STUDY REPORT / 2025年12月度 勉強会
「最近OpenAIがとんでもない大手企業と契約したのを知ってます?」――講義はこの一問から始まった。ミッキーマウスの名前すら使わせない企業が、生成AIに自社キャラクター200体を差し出した。守るのをやめて使う側に回った、という読み解きである。そして本レポートを書いている2026年8月現在、その契約はすでに存在しない。
この日の後半、講義は前田氏のコミュニケーション論からマイキー氏のターンへ移り、いきなり参加者への設問が置かれた。2026年、AI業界に新しいマーケティング手法が生まれる。その兆候として、最近OpenAIがとんでもない大手企業と契約したのを知っているか――答えはディズニーだった。日本ではさほど大きく報じられていないが、これは転換点になる。そしてこの契約によって、いま最大のチャンスを手にしているのは日本企業だ、というのがこの回の主張である。
論の組み立ては二段構えだった。第一に、ディズニーはIPコンテンツの管理がもっとも厳格な企業である。ミッキーマウスはYouTubeでも使えないし、「ディズニーランド」という語すら使わせないから世間は「夢の国」と呼んでいる。第二に、AIブームによって著作権の秩序が崩れた。プロンプトを打てばミッキーマウスもドラえもんも生成できてしまうため、IP保有企業はずっと「どうやって守るか」を議論してきた。そこで逆の発想をしたのがディズニーだ、という筋である。守る側に立ち続けるのではなく、AI企業と組んでどこまでは可、どこからは不可という線を自分で引く側に回った。マイキー氏の表現では「AI業界のこの情報というものをコントロールする側に回った」。
ここから話は日本へ折り返す。任天堂、スクウェア・エニックス、KADOKAWA、セガ――日本はとんでもない量のIPを抱えている。ロボットでもエネルギーでも中国に負けている領域は多いが、IPコンテンツに関しては中国にも韓国にもアメリカにも負けていない、というのがマイキー氏の見立てだった。ならば日本企業もAI企業と組むことで、著作権を守りながら同時に世界へ広げられる。守りの戦略から攻めの戦略へ切り替えられるかどうかが、日本にとってのプラス材料になる。(日本側の論点は、本シリーズ別レポート「同人誌が育てた日本のIP」で詳しく扱っている。)
そのうえで、講義の締めくくりに置かれた総括が本レポートのタイトルになっている。「守るもんじゃないよ、使うもんだよ、IPは」。マイキー氏はこれを「著作権の再定義」と呼び、ブロックチェーンが情報の価値を再定義したのと同じ種類の出来事が、もう一段ミクロなレイヤーで起きているのだ、と位置づけた。
マイキー氏の説明は、ディズニーがどれほど厳格なIP管理者だったか、という確認から始まった。ミッキーマウスはYouTubeでも絶対に使ってはいけない。ディズニーのキャラクターは外では使えない。それどころか「ディズニーランド」という語すら使わせないので、世間は「夢の国」と言い換えている――こうした感覚は、日本のクリエイターやYouTube運営者にとって日常的に共有されているものだ。
この前提が効いてくるのは、次の対比があるからである。もっとも厳しかった企業が、もっとも早く開けた。これが「逆張り思考」と呼ばれた所以で、マイキー氏は「みんなが守りに入ってるから俺らは攻めようぜ」というアメリカ企業の発想力を評価している。
二つ目の前提が、AIブームによる著作権秩序の混乱である。ハリウッドを含めて著作権問題がぐちゃぐちゃになった、というのがマイキー氏の言い方だった。実例として挙げられたのが、サム・アルトマン氏がスカーレット・ヨハンソン氏の声に酷似した音声をAIで作ってしまった一件である。IPを持つ企業からすれば、AI業界が勝手に自分たちの資産を使う。ミッキーマウスを作ってくださいと言えば作ってしまう。ドラえもんを作ってくださいと言えば作ってしまう。これは問題だ、と。
この講義は、勉強会の11日前に発表されたばかりのニュースを扱っている。速報を口頭で要約したものであるため、細部にずれが生じていてもおかしくない。そこで本レポートでは、発言内容を公開情報と一項目ずつ照合した。結論から言えば、数字と条件については、ほぼすべてが正確だった。
| 論点 | この日の発言 | 公開情報(2026年8月時点で確認) |
|---|---|---|
| 発表主体・時期 | 「最近OpenAIがディズニーと契約した」 | 一致。2025年12月11日、ディズニーCEOボブ・アイガー氏とOpenAI CEOサム・アルトマン氏が提携を発表 |
| 出資額 | マイキー氏「10億ドル出しちゃってる」/前田氏「ワンビリオンで株を買った」 | 一致。ディズニーによるOpenAIへの10億ドルの株式投資。加えて追加取得のワラントを取得 |
| キャラクター数 | 「200以上のキャラクターをSoraの上で生成できるようになった」 | 一致。ディズニー、ピクサー、マーベル、スター・ウォーズから200体超。ミッキー、ミニー、アリエル、ベル、シンデレラ、『アナと雪の女王』『モアナ』『トイ・ストーリー』の各キャラクター、ブラックパンサー、アイアンマン、ヨーダ、ダース・ベイダーなど |
| 契約期間 | 「独占契約は1年なんですけど、合計契約は確か3年です」 | 一致。3年間のライセンス契約のうち、最初の1年間がOpenAIの独占。独占期間終了後は他のAI企業とも同様の契約を結べる |
| 除外対象 | 「ルーク・スカイウォーカーやハン・ソロ、ジャック・スパロウのような、俳優個人に紐づくものは生成してはいけない」 | 一致。契約はタレントの肖像および音声を一切含まない |
| アイガー氏の発言 | 「11月のディズニーの決算でボブ・アイガーがこう言っていた」 | 一致。2025年11月13日の決算説明会で、アイガー氏はAI企業と組んでDisney+上でユーザー生成コンテンツを作らせる構想に言及。AIを創作プロセスの補助、生産性向上、消費者とのより親密な関係の構築という3つの機会として位置づけた |
| クリエイター側の反発 | 「ディズニーで1個揉めてる問題がある。クリエイターの意見を無視して契約している」 | 一致。全米脚本家組合(WGA)は「OpenAIによる我々の作品の窃取を追認するものに見える」と表明。アニメーション・ギルド(IATSE Local 839)も、十分な保護や補償のないままアーティストが置き換えられる懸念を表明。SAG-AFTRAも懸念を示した |
| プライシング構造 | 前田氏「IPごとにプライシングを決めているわけではなく、一括で株を買っただけ。OpenAIにとって使用によって収入が増えるプログラムにはなっていない」 | おおむね一致。ただし補足あり。公表された対価は株式投資+ワラントであり、キャラクター単位の従量課金は公表されていない。一方、公表条件にはディズニー側がOpenAIの大口顧客となり、Disney+向けの製品開発やAPI利用、従業員へのChatGPT導入を行うという逆方向の資金の流れが含まれていた。この点は講義では触れられていない |
| 学習利用 | (言及なし) | 重要な未言及事項。この契約はディズニーIPによるモデル学習を禁止していた。つまり「生成させてよい」と「学習させてよい」は明確に切り離されている |
マイキー氏がこの契約に見た本質は、金額でもキャラクター数でもなく、誰が線を引くのかという一点にあった。
整理するとこうなる。従来、IP保有企業の戦略は「知的財産をどうやって守るか」だった。AIが出てきてからは特にそうである。ところがディズニーは、OpenAIと契約することで「ここまではオッケー、ここからはオッケーじゃない」という線を自分で引いた。200体は使ってよい。ただし俳優個人に紐づくものは不可。この設計を通じて、AI企業をコントロールする側に入った――というのが講義の読み解きである。
そしてこの構図には、講義の中で明示された裏面がある。OpenAIに対して許諾を与えたということは、裏を返せば、Gemini(Google)やAnthropic、Midjourneyといった他のAIサービスでディズニーに似たものを作った場合、それらは許諾の外に置かれる、ということだ。マイキー氏は「全てが違反行為になる」と表現した。
マイキー氏がこの契約に見たもうひとつの軸が、ディズニーにとってのユーザーの位置づけの変化だった。ディズニーのキャラクターは基本的に「見る」ものである。映画を見る、動画を見る。ディズニーランドの体験型ですら、突き詰めれば見ることに寄っている。近年PS5でディズニー系・マーベル系のゲームが多数出ているが(例としてスパイダーマンが挙げられた)、あれも決められたストーリーの中で使うだけであって、制作に参加しているわけではない。あくまでやらされている側だ、と。
今回の契約が仕掛けるのは、その反転である。ユーザーがSoraで作った出来のよい動画や画像を、ディズニー側が場所を用意して使う。エンターテインメントは提供される側から、こちら側が提供する側へ――この相互関係を埋める戦略だ、というのが講義の読みだった。アイガー氏が11月の決算で述べた「これまで我々が作ったものを提供する側だったが、ディズニーはテクノロジー企業としては絶対に勝てない。だから生成側にも入らなければならない。ならば生成してもらう人たちを参加型にしよう」という趣旨の発言と、正確に対応している。
図1:契約公表日(2025年12月11日)を0日としたときの、前後の主要イベント(公開情報に基づくClaude作図。単位:日)
ここからは勉強会での発言ではなく、その後に起きた事実の記録である。本レポートの読者にとって、講義内容の次に重要な情報がここに入る。
2026年3月24日、OpenAIはSoraの提供終了を発表した。アプリ、API、sora.comをすべて畳むという内容で、一般向けのSoraアプリと業務向けの映像ツールの双方が対象となった。報道によれば、同社はこの判断を、優先順位の変更と計算資源需要の逼迫に紐づけて説明しており、Soraの研究チームはロボティクス関連の「ワールドシミュレーション」研究へ移るとされた。加えて、安全性と著作権をめぐる問題も一因として挙げられている――許諾されたキャラクターや、識別可能なビジュアルスタイルが生成映像の中でどう現れるのかについて、権利者側の疑義が解消しなかったためである。
この決定により、ディズニーとの10億ドルの提携も打ち切られた。ディズニーが12月に発表した出資は最終契約の締結に至っておらず、実際の資金は動いていなかった。Soraアプリとウェブは2026年4月26日に停止し、APIは2026年9月24日まで稼働するとされている。
図2:ディズニーの10億ドル出資は同社にとってどの程度の規模か(2025年度=2025年9月27日期の公開決算に基づくClaude作図。単位:億ドル)
図2は、この日マイキー氏が述べた「ディズニーの10億ドルは四半期分まで行かないぐらいの現金なので、かなりやる気満々」という規模感の検証である。ディズニーの2025年度(2025年9月27日期)は売上高944億ドル(前年比3%増)、純利益124億ドル(前年比170%増)、フリーキャッシュフロー約101億ドル、期末の現金及び現金同等物は約57億ドルだった。10億ドルはフリーキャッシュフローの約1割、四半期換算のFCFの半分以下にあたる。「四半期分まで行かない」という表現は正確であり、同時に「手元現金の約2割」という見方をすれば決して軽い金額でもない。本気度の指標として引かれた数字としては、妥当な水準だったと言える。
講義の終盤、参加者から「契約を1年にしたのは、来年はGeminiと契約するといった選択肢を残すためか」という質問が出た。マイキー氏はこれを肯定したうえで、より大きな枠に置き直している。今回行われているのは著作権の再定義だ。ブロックチェーンが情報の価値を再定義したのと同じで、それよりもう少しミクロなレイヤーで再定義が行われるのが、この契約である。そして総括として「守るもんじゃないよ、使うもんだよ、IPは」。
これは講師の見解である。以下では、この見解が法制度の側からどう見えるかを整理する。
まず区別が必要なのは、著作権法そのものが変わったわけではないという点だ。ディズニーとOpenAIが行ったのは契約であって立法ではない。したがって「再定義」という語が指しているのは、法規範の変更ではなく、権利者が自らのライセンス実務をどう組み替えたかである。この区別を曖昧にしたまま議論すると、「契約したから他社は違法になった」というPART 3で扱った混同が生じる。
| 論点 | 2026年8月時点で確認できる状況 |
|---|---|
| 米国:学習の是非 | 2024年8月、作家らがAnthropicを提訴。2025年6月24日、ウィリアム・アルサップ判事は、購入した書籍をスキャンして学習に用いた行為についてはフェアユースを認める一方、海賊版サイトから入手した書籍の利用については違法性を認めるという判断を示した。2025年9月、Anthropicは15億ドル(約2,200億円)で和解。これは判決ではなく和解であり、判例にはならない。争点は海賊版の違法ダウンロードと保存であって、適法に入手した著作物による学習の是非そのものは決着していない |
| 米国:画像領域 | Getty ImagesがStability AIを英米で提訴(2023年)。約1,200万点のGetty画像が無許諾で学習に使われたとの主張。2026年4月時点で証拠開示段階にあり、判決は2027年以降と見込まれている |
| 日本:権利者側の動き | 2025年10月28日、CODA(コンテンツ海外流通促進機構)がOpenAIに対し、会員企業の作品の無断学習停止を求める要望書を提出。Sora 2上で「日本のコンテンツに酷似ないし同一の動画が多数生成されている」ことを確認したとしている。CODAは、権利者が明示的にオプトアウトを申し出ない限り生成・公開・送信されるという方式は、日本の著作権法の原則にも、194か国が加盟するWIPOの著作権条約の原則にも反する、と主張した |
| 日本:業界横断の声明 | 2025年10月31日、日本動画協会および講談社・小学館・集英社を含む19の出版関連団体等が「生成AI時代の創作と権利のあり方に関する共同声明」を発表。日本のコンテンツ産業が権利保護を求めて足並みを揃えた形になった |
| 肖像・声 | 著作権とは別の権利領域(パブリシティ権・人格権等)にまたがるため、ディズニーの契約でも明示的に除外された。Soraをめぐっては、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア氏やロビン・ウィリアムズ氏のディープフェイクが生成され、キング氏の遺族側が法的措置に言及する事態が報じられている |
この契約をどう評価するかについて、マイキー氏はもうひとつの補助線を引いている。参加者から「ディズニーは自社クリエイターの意見を無視して契約している。本家のほうが怒るのではないか」という指摘が出た場面である。マイキー氏はそれを認めたうえで、こう応じた――スカイダンスがパラマウントを買収したように、Netflixが買収したように、ディズニーも何かしら戦略を打たなければならない状況にある。基本的に経営戦略とは、自分の中では生存とイコールである。会社が持続するために絶対に必要になってくるのが生存であり、ディズニーはまさにその局面にいる。だから手段など選んでいられない。自分たちのIPを守るためにOpenAIとの契約だ、と。
この文脈でマイキー氏が置いた予測が、「NetflixのIPは今後めちゃくちゃ強くなる。間違いなく」である。この予測については、明確な後日談がある。
今の路線をそのまま走ることが最悪の選択肢の一つだと思うが、ただ守りに入ってどうしようもなくなる場合、どういう流れが最悪の手として考えられるか。(上野氏)
(マイキー氏)ガラパゴス化である。昔のiモードのようなことが起きる。iモードはものすごく優秀で、Appleも欲しがったほどだったが、日本国内でしかやらないという判断をした結果、世界標準になれなかった。もし世界中に広げていたら、今の通信もNTTがかなり握っていた可能性がある。(※このガラパゴス論の詳細と、Suica・スヌーピー・任天堂の各事例は、テーマの近さから本シリーズ別レポート「同人誌が育てた日本のIP」に収録している。)
今回のディールについて、IPごとにプライシングを決めているわけではないですよね。一括で株を買っただけで、OpenAIにとって使用によって収入が増えるプログラムにはなっていない。(前田氏)
(マイキー氏)ユーザー獲得のためにはディズニーは強すぎる。(前田氏)もちろんそういう意味ではそう。逆に言うと、今回のディールでどれだけユーザーが増えたか、それによってOpenAIの株式価値がどれだけ増えるかは非常に注目できる、というかリサーチで一番したいポイントだと思った。これによってバリュエーションがもっと上がれば、追随するフォロワーが出てくると思うし、一方でGoogleやGeminiがどうするのかというのもある。
今、声優の事務所がAIで声優の音声を使えるようにするという動きがありませんか。多分それと似たような感じかと思った。
(マイキー氏)認知度を広げるというところ。(質問者)あと使用方法を決めることで例外を禁止するということも似ている。(マイキー氏)そうです。ルールをガチガチに固めるというのはある意味窮屈に感じるが、ルールを作る側に回ったわけである。ディズニー自体がこの契約で。
契約を1年にしたのは、ディズニーとしては一旦今年はOpenAIと契約するが、来年はGeminiと契約するといったことを想定してのことか。
(マイキー氏)独占契約は1年で、合計の契約は3年である。2年目になってGeminiに解放する可能性もある。なので今回行われることは何かというと著作権の再定義である。これはめちゃめちゃ大きい。ブロックチェーンが出てきたときと同じような感じで、ブロックチェーンの場合は情報の価値の再定義だったが、それがIPコンテンツというもう少しミクロなところで行われるのが今回の契約だという捉え方をしている。守るものじゃない、使うものだ、IPは。
ディズニーとしても一旦これを踏み出したら、もう戻れないですよね。
(マイキー氏)そう。おまけに10億ドルを出してしまっている。ディズニーの10億ドルは四半期分まで行かないぐらいの現金なので、それだけの金を出しているということはかなりやる気満々である。(※実際には最終契約に至らず出資は実行されなかった。PART 4参照。)
他のAI企業が逆に日本企業へ営業を持ちかけるようなことはないですかね。
(マイキー氏)あると思う。GoogleがどこかとGoogleと手を組んでもおかしくない。ただ、それ以上に日本はIPに関して守りが硬い。
ディズニーはクリエイターの意見を無視して契約しているという問題があるのでは。本家のほうが怒るかもしれない。
(マイキー氏)そう。ただ、ディズニーの生き残り戦略として、スカイダンスがパラマウントを買収したように、Netflixが買収したように、何かしら戦略をかけなければいけない。経営戦略とは自分の中では生存とイコールで、会社が持続するために絶対に必要になるのが生存である。今ディズニーはまさにその局面にいるので、手段など選んでいられないという状態。自分たちのIPを守るためにOpenAIとの契約なのだ。