数を厳密に定義する。そのうえで「この条件下ではこの理論が成立する」と主張する。だからこそ強く言える。
経営者の思考
世界で通じる法則には関心がない。いま目の前の自分の会社で起きる正解は何か、が問いである。変数以外の要素を個人的な感情で探しに行くため、始まるのはノウハウ探しになる。

この場で上野氏・小島氏(研究者側)から、論文を書く際にはまず定義と限定的な条件をきちんと洗い出し、それに対してだけ言えるかどうかを検証するのであって、全体を語りたいわけではない、という確認が入った。講師はこれを受けて、条件が揃えばこういう方向性になると分かるなら、その条件を社内につくればうまくいくはずだ、と実務側への翻訳を示した。

📌 Claude補足:ロバート・ドゥービンの位置づけ
Robert Dubin『Theory Building: A Practical Guide to the Construction and Testing of Theoretical Models』は1969年に Free Press(ニューヨーク)から刊行され、1978年に第2版が出ている。理論構築のプロセスを、単位(units)、相互作用の法則(laws of interaction)、境界(boundaries)、システム状態(system states)、命題(propositions)から概念枠組みを組み、次に経験的指標・仮説・検証へ進む、という手順で示した。研究方法論の古典として広く参照されている。
講師が使った「バウンダリー」という語は、このドゥービンの枠組みにおける境界概念と整合的である。ただし「学者は探究された真理を、経営者は直感的な結果を求める」という対比そのものが、ドゥービンの著作に定式として存在するかは確認できなかった。講師自身の整理として受け取るのが妥当である。要確認

パン屋で考える――普遍性とアノマリーの違い

講師は具体例としてパン屋を持ち出した。学者は「日本中どのパン屋でも成功する方法」を考える。たとえば駅からの距離が100メートル縮まると客数が何パーセント増えるか、というモデルをまず構築する。そのうえで境界条件を置く――競合が半径500メートル以内にいない場合は、この関係が成立する、というように。

一方、視野の狭い個人商店の経営者はどうか。講師の挙げた例は「周りの人がレーズンパンを嫌いだと言っていたから、うちはレーズンパンを焼かない」だった。世界的に見ればレーズンパンは売れている。それでも周囲の声だけで焼かない判断をする。普遍的な理論に従うなら「どこにでもある美味しいパンを作ろう」ではなく「バウンダリーの外にあるこの町の人にしか刺さらないパンを作ろう」と考えるべきなのに、そうならない。結果としてその店は一瞬伸び、周囲が真似を始めた時点で戦略を失い、完全競争に巻き込まれる。

もう一段深い例も出た。看板を出したら売れた、という事実に学者は納得しない。黄色い看板が通行人の神経を刺激し、空腹の中枢を刺激し、結果として購買意欲につながった――というように、AからBへ至る中間変数Cの経路を証明しようとする。これがWhyの追求である。対して経営者は「なんとなく看板を出したら昨日より客が入った気がする」で止まる。講師はここで一歩踏み込んだ問いを示した。客数が減っているのに売上が上がったなら、なぜ客が減って売上が上がったのかを考えるべきで、その法則が分かれば売上はさらに伸びる。しかしそこまで思考が届かない。

そして、Whyを説明できないまま資金調達に行く例が挙げられた。「看板を出せば売れるようになります」という根拠のない説明で、たまたま上がった売上高を成長の証拠として提示する。事後の正当化である。それに銀行が融資し、結果として資金が返ってこない。

焦げたパンが売れたとき

アノマリーへの反応の違いを最も端的に示したのが、失敗作のパンの例だった。真っ黒に焦げた失敗作が大ヒットしたら、研究者にとっては大鉱脈である。なぜこれが売れるのかを調べる必要が生じ、「見た目の良いパンが売れる」という既存の理論をひっくり返す材料になる。理論の修正に入るきっかけであり、好奇心が跳ね上がる場面だ。

対して経営者は、焦げは火事のもとだから次から火に気をつけよう、たまたま流行っただけだろう、と処理する。理論化して再現しようとするよりも、昨日と同じパンを出す同質化のほうに力を注ぐ。結果としてアノマリーが排除される。

PART 4

ノウハウコレクターと「51%」という水準

講師はここで、量と質の両方が要るという論点に入った。複数の大学でMBAを取り、結果として非常にうまくいっている人がいる。一方でビジネス系の塾に10個入っていて年収が200万円のままという人もいる。後者は、ノイズを拒否して自分のノウハウ探しをしている人だという整理である。FXを10年やっていると若い相手にマウントを取る人物の例も挙げられた。10年やってその状態なら、量が質に転化していないということになる。

ではなぜノウハウ探しが起きるのか。講師の説明はこうだった。経営者にとって、経営学や経済学と呼ばれるものはすでに自分のバウンダリーを超えたアノマリーである。だからそちらではなく、他のものを探しに行く。この構図が、周囲に無数のビジネス系スクールが生まれる理由を説明する。

再現性という言葉の罠
講師によれば、「再現性がある」という言葉にほとんどの人が引っかかる。しかし再現性の条件が難しければ難しいほど、理論としては正しい。「3ヶ月あればできます」「1ヶ月勉強すればできます」の類は再現性ではなく、弱者釣りだと講師は断じた。そんなに簡単なものではない、というのが理由である。また、その手の理論はきわめてミクロな範囲での再現性しか扱っていない。商店街のパン屋1軒で食べていければいいなら問題ないが、店舗展開するならマクロを見なければならない。

そして「51%」という数字が出てくる。経営学や経済学には、条件付きではあるが51%以上の確率でうまくいく理論が揃っている。理論としては51%を超えていればむしろ成功である。しかし多くの経営者は90%以上うまくいくノウハウを求める。そんなものは存在しない、というのが講師の答えだった。やるべきは、51%以上でうまくいくための条件を自社に揃えることである。それが分からない人がノウハウを探しに行く。理由は、経営学で言われている条件が一般の経営者にとってハードルが高いか、理解できないかのどちらかだからだ。

講師は、自分が複数の会社を立ち上げてはテストし、仮説検証が済んで再現性が確認できると興味を失って畳んできたのは、この理論に当てはめてやっているだけだと述べた。そしてアドバイスをすると「抽象的すぎる」と返ってくる。しかしそれは理解の範囲外にあるだけで、バウンダリーの外にあるアノマリーを「抽象的だ」と決めつけているにすぎない――ノウハウの努力ではなく思考の努力をすべきではないか、というのがその場での助言だった。

📌 Claude補足:「51%」という水準の位置づけ
「経営学の理論は51%以上の確率で当たる」という数値は、特定の実証研究から引かれたものではなく、講師が理論の実用水準を示すために用いた目安と考えられる。同種の主張として、経営学の実証研究は平均的な傾向を示すものであって個別企業の成否を保証しないという整理は広く共有されているが、「51%」という具体的な数値の出典は確認できなかった要確認

関連して、既存レポート『ノウハウコレクターと先行者利益』では同じ語が「情報の速さ」という別の切り口から扱われている。今回の議論はそれとは異なり、評価軸の有無と境界条件の側から同じ現象を説明したものである。

PART 5

減点法と加点法――スタート地点が違う

参加者から「以前、減点法で考えたほうがいいという話があったが、その定義をもう一度」という質問が出た。ノウハウコレクターになるのは減点法で考えているからではないか、間違えないようにという発想からそうなるのではないか、という趣旨である。

講師の答えは逆だった。ノウハウコレクターとは、自分の減点を無視しているか、それに気づいていない人である。説明はこうだ。まず全ては100点から始まっていると考える。プレゼンができない、マネジメントができない、経営が分からない――それぞれマイナス10点なら、いまは70点である。ならばそこを直せば100点になる。ノウハウコレクターは、その減点されるべきポイントを無視して「何かないかな」と探しに行き、100点から加点しようとする人である。

減点法
100点を起点に、自分に何が欠けているかを特定して埋めに行く。埋めた分だけ100に近づく。欠けている箇所の同定には客観的な分析が要る。
加点法
すでに100点だと想定し、その上に何かを足そうとする。欠けている部分は視野に入らないため、外から供給されるノウハウが常に魅力的に見える。

投資の文脈でも同じ構図が説明された。ある会社が優れた技術を出したとする。しかしマネジメントができていない、資金調達もできていない、営業もしていない――なら30点しかない。講師なら「70点だから1億円の予算のうち7000万円を出す」、あるいは「30点なので3000万円しか出さない。100点になったら1億出す」という判断をするという。これは減点されているマイナスの箇所を埋めに行く作業であり、それが成長のキーポイントになる。逆に、技術がすごすぎるからといって実態を見ずに1億円を投げるのが加点法であり、これはデューデリジェンスができていないということだ、と講師は述べた。

この議論に対し、参加者の一人(藤川氏)が「加点法も減点法も関係なく、評価軸があるかないかの話ではないか」と言い換えた。いろいろな条件を知っていて、それが揃えばうまくいく可能性が上がると分かっているから、その評価軸のなかで減点法を採用できる。評価軸が何もないと、少しいい話を聞いただけで良く聞こえてしまう――この整理を講師はそのまま受け入れている。

Q&A

質疑応答

冒頭で言っていた「キャズム」は、アノマリーを指しているのか、それともWhyを指しているのか。(高山氏)
溝そのものを指している。ジェフリー・ムーアのキャズム理論の話ではあるが、講師の説明は独自の適用である。新しいテクノロジーが出ると、まずイノベーターが飛びつき、次にトレンド好きやインフルエンサーが入る。しかし技術が難しければそこから先へは広がらない。ワンタッチで使えるようになれば同調圧力で全員が使う。この「越えるべき溝の高さ」が国によって違うというのが講師の論点で、ITが強い中国では難しい技術でも使いこなせる水準にあるのに対し、日本ではよほど使いやすくしないと広がらない。したがって企業が開発すべきポイントも国ごとに変わる。中国で流行っているから日本でも流行るとは限らない。ここをすべて突破したのがGAFAMだ、と講師は述べた。
📌 Claude補足:キャズム理論の原義と、この回での用法の違い
ジェフリー・A・ムーア『キャズム(Crossing the Chasm: Marketing and Selling High-Tech Products to Mainstream Customers)』は1991年刊。エベレット・ロジャーズの普及学(イノベーション普及理論)をハイテク企業の成長戦略に適用したもので、キャズムとはアーリーアダプター(初期採用者)とアーリーマジョリティ(前期追随者)のあいだにある断絶を指す。断絶が生じる理由は、アーリーアダプターが技術そのものに魅力を感じるのに対し、アーリーマジョリティは実用性と実績を重視するというニーズのギャップにある。
講義では「技術の難しさが溝の高さを決める」「溝の深さが国ごとに違う」という説明がなされたが、これは原著の定義そのものではなく、講師による拡張的な適用である。原著が挙げるキャズム突破の主要手法は、特定の狭い市場に資源を集中させるビーチヘッド戦略と、実用性を訴求できるホールプロダクトの整備であり、「使いやすさ」はその一要素として位置づけられる。国別のリテラシー差を溝の高さの差として説明する枠組みは、講師独自のものと理解すべきである。
その溝を、具体的にはどこに設定するのか。(講師の自問)
自分が埋めに行きたいのは学問と経営者のあいだのキャズムである。まずアカデミックと経営者の融合が必要で、そのためにコミュニケーションを取らなければならない。アメリカの経営者は基本的に大学に行って勉強するが、日本の経営者はビジネス系のスクールに入る。これがリテラシーの差であり、この溝は深い。研究者側には難しい話をしてもらい、自分が通訳する――それによって溝が少しずつ埋まる、というのが自分の場の役割だと考えている。同じ話をアメリカの経営者に説明すれば10分で済むところ、40分かかっている。溝を越えるには必ず教育が必要になる。
減点法と加点法の定義をもう一度。(参加者)
PART 5に詳述。要点は、全ては100点から始まると考え、欠けている箇所を埋めに行くのが減点法。欠けを無視して外から何かを足そうとするのが加点法。ノウハウコレクターは後者にあたる。
加点法・減点法というより、評価軸があるかないかの話ではないか。(藤川氏)
講師はこの言い換えを全面的に肯定した。評価軸があってはじめて、その軸のなかで減点法を採用できる。軸がなければ、いい話が良く聞こえてしまうだけになる。
経営学は抽象的だと言われがちだが、具体的に「これをやってください」と言っているのに、どこが抽象的なのか。(参加者)
複数の学問を横断してきたから穴が見えていて、マイナスを埋めるための具体策として言っている。しかし多くの人はそれを無視して「SNSマーケティングをやれば解決する」という話に流れる。それこそ加点法である。
コンサルティングとアドバイジングの違いは何か。中に入るからできないということか。(参加者)
コンサルとして中に入るなら、まず経営者本人に退いてもらう必要が出てくる場面がある。会社の成長を最優先するならそれをやるが、そこには本人の私益が絡む。私益を守りたいなら自分でやってください、というのが講師の立場で、だからアドバイスに留めている。実際に入った経験はあるが、多くは途中で心が折れて外れてほしいと言われるという。上に立つ人にマネジメント能力・指示能力・リーダーシップがなければ、発案者であるという一点以外に上にいる理由がない、というのが講師の見立てである。ここは価値判断が強く分かれる主張であり、講師個人の経営観として受け取るべき箇所である。
ヨーロッパの経営者は寄付をするのに、日本では少ないように見える。文化の違いか。(参加者)
講師は自身の留学経験を挙げた。通っていたアメリカの高校では自分の小遣いでPLとBSを作らされ、そこにドネーション(寄付)の枠が強制的に入っていた。ただしそれはプライベートかつクリスチャン系の高校だったからで、公立高校まで一般化はできない、と自ら留保をつけている。また動機の面では、過去の行いへの償いとして寄付や社会貢献を続けている経営者もいるとして、知人の例を挙げた(本レポートでは個人の経歴に関わるため詳細は割愛する)。一概には言えない、というのが結論だった。
枠組みをつくるとはどういうことか。(渡辺氏)
最初は整理だと考えている。散らばった本を、スポーツ・学問・漫画と分けるようなイメージ。それが全部繋がってきて「本を読むのは大事だ」というところに繋がる。解説書を読んでも「AはBです、CはDです」としか書かれておらず枠組みが見えないから頭に入らない。枠組みができるとは、頭のなかでパズルが終わっている状態、整理整頓ができている状態である。だからまずやるべきは整理整頓だ、と講師は締めた。
宿題・アクションアイテム

次に確かめておくこと

  1. 直近3ヶ月で自分が「納得がいかない」と思った出来事を5つ書き出し、それが感情による拒否なのか、既存の枠組みで説明できないアノマリーなのかを仕分ける。
  2. 自分がいま使っている判断の枠組みについて、境界条件(どの範囲でなら成立するのか)を明文化する。明文化できない枠組みは、まだ理論になっていない。
  3. 自社・自分の現状を100点満点の減点法で採点し、マイナス項目を具体的に列挙する。加点で埋めようとしていた箇所がどれかを特定する。
  4. Carlile & Christensen の理論構築サイクル(記述→規範、観察→分類→因果)に、自分の業務上の仮説を1つ当てはめてみる。どの段階で止まっているかが分かる。
  5. 自社の製品・サービスについて、日本市場と海外市場とで「越えるべき使いやすさの水準」がどう違うかを整理する。講師の言うキャズムの高さの違いにあたる。
用語集

この回に出てきた語

アノマリー既存の理論では説明できない事象。ここでは金融のアノマリー(市場の規則的な変則性)ではなく、科学哲学・理論構築における「理論の反例」の意味で使われている。
バウンダリー・コンディション境界条件。理論がどの範囲で成立するかを規定する条件。ドゥービンの理論構築枠組みの構成要素の一つ。
記述的理論/規範的理論何が起きたかを記述する段階の理論と、こうすればこうなると予測・処方できる段階の理論。Carlile & Christensen の二段階モデル。
キャズムジェフリー・ムーア(1991年)。アーリーアダプターとアーリーマジョリティのあいだの断絶。この回では「学問と経営の溝」「国ごとのリテラシー差」に拡張して用いられた。
ノウハウコレクター自らの欠落(減点箇所)を特定せず、外部のノウハウを収集し続ける状態。講師の用法では加点法的思考の帰結。
減点法/加点法100点を起点に欠落を埋める発想と、既に100点として上乗せを探す発想。評価軸の有無がその前提にある。
中間変数AがBを引き起こす経路の途中に置かれる変数。「なぜ黄色い看板で売れるのか」を説明するためのC。
事後の正当化成功した後に理屈をつけて説明する行為。統計的裏づけを欠いたまま再現性として語られやすい。
ロバート・ドゥービン『Theory Building』(1969年)の著者。単位・相互作用の法則・境界・システム状態・命題からなる理論構築の手順を示した。
デューデリジェンス投資・買収前に対象の実態を精査する作業。技術だけを見て実態を見ない投資は、講師の言う加点法にあたる。