この回で最も具体的だったのが、SpaceXの上場をめぐる話である。登壇者は同社との打ち合わせに入っており、2022年に受領した資料や契約書を画面で示しながら(撮影禁止の断りつきで)進行の実態を語った。「日本人でここに関わっている人はほとんどいないので、たぶん自分が一番詳しいほうだと思う」という前置きの上での内容である。
語られた上場シナリオは明快だった。データセンターの確保、エネルギーの確保、AIの進化――これらを統合させるには莫大な費用がかかる。だから上場して資金調達するほうが合理的である。目標評価額は1.6兆ドル、上場時の想定はメタと同程度の時価総額。そして1.5兆ドルで上場して株式の5%を売却すれば、750億ドル(約11兆円)が調達できるという計算だった。
2026年8月時点で答え合わせをすると、この見立ての精度は際立っている。SpaceXは2026年6月12日にNasdaqへ上場し、公開価格135ドルで5億5,555万株を売り出し、調達額はちょうど750億ドル。公開価格ベースの評価額は1.77兆ドルだった。調達額は完全一致、評価額は上振れである。ただし2026年2月にxAIとの合併(合算1.25兆ドル評価)を挟んでおり、上場した会社は12月時点で語られたSpaceXそのものではない。
一方で、収益の数字には差があった。講義では「売上高は250億ドルぐらい出ている」「NASAより高い」と語られたが、実際の2025年売上高は187億ドル、NASAの2026会計年度予算は約275億ドルであり、SpaceXのほうが小さい。ただし「黒字はStarlinkだけ」という指摘は完全に正しく、上場に伴う開示で裏づけられた。
そして技術面については、講義は一貫して悲観的だった。軌道上での燃料補給が60年間解決していないこと、2025年のテキサスでの爆発が燃料移送の実証だったこと、月面原子炉、宇宙デブリ、月の土壌、骨密度――「聞いている限りだと全然進んでいない」という評価である。この部分は、2026年8月時点でおおむね裏づけられている。
この回が示したのは、資本市場の数字は当てられるが、物理の数字は当てられないという非対称である。調達額と上場時期は的中した。一方、燃料移送も月面原子炉も火星も、語られた通り遅れ続けている。バリュエーションの根拠を問われた登壇者が「ぶっちゃけない。調達金額から逆算しているだけ」と答えた場面が、この非対称を最も端的に説明している。
講義の説明は逆算になっている。マスクの構想(同じ回の別テーマで扱ったカルダシェフ尺度の枠組み)では、タイプ1からタイプ2へ移行する一時的な段階として、データセンターの確保、エネルギーの確保、AIの進化という三つを統合させる必要がある。そしてこれには莫大な費用がかかる。だから上場して資金調達をするほうが合理的だ、という理路である。
この時点(2025年12月15日)での数字は次のように語られた。翌年には評価額が8,000億ドルまでいくと言われている。いま株価は420ドルぐらい、少し前は250ドルぐらいで、自分が調達に関わっていた頃は80ドルぐらいだった。そしてIPO時の目標評価額は1.6兆ドルで、上場時期に出ている情報では現在のメタと同程度の時価総額での上場を目指して2026年に動いている――という内容である。
SpaceXの非公開株の価格は、社内・関係者向けのテンダーオファー(自社株買付/セカンダリー売却)で決まる。公開情報を並べると次のようになる。
2024年6月のテンダーで評価額は約2,100億ドル、1株約112ドル。2024年12月のテンダーで3,500億ドル。2025年7月に約4,000億ドル、1株約212ドル。そして2025年12月上旬、勉強会のわずか1週間ほど前に、1株421ドル・評価額約8,000億ドルでのインサイダー株売却が実施されている。
したがって講義中の「今420ドル」「今250ドル」という言い方の揺れは、420ドル=2025年12月の直近セカンダリー価格、212ドル=2025年7月の価格という二つの時点が混線したものと整理できる。「来年8,000億ドルになると言われている」という表現についても、8,000億ドルの水準は2025年12月時点ですでに成立していた。数字自体はすべて実在する数字であり、時制の整理だけがずれている。
そして計算が示される。1.5兆ドルで上場して株式の5%を売却すれば、750億ドル(約11兆円)が調達できる。これだけあれば宇宙関連の予算も統合システムもある程度賄える――という説明だった。
ここがこのレポートの中核である。2025年12月15日に語られた数字を、2026年8月28日時点の実績と一つずつ突き合わせる。
| 語られた内容 | 2026年8月時点の事実 | 判定 | コメント |
|---|---|---|---|
| 2026年に上場する | 2026年6月12日、Nasdaqに上場(ティッカー SPCX) | 的中 | 年まで一致。史上最大のIPOとなった。 |
| 5%売却で750億ドル調達 | 公開価格135ドル×5億5,555万株で750億ドルを調達。オーバーアロットメント込みで最終的に約857億ドル | 的中 | 調達額はぴたり一致。従来最大だったサウジアラムコ(2019年・約294億ドル)を大きく更新した。 |
| IPO時評価額1.5〜1.6兆ドル | 公開価格ベースで1.77兆ドル。初日終値161.11ドルで時価総額は2兆ドル超、ザラ場高値では約2.21兆ドル | 上振れ | 方向・桁ともに正しく、実績が上回った。 |
| メタと同程度の時価総額で上場 | 公開価格時点で米国7位の時価総額。テスラを上回る水準 | 概ね的中 | 比較対象の企業は異なるが、規模感の見立ては当たっている。 |
| データセンター・エネルギー・AIを統合するのが上場の理由 | 2026年2月2日、SpaceXがxAIを全株式交換で吸収。合算評価1.25兆ドル。目的として軌道上データセンターの構築が明示された | 的中 | この回で最も価値のある指摘。合併という具体的な形までは語られていないが、統合の必然性という読みが実際の企業行動に一致した。 |
| 売上高は250億ドルぐらい出ている | 2025年通期の実際の売上高は187億ドル | 過大 | 約1.3倍の過大評価。ただし上場前で非開示だった時点での推計としては、桁は合っている。 |
| 売上高はNASAより高い | NASAの2026会計年度予算は約275億ドル。SpaceXの2025年売上187億ドルを上回る | 誤り | 2025年時点ではNASAのほうが大きい。ただし同社は2026年末に年率換算1,000億ドルの売上ランレートに到達する見通しを示しており、この関係は近く逆転しうる。 |
| 黒字はStarlinkだけ | 2025年、Starlink部門は売上114億ドル・営業利益44.2億ドル。一方ロケット部門は6.57億ドルの営業赤字。全社では純損失49億ドル | 的中 | 上場に伴う開示で完全に裏づけられた。 |
| バリュエーションに将来収益のロジックはない | 上場後、2026年第2四半期は売上78億ドル(前年比+92%)と市場予想を上回ったが、AI関連コストの膨張で5.41億ドルの純損失。決算後に株価は下落 | 示唆的中 | 「調達金額からの逆算」という指摘が、上場後の株価変動で実際に問われる形になった。 |
SPCXは2026年8月28日時点で140.87ドル、時価総額約1.91兆ドルで取引されている。上場後の値動きは激しく、52週レンジは104.83〜225.64ドル。IPO直後の高値から一時約50%下落し、その後戻している。アナリストの12か月目標株価の平均は219.22ドル(高値450ドル/安値117ドル)と、見方が大きく割れている状態である。
2026年第2四半期決算では、売上78.1億ドル(前年同期比+92%)が市場予想の68.1億ドルを上回り、調整後EBITDAは191%増の35億ドルに達した一方、純損失は5.41億ドル。AI関連コストの増加が収益改善を打ち消す構図になっている。上半期累計の売上は125.1億ドル。会社は2026年末までに年率換算1,000億ドルの売上ランレート到達を見込み、売上1兆ドル到達の社内目標を2031年から2030年に前倒ししたと報じられている。
本レポートは投資助言ではない。上記は勉強会で語られた見通しの事後検証として、公開情報を記録したものである。
収益計画についての質問に対する応答が、この回で最も実務的な部分だった。まず売上規模については「250億ドルぐらいは出ている」としつつ、「開発費用がやばすぎる」ため、事業ごとに見て黒字になっているのはStarlinkだけだ、と明言している。
それ以外はどこから収益が上がるのか。宇宙への輸送、宇宙旅行――そのあたりで稼ぐぐらいしか思いつかず、基本はビジョンに対する寄付のような形で資金を募ることになるのではないか、という見立てが示された。そして収益になるのはおそらく政府からの受注が多くなるという予測が続く。
講義が提示した比喩がこれである。最初の段階では「データセンターを持っていきます」「資源を持っていきます」という物流会社として機能する。月の土壌の問題を改善するにはこういう技術が必要だ、こういうモノが必要だ――となったとき、それを運ぶ会社になる。そこで収益が上がる。
さらにその先の構図として語られたのが、インフラの垂直的な押さえ込みである。宇宙で必要になるデータ管理をxAIのデータセンターが担い、クラウドにつながることでロボットの制御や指示出しまで可能になる。ロボットにソフトウェアを流し込んで作業させることもできる。データセンターを作ること、AIを作ること、物流を担うこと――これで大抵のインフラを押さえてしまうのがSpaceXである、という整理だった。
ただし収益化がいつになるかは疑問符がつく。現時点でうまくいっているのはB2C向けとB2B向けのStarlinkの通信以外はほぼない、というのが結論である。
2026年5月の上場申請で、SpaceXの財務が初めて公になった。2025年通期の売上高は187億ドル。うちStarlinkを中心とする接続事業が114億ドルで、全社売上の61%を占めた。衛星ブロードバンド事業として年商100億ドルを超えたのは史上初とされる。
セグメント別の利益は講義の指摘通りだった。Starlink部門は営業利益44.2億ドル(調整後利益71.7億ドル、前年比+86%)を計上した一方、ロケット部門は6.57億ドルの営業赤字。全社では営業損失26億ドル、純損失49億ドルである。つまり通信事業がStarshipの開発を資金的に支えているという構造が、数字で確認された。
2026年第1四半期もこの構造は続いており、Starlink部門は売上32.6億ドル・営業利益11.9億ドル、一方でロケット部門とAI部門はいずれも大きな損失を計上している。「黒字はStarlinkだけ」という講義の指摘は、上場後の開示によって完全に裏づけられた。
参加者から「バリュエーションをつけるときに何を指標にしているのか」と問われた登壇者は、「調達額です。完全に。将来的にいくらどうなるとかそういうロジックは、ぶっちゃけない」と答えている。250ドルが420ドルになる根拠も特にない、必要な調達額から逆算しているだけだ、と。
これは非公開企業のセカンダリー取引においては実務的に珍しくない説明である。ただし上場後は市場が独自に評価するため、この逆算構造は維持できない。実際、上場後のSPCXはIPO直後の高値から一時約50%下落し、決算のたびに大きく振れている。「調達額からの逆算」という値付けが、公開市場で問い直されている段階にある。
技術面の議論で最も時間が割かれたのが、燃料の供給問題である。宇宙にエネルギーを持っていく方法が、いまだに分かっていない。マスクもベゾスも、まず「宇宙にどうやってガスを送り込むのか」というところから始まっている、というのが講義の出発点だった。
構想自体は単純である。地球周回軌道に燃料を搭載した宇宙船を置き、いつでも補給できるようにする――宇宙にガソリンスタンドを作るという発想である。そうすれば地球を出るときに軽くできる。結果として低コストで宇宙に行き、宇宙でエネルギーを確保すればよい。だがこれがまず難しい。
推進剤は宇宙空間に置くと蒸発しやすい。液体窒素、液体ヘリウム、液体水素といった沸点が極端に低く分子が軽い物質は、真空という低圧条件下で簡単に蒸発してしまう。だから大量の断熱・保冷材を一緒に持っていって蒸発を防がなければならない。この「どうやって蒸発させないか」が解けていない。
そして講義は、2025年の実証実験に触れる。テキサスでロケットを飛ばしたときに爆発したが、あれは燃料移送の実証だった。それが失敗している。だから来年(2026年)にやり直すことになる、という説明だった。ブルーオリジンも燃料を補給する輸送機を開発している段階であり、月の周りに補給拠点を置いてぐるぐる回るような形にする構想がある。
なぜそこまでして軽くしたいのか。アポロ計画で月に人を送ったときのロケットは、総重量のうちほとんどが燃料だった。燃料が重いからコストが高くなり、飛ばない。ならば最低限で出発して、その後は宇宙で補給すればいい。結果として安価になる、という論理である。
サターンVの質量比について。講義では「ロケットの重量が300万あるうち240万が燃料だった」と語られた(単位が音声上「km」と誤記されているが、文脈からトン級の話である)。サターンVの離昇質量は約650万ポンド=約2,970トンで、第1段S-ICだけでも総質量2,214トンのうち推進剤が2,077トン(約93.8%)を占める。「ほとんどが燃料」という主張は正しく、比率はむしろ講義の80%より高い。
軌道上燃料移送の現状について。Starshipの推進剤移送実証ミッションは、当初の2025年半ば目標から遅延し、2026年後半(NET)に持ち越された。構成は二段階で、第1段階が単機での長期滞留試験(断熱と与圧でボイルオフを抑えられるかの検証)、第2段階が2機のStarshipによる実際の艦間移送である。2026年初頭時点でいずれも未達成。13回のテスト飛行を経てなお軌道上の艦間補給は実証されていない。2026年3月のNASA監察総監室報告は、大規模な機体間の極低温推進剤移送をHLS(有人着陸システム)が直面する最も重大な技術課題の一つと位置づけている。講義の悲観的な見立ては、その後の事実によって裏づけられている。
2007年の先行事例について。講義では「2007年に国防総省とDARPAが2機の衛星で12回の燃料移送を実施したが、良い結果が出ていない」と語られた。該当するのはDARPAのOrbital Express計画(2007年3月9日、アトラスVで打上げ)である。整備機ASTROと被整備機NextSatが複数回のドッキングと推進剤移送を行い、タンク容量の95%までの充填、毎分12ポンドを超えるヒドラジン流量を実証した。「12回」という回数は特定できなかった要確認が、決定的な違いは移送した推進剤の種類にある。Orbital Expressが扱ったのは常温貯蔵可能なヒドラジンであり、Starshipが必要とする極低温の液体メタン・液体酸素ではない。ボイルオフという最大の難所は、この実証では解かれていない。
講義はさらに、実証できたとしても管理ができないのではないかという疑問を提示した。そこに行ったときに、本当に蒸発していないかどうかも分からない。SpaceX自身がタンカーを打ち上げて補給所を満たそうとしているが、そこが難しいのではないか、という見立てである。
もう一つ紹介されたのが、原子炉を宇宙に送るという構想である。NASAが取り組もうとしており、中国とロシアも同様に動いている。講義では「NASAは2029年までに100万kWのシステムを作りたいという目標がある。100万kWといえば住宅街を賄えるほどの電力」と説明された。中国とロシアは共同で、2030年代後半までに月面へ核エネルギーを持っていくというところで動いていると言われている、とも。
2025年8月、NASA長官代行のショーン・ダフィーが発出した指令の内容は「2030年第1四半期までに、月面で最低100キロワット(100 kWe)の電力を供給する高出力原子炉を設計・製造・配備する」というものである。講義で語られた「2029年までに100万kW」とは、時期で約1年、出力で1万倍の差がある。
この100 kWという数字は、2022年の契約で進められていた従来のNASAの核分裂表面電源(Fission Surface Power)計画の40 kWeから2倍以上に引き上げられたものである。システム要件としては、質量15トン未満、最低出力100 kWe、閉サイクルブレイトン発電方式が示されている。さらに2026年1月13日、NASAとエネルギー省が2030年までの月面原子炉開発を約束する覚書に署名している。
「100万kW(1ギガワット)で住宅街を賄える」という説明にも注意が要る。1 GWは大型原発1基分に相当し、住宅街どころか数十万〜百万世帯規模の電力である。逆に実際の目標である100 kWは、一般家庭で言えば数十戸程度の規模にすぎない。月面拠点の初期電源としては妥当な数字だが、「都市を賄う」という水準ではない。発言をそのまま受け取ると、月面電力インフラの現在地を4桁誤って認識することになる。
なぜ原子炉なのか、という理由づけは正確だった。太陽光は持続的に発電できない。特に月では夜が2週間続く。そのため蓄電コストが莫大にかかる。だから原子炉のほうがよい、という論理である。
ただし原子炉には別の問題がある。冷却である。原子炉には水が必要になるが、月には水があるという前提はあるものの、宇宙には水も空気もない。放熱パネルを設置するなどの対応が必要になる。それでも原子炉が一番いいのではないかと言われている――というのが講義のまとめだった。
同じ回の別テーマで扱ったカルダシェフ尺度の枠組みに戻ると、月面電源はタイプ1からタイプ2への移行の最初のインフラにあたる。エネルギーがなければ情報処理もできず、ロボットも動かない。だから輸送能力と電力供給の二つが同時に解けないと、その先の構想はすべて絵に描いた餅になる。講義が悲観的だったのは、この二つがいずれも未解決だからである。
参加者から「ブルーオリジンも似たようなビジョンを持っているのか」と問われた場面で、両社の構造的な差が語られた。ブルーオリジンの最大の弱みはハードがないことだという。自社開発ではなく、ボーイングなどが作っている。ゼロから何かを作るという技術がブルーオリジンにあるわけではなく、ソフトウェアなど一部の部分を担っている、という説明である。
垂直統合で技術を全部自社で作る。ロケット、エンジン、衛星、通信網、そしてAIまで自前で持つ。講義の比喩では、Hondaと組んでいるトヨタのような立ち位置。
ソフトウェアなど一部の領域を担い、ハードは外部に依存する。講義の比喩では、ソフトウェア側のソニーのような立ち位置。参加者は「結構違うんですね、やっていることが」と反応した。
講義の「ハードがない」という評価は、少なくとも一部については留保が必要である。ブルーオリジンは自社製ロケットNew Glennと、自社製月着陸機Blue Moon MK1を開発している。MK1は全高8メートル、質量21,350kg、月面へ約3,000kgを輸送する設計で、初号機MK1-SN001「Endurance」は月の南極シャクルトン・クレーター近傍への着陸実証を予定している。有人型のMK2はNASAのアルテミスV計画に選定されている。
ただし2026年8月時点で計画は難航している。2026年5月28日のNew Glenn第1段ブースターの静的燃焼試験中の爆発を受け、Blue Moon Pathfinderミッションは2026年内(NET)へ後退した。さらにNew Glennは第2段の不具合をめぐるFAA調査により飛行停止状態にある。ブルーオリジンは将来型の「New Glenn 9×4」を発表し、現行機を「7×2」と呼び分ける構成に改めている。
「垂直統合の度合いでSpaceXが優位」という講義の判断は、内製の有無というより実行速度の差として現れていると見るのが2026年8月時点では正確である。
ベゾスとマスクの間で議論があるのかという質問には、「実際どうなっているかは知らないが、お互いに目的は同じで、まずはエネルギーをどうやって向こうに運ぶのかという点についてはずっと議論されていると言われている。ただ、なかなか進まない状態になっている」と答えられている。
この回で最も鋭い切り返しが出たのが、参加者からの指摘だった。話が飛びすぎている、と。
① 安定軌道の確保。宇宙デブリの問題を処理したうえで、安定軌道のスペースを確保しなければならない。これが未解決のまま議論が進んでいる。
② 土壌の問題。月の土壌(レゴリス)のままでは循環を維持できない。有機的な土壌を作らなければならず、そのためには微生物などの問題をクリアする必要がある。そこをまったく無視しているという点にエゴが見える。
「まずテラフォーミングからですよね」という応答があり、そこから「ゴキブリをばらまかなければいけない」という冗談を挟みつつ、映画『スノーピアサー』の話に展開している。地球が寒冷化して住める場所が列車の中しかなくなり、車両ごとに奴隷から貴族までの階級があり、下層はゴキブリを原料にしたゼリーを食べさせられている――という設定である。宇宙開発の話が、階級と資源配分の話に接続する場面だった。
登壇者はこの指摘を「本質を突いている」と受け止めたうえで、宇宙関連のスタートアップ企業が優先産業になってくるだろうという見立てを述べた。水を作るなどさまざまな取り組みがあり、日本企業もかなり先行しているところがある。建物を作るのに3Dプリンターをどう使うか、といった話に加え、バイオテクノロジーの発展によって解決できる問題も出てくるという認識である。
現実的な着地として語られたのがこれである。月に人が住むのはまず無理だろう。火星に住むのも普通に考えれば無理である。食べ物もなく、水もない。ただし最初の段階では、人間が住むのは無理でもロボットが住むのは可能だ――そこで何を作るのかしか考えていないのがSpaceXだろう、という読みである。土を誰が作るのかとなったとき、それが人間でないことは間違いない。Optimusのようなものが動いてくることを目標として動いているのだろう、と。
ロボットであれば品質管理も人間ほど気を使う必要がなく、段ボール箱に詰めて送ればよく、エネルギーさえ確保できれば動き続ける。最初の段階では人間が住んでいないがロボットは大量に住んでいる、という状態になるだろう。監督者として人間が少数いるかもしれないが、当分は誰かが行くということはない――そう整理された。
もう一つ、生理的な制約も挙げられた。骨がボロボロになる問題をどうにかしないと無理だろうという指摘である。無重力による骨からのカルシウム流出の問題を指している。
無重力環境における骨密度低下や体液シフトなどの生理的影響は、宇宙医学の分野で継続的に研究されている論点である。本レポートに記載した内容は勉強会での言及の記録であり、医学的な助言ではない。健康に関する判断は、必ず医療従事者および公的機関の情報に基づいて行うこと。
宇宙デブリについては、締めくくりの議論で再度取り上げられた。倫理的問題として絶対に出てくるのはスペースデブリの問題であり、それが最初に直面する問題ではないか。そして、誰が責任を負うのかという問題になる。すると結局「倫理など関係ない」という立場から中国が伸びてくる。ルールを破った者が強いという方程式はおそらく一生続く――というのが登壇者の見立てだった。中国はもうアメリカを見ておらず宇宙を見ている、という言い方をする、とも付け加えられている。
登壇者は2022年にSpaceXから受領し日本語化した資料を画面で示しながら(撮影禁止の断りつきで)、計画の遅延を具体的に列挙した。
| 2022年時点の計画 | 2025年12月時点の状態(講義) |
|---|---|
| VIPERプロジェクト(月の水と資源の調査) | できていない。ファルコン・ヘビーでVIPERを搭載した着陸機を打ち上げる予定だったが、2年遅れている |
| 火星移住計画(2026年に実現する自信があるとコメント) | 遅れている。思ったよりも進んでいない |
| 2026年末頃の打ち上げ予定(255億ドルで契約) | できていない |
| スターシップのタイムライン(火星まで) | 資料は存在するが、実態は伴っていない |
| マテル社との提携 | 今のところ微妙な状態 |
「どこで服が引っかかるかという感じ。引っかかったところから詰めていこうという進め方」というのが登壇者の描写だった。そのうえで、「聞いている限りだと全然進んでいない」「相当遅れているのだろう」と繰り返している。データセンターを宇宙に送るという話にしても、マスクもピチャイもベゾスも言っているが、そもそも輸送能力がそこまでない。おまけにStarshipは失敗が多い。データセンターの輸送コストを考えれば、失敗するたびに恐ろしい損失になる。
火星への打ち上げ窓(トランスファーウィンドウ)は約26か月ごとに訪れ、次の機会は2026年11月から12月である。SpaceXはここでStarship V3を5機、無人でTesla Optimusを載せて火星に送るという構想を掲げていた。着陸の信頼性を検証し、早ければ2029年の有人飛行につなげるという計画である。
ただしマスク自身が2025年5月の時点で、2026年の期限に間に合う確率を「50対50」と述べており、間に合わなければ次の窓(2028年末)まで2年待つことになるとしていた。さらにその後、SpaceXは投資家に対して「まず月を優先し、火星は後回しにする」方針を伝え、2026年の無人火星着陸計画を取り下げたと報じられている。「思ったよりも進んでいない」という講義の評価は、その後の事実によって支持されている。
最後に、地上に近い話題として、Starshipによる地球間輸送(Point-to-Point)の議論があった。数年前からプロモーション動画を見せられ続けており、「動画はいいから早く作ってくれ」という感想だという。裏側まで40分、最も遠いところまで40分から1時間ぐらいと言われている。海上に着水するため、人工島を作ってそこに乗せる形になる。
ここで登壇者が挙げた懸念が実務的で面白い。海に着くということは、内陸部に行けないのではないか。上海の海のところに発着地が置かれたPVを見たが、ロサンゼルスやニューヨークには行けてもシカゴにはどう行くのか。さらに、東京からロサンゼルスに1時間で着いたとしても、そこからサンフランシスコまで乗り換えて飛行機で4〜5時間、車なら9時間かかる。乗り換えの手間を考えたら結局飛行機のほうが速いのではないか。
この論点は東京−大阪の比較にも展開された。飛行機なら20〜30分で着くが、空港へのアクセスを考えれば2時間になる。それなら新幹線でいい、という話になる。参加者からは「北海道は実際それで交通が不便になっている。新幹線とJRができてバス路線が減り、非常に不便になった」という実例が返された。速度を上げても、結節点の設計を誤れば総所要時間は改善しない――宇宙輸送の議論が、地上の交通インフラ論に着地した場面だった。
「人によっては机上の空論にしか聞こえない内容だ。現実的に可能か不可能かと言えば、今の我々の頭のなかでは不可能と判断するしかない」――そう認めたうえで、登壇者はこう続けた。ティールがやろうとしていたことも15〜20年前には全部無理だと言われていたが、パランティアが現に出てきて現実的になった。今無理だと言っていることが10年後20年後にどうなっているかは分からない。そして比喩が置かれる。ライト兄弟が出てきたとき、誰も月に行こうとは思っていなかった。空を飛べるだけですごいと思っていた。だが空を飛んでから宇宙に行くまで、約50年しかかからなかった。