この回の後半は、マイキー氏が長谷川氏と小賀氏のために前夜に組み上げたコンサルティング資料の解説に充てられた。ただし解説は資料の中身からは始まらなかった。「そもそもフレームワークとは何か」という定義の解体から始まっている。前半のメンガー講義が「商品とは何か」を4要件に分解したのと、構造として完全に同じ入り方である。この日の勉強会は前半と後半で扱う対象がまったく違うにもかかわらず、定義を書き換えると使える道具が変わるという一点で通底していた。
マイキー氏の主張は明快だった。世に出回っているフレームワークの大半はフレームワークではない。それはタクソノミー(分類)か、チェックリストのどちらかである。4つの四角に区切って言葉を入れただけのものは、情報を整理するための箱でしかない。良いフレームワークとは変数と関数を持ち、結果が変わるものである。静的(スタティック)ではなく動的(ダイナミック)でなければならない。その好例として挙げられたのがマイケル・ポーターの5フォースで、あれは物事を整理しているのではなく「5つの圧力が高まると業界の収益性が下がる」という命題を示しているから機能する。つまり縦と横の軸の取り方そのものが、フレームワークの質を決める。
そのうえで提示されたのが、この日の中心概念であるGRAIモデル(講義では「グレイモデル」)だった。野中郁次郎のSECIモデルが人間対人間の知識創造サイクルを描いたものであるのに対し、GRAIモデルはそこに機械というアクターを加えたAI版である。暗黙知の扱いが変わる。人間は直接伝えるが、AIはすでに形式知を持った状態から疑似的に暗黙知をパターン化する。形式知の扱いも変わる。人間は文書化・言語化に時間をかけるが、AIは一瞬で生成・要約・結合する。場(Ba)の概念も変わる。SECIが物理的なオフィスや共有空間で成り立つのに対し、GRAIはデジタル空間で成り立つ。そしてスピードが人間の学習速度に依存しなくなり、高速回転が可能になる。マイキー氏はこの4点をAI導入の入り口と位置づけた。
ここからが実装の話になる。マイキー氏は自分がフレームワークの弱さだと考えているものを名指しした。どんなに優秀なフレームワークでもサイクルの流れ自体は見えるが、そこへの達成具合が一切可視化できない。だから彼はGRAIの4象限を底面に置き、KPIの達成度をZ軸に積み上げる3次元モデルを組んでいる。理想は綺麗な正方形が伸びていくことで、歪んだ部分はそのままボトルネックの位置を示す。しかもこの歪みは、社内の統制の問題なのか技術の問題なのか、あるいは自社ではなく業界そのものの歪みなのかを切り分ける材料になる。前田氏との質疑では、右下象限(形式知×ハイコスト)だけは他と同じ計算式で伸ばすとハイコスト側に発散してしまうため、フィボナッチ数列を入れたいという実装レベルの話にまで踏み込んだ。
箱を4つ並べて言葉を入れただけのものは、いくら綺麗でも動かない。動かないものは達成度を測れず、達成度を測れないものは改善できない。フレームワークを作るとは、分類することではなく、変数と関数で歪みが出る構造を作ることである。歪みが出るからボトルネックが見える。見えるから金と人と技術のどれで埋めるかが決まる。
資料の解説は1時間10分すぎ、メンガー講義とその質疑がひととおり終わったところから始まっている。マイキー氏は「小賀さんと長谷川さんが今日までに欲しいと言っていた」と切り出し、長谷川氏のために作ってきたものだと明かした。これで小賀氏もコンサルティングでAI導入の提案ができるのではないか、というのが制作意図である。そして「これをそのまま持っていってもらえれば説明はしやすくなるはず」と付け加えた。
ただしマイキー氏は資料そのものより先に、フレームワークの立て方から説明すると宣言した。この順序が重要である。完成品を渡すのではなく、作り方を渡す。この日の講義の値打ちは、むしろそちら側にあった。
もう一つの制作動機は、終盤になって明かされている。前回マイキー氏が軽く作った資料を見せて「適当に作ったものだから渡せない」と話したところ、町田氏がすぐに自分のサービス領域でフレームワークを作って持ってきた。それに感心したので、町田氏へのメッセージとして「フレームワークはこう作る」を今回まとめたという。町田氏本人は「私は箱を作っておりました。箱作りの町田です」と応じ、循環性という観点がすっぽり抜けていたことを認めている。学校で5フォースを習ったとき、年代によって時代が変わるから動きが出るという話になり、そこでの結論が「では5フォースを2つ作ればいい」だったこと、変数が変わっていく部分をどう取り込むかという話は出てこなかったことも述べた。3次元に落とし込むという発想そのものが、そこには存在していなかったという証言である。
マイキー氏がまず板書したのは、否定形の定義だった。大抵の人が作るフレームワークと言われるものは、フレームワークではない。それは二つのどちらかである。ひとつはタクソノミー、つまり分類されているにすぎないもの。もうひとつはチェックリストになってしまっているもの。この二つはどちらもフレームワークではない、と明言した。
典型例として挙げられたのが、四角を4つに区切って言葉を並べる形式である。「やるべきことリスト4選」のような作り方をしているものが大半で、これは情報を整理するための箱にすぎない。性格をテーマにしたフレームワークだと称して、性格の良い人・悪い人をA・B・C・Dに分けただけ、というものも同じである。区切ってあるだけで、区切りと区切りのあいだに関係がない。マイキー氏はこれを「保存ボックス」と呼び、これをフレームワークと呼んでいるものが多すぎる、と切り捨てた。
ではフレームワークと呼べるものは何が違うのか。マイキー氏の答えは「変数によって変化するもの」「結果が変わるものでなければならない」だった。一般的な(=良くない)フレームワークがスタティック=静的であるのに対し、正しいフレームワークはダイナミック=動的である。動的にするために必要なのが変数(バリアブル)と関数(ファンクション)で、この二つを作るところからフレームワークの設計は始まる。
好例として挙げられたのがマイケル・ポーターの5フォースである。あれは物事を整理しているだけではない。5つの圧力が高まると業界の収益性が下がるという命題を示している。だからテーマと目的に加えて、要因・変数・関数をいじることで、まったく違う結論が出てくる。したがって縦軸と横軸の作り方が決定的に重要になる、というのがこのパートの結論だった。
タクソノミー(分類)、またはチェックリスト。四角を4つに区切って言葉を入れただけ。情報を整理するための保存ボックス。
特徴:スタティック(静的)。中身を入れ替えても結果が変わらない。達成度という概念が存在しない。
テーマと目的があり、「これをやるとこうなる/これを怠るとこうならない」が言える。4つの枠があるなら、その4つが相関関係で動く。
特徴:ダイナミック(動的)。変数と関数を持ち、結果が変わる。ポーターの5フォースが代表例。
WebSearchで確認しました。5フォース分析(Five Forces Analysis)は、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・E・ポーターが1979年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌の論文「How Competitive Forces Shape Strategy」で提示し、1980年の著書『競争の戦略(Competitive Strategy)』で体系化した業界構造分析の枠組みです。5つの力とは、新規参入の脅威、代替品の脅威、買い手の交渉力、売り手の交渉力、既存競合との敵対関係を指します。
マイキー氏が5フォースを「良いフレームワークの例」に挙げた根拠――すなわち単なる分類ではなく「5つの力が強いほど業界の平均的な収益性は低くなる」という因果命題を含んでいる点――は、ポーター自身の主張と一致します。ポーターは業界の収益性を決めるのは業界の成長率や技術水準ではなく、この5つの力の構造であると論じました。したがって5フォースは、業界という対象に対して「収益性」という従属変数を置き、5つの独立変数でそれを説明する構造を持っており、講義での「変数と関数を持つ」という評価は妥当です。
ここから本題に入る。マイキー氏はまず「SECIモデルはやりましたよね」と参加者に確認した。SECIモデルは人と人とのコミュニケーションのサイクルを描いたものである。ところがそこにAIが入ってくると、何が起きるのか。知識共有の相手が人間ではなくAIになる。本質的にはそういう条件の変化である。
暗黙知から形式知へ、形式知から暗黙知へ、という変換を繰り返すという流れ自体は変わらない。しかしSECIが人間対人間のモデルであるのに対して、そこから別のモデルが立ち上がっている。それがGRAIモデルであり、マイキー氏は「AIのコミュニケーションのモデルの進化版だと思ってください」「これが2025年に出ている内容です」と説明した。参加者に「このモデルを知っていた人はいますか」と尋ねたところ、返ってきたのは「初めて聞きました」だけだった。
マイキー氏が挙げた相違点は4つある。第一に暗黙知の扱い。SECIモデルの共同化(Socialization)は人間が直接伝えるプロセスである。これに対してAIは、すでに形式知を入れられた状態から出発しているため、暗黙知を疑似的にパターン化しているにすぎない。だから意味がずれてくる。第二に形式知の扱い。人間は文書化する、マニュアル化する、言語化するという手順を踏むが、AIは一瞬で生成し、要約し、結合する。第三に場(Ba)の概念。SECIモデルの場は物理的なオフィスや共有空間で成り立つが、GRAIモデルの場はデジタル空間で成り立つ。第四にスピード。SECIは人間の学習速度に依存するが、AIは高速回転が可能で、爆発的に増える。
そしてマイキー氏は、この違いこそがAI導入の入り口だと述べた。彼の説明では、参加者の多くはソーシャル・リレーション(共同化)の段階が既にできあがっていない。理由はアウトプットができないからである。共同化は人間がいる環境のもとでしか成り立たないが、AIとの対話であれば、知識獲得と暗黙知の形成が同時に起こり、さらに相手の暗黙知を刺激するプロセスをAIが与えられる。形式知への変換段階でも、人間が対話・文章・概念・表・レポートを介して集団に落とし込むのに対し、AIはプロンプトを通して曖昧な概念を可視化・データ化してしまう。これをぐるぐる回す、というのがGRAIのサイクルである。
| 比較軸 | SECIモデル(人間対人間) | GRAIモデル(人間対AI) |
|---|---|---|
| 暗黙知の扱い | 共同化。人間が直接伝える | AIが疑似的にパターン化する。すでに形式知が入っている状態から出発するため、意味がずれる |
| 形式知の扱い | 文書化・マニュアル化・言語化 | 一瞬で生成・要約・結合 |
| 場(Ba) | 物理的なオフィス・共有空間 | デジタル空間 |
| スピード | 人間の学習速度に依存 | 高速回転が可能。爆発的に増える |
WebSearchで裏取りしました。講義で「グレイモデル」と呼ばれていたものは、GRAIフレームワークです。GRAIは generative, receptive artificial intelligence(生成的・受容的人工知能) の略で、SECIモデルの改訂版として提唱されました。提唱者はKarsten Böhm氏とSusanne Durst氏、論文は「Knowledge management in the age of generative artificial intelligence – from SECI to GRAI」、掲載誌は VINE Journal of Information and Knowledge Management Systems(Vol.56 No.1、pp.106–121)です。ナレッジマネジメント専門誌『RealKM Magazine』が2025年5月21日にこれを解説記事として取り上げており、講義中の「2025年に出ている内容」「今年提唱されたばかり」という発言と時期が一致します。
GRAIの構造上のポイントは、SECIの4フェーズ(共同化・表出化・連結化・内面化)のそれぞれを、人間の視点と機械の視点に分割することです。機械は能動的な役割(出力を生成する)と受動的な役割(傾聴し内部表現を再構築する)の両方を取りうるとされ、結果として4フェーズ×2アクター=8つの相互作用フィールドが生まれます。ただしBöhmとDurstは、人間と機械を対等な存在とは見ていません。決定的な舵取りは人間が行う「人間中心(human-centered)」と、機械が人間の行為を文脈に沿って補完する「機械増強(machine augmented)」という区別を置き、支援の強度と補助役を担う側によって human-in-the-loop(人間を機械が支援する)と machine-in-the-loop(機械を人間が支援する)を区別できるとしています。この論文はマイキー氏が終盤で言及するHITL(ヒューマン・イン・ザ・ループ)と、理論的に地続きです。
なおSECIモデルの原典は野中郁次郎氏の1994年論文 “A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation”(Organization Science, 5(1), 14-37)で、野中氏と竹内弘高氏が1980〜90年代の日本企業のイノベーション研究から導いたものです。BöhmとDurstは自らの論文を概念研究(conceptual paper)と位置づけ、GRAIは異なる組織文化・国民文化の文脈で検証される必要があり、人々が新しい生成AIというアクターにどう反応するかの研究も必要だと限界を明記しています。実証がこれからである点は、講義中の「まだこれからなんですけど」という発言と一致します。
講義では、GRAIにおける共同化(Socialization)を「AIとの対話によって知識獲得と暗黙知形成が同時に起こり、AIが相手の暗黙知を刺激する」と説明していました。原典のGRAI論文における共同化フィールドの記述は、これとおおむね整合します。機械から人間への方向は「人間ユーザーのための知識・情報獲得に向けた設定(たとえばトピックを説明する)」、人間から機械への方向は「複雑な情報要求や状況を特定するための対話(反復的なプロンプトによって文脈を豊かにする)」とされており、対話志向のプロセスである点は共通です。
一方で、講義にあった「AIはすでに形式知を入れている状態なので、暗黙知が疑似的なパターン化にすぎない」という論点は、原典の共同化フィールドの説明には明示的には出てきません。これはマイキー氏独自の解釈である可能性が高く、本レポートでは原典に書かれた記述と、講義者の解釈とを分けて記載しています。どちらが正しいかではなく、どこまでが論文でどこからが解釈かを区別しておくことが、この資料を他人に説明する際には必要になります。
マイキー氏が実際に組んだフレームワークは、GRAIの発想を2つの軸で切ったものである。縦軸が暗黙知と形式知、横軸がローコストとハイコスト。ただしここでのコストは費用ではない。資料には Cost of Error と書かれており、失敗したときのコストが低いか高いかを意味する。この軸の取り方こそが、PART 1で語られた「縦と横の作り方がものすごく大事」の実演になっている。
そして左側に求められるのはスピードと量、右側に求められるのは正確性と説明責任である。左側は労働者、右側は高スキル人材と経営者。同じフレームワークの中で、担い手も評価指標もまったく違うものが同居する。
すでに形式知が入っていて、AIがアウトプットするだけで完全にオートマティックにできる領域である。マイキー氏はここに「デジタル・アセンブリライン」というスローガンを置き、テーマを構造と効率化とした。KPIは生産性・機会損失・品質の3つ。工場の組立ラインの比喩がそのまま当てられている。
ここが講義でもっとも印象的な命名だった。この領域では、これまで人が「作成者」だったのが「編集長」に変わる。必要になるのは想像力と判断能力である。AIが100個作ってくるものに対して、何が最も最適なのか、何が合理的なのかを人間が選択する。
マイキー氏はこれを「確率論的ミューズ(Stochastic Muse)」と表現した。ミューズとはギリシャの文芸の女神で、人間にひらめきとインスピレーションを与える存在である。AIは文脈をすべて確率論で処理して組み合わせを提示してくる。その組み合わせ自体が人間に「そういう想像があるのか」「そういうひらめきがあるのか」を教えてくれる。自分たちはそこから選べる。この01を生み出す作業こそが、GRAIモデルの核心部分だという位置づけだった。そしてマイキー氏はここに厳しい条件をつけている。「万が一これに創造性がないのであれば、AIがいる意味がない」。
生産能力と知識が必要になる領域である。たとえば非常に高額な取引をするときには、全段階で人間がチェックしなければならない状態になる。どんなに良いサービスを使っても、最終的には人間がチェックしなければならない。だからここには第三者による承認、あるいは品質管理システムの構築が必ず必要になる。生成AIが作り、人が最終的に検証して判断するという流れである。マイキー氏は理由を端的に述べた。「AIは曖昧なものばかりアウトプットしてくるから」。KPIは安全性・効率性・コンプライアンス・性能の4つ。
必ず人間が主導する領域である。戦略の策定、全体レベルの統合システムの設計は、人間が決めなければならない。マイキー氏はここをインテリジェンス・アンプリファイア(知能の増幅装置)と表現し、増幅の機能を作る場所だとした。KPIは意思決定の速度・シナリオカバー・意思決定のコンフィデンス(確信度)である。
| 象限 | スローガン/性格 | 主な担い手 | KPI |
|---|---|---|---|
| 左上:暗黙知×ローコスト | 確率論的ミューズ。想像力と判断能力。作成者から編集長へ | 労働者(クリエイティブ) | 創造性の定量化 |
| 左下:形式知×ローコスト | デジタル・アセンブリライン。構造と効率化。AIが主流 | 労働者(オペレーション) | 生産性・機会損失・品質 |
| 右下:形式知×ハイコスト | 第三者承認と品質管理システム。生成AI→人が検証 | 高スキル人材 | 安全性・効率性・コンプライアンス・性能 |
| 右上:暗黙知×ハイコスト | ヒューマンファースト。戦略策定と統合システム。知能の増幅 | 経営者・執行メンバー | 意思決定の速度・シナリオカバー・意思決定のコンフィデンス |
ミューズ(Muses、ギリシャ語でムーサイ)はギリシャ神話に登場する文芸・音楽・学芸をつかさどる女神たちで、通常9柱とされます。ゼウスと記憶の女神ムネモシュネの娘たちで、詩人や芸術家にインスピレーションを与える存在として、ホメロスの叙事詩の冒頭からヘシオドス『神統記』に至るまで、創作の起点として呼びかけられてきました。英語の museum(ムーセイオン=ムーサたちの神殿)や music の語源でもあります。マイキー氏の「ギリシャの文芸の女神」「人間にひらめきとインスピレーションを与える存在」という説明は、この通りです。
そこに「確率論的(stochastic)」を冠する言い回しは、大規模言語モデルが確率分布から次のトークンを選ぶという動作原理を踏まえたものです。関連する既存の表現として、2021年のBender・Gebru・McMillan-Major・Mitchellらによる論文で提示された「確率的オウム(stochastic parrots)」がよく知られています。ただしそちらは意味を理解せず統計的にもっともらしい語を並べるだけだという批判的な文脈で使われた表現であり、マイキー氏の「確率論的ミューズ」は同じ動作原理を人間の創造性を刺激する側の効用として肯定的に読み替えたものです。同一の技術特性に対する評価が正反対である点は、AIの役割を議論するときに押さえておく価値があります。要確認 なお「確率論的ミューズ」が学術的に確立した用語であるという証拠は、WebSearchでは見つかりませんでした。マイキー氏自身も「別の言い方をするとどう表現したか」と述べており、独自の命名と理解するのが妥当です。
ここがこの日の講義でもっとも独自性の高い部分だった。マイキー氏は自分がフレームワーク一般の弱さだと考えている点を明確に述べている。「どんなに優秀なフレームワークであっても、サイクルは見えるんですよ、その流れ自体は。ただ、そこに対しての達成具合が全く可視化できない。それがフレームワークの弱さだと思っている」。
この弱点を埋めるために、彼はGRAIの4象限を底面(2次元の四角形)として置き、そこにZ軸を立てた。左側のZ軸がスピードと量、右側のZ軸が正確性と説明責任である。KPIの達成度に応じて、この四角形が上へ積み上がっていく。そうすると自分たちの組織が「いまどういう形になっているか」がすべて可視化できる。
まず平面のまま、どれだけ綺麗な正方形を作れるかを追う。オレンジと水色の側は下に行くほどデータ上で暗黙知の深いところに入り、ピンクと緑の側は上に行くほど形式知が広くなる。そこに積み上げが加わる。KPIの達成具合で立体が伸びていき、歪んでいる部分がそのままボトルネックになっている。マイキー氏はこれを「歪んでるボト自体がボトルネックになっているという状態」と表現した。前田氏が「3次元で作れれば、プロジェクトごとに毎回その形が歪んだりするわけですね」と確認し、マイキー氏が「そう」と応じている。
さらに踏み込んだのが歪みの帰属先の切り分けである。この資料は社内向けなので、歪みは大きく分けて技術的な歪みか、社内の統制上の歪みかのどちらかで説明がつく。社内的な歪みを解消して綺麗な平面が作れるようになったなら、それでも残る歪みは社会的な市場の歪みだと見なせる。逆に、他社が直っているのに自社がまだ直っていないなら、それは社内の問題だと片付けられる。同じ図が、自己診断と業界診断の両方に使えるという設計になっている。
前田氏がここで的確な質問をした。3次元モデルというので前回から思っていたのは螺旋モデルのイメージで、レイヤーが上がっていくとローテーションがかかる。ただし移行するときに、どうしても分類しにくいところが出てくるのではないか。基礎や軸空の時間的な停点ポイントで止めてモデルを見るほうが適切になるのか――という問いである。
マイキー氏の答えは「入口と出口の両方で作らなければならない」だった。螺旋階段的に上がっていく動きがデータフライホイールであり、その中身がデータオプス(DataOps)である。データオプスは Plan → Code → Build → Test → Release → Deploy → Operate → Monitor という流れで、これを繰り返すこと自体がデータフライホイールになる。だからロードマップの最初と最後に置かれている言葉はほとんど同じであり、違うのは概念の若干のずれだけで、やることは同じである。そうでなければサイクル性が回らない。
そして決定的な一言が続く。「このサイクル性を作るために、あえてさっきの3次元の図も、完成された四角形ではなく、でっかい最大限の枠組みの中に四角形を作っている」。つまり枠を余らせてあるのは意匠ではなく、まだ伸びしろがあることを図として示し続けるための設計だった。前田氏はここで「SECIスパイラルと相させて見ていたので、GRAIモデルで拡大させていくという形になる」と自分の理解を言語化し、マイキー氏が「そうです」と応じている。
WebSearchで確認しました。マイキー氏が挙げた Plan・Code・Build・Test・Release・Deploy・Operate・Monitor という8段階は、DevOps の無限ループ(infinity loop)として広く図示されている工程そのものです。DataOps は、この DevOps のアジャイル/自動化の思想をデータパイプラインとアナリティクスの領域に適用した方法論で、Gartner が2018年頃からデータ管理のハイプ・サイクルに掲載しています。したがって講義の説明は、DevOps由来のループをDataOpsの文脈で用いたものと整理できます。
データフライホイール(data flywheel)は、Amazonのフライホイール(弾み車)の比喩を系譜とする概念で、製品利用がデータを生み、データがモデルや体験を改善し、それがさらに利用を増やす、という自己強化ループを指します。「回せば回すほど、次の一回転が軽くなる」という点が要諦です。マイキー氏の「DataOpsのループを繰り返すこと自体がデータフライホイールになる」という説明は、DataOpsを回転させる機構、フライホイールをその回転が生む累積効果と位置づけるもので、両概念の関係の整理として無理がありません。
また前田氏が持ち出した「螺旋(スパイラル)」は、SECIモデルの原典に由来する概念です。野中氏は、知識創造は円運動ではなく螺旋(spiral)の形で進むと述べています。知識が個人レベルから集団レベルへ、さらに組織レベルへと上がっていくためです。前田氏の質問はこの原典の構造を正確に踏まえたもので、それに対してマイキー氏がデータフライホイールで応じたことで、SECIの螺旋とDataOpsの回転が同じ図の上で接続されたことになります。
終盤、マイキー氏が「1個だけ、すごく計算が難しいところがあるんですよ。前田さん、気づきました?」と切り出した。ここから先は、フレームワーク論というより実装の設計思想の話になる。
問題の所在はこうである。デプス(深さ)の部分はそのまま相関性で伸ばせる。暗黙知(タシット)と形式知(エクスプリシット)の軸も相関的に伸ばせる。ところがコストの軸だけが違う。この軸はハイコストとローコストで切ってあるが、この軸の「最大化」とは、ハイコストをローコストにすることを意味する。つまり右に行けば行くほどローコストになるという計算を入れなければならない。ところが他の軸と同じ計算式を入れると、右に行けば行くほどハイコストになってしまう。これは減少ではなく増加の挙動である。左側のローコスト側は左に行くほどローコストになるので素直だが、右下だけが逆向きになる。
マイキー氏が試したいと述べたのがフィボナッチ数列である。理由は二つ挙げられた。ひとつは、ローコストをさらにローコストにすることと、ハイコストをローコストにすることは性質が違うので、同じ計算式を入れないほうがいいということ。もうひとつが実装上の経験則で、「自然数にできるだけ合わせたい」という理由だった。マイキー氏は「その後に自然数で上げても、絶対バグが出るんですよ、そこで」「見ているとITのときも大体そう」と述べ、他の軸が相関的に上がっていくのに対してこの部分だけは必ず数値が歪むので、自然数に一番近いところのフィボナッチをベースに作ったほうが数字がまとまるのではないか、というのが自分の仮説だと明言している。
参加者から鋭い反論が入った。「なぜそこでフィボナッチが出てくるのか。普通に指数関数や対数ではだめなのか。単純に対数でやると逆数的にマイナスに進むのではないか。フィボナッチって比率なのでは」。マイキー氏は「そうです、比です」と認めたうえで、上記の「自然数に合わせたい/バグが出るのはそこだから」という理由を繰り返した。前田氏は「多分、複関数的な考え」と言い換え、自分は最初この話を聞いたとき指数関数的なモデルで考えていたと述べている。マイキー氏はこれを認めつつ、右側だけはあえてフィボナッチを入れてもいいと考えている、と答えた。
フィボナッチ数列(1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55…)は、直前の2項の和が次の項になる漸化式で定義される整数列です。すべての項が自然数であるという点で、マイキー氏の「自然数にできるだけ合わせたい」という要求は形式的には満たされます。また隣接する2項の比(2/1、3/2、5/3、8/5…)は黄金比 φ=(1+√5)/2 ≒ 1.618 に急速に収束するため、初期は比率が大きく振れ、進むほど安定していくという挙動を持ちます。段階が進むほど改善幅が落ち着くという設計意図があるなら、この性質は使いどころがあります。
ただし、「自然数にしたいからフィボナッチが最適である」という推論には数学的な必然性はありません。自然数列であればよいなら、等差数列でも2の冪でも条件は満たします。フィボナッチが他の候補より優れる理由は、講義では示されていません。マイキー氏自身が「僕の仮説」「テストしてみないと」と断っており、確定した設計ではなく検証待ちの案である点は、レポートとして明示しておくべきところです。参加者から出た「対数や指数関数ではだめなのか」という問いは数学的には正当で、この点は未決着のままこの日は終わっています。
なお、講義で言及された「ハイコストを右に行くほどローコストに切り替える」という要求は、数学的には単調減少関数(たとえば逆数、指数減衰、対数の負値変換)で表現するのが素直です。マイキー氏の懸念は式の形そのものより、実装したときにその象限だけバグが出やすいという経験則にあり、これはモデルの数学的正しさではなくシステム実装上のリスク管理の話です。この二つは分けて理解しておく必要があります。
勉強会の最後、マイキー氏が10年前にアメリカで作ったシステムの話を披露した。本人が「黒歴史」と呼び、「良い子の皆さん、真似してはいけません」で締めたこの話は、笑い話として語られたが、この日の3次元KPIの議論に対する最も強烈な反証にもなっている。だからこそ本レポートでは切り捨てずに収録する。
構造はこうである。マイキー氏は広告会社の側に立つ。企業(広告主)が広告会社に広告を依頼すると、広告主はクリック率や滞在時間といった数字を要求してくる。マイキー氏はここに、ネットワーク経由でその数字を作りにいく仕組みを組み込んだ。広告のパッケージのなかに「このサイトは10秒間滞在してください」「このサイトは2回クリックしてください」といった条件を埋め込み、ネットワーカーにそれを実行させる。当然、その人たちは商品を買わない。広告を見るのが仕事だからである。
そこから先が仕掛けの本体だった。滞在時間は達成された。クリック率も達成された。それでも売れなかった。すると広告会社の側から広告主にこう言える――「あなた方のホームページが悪いですよ」。ホームページを改革しなければならなくなり、そこにホームページのコンサルティング会社が連動する。クリックだけあって売れないなら「商品の見せ方が悪い」となり、商品を変えることになる。この連鎖でつながったソフトウェア会社・コンサル会社からのバックマージンが、すべて自分たちに入ってくるという仕組みである。参加者から「マッチポンプってやつですね」という言葉が出て、マイキー氏は「そうです。現代版マッチポンプシステム」と認めた。
アメリカの大手広告会社がこぞって依頼してきたという。理由は単純で、顧客から数字を取りたいからである。レポートは提出されるが、広告主はそれを読んでいない。数字が上がっているので「上がりそうです」と言って広告費用を引っ張り出せる。なぜ他社が真似できなかったのかという質問には、「システム屋さんは営業ができないから。自分はシステムも作れるし営業もできるので、全部巻き取った」と答えた。時期はちょうど10年前で、当時一緒にやっていたのがヒラリー・クリントン陣営のスーパーPACのメンバーだったため、大統領選挙の広告時期と重なって都合が良かったとも述べている。参加者の一人が「あれマイキーさんだったんだ、あれ作ったの」「噂話で流れてきた」と反応する場面があった。マイキー氏は自分の名前は絶対にボードメンバーに載せず、設計とシステム構築と営業だけを担当したと語っている。
語られた仕組みが示している一般法則は、経済学でグッドハートの法則(Goodhart's Law)として知られています。英国の経済学者チャールズ・グッドハートが1975年に金融政策の文脈で提示したもので、人類学者マリリン・ストラザーンによる定式化「ある指標が目標になると、それは良い指標ではなくなる」という形で広く引用されています。もとは金融統計の規則性が政策目標に据えられた途端に崩れるという観察でしたが、KPI管理・教育評価・機械学習の報酬設計まで幅広く当てはまります。広告のクリック率や滞在時間は、本来「関心の代理指標」として意味を持っていたのであって、それ自体が契約上の目標になった瞬間に代理としての機能を失う、というのがこの法則の言うところです。
関連する概念として、行政学の分野では「キャンベルの法則」(ドナルド・キャンベル、1976年)も知られており、社会的意思決定に量的指標が使われるほど、その指標は歪みを受けやすく、監視対象のプロセスを歪めやすいと述べています。要確認 なお、語られたシステムの具体的な運営主体・規模・売上については、マイキー氏自身が「巻き取り額は答えられない」としており、外部の公開情報でも裏取りはできませんでした。本レポートは発言の内容をそのまま記録するにとどめています。