経営戦略のフレームワークは、教科書に書かれた順番どおりに使うものだと思われている。この回の中心は、その前提そのものを疑う議論だった。VRIO分析はV(価値)からではなく、O(組織)から入るべきではないか——参加者が「目から鱗」と口を揃えた1時間強の記録。
この回の講義パートは、前田氏によるRBV(リソース・ベースト・ビュー)とVRIO分析の解説から始まった。手元にあるものを起点に事業を考えるという発想、経営資源とケイパビリティを掛け算で捉えるという定式、そしてVRIOという4つの評価軸——ここまでは、どのビジネススクールでも扱われる標準的な内容である。前田氏自身、この日は言葉の厳密な定義には踏み込まず、全体の見取り図を渡すことに徹していた。「一つひとつの言葉の定義をやっていくと結構きつい」という判断で、意図的に粗い解像度に留めたのである。
流れが変わったのは、マイキー氏が画面を共有して各要素に必要な能力を書き出し始めてからだ。V(価値)にはリサーチ能力とセールス能力、R(希少性)には開発能力と専門知識、そしてそれを獲得する手段としての人材育成と人事、I(模倣困難性)には特許・時間・コスト、O(組織)には運営体制とプロセス管理とリーダーシップ。VRIOを「評価する枠」から「必要なスキルの一覧表」へと裏返して見せたわけである。この操作によって、VRIO分析は抽象的な診断ツールから、自社に何が欠けているかを名指しする道具に変わった。
そこから出てきたのが、この回最大の主張である。VRIOは順番が重要だと提唱者自身が明言している。しかし経営戦略は本来、全社戦略→事業戦略→機能戦略という上流から下流への流れで組み立てられる。それなのにVRIOの標準順序は、機能戦略に近いV(市場での価値)から入り、最も上流にあるはずのO(組織)で終わる。「これは真逆を言っている」。だからマイキー氏は、O→I→R→Vという逆回しを提案する。組織体制を先に見直し、そのうえで模倣困難性をどう積み上げるかを設計し、希少性をどう強めるかを考え、最後に市場ニーズへ合わせ込む。新製品・新サービスの立ち上げでは、この順序のほうが実務の流れと一致する、という論である。
議論はさらに一段抽象度を上げる。VRIOに限らず、あらゆる理論・分析・フレームワークには穴がある。だからその穴をどう埋め、どう効率よく使うかを考えないと実用性がない。PEST分析にせよ3C分析にせよ、順番どおりに回せばよいというものではなく、優先順位は時代背景によって変わる。政府がルールを変えまくっている局面なら政府から見るべきで、企業側が動いている局面なら企業から見るべきだ——アメリカでビジネスを始めるならまず政府を見る、という具体例とともに提示されたこの原則は、VRIO逆順の主張と同じ地層から出ている。
フレームワークは「守るべき手順」ではなく「組み替えて使う部品」である。VRIOをOから回すという具体案も、PESTの優先順位を時代背景で変えるという一般論も、根は同じ。順番を固定した瞬間にフレームワークは思考停止の言い訳になる、という警告がこの回の通奏低音だった。
前田氏はまず、VRIOが経営学の地図のどこに置かれているかから説明を始めた。最もマクロな層に経営戦略があり、それが戦略コンテンツと戦略プランニングに分かれる。戦略コンテンツは市場戦略と非市場戦略に分かれ、市場戦略はさらに企業戦略と競争戦略に分かれる。VRIOが属するのは企業戦略の側、そのなかでも環境分析、環境分析のなかでも外部ではなく内部の分析にあたる。以前の回で扱ったバリューチェーン分析と同じ棚に並ぶ道具だ、という位置づけである。
ここで前田氏が強調したのは、大きな視野から手元へ降りる動きと、手元から外側へ広げる動きの両方を持たなければならない、という点だった。この「両方向」という言い方が、後半のO→I→R→V論への伏線になっている。
リソースと聞いて最初に出てくるのは人・モノ・金である。有形で、金額に換算しやすく、貸借対照表に載る。しかし前田氏は、そこに情報とネットワークという無形の資源を並べたうえで、逆説を提示した。最終的に企業価値を生み出しやすいのは、金額に換算しにくい情報やネットワークのほうだ、と。理由は明示されなかったが、この命題は後半のI(模倣困難性)の議論と直結する。金額がついているものは買えるが、金額のつかないものは買えないからである。
そのうえでリソースの定義が置かれた。「手元にあり、かつ自分たちが利用できるもの」。手元にあるだけでは足りず、使えなければリソースではない。この定義の後半部分が、次のケイパビリティの話へつながる。
経営資源=資産。ケイパビリティ=環境や状況に合わせて自分たちのリソースを使う能力、つまり資産を使う能力。この2つは足し算ではなく掛け算である。資産が大きいほど展開しやすく、能力が大きければさらに掛け算で伸びる。逆に、資産が大きくても使う能力がなければゼロに近づく。
RBVで特に強調される視点として、経営資源の異質性(heterogeneity)と経営資源の移動困難性(immobility)が挙げられた。異質性とは他社との違いのこと。競合A社・B社・C社と並べたときに自社が打ち出せる差分である。移動困難性は、模倣困難性という言葉でも語られるもので、ざっくり言えば「真似ができない」。真似ができないとは、技術が難しい、時間がかかる、お金がかかる、という三条件に還元される。
ただし前田氏は、この「真似ができない」という一言でのまとめ方に何度も留保をつけた。学術的な定義は非常に細かく規定されており、一言で片づけるのは適切ではない、と。この慎重さは、後で扱うイミタビリティとインパーフェクト・イミタビリティの区別の話につながっていく。
リソース・ベースト・ビューの現代的な定式化は、ジェイ・B・バーニー(Jay B. Barney)が1991年に Journal of Management に発表した論文「Firm Resources and Sustained Competitive Advantage」に負う部分が大きい。この論文で示された条件は Valuable / Rare / Imperfectly imitable / Non-substitutable の4つで、頭文字を取ってVRINと呼ばれる。この回で言及された異質性(resource heterogeneity)と移動困難性(resource immobility)は、まさにこの1991年論文が前提として置いた2つの仮定にあたる。
なお「経営資源とケイパビリティの掛け算」という整理は、バーニー自身の著書『企業戦略論』(Gaining and Sustaining Competitive Advantage)でも資源とケイパビリティを区別して論じる構成と整合的である。ただし「掛け算」という定式そのものはバーニーの原典の表現ではなく、講義上の便宜的な整理と理解しておくのが正確。
前田氏の概説が一区切りついたところで、マイキー氏が画面共有に切り替え、VRIOの各文字ごとに「では、そこにはどんな能力が必要ですか」を書き出していく実演に入った。「これが説明できなかったら、そもそもVRIO分析を全く理解していないのと一緒です」という前置きつきである。以下がその再構成である。
| 要素 | 問いの形 | 必要になる能力・打ち手 |
|---|---|---|
| V Value 経済的価値 | 市場のニーズや顧客の需要を満たす力、収益を生む力があるか | リサーチ能力(何が求められているかを掴む)、セールス能力、広範囲にアプローチする営業力。提供するサービス・製品の設計に直結する |
| R Rarity 希少性 | 他社が持っていないもの、手に入れにくいものは何か | 独自技術、ブランド力、独自サービス。それを生む開発能力と人材の専門知識。獲得手段は人材育成か人事(能力のある人間の囲い込み)の2通りしかない |
| I Imitability 模倣困難性 | 真似をするのに何がどれだけかかるか | 特許(パテント)、時間、コスト(投資を含む)。さらに歴史的要因、社会的複雑性といった、金では買えない要素 |
| O Organization 組織 | 資源と能力を最大限に発揮する組織的な仕組みがあるか | 運営体制、プロセス管理、チーム連携、組織構造と人事システム。バリューチェーン/サプライチェーンの見直し。必要なスキルはコミュニケーションとリーダーシップ |
この実演のなかで、参加者から明確な反応があったのがブランディングの位置づけだった。マーケターがブランディングを語るとき、それは往々にしてリーチやプロモーションの話、つまりVの領域の話になっている。しかし経営学上のブランディングは、希少性(R)の欄で考えるべきものだ、というのがマイキー氏の指摘である。マーケティングがブランディングなのではなく、独自であるからこそブランディングなのだ、と。ブランドはリソースから生まれる。だから異質性の側で扱う。
後半の質疑で、レアリティとイミタビリティは完全に切り分けられないという論点が確認された。どこで線を引くかは視点の問題である。実務的な整理としては、Vが「自分たちが商品を作る力」、RとIが「他社を出し抜いた商品を作るために必要な力」、Oが「それを売れる形にまとめ上げ、陳列し、販売の体制を整える力」。VRIは商品思考、Oはそれをどうまとめるか——という区分けが提示された。いくら良い商品を並べても、店が汚くて看板がボロボロなら客は入らない。
講義中、模倣困難性の実例として味の素の半導体材料が挙げられた。味の素ビルドアップフィルム(ABF)は半導体パッケージ基板の絶縁材料で、PC向けCPUではほぼ100%、市場全体でも98%程度のシェアを持つとされる。2024年度の半導体素材ビジネスは売上高765億円・営業利益402億円で、営業利益率は約50%に達した。
この地位が模倣困難である理由は特許だけではない。インテルをはじめとする主要半導体メーカーに技術者を常駐させ、次世代チップの設計段階から材料仕様を最適化する伴走型開発を約25年続けてきたという経緯そのものが参入障壁になっている。住友ベークライトや積水化学が参入を試みたが苦戦しているのは、買えるのは技術であって歴史ではないためだ。講義で言及された「歴史的要因」「社会的複雑性」がそのまま観測できる事例と言える。
ここからがこの回の山場である。マイキー氏の論旨は、次の一点に集約される。
経営戦略の組み立ては、全社戦略→事業戦略→機能戦略という上流から下流への流れで行う。ところがVRIOはV(市場での価値)から始まってO(組織)で終わる。Vは機能戦略に近く、Oは全社戦略に属する。つまりVRIOは戦略の流れに対して真逆を走っている。「僕はこのVRIO分析のときにこの矛盾点を感じた」——だからO→I→R→Vで回したほうが整合性が取れる、という主張である。
マイキー氏は逆順の各段階を、ミッション・ビジョン・バリュー(MVV)と戦略階層に対応させて説明した。まずO——組織体制の変革が出発点になる。次にI——ここがMVVのValue、すなわち自社が何を大切にするかの部分にあたり、その商品の模倣困難性をどこまで高められるかを設計する。続いてR——事業戦略のレイヤーで、希少性をどう強めるかを考える。最後にV——機能戦略と事業戦略の間、セールスやマーケティングの領域で、市場のニーズにしっかりはまるようカスタマイズする。
重要なのは、これが一方通行ではないという点である。VRIOで一度回した後に逆から回す、この振り子のような往復が社内戦略に組み込まれているかどうかが問われる。往復がなければ循環する機能にならない。「常に新しいことをやるなら事業を見直さなきゃいけない」。現状維持と次の新商品を同時に扱うには、V→R→I→OとO→I→R→Vの両方向を持つ必要がある、というのが結論である。
最初の段階、つまり創業期や新規参入時。まだ組織と呼べるものがなく、まず商品を作って事業を回すところから入るしかない局面。社外の人間が企業を分析する場合も、Oの内部データは取れないためVから入らざるを得ない。
事業が大きくなった後、大企業の新規事業立ち上げ、組織改革、ダイナミック・ケイパビリティの文脈。すでに特許や専門性を持っているなら、組織の見直しから入ってそれらの活用法を決め、希少性をさらに増し、最後に何十通り・何百通りとニーズを分析したほうが強い商品が生まれる。
参加者から「会社の成長に応じて、VRIOになるかOから始まるか変わるということか」という確認が入った。マイキー氏の答えは、大手企業が新規事業を始めるとき、まず自社のリソースや特許を必ず見直すのだから、意識せずともO→I→R→Vになっているはずだ、というものだった。企業戦略・全社戦略の段階から考えなければならないという前提が置かれているなら、VRIOの順番はある意味で矛盾している——という言い方である。
逆方向の質問も出た。「Vができているから、Oから行くという考えもありか」。答えは「あり」。時計回りでも反時計回りでもよく、事業体・サービス・製品の内容によって順序を変える柔軟性を持つことのほうが重要だ、と締めくくられた。
参加者の一人が「初めVRINだったのを、バーニーさんがOに変えた」と述べた。これは事実として確認できる。1991年の論文では Valuable / Rare / Imperfectly imitable / Non-substitutable(VRIN)だったが、バーニーは1995年に発表した論考でこれを再構成し、ImitabilityとNon-substitutabilityを統合したうえで、新たに Organization(組織)を4番目の条件として据えた。これが今日のVRIOである。
この置き換えの意味は、質問者が指摘したとおり大きい。VRINは「企業が何を持っているか」を問う枠組みだったが、Oを入れたことで「その企業が持っているものを実際に活用できる形に組織されているか」という問いが加わった。バーニー自身がOの重要性に気づいて後から差し込んだ要素である以上、Oを最後尾に置き続ける標準順序に違和感を持つのは筋が通っている——この回の主張を、フレームワークの成立史の側から支持できる。
ただし、バーニー自身が「V→R→I→Oの順で評価せよ」と手順を規定しているのは、あくまで持続的競争優位を持つかどうかの判定の文脈である。「新規事業の設計手順」として逆順を採るというこの回の提案は、判定ツールを設計ツールに転用する試みであり、原典に対する反論ではなく拡張と位置づけるのが正確だろう。
Vが一番お金に近く、Oが一番お金から遠いから。この一言が、質疑応答のなかで最も鋭い整理だった。弱者であればあるほどVに偏り、強者であるほどOに集中しやすい。ビジネススクールの講座もほとんどがVの領域しか扱わない。そしてVしかやらないから大手になれない、という因果が指摘された。RもIも語っているつもりで、実際にはVの話しかしていないケースが大半だ、とも。
VRIOの議論は、より一般的な原則へと拡張された。あらゆる理論・分析・フレームワークには必ず穴がある。だからその穴をどう埋めるか、どう効率よく使うかを考えないと、実務に落とし込めず実用性がない。VRIOはその分かりやすい例にすぎない、というのがマイキー氏の位置づけだった。
例として挙がったのがPEST分析と3C分析である。順番どおりに回せばよいのか。そうではない。政府がルールを変えまくっている局面なら政府を見ればよいし、政府があまり動かず企業側が動いている局面なら企業を見たほうがよい。分析の優先順位は時代背景によって変わる。だから「その通りにやらなくていい」という自由度を持たなければならない。ところが多くのコンサルタントは「この順番どおりにやります」と言う。それは合理的ではない、と明言された。
参加者からは「市場規模」「ポテンシャル」という答えが出たが、マイキー氏の答えは違った。大きい企業になればなるほど、まず政府の動向を必ず見る。政府がある程度落ち着いたら、そこで初めてミクロに降りて大企業の動きを見る。「大統領が荒らすだろうと分かっていたら、まず見るのは政策でしょう」。EV関連の企業を見るなら、その周辺の関連会社まで見なければ何も分からない。優先順位そのものが、この判断で決まる。
ここから話は、日本企業がリスクをどう扱っているかへ移った。参加者から「日本は地政学リスクを恐れすぎて何もしていないのでは」という問いが投げられたが、マイキー氏の返答は逆張りだった。日本人が地政学的リスクを考えているとは思っていない。考えていないから内側に集中しているのだ、と。地政学リスクという言葉は、動かない理由として使われている、という見立てである。
その根拠として自身のサラリーマン時代の経験が語られた。リーマンショックが来ると見えていたので、担当顧客の資産運用管理を全て見直させ、円預金を持たせた。1ドル100円台から70円台前半まで円高が進んだ結果、日本のものは高くて売れなくなる。そこでシンガポールやマレーシアなど東南アジアの顧客に、1年分の資金をあらかじめ送金させて準備させた。周囲の商社が円高で売れないと言っている間に売りまくり、他社の売上が3分の2や4分の3に落ちるなかで200%を売り上げた、という話である。金融リスクや地政学リスクが起きたときこそ、ライバル企業を出し抜くチャンスだ、という原則がここから引き出された。
同じ構図の事例として、ファーウェイが挙げられた。一度潰されかかってから復活した経緯は、この枠組みで綺麗に説明できる。むしろ関税の問題があったからこそ、より強く復活できた、と。SHEINやTemuも見え方を変えたから戦略が変わっている。入り口をどこに置くかによって、戦略の方向性そのものが大きく変わるという指摘である。
そして最も具体的な事例として、タイのCPグループが登場した。天安門事件の際、他国の企業が全て撤収するなかでCPだけが中国に入り込み、販売の準備をした企業である。マイキー氏は8〜9年前、韓国企業の決済システムをCPグループへ売却するディールに関わり、タイのセブンイレブンに自動決済システムを導入した当事者だったことが明かされた。「あそこも結構振り切ってる」「タイで一番優秀な企業ですから」という評価である。
CP All(Charoen Pokphand Group傘下)は2025年に700店を新規出店し、タイ国内のセブンイレブンは年末時点で15,945店に達した。国内店舗のうち約51%が直営、49%がフランチャイズおよびサブエリアライセンス。国外は138店で、内訳はカンボジア112店、ラオス26店である。講義中の「1万5000ぐらい」という発言は正確だった。
なお、天安門事件時に中国へ踏み込んだという経緯についても、CPグループが中国改革開放後に外資第一号として登記された(深セン経済特区の外商投資企業登録番号0001)という有名な事実と整合する。ただし「他国が全て撤収するなかでCPだけが入った」という表現の厳密な裏取りまでは今回できていない。要確認
逆順の提案に対して、参加者から3つの異なる角度の応答があった。いずれも単なる同意ではなく、別の理論と接続する形の応答だったため、そのまま記録しておく価値がある。
Oが最も大事になるということは、それまでのVがVでなくなる、つまり解釈が変わるということだ、というのが渡辺氏の読みだった。そこで求められるのは翻訳としての役割であり、それはまさにリーダーシップである。カウンターナラティブが必要になる。それまでの価値観を壊さなければ、市場に対して新しい模倣困難性を提示できない。しかもそれはまだ誰も気づいていないものなのだから、なおさら翻訳が要る——という論理である。プレゼン能力とリーダーシップがここで直結する、という指摘だった。
葛氏はトヨタを引き合いに出した。トヨタは元々、改善活動と小集団活動によって自律的に良くしていく組織だった。つまりOが先にある。そこから次にIの段階、すなわちトヨタ生産方式という模倣困難な資産が生まれた。表面上トヨタ生産方式を導入しようとする企業はいくらでもあるが、うまくいかないのは、Oが先にしっかりできていないからではないか——という読みである。逆順の主張を、実在企業の成立順序で裏づけた形になる。
長谷川氏からは、経営理論の成立史からの補強があった。ビジネススクールで扱われる理論はほぼ英語論文が出自で、欧米主導のものが多い。しかしある時期から急にオーガニゼーションが語られ始めた。それは研究者たちがソニーやトヨタに注目し始めた時期と重なる。フォードやGMに比べて圧倒的に企業規模の小さいトヨタが、低コストで品質の高いものを作って売っていく——これがポーターのSCP理論では説明できなかった。だからRBVが必要になった、という筋書きである。
研究者が日本企業を訪れ、社員運動会のような慣行まで論文に書き残していたことも紹介された。組織の結束力が大事であり、リーダーシップは小さなチームワークから始まる、という主張が当時の論文で謳われていた。スティーブ・ジョブズも同じ理由で見に来たと聞いている、と付け加えられている。
SCP(Structure-Conduct-Performance)パラダイムは産業組織論に由来し、マイケル・ポーターの競争戦略論(ファイブフォース分析など)の理論的基盤になっている。企業の収益性は所属する産業の構造で説明されるという立場で、同一産業内の企業は均質だと仮定する。この仮定のもとでは、同じ自動車産業にいるトヨタとGMの収益性格差は説明しにくい。
RBVはまさにこの仮定を外し、企業ごとに資源が異なる(異質性)、しかもその資源は簡単には移転しない(移動困難性)と置いた。PART 1で前田氏が「RBVで特に強調される2つの視点」として挙げたものが、そのままSCPへの反論になっているという構造は、押さえておく価値がある。
なお「ポーター自身がトヨタ研究からRBVを生み出した」というニュアンスの発言があったが、ポーターはSCP側の代表的論者であり、RBVの提唱者ではない。トヨタ生産方式への学術的注目は、MITのIMVP(国際自動車プログラム)と『The Machine That Changed the World』(1990年)が大きな契機で、これは経営戦略論のRBVとは別系統の研究である。両者が同じ時期に日本企業へ注目していたのは事実だが、系譜としては分けて理解したほうがよい。