STUDY REPORT / 2026年1月度 勉強会

ROEはどこで化粧するか――計算式のなかで「いちばん動かしやすい場所」を先に探せ

指標の穴を一般論で語る回ではない。ROEの分解式を開き、どの項目が経営者の意思でいちばん簡単に動くのかを特定し、実在の企業でその痕跡を確かめる、という作業手順そのものを扱った90分の記録。

EXECUTIVE SUMMARY

「数字は嘘をつかない」ではなく「数字は簡単に嘘をつける」

3項目
ROEを分解したときの構成要素。収益性・効率性・財務レバレッジ
自己資本
3つの分母のうち、経営者が自分の意思で最も速く縮められる唯一の項目
CF
PL・BS・CFのうち、講師が「いちばん化粧が効きにくい」と位置づけた表
38億ドル
ワールドコムが費用から資産へ振り替えたとSECに開示した金額(2002年)
19.7→6.8
GMの株主資本(十億ドル、2001年末→2002年末)。年金債務調整が主因
仕掛ける側
講師の結論。騙されない側ではなく、相手の能力を試す側に立て

この日の講義は、直前の回で扱ったTSR・COSR・EBITDA・PBRの復習から始まった。だが復習そのものが目的ではない。講師は開口一番、アウトプットが上がってこないことを理由に「理解していないのだろう」と診断し、もう一度説明し直した。そして復習を終えた地点から、前回は触れなかった領域へ話を進めた。ROE――自己資本利益率という、日本のコーポレートガバナンス議論で最も頻繁に持ち出される指標である。

ROEを扱う際に講師が示したのは、「ROEには財務レバレッジで化粧できる穴がある」という結論だけではない。むしろ強調されたのは方法論のほうだった。指標を渡されたら、まず計算式を自分の目で見る。分子と分母に何が入っているかを確認する。そのうえで「この式のなかで、経営者が自分の意思でいちばん速く動かせるのはどこか」を探す。答えが出たら、そこがその指標の弱点であり、同時に化粧の効く場所である。この探索手順は、TSRでもEBITDAでもPBRでも、そしてテクニカル指標でも同じように使える汎用の道具として提示された。

後半では、この手順を実際の企業に当てはめる例が二つ出た。ひとつは、買収した事業の価値を落として自己資本を圧縮した結果、ROEだけがV字回復したように見えるケース。もうひとつは、年金債務によって自己資本が極端に薄くなり、営業利益は小さいのにROEが二桁に乗ったゼネラルモーターズのケースである。後者について講師は「ゾンビ企業になるとROEが上がる場合がある」と表現した。指標の数値が良いことと、企業が健全であることは、まったく別の事象になりうるという実例だ。

そして講義は、防御ではなく攻撃の話で閉じられる。指標の穴を知っている側と知らない側に世界は分かれる。であれば、自分は仕掛ける側に回れ――たとえば、目の前のコンサルタントに意図的にこのトリックを含んだ数字を持ち込み、どこまで見抜けるかを測れ。それがそのまま相手の実力の測定になる、というのが講師の締めくくりだった。

この回を貫く一本の線

指標を「見る」のをやめて「開ける」。分解式のなかで最も動かしやすい変数を特定することが、その指標の信頼度を測る唯一の実務的な方法である。そして動かしやすさは、そのまま「騙しやすさ」と一致する。

PART 0

透明性がない国には金が来ない――バングラデシュの現場から

講義前の雑談は、参加者のインド滞在の話から始まった。スラム街の様子が宗教によって異なること、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒でその一帯の空気や匂いまで変わること。モディ政権がヒンドゥー中心の姿勢を強めていても、実際にはイスラム教徒の人口規模がそれを許さないほど大きいという指摘が出た。食肉の流通のようにイスラム教徒の手を通らなければ成立しない領域があり、現実には共存が続いているという。

そこから講師が語り始めたのがバングラデシュでの実務経験である。世界銀行の理事を務めた人物の息子がプロジェクトのハンドリングに入り込み、権限だけは持っているために案件が散らかる。講師は本人に対して「あなたの父上は優秀だがあなたはそうではない」と直接伝え、プロジェクトから降りるよう繰り返し要求してきたと語った。人脈だけは本物なので「人を連れてくるだけしてくれ、それ以外は何もするな」というのが自分の要求だという。日本語が達者な相手だが、あえて英語でしか話さない――日本語だと取り返しのつかない言葉が出そうだから、英語なら紳士的に悪口が言える、という理由が添えられた。

ここで話は指標の議論と接続する。講師が問題視したのは個人の資質ではなく、その国の金融・行政が透明性を欠いていることのコストだった。中央銀行の人間や政治家が、面談の場で節税ではなく脱税のスキームを提案してくる。予算が積み上がっても、税で捕捉されないまま国外へ流出する構造ができている。だからこそ海外の投資家が入ってこない、というのが講師の見立てである。自分は「まともに税金を払おう」と言う側に立つが、目先の残高だけを見る相手には通じない。自分が出した資金で勝手に土地を買われた――節税対策だと説明された――というエピソードも語られた。

📌 Claude補足|コックスバザールの位置づけ

講師が「勝手に土地を買われた」場所として挙げたコックスバザールは、バングラデシュ南東部の海岸都市で、世界最長級の自然砂浜として知られる。近年は観光開発が進む一方、2017年以降ミャンマーからのロヒンギャ難民の大規模キャンプが置かれた地域でもあり、土地取引をめぐる事情は単純ではない。講師はカンボジアのシアヌークビルの開発になぞらえていた。要確認両都市の開発フェーズを直接比較した公的資料は確認できていない。

PART 1

復習の骨格――TSRの三つのエンジンと、EBITDAの見抜き方

講師はまず前回の内容を再提示した。企業のパフォーマンスを測る物差しが指標であり、その頂点に位置づけられるのがTSR(株主総利回り)である。資本主義において企業のオーナーは投資家であり、持株比率が支配を決める以上、投資家から見たリターンを表すTSRが指標の頂点に来るのは論理的に必然だ、という説明が置かれた。1,000円の株が1年後に1,050円になり配当が20円出れば、値上がり益50円と配当20円で7%――ここまでは誰でも計算できる。

問題は前提のほうにある。TSRは配当が全額そのまま再投資され、同じ利回りが続くという仮定のうえに成り立つ。しかし実際には、ある会社から受け取った配当をその会社に全額突っ込む投資家はいない。分散するのが普通である。再投資比率を100%ではなく50%、30%と現実的に置き直した指標がASR(アグリゲート・シェアホルダー・リターン)であり、そこで出てくる数値はTSRが示すものより大幅に低くなる。TSRは架空のボーナスを計算に含んでいる、というのが講師の評価だった。

さらにTSRは三つの異なるエンジンを混ぜてしまう。第一に事業活動そのもの――革新的な製品やサービスで営業利益が伸びた場合。第二に市場環境――金利動向や業界ブームでPERが膨らんだ場合。第三に資本政策――借入を起こして自社株買いを行い、EPSを押し上げた場合。投資家が本当に見たいのは第一のエンジンだけなのに、TSRという単一の数値はこの三つを区別しない。運と実力と化粧が同じ数字になって出てくる。

自社株買いの巧拙は、誰も測っていない

好況期は株価が割高で、企業には現金がある。この局面での自社株買いは高値づかみである。不況期は株価が割安だが、業績悪化で現金が足りず、買えないか見送られる。買い時に買わず、割高なときに買う――これは投資として下手だ、と講師は指摘した。にもかかわらずTSRは自社株買いを実行した瞬間をプラスに評価する。タイミングの巧拙は外部から見えないため、投資家もそこまで見ていない。

この構造を中立化しようとするのがCOSR(コア・オペレーティング・シェアホルダー・リターン)である。配当も自社株買いも行わず、現金をすべて事業に再投資するか低利回りの国債で運用したと仮定したら企業価値はどうなっていたか――それが企業の本来の力だ、という発想に立つ。COSRが低くTSRが高ければ、本業は弱いが財務戦略が巧みという状態であり、講師はその例としてAppleを挙げた。製品自体に大きな新規性がなくても自社株買いでTSRを押し上げられる一方、再投資が薄いためAIで出遅れた、という読み方である。

復習の最後にEBITDAが置かれた。講師はこれを「最も真っ赤なまやかしの指標」と呼び、投資家からも取締役会からも過剰に重視されている現状を批判した。前提と条件を変えられるため、投資家や役員会を騙すにはいちばん都合がよいというのが理由である。ではどう見抜くか。第一にフリーキャッシュフローを計算すること。第二に、EBITDAから償却を戻す前のEBIT――つまり有形・無形資産の償却費がどれだけ乗っているのかを実際に見ること。この二つを併せて見れば、EBITDAが何を隠しているかは見える。

📌 Claude補足|「bullshit earnings」の発言者

講師はEBITDA批判を「ウォーレン・バフェットがボーシット・アーニングと言った」と紹介したが、この "bullshit earnings" というフレーズはチャーリー・マンガーのものである。マンガーは「EBITDAという単語を見るたびに、それを bullshit earnings と読み替えるべきだ」と述べた。バフェット自身も同種の批判を繰り返しており、「EBITDAを使う人間は、あなたを騙そうとしているか、自分自身を騙しているかのどちらかだ」という発言が残っている。批判の中身は講師の説明どおりだが、発言者はマンガーで、バフェットは別の言い回しをしている。

📌 Claude補足|ワールドコム事件の数字

講師が「EBITDAで本当に人を騙した事例」として調査を指示したワールドコムは、2002年6月25日、2001年から2002年第1四半期にかけて回線費用(line costs)38億5,200万ドルを費用から資産勘定へ振り替えていたことをSECに開示した。回線費用は他社ネットワークを借りるための営業費用であり、これを設備投資として資本計上することで純利益とEBITDAが同時に膨らむ。最終的に1999年から2002年にかけて総額約110億ドルの費用が資本的支出に付け替えられていたことが判明し、同社は2002年7月21日、当時としては米国史上最大の連邦破産法11条を申請した。講師の「EBITDAで散らかした会社」という要約は事実と整合する。

PART 2

ROEを開ける――三つの分母のうち、どれが動くのか

ここから本題である。講師はROEを分解して見せた。当期純利益÷売上高が収益性、売上高÷総資産が効率性、総資産÷自己資本が財務レバレッジ。この三つの掛け算がROEになる。そのうえで問いを立てる。ROEを上げたいとき、分母のどれをいちばん簡単に小さくできるか。

売上高は下げられない――というより下げる意味がない。総資産も自由には縮まない。有形資産を持っていれば不動産価格が上がって膨らむ可能性のほうが高い。残るのは自己資本である。そして自己資本は、借入を起こせば相対的に下がる。つまりROEを構成する三つの要素のうち、経営者が自分の意思で最も速く動かせるのは財務レバレッジただ一つだ、というのが結論になる。

探索の手順として一般化する

「いちばん下げやすいものは何か」「いちばん上げやすいものは何か」を計算式のなかで見つけ出す。そこが最も化粧の効く場所である。財務の知識を持つ人間や戦略担当者は、まさにそこをうまくごまかして市場に数字を出してくる。この探索は、TSRでもEBITDAでもPBRでも、移動平均線や一目均衡表やフィボナッチのようなテクニカル指標でも同じように成立する。

図1|ROE分解式の各項目について、経営者が短期に動かせる度合いの相対比較。講師の説明にもとづくClaude作図(定性評価を5段階で図示したものであり、実測値ではない)。

実例①――買収した事業を落として自己資本を縮める

参加者からの発言を受けて、講師は「シエラという会社を見てみてください」と指示した。米国の通信機器関連企業で、買収した事業の価値をゼロにする減損を行って自己資本を圧縮した結果、ROEがマイナス15%からプラス15%へV字回復したように見えた、という説明である。これは「ビッグバス」と呼ばれる手法だ。ROEだけを見ている人間は「すごいV字回復だ」と評価するが、同時期のROIC(投下資本利益率)を見れば化けの皮が剥がれる、と講師は続けた。ROEは自己資本を分母に置くため自己資本の圧縮に反応するが、ROICは有利子負債を含む投下資本全体を分母に置くため、同じ操作では改善しないからである。

📌 Claude補足|シエラ・ワイヤレスをめぐる事実関係の食い違い

質疑のなかで社名は「シエラ・ワイヤレス」と確定された。カナダ・バンクーバーを拠点とするIoT通信機器企業である。ただし公開情報を確認すると、講師が説明した構図とは買い手と減損の主体が逆になっている

実際には、シエラ・ワイヤレスは2023年に米セムテック(Semtech)に買収された側である。そしてセムテックが2024会計年度に、シエラ買収に伴うのれん7億5,560万ドルと無形資産1億3,140万ドルの減損、合計約8億8,700万ドルを一括計上した。減損理由として同社は、取得したシエラ事業の収益見通しの下方修正と、高金利を含むマクロ環境を挙げている。つまり「買収した事業の価値を落とす大規模減損」という現象そのものは実在するが、それを行ったのはシエラではなくセムテックである。

要確認「ROEがマイナス15%からプラス15%へV字回復した」という具体的な数値は、セムテックについてもシエラ単体についても裏取りできなかった。ここは発言を書き換えず、食い違いとして残す。ビッグバスの仕組み自体の説明――減損で自己資本を圧縮すればROEの分母が縮み、翌期の利益が同じでもROEが跳ね上がる――は会計上正しく、ROICと突き合わせれば見破れるという指摘も妥当である。企業名と主体の対応関係だけは、自分で有価証券報告書に当たって確認すべき箇所として扱いたい。

実例②――年金債務で自己資本が消えると、ROEは上がる

もうひとつの例としてゼネラルモーターズが挙げられた。過去に年金債務が極端に膨らみ、自己資本がきわめて薄くなった時期がある。営業利益は小さいのに、分母が縮んだためROEが二桁に乗った。「ゾンビ企業になるとROEが上がる場合がある」という講師の言い方は、この現象を指している。指標が優れているから良い会社なのではなく、なぜその数字が良く見えるのかという背景込みで読む必要がある、という結論に接続した。

📌 Claude補足|GMの自己資本はどれだけ消えたか

GMのSEC提出書類によれば、株主資本は2001年12月31日時点の197億ドルから、2002年12月31日には68億ドルへ減少した。同社はこの減少の主因を「最低年金負債調整(minimum pension liability adjustment)の増加」と明記している。2002年は株式市場の下落で年金資産の運用がマイナスとなり、同時に社債利回りの低下によって将来債務の割引率も下がったため、積立不足が一気に拡大した。

同期間、長期債務比率は72.6%から267.0%へ跳ね上がっている。分母である自己資本が3分の1近くまで縮んだのだから、同じ利益額でもROEは3倍前後に見えることになる。「自己資本が薄くなるとROEが上がる」という講師の説明は、GMの開示数値によって裏づけられる。

図2|GMの株主資本の推移(2001年末→2002年末、単位:十億ドル)。出典:General Motors Corp. SEC提出書類(Form 8-K, FY2003)。

PART 3

PL・BS・CFのうち、どれが最も嘘をつけるか

議論は指標そのものから、指標の原材料へと遡った。ある参加者が「PL・BS・CFの三つのうち、どれがいちばんごまかしやすいのかという序列がある」と述べ、講師がこれに同意した形である。指標のほとんどはPLとBSから組み立てられる。だからPLとBSに化粧が効けば、そこから導かれる指標にも自動的に化粧が乗る。一方でキャッシュフロー計算書は、実際の資金の出入りを記録するため化粧が効きにくい。「だからCFを見るのがすごく大事」というのが講師の整理だった。

財務表化粧の効きやすさそこから作られる代表的な指標
PL(損益計算書)高い。費用の資本化、収益認識時期、特別損益への振替など操作余地が広いEBITDA、営業利益率、EPS、PER
BS(貸借対照表)高い。減損のタイミング、のれんの計上、負債による自己資本の相対圧縮ROE、PBR、自己資本比率
CF(キャッシュフロー計算書)低い。実際の資金移動の記録であり、恣意的に作りにくいフリーキャッシュフロー、FCFイールド

表1|講義中の発言をもとに整理。序列の判断は講師と参加者の見解であり、会計基準上の公式な分類ではない。

ここで「数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使う」という定番の言い回しが参加者から出た。講師はこれを明確に否定している。「いや、数字は嘘をつくんです。数字は簡単に嘘をつけるんです」。ただし直後に補足が入った。数字そのものが信頼できないという意味ではなく、何も考えずに見ると簡単に騙される、という意味である。

ワールドコムとエンロンの位置づけ

参加者がエンロンの名を挙げ、講師が同意した。加えて「EBITDAだけでなく、他のどの指標と組み合わせて化粧するかを見ると粉飾のパターンが見えてくる」という指摘があり、化粧には型があり、その型は数えられるほどしかないという認識が共有された。単独の指標を疑うのではなく、指標の組み合わせ方に注目せよ、という読み方である。

PART 4

騙される側から、仕掛ける側へ

講義の締めくくりで、講師は議論を防御から攻撃へ反転させた。経済指標も企業指標も基本的にごまかせるものであり、相手が頭のいい人間であるほどうまくごまかしてくる。ならば世界は「する側」と「される側」に分かれる。事業がうまくいきやすく、資金調達もしやすいのは明らかに「する側」だ――というのが前提である。

そのうえで具体的な使い方が提案された。周囲にいる経営コンサルタントのところへ、このトリックを含んだ数字を持ち込んでみる。すると相手がどこまで見えているかが分かる。借入を積み上げて自己資本が大きく落ちている会社について「ROEがV字回復しました、素晴らしいですね」と言ってくるようなら、その人物の見ている範囲がそこまでだと判明する。逆にそれを見抜いてきたなら、そのコンサルタントは本物である可能性が高い。講師はこれを「丁寧なご挨拶」と呼び、いま依頼している相手との関係を見直す材料になるかもしれない、と付け加えた。

される側の見え方

提示された指標をそのまま受け取る。ROEが改善した、EBITDAが伸びた、PBRが1倍を超えた――という表面の変化を成果として解釈する。背景にある資本政策や会計処理を確認しない。

する側の見え方

指標が改善した経路を特定してから評価する。分母が縮んだのか分子が増えたのか。事業なのか、運なのか、化粧なのか。そのうえで、あえて相手に判断させて能力を測る。

ただし、これは投資判断の推奨ではない

講師の主張は「ROEが高い企業を避けよ」でも「減損した企業を買え」でもない。指標の値そのものからは何も結論できず、その値が生まれた経路を確認するまで判断を保留せよ、という手続き上の要求である。ここは講師の見解として帰属させておく。指標に依拠した定量スクリーニングを否定する立場ではなく、スクリーニング結果を一次資料で検証してから使えという立場と読むのが妥当だろう。

Q&A

この回の質疑(指標の化粧編・全4件)

Q1. ソフトバンクのような会社がEBITDAで騙されるというのは意外だが、実際にあったのか。

A. 講師は明確に区別した。ソフトバンク・ビジョン・ファンドは投資側であり、「騙している側」だと位置づける。WeWorkの件については、アダム・ニューマンが天才的なプレゼンターであり資金調達が極めて巧みだった一方、金の使い方が常軌を逸していたと説明した。孫正義氏から「もっと野心を持て」と促されて調達した資金でプライベートジェットを購入し、それを資産として扱うなど処理が滅茶苦茶で、IPO前にEBITDA周りの不正を重ねたという整理である。なおWeWorkの財務周りには元ソフトバンクの優秀な人材が入っており、その人物は現在別のファンドを立ち上げて成功しているとも語られた。

Q2. さきほど挙がった「シエラ」という企業は、どの分野の会社か。候補が複数あって特定できない。

A. 通信関連であり、社名は「シエラ・ワイヤレス」であると講師がその場で確認した。(本レポートPART 2のClaude補足のとおり、公開情報では大規模減損を計上したのは買い手のセムテックであり、主体の対応関係に食い違いがある。)

Q3. ひとつの指標を見ただけでは判断できず、別の角度から見ると怪しさが出てくる、という理解でよいか。

A. 講師は肯定したうえで、指標が優れているから良いのではなく「なぜ優れているように見える数字が出ているのか」という背景込みで見る必要があると補足した。この文脈でGMの年金債務の例が提示された。

Q4. EBITDA以外の指標も化粧されていることが多いのか。

A. 多い、というのが答えである。加えて「EBITDA単独ではなく、他のどの指標と組み合わせて化粧するか」を見ると粉飾の型が見えてくると指摘された。パターンはいくつかに限られており、EBITDAは前提と条件を変えられるため、投資家や役員会を騙す用途としては最もやりやすい指標だと位置づけられた。

ASSIGNMENT

宿題・アクションアイテム

  1. 前回・今回の講義内容(TSR/ASR/COSR/EBITDA/PBR/ROE)をすべてメモに起こし、アウトプットとして提出する。講師は「アウトプットが出てこないということは理解していないということ」と明言している。
  2. ワールドコムを調べる。EBITDAをどう使って何を隠したのかを、自分の言葉で説明できる状態にする。ただし事例としてワールドコムとWeWorkは既出のため、アウトプットには別の会社の事例を持ってくることが条件として指定された。
  3. シエラ・ワイヤレスのROEとROICを並べて確認し、ROEだけが改善したように見える局面が実在するかを一次資料で検証する。(本レポートの補足のとおり、企業名と減損主体の対応に食い違いがあるため、まずどちらの会社の話なのかを確定させるところから始めたい。)
  4. 手持ちの指標をひとつ選び、計算式を開いて「最も動かしやすい変数」を特定する。財務指標でなくてもよい。移動平均線、一目均衡表、フィボナッチ数列といったテクニカル指標でも同じ作業ができる、と講師は例示した。
  5. 知り合いのコンサルタントや専門家に、化粧の入った数字を提示してみて、どこまで見抜くかを観察する。

宿題に関する明示的な禁止事項

この日の講義では、AIに質問することを「調べた」と呼ぶのは禁止であると講師が繰り返し述べた。「AIで調べた」という言葉はこのクラブでは通用しない、という位置づけである。この論点は独立したテーマとして別レポートに収録した。

GLOSSARY

本レポートに登場した用語

ROE(自己資本利益率)当期純利益を自己資本で割った指標。売上高純利益率×総資産回転率×財務レバレッジの三要素に分解できる。
財務レバレッジ総資産÷自己資本。借入を増やせば自己資本が相対的に縮み、この項目が上昇してROEを押し上げる。
ROIC(投下資本利益率)税引後営業利益を有利子負債と自己資本の合計で割った指標。自己資本の圧縮では改善しないため、ROEの化粧を検知する対照指標になる。
ビッグバス減損や引当を一期にまとめて大量計上し、翌期以降の数値を良く見せる会計手法。分母が縮むためROEが跳ね上がる。
最低年金負債調整年金の積立不足を貸借対照表に反映させる調整。GMでは2002年にこれが株主資本を大幅に減らした。
ASR(アグリゲート・シェアホルダー・リターン)配当の全額再投資というTSRの前提を外し、現実的な再投資比率で計算し直したリターン指標。
COSR配当・自社株買いを行わず現金を事業再投資または低利回り運用に回したと仮定したときの株主リターン。本業の実力を測る目的で用いる。
EBIT利払前・税引前利益。EBITDAから償却費の戻し入れを外したもので、資産の償却負担の大きさを可視化する。