STUDY REPORT / 2026年1月度 勉強会

EBITDAという悪魔の指標――設備投資を無視できる数字と、帳簿に載らない秘伝のタレ

主話者:マイキー氏/質疑:上田氏・渡辺氏ほか参加者 | 該当区間 2:07:00–2:52:14
CORE CLAIM
純利益が
一番大事
EBITDAを強化して死んでいった企業が多数ある、と主話者
WHAT IT HIDES
CAPEX
設備投資と減価償却を除外できる=未来のコストを伏せられる
CASE
WeWork
「コミュニティ調整後EBITDA」という独自指標で投資家を欺いた例
CHECK
営業CFと
の乖離
EBITDAと営業キャッシュフローの差が大きいほど疑わしい
PBRの穴
自己創設
のれん
自分で育てた秘伝のタレは帳簿に載らない。買収すれば載る
Q&A
8件
EBITDA・のれん評価・銀行融資・VC市場までの質疑を収録
EXECUTIVE SUMMARY

財布にいくらあるかだけを見て、明日壊れる仕事道具の値段を無視するスコア

TSRとCOSRの話が終わった後、参加者の上田氏(税理士)との対話から、このセッションの主題が立ち上がった。「EBITDAと純利益の差が大きく生まれているとき、どう判断するか」という問いに、上田氏は「利益よりもEBITDAのほうが重要なので、そちらが高くなるように持っていく」と答えた。マイキー氏の返答は端的だった。実際のところ、一番大事なのは純利益である。 なぜならEBITDAを強化することで死んでいった企業がたくさんあるからだ、と。

マイキー氏の説明では、EBITDAが重宝されるようになったのはアメリカでLBO(レバレッジド・バイアウト)が大流行した時期であり、これはバイアスである。そしてそのバイアスが教科書に載っている。LBOでは買収資金を借入で賄うため、企業の返済能力を外に示す必要がある。EBITDAをいじることで「これだけの返済能力があります」と見せられ、資金調達がしやすくなった。しかもEBITDAは減価償却を足し戻すため、長らく「キャッシュフローに近いもの」として重宝されてきた。だからバフェットが「ふざけるな、こんなものはまやかしの利益だ」と言った――という歴史の説明である。

本質的な問題は、EBITDAが設備投資(CAPEX)を計算から除外していることにある。マイキー氏はこれを、中古トラックで稼ぐ運送屋の例で説明した。ボロボロのトラックで年間1000万円稼ぎ、ガソリン代と給料を払って手元に500万円残った。稼ぐ力としては素晴らしい。しかし彼が無視しているのは、そのトラックの寿命である。あと1年で動かなくなり、仕事を続けるには来年1000万円の新車が要る。実質的には赤字である。EBITDAは財布にいくらあるかだけを見て、明日の仕事道具を買い換えるための金がいくら必要かを完全に無視したスコアなのだ。

後半は指標の穴がPBRに移る。ラーメン屋の秘伝のタレの例が使われた。30年の試行錯誤で行列のできる秘伝のタレを完成させても、自分で作ったタレは帳簿に資産として載らない。載っているのは古い店舗と鍋で合計100万円である。ところが別の店がその店を1億円で丸ごと買収すると、そのタレの価値は「のれん」として貸借対照表に載る。自力で育てた会社のPBRは100倍、買収された会社のPBRは1倍。本当に秘伝のタレを持っているのは前者なのに、指標の上では後者のほうが割安に見える。 セッションはこの構造をどう交渉に使うか、そして「お化粧」と資金調達の実務、VC市場の現状へと展開して終わった。

このセッションを貫く1本の線

会計指標には必ず穴がある。その穴は、指標を提示する側が有利になるように設計されている。したがって使う側に立てば武器になり、使われる側に立てばカモになる。マイキー氏は自らを「性格の悪い人間なので、必ず穴を見つけてそれを武器に変えることを常に考えてきた」と説明した。この回で語られた実務例には法的・倫理的にきわどい領域が含まれるため、本レポートは発言をそのまま記録したうえで、注記を添える形式を取る。

PART 1

EBITDAはなぜ「悪魔の指標」と呼ばれるのか

上田氏との対話から始まったこのパートで、マイキー氏はまず基本の対応関係を示した。EBITDAは営業キャッシュフローと連動していなければならない。だから営業キャッシュフローを出せ、と言う。両者に大きな変化がある場合ほど、不正の疑いが強まるという読み方である。

そして歴史的背景の説明が続く。EBITDAの売りは何かというと「ブーム」であった。アメリカがこれで突き進んでいったので、日本の企業のファイナンス資料にはあまり書かれていない。ではなぜアメリカで流行ったのか。LBOである。買収資金を借入金で賄う以上、投資家に対して「この会社を買って自分たちが入り、バイアウトするときには非常に大きな利益が出せます」と示す必要がある。EBITDAをいじることで資金調達がしやすくなった、というのがマイキー氏の説明だった。

加えて、EBITDAは減価償却を足し戻すため、長らく「キャッシュフローに近いもの」として重宝されてきた。だからこそバフェットが怒った、という文脈である。マイキー氏は、バフェットやチャーリー・マンガーのような投資家がEBITDAを「まやかしの利益」と呼んだ、と述べている。

📌 Claude補足|「まやかしの利益」という言葉の帰属と、EBITDAの起源

発言の帰属に補正が必要である。 講義では「ウォーレン・バフェットが何と言ったかというと『ブルシット・アーニング』と言った」と述べられたが、この有名な言い回しはチャーリー・マンガーのものである。マンガーは「EBITDAという語を見るたびに、それを『でたらめの利益(bullshit earnings)』に置き換えるべきだと思う」と述べている。バフェット側の代表的な発言は「減価償却を費用として考えないというのは、まったく正気の沙汰ではない」「減価償却は非現金費用ではない。現金費用である。ただ先に払っているだけだ」「EBITDAを使う人は、あなたを騙そうとしているか、自分自身を騙しているかのどちらかだ」といったもので、批判の内容は共通するが、この一語の帰属はマンガーが正しい。両者はともにフリーキャッシュフローと純利益を選好する。

LBO起源説はおおむね裏付けられる。 EBITDAという指標は、TCI(ケーブルテレビ)のジョン・マローンが考案・普及させたとされる。マローンは全米規模で拡大するために巨額の負債を負い、利益をすべて再投資したため純利益の見栄えが悪くなった。そこで、減価償却と支払利息を除外したEBITDAのほうが事業実態を表すと主張した。1980年代の投資銀行家とLBO投資家は、買収に伴う負債を返済できるだけの収益力があるかを判定する道具としてこれを採用し、1980〜90年代のLBOで標準指標になった。マイキー氏の「LBOで流行った」「これはバイアスである」という説明は、この経緯と整合する。

EBITDAが除外できるもの

マイキー氏は、EBITDAで調整可能な項目を列挙した。特別損失や営業費用で損を出しておいて営業利益だけを保つ。減価償却が大きくてもそこはごまかせる。さらにSBC(ストック・ベースト・コンペンセーション、株式報酬費用)――株式で報酬を出す際にかかる費用――も、ほとんどの企業が現金支出ではないという理由でEBITDAから除外する。そうすると数字が良くなる。営業利益の下で調整できる企業なら、そこも無視されてしまう、という指摘である。

図1|EBITDAが「足し戻す」ことで見えなくなるもの
出典:Claude作図(概念図)。売上100を起点に、EBITDAが除外する項目を段階的に示したもの。金額は説明用の仮値であり実データではない
PART 2

中古トラックの運送屋――CAPEXを無視するとは何を無視することか

マイキー氏がここで持ち出したのが、この回でもっとも分かりやすい比喩である。

EBITDA君と運送屋のたとえ

中古のトラックで稼ぐ運送屋がある。ボロボロのトラックを使って年間1000万円を稼いだ。ガソリン代と給料を払って、手元に500万円の現金が残った。目先の現金だけに注目するEBITDA君は言う――「稼ぐ力としては素晴らしいね」。

しかし彼が無視しているのは、減価償却=トラックの寿命である。トラックはあと1年で寿命を迎えて動かなくなる。仕事を続けるには新しいトラックを買わなければならない。これが来年1000万円かかる。だとすれば実質的には赤字である。

ところがEBITDAは、将来の機械・整備・買い換えのための金、つまりCAPEX(設備投資)を計算から除外している。したがってEBITDAは、財布にいくらあるかだけを見て、明日の仕事道具が壊れて買い換えるための金がいくら必要なのかを完全に無視したスコアなのだ。

マイキー氏はここから、EBITDAの機能を一言で定義した。EBITDAをごまかすことによって未来を伏せる。そして「将来的に金を稼げますよ」という無理な説明として使える。 これが指標としての本質的な用途だ、というのである。

参加者からは実務上の反論に近い補足も出た。日本企業であればEBITDAで一旦の目安を掴んでおいて、ディスカウント・キャッシュフローでそれが正当化されるかを他の手法も併用しながら検証し、妥当性を探るという段取りを踏む。しかしアメリカ企業の売り手側は、EBITDA一本押しで直近の類似事例を出し、「この価格で買え」という押し付けのようなところが比較的あった、という印象である。同業種の直近事例が10倍だったからこの案件も10倍だ、他は11倍や12倍もあるぞ、というところから交渉が始まる、という証言だった。

マイキー氏が示したチェック手順

見なければならないのはフリーキャッシュフローである。加えて、EBITDAの箇所では、営業利益と無形資産の売却損益といった項目をしっかり固定化しなければならない。EBITDAはそれらの項目を変えられてしまうので、ごまかしが効く。だから営業キャッシュフローとEBITDAの差をどれだけ出すかで、どれだけごまかしているかが見える。多少ならいいが、乖離が極端に大きい場合は疑ってかかる、というのが実務手順として示された。

PART 3

WeWork――「コミュニティ調整後EBITDA」という発明

EBITDAの調整を極限まで振り切った例として、マイキー氏はWeWorkを挙げた。同社が示したのは「コミュニティ調整後EBITDA」という独自指標である。赤字を垂れ流していたにもかかわらず、上澄みの利益を作るためにEBITDAの調整項目を変え、マーケティング費用、一般管理費、拠点の運営コスト、成長投資までも除外した。

マイキー氏の指摘は会計の筋道に沿っている。賃料収入から賃料原価と減価償却を差し引いたものが本来計上されるべき利益であるのに、EBITDAという語を道具として使い、会社全体の収益からそれらを解除したうえで算出していた。運営に必要なコストを無視して数字を提出していた。これがWeWorkのやったことであり、これで投資家を黙らせたのだ、という説明である。

📌 Claude補足|WeWorkの「community-adjusted EBITDA」の事実関係

WeWorkは2018年4月、初の社債発行(7億ドル超を調達)にあたって開示資料に "community adjusted EBITDA"(コミュニティ調整後EBITDA)という指標を掲載した。この指標は、利息・税金・減価償却・償却に加えて、マーケティング費用、一般管理費、開発・デザイン費用といった基本的な事業費用まで差し引く前の数字だった。同社はこれを2億3300万ドルと開示した。同時期に開示された数値では、売上高は倍増して8億6600万ドル、損失も倍増して9億3300万ドルであった。

債券リサーチ会社Covenant Reviewの創業者アダム・コーエンは「『コミュニティ調整後EBITDA』という言葉を人生で見たことがない」とコメントしており、アナリスト・報道の双方から強い批判を浴びた。2019年のIPO申請書ではこの語は姿を消したが、代わりに主要な本社経費を除外する「コントリビューション・マージン」が用いられ、これも同様に批判された。マイキー氏の説明は、除外項目の内訳を含めて公開情報と一致する。

図2|WeWorkが2018年の社債発行時に開示した三つの数字
出典:報道各社が伝えたWeWorkの2018年4月社債発行時の開示(売上高・純損失・コミュニティ調整後EBITDA、いずれも百万ドル)

参加者からは、EBITDAだけ、マルチプルだけでM&Aをやってしまうケースがあり、WeWorkの場合はソフトバンクがそれに近い形で影響を受けたのではないか、という指摘が出た。マイキー氏はこれに対し、「だから僕がキャッシュフローが大事だと言っているのは、まさにそこなんです」と応じている。WeWorkではEBITDAは非常に良かったがフリーキャッシュフローがなく、営業キャッシュフローも枯渇していた状態だった、という整理である。

別の参加者からは、EBITDAには運転資本が入っていないという指摘も出た。在庫が異常に増えていても、売掛金が実際には激増していても、EBITDAからは分からない。マイキー氏は「その通り、分からない」と同意した。貸借対照表を見れば分かるはずだが、M&AのFA(ファイナンシャル・アドバイザー)にもPLは強いがBSに弱い人が多い、という会話が交わされている。

PART 4

ラーメン屋の秘伝のタレ――PBRという妥当な判断ができない指標

マイキー氏は続けて、PBRも同様にごまかせる、これ自体が妥当な判断のできない指標だと言われている、と述べ、次の例を出した。

 A店(自力で育てた)B店(A店を買収した)
実態30年の試行錯誤で、行列のできる秘伝のタレを完成させた。A店の価値を見込んで、1億円で丸ごと買収した。
タレの会計上の扱い自分で作ったタレは帳簿に資産として上げられない支払った1億円が「のれん」として資産に載る
帳簿に載っている資産古い店舗と鍋などで合計100万円。のれんを含めて1億円。
市場評価1億円1億円
PBR約100倍(=1億円÷100万円)約1倍(=1億円÷1億円)
見た目の評価非常に割高に見える割安に見える

マイキー氏の指摘はこうである。自分たちで作った秘伝のタレを持っているのはA店なのに、PBRに戻すとB店のほうが安く見えてしまう。これは地(=実態)をごまかす一つのやり方である。 したがって、その会社が本当に能力を持っているのか、それとも金を持っているだけなのか。買収した先の市場評価と、そこにどういうタレがあったのか。そしてそのタレの価値が算入されていないことを前提として見なければならない、という結論になる。

参加者からは、会計上は外部との売買で現金を対価としてやり取りしない限り帳簿には載らないので、評価が難しい、という補足があった。不動産であれば日本の上場企業でも時価評価の一部開示が始まっているが、無形資産のそれは難しい、という会話である。

📌 Claude補足|「自己創設のれん」の計上禁止という会計ルール

マイキー氏の説明は、会計基準の規定と正確に一致する。 IFRSでは、IAS第38号「無形資産」第48項が自己創設のれんを資産として認識してはならないと明確に規定している。理由は、自己創設のれんは分離可能でもなく、契約その他の法的権利から生じたものでもないため、そもそも識別できない資源であり、原価で信頼性をもって測定できないからである。

さらに同基準では、内部創出のブランド、題字、出版タイトル、顧客名簿およびこれらに実質的に類似する項目も、自己創設のれんと区別することが不可能であるため計上が禁止されている。後述する「ゼロから作ったファッションブランドの価値」という参加者の質問は、まさにこの規定に該当する。

一方、企業結合(買収)によって生じるのれんは資産計上が認められる。したがって「自分で育てれば載らないが、他社が買えば載る」という非対称は、会計基準上の設計としてその通りである。日本基準でも自己創設のれんの資産計上は認められていない。

これを交渉でどう使うか

参加者から、ファッションブランドを自社でゼロから作った場合はどう値段をつけるのか、周りの類似事例や売上倍率で決めるのか、という質問が出た。マイキー氏の答えは「それもあるが、今の話をしっかりと投資家に説明する」である。「これくらいの価値が生まれるデザインです」と示し、「あなたの会社のBSはこうなりますから、こういう影響がありますよね。でもこれを計算していないこちら側のBSは不利なんです」と説明したうえで、価値という切り口で交渉して価格を上げる。使い方はそこにある、という回答だった。

ではDCF(ディスカウンテッド・キャッシュフロー)ならどうか、という問いに対しては、DCFにも欠点があるという応答だった。一個ずつ全部潰していくしかない。結果としてどうとでも数字は作れる。3年先、4年先、5年先のフリーキャッシュフローはどうとでもなる。今の会計には「ゲタの計算方法がない」――つまり将来価値の下駄をどう履かせるかの標準がない。だからこそ無形資産への投資を3年ほどかけて積み上げる、という手が出てくる、という話である。前田氏がここで大きくうなずいていたと参加者が指摘し、マイキー氏は「前田さんなら今の話はよく理解できると思う」と応じた。

PART 5

「お化粧」と資金調達――記録として残す発言

ここから会話は、指標の穴を実務でどう使うかという話題に移る。参加者の一人が、まだそこまで見ていない人たちがたくさんいるので、悪用とまでは言わないが、お化粧して資金調達を引っ張りやすくする方法はまだ全然ありだと思う、と述べた。マイキー氏はこれに同意し、自身が調達するときは「バレないように化粧する」と応じている。

参加者からは、弁護士が入り複数の担当者が3か月かけて実施するデューデリジェンスに対し、会計士とタッグを組んで資料を出し、何もバレずに100億円を引っ張ってきた、という自身の経験が語られた。特に銀行はEBITDAを重用しているので、銀行から資金を引く場合はEBITDAで化粧するのが一番いい、という会話である。マイキー氏の側からも、海外で運営している投資会社で同じ手法を活用し、現在6億ドル規模の調達を指示している、という発言があった。さらに、韓国の会社の売却に入った際、作成したシステムを30億円で売ったのもまさにこの手法だ、会計士と組んで数字を作れるようになるとめちゃくちゃなことができる、という説明が続いた。

銀行はそんなに簡単に金を貸すのか、という質問に対しては、知り合いに「銀行は俺の財布だ」という名言を残した人物がおり、80億円を引っ張って踏み倒したことがある、という逸話が紹介された。マイキー氏の総括は、銀行や、金を持っているだけの投資家であれば、これだけで十分に引っ張れる。この手法を知っているのはアメリカの一部とヨーロッパの一部くらいで、アジアの富裕層や同業者はかなり遅れている、というものだった。

本レポートの注記(重要)

このパートの内容は、話者本人が自身の経験として語ったものであり、本レポートは発言をそのまま記録する。 ただし、事実と異なる財務情報を意図的に作出して金融機関や投資家から資金を調達する行為は、日本法上、詐欺罪(刑法246条)や、上場企業であれば金融商品取引法上の虚偽記載に該当しうる。マイキー氏自身も「悪用とまでは言わない」「これは化粧である」という言い方で、会計基準の枠内での見せ方の工夫という位置づけを取っている。会計基準の範囲内で自社に有利な指標を選んで説明することと、事実と異なる数字を作出することの間には決定的な線がある。 発言の中でその線がどこに引かれているかは明示されておらず、聞き手が自分で判断すべき論点として残る。なお、直前のセッションで語られた「オルツの循環取引」は、まさにその線を越えた側の事例である。

指標を武器に変える側の思考

マイキー氏は自身の方法をこう説明した。ほぼすべての指標や計算方法について、自分は基本的に性格の悪い人間なので、必ず穴を見つけに行って、それを武器に変えることを常に考えてきた。相手が指標を提示してきても「穴を見つける、穴を見つける」しか考えていないので、こういうことはこうだろうな、というのを調べまくり、勝手に独学で勉強しまくっていた時期があった、と。

これに対して渡辺氏が、それは哲学でも同じで、アウフヘーベンされた先にできた穴を見つけるという営みだ、と応じた。EBITDAが頂点になっているところに減価償却という問題が出てくるのは、まさに前段のセッションで語られた「矛盾を見つける」という話とつながる、という指摘である。マイキー氏は「綺麗に繋がりました」と応じ、この日の二つのセッションが接続された。

PART 6

VC市場の現在地――シードが広がり、レイターが締まる

終盤の話題は、指標の話から資金調達市場の構造変化に移った。参加者が、ベンチャー投資では3%程度の出資であれば皆がどんどん金を入れていく状況を見ていたが、今年破綻したオルツの上場前に話を聞いていたときは、こうなるとは想定していなかった(結局投資はしなかった)と述べたのが発端である。

マイキー氏は、ベンチャーキャピタルから調達する際は、まずテーブルに着くまでが一番大変だと応じた。VCに会うまでのプレゼンテーションが勝負であり、いくら知識を得てもプレゼンが下手ならそのテーブルに立てない。ビジネスモデルの魅力をいかに伝えるかである。そしてテーブルに立つまでが勝負ではなく、立ってからが勝負であり、そこからさらに絞られる。だからコンサルタントに、この案件ならこのVCに持っていくべきだと全部分かっている人が周りにいると、テーブルに着くのが非常に楽になる。その人にお化粧までしてもらえるなら価値は確定に近い、という説明だった。

ステージ別の現状

ステージマイキー氏の説明参加者の観測
シードビジョン・ミッション・バリューが評価軸になる。数字のマジックはまだ効きにくい(1期・2期しかないため)。AIによってコスト削減が進み、会社のランニングコストが昔より大幅に低い。1億円かかっていたものが3000万円でできるようになったので、同じ予算で3社に投資できる。結果としてシードの裾野がやばいほど広がっている。日本ではまだそこまでの波は来ていない。
レイター資金調達そのものが重要になるステージ。数年分の数字が溜まっているので、そこで数字の化粧を施すことができる。しかしアメリカでは最近、レイターでの調達が難しくなってきている。投資家の側も成長しているからだ。レイターは1点集中になりつつある。日本では銀行系のキャピタルがレイターをバシバシやろうとしている感じを受ける。

銀行がベンチャーデットに向かう理由についてもやりとりがあった。銀行の業務はデット(融資)なので、そちらのほうが都合がいい。ただしドッド・フランク法の規制が今後緩和されていくと、2026年に向けてシードへの投資もかなり増えてくると言われている、というのがマイキー氏の見立てである。日本については、タイミーが200億円規模を調達してからベンチャーデットが随分広がったという感覚が参加者から示された。マイキー氏は最後に、企業にとってはむしろ株式で調達したほうが振り切ったことができるが、デットにすると借金として残る、と付け加えている。

📌 Claude補足|オルツ、ドッド・フランク法緩和、ベンチャーデット

オルツ(alt Inc)について。 AI議事録アプリ「AI GIJIROKU」などを手がけたオルツは、2024年10月に東証グロース市場へ上場したが、上場からわずか10か月後の2025年7月30日に上場廃止が決定し、民事再生手続に入った。売上高の最大9割が循環取引だったと指摘され、協力会社を経由して広告宣伝費や研究開発費を用い、実態のない売上高を計上したと認定されている。2021年12月期から2024年12月期までの売上高の大半が過大計上だったとされる。負債総額は約24億円。参加者の「今年破綻したオルツ」という言及は事実と一致する。

ドッド・フランク法の緩和について。 2026年に入り、米国では規制緩和が具体的に進行している。2026年3月13日に「住宅ローン信用へのアクセス促進」に関する大統領令が署名され、資産300億ドル未満のコミュニティバンクおよび1000億ドル未満の小規模銀行の負担軽減が指示された。またベンチャーキャピタル関連では、銀行がベンチャーキャピタル・ファンドやクレジット・ファンドを保有・運営できるよう、ボルカー・ルールの適用除外を拡大する規制案が提示されている。マイキー氏の「2026年でシード投資も増えると言われている」という見立ては、この方向性と整合する。

タイミーの調達について。 200億円規模という数字はこの場での参加者の記憶に基づく発言であり、内訳(エクイティかデットか、時期)は特定できなかった要確認。日本のベンチャーデット市場が拡大したという定性的な認識自体は、金融機関系ファンドの参入増加という報道傾向と整合する。

Q&A

この回の質疑(ファイナンス指標編・全8件)

EBITDAと純利益の差が大きく生まれているとき、どういう風に判断しているか。(マイキー氏から上田氏への問い)
やはり利益よりもEBITDAのほうが重要なので、そちらが高くなるように持っていくというか、考える。(上田氏)/実際のところ、一番大事なのは純利益である。EBITDAを強化することで死んでいった企業がたくさんあるからだ。いろんなものに転用して排除できるので、EBITDAは高くできてしまう。基本的にEBITDAは営業キャッシュフローと連動していなければならない。だから営業キャッシュフローを出せと言う。両者に変化があるほど不正の疑いが強まる。(マイキー氏)
今のやり取りは、特別損失や営業費用で損を出しておいて営業利益だけは保つ、減価償却が大きくてもそこはごまかせる、という考え方か。
ごまかせる。その通りである。EBITDAは基本的に、アメリカでは最も忌み嫌われる指標と言われている。(マイキー氏)
KKRやベインのようなPEファンドでも、だいたいEBITDAを使っているという認識だが。
その通りで、EBITDAを使っている。しかし減価償却の中でごまかせてしまう。これを変えるということは、設備投資を完全無視しているのと同じである。(マイキー氏)
EBITDAだけ、マルチプルだけでM&Aをやってしまうケースがあり、WeWorkの場合はソフトバンクがそれに近い形で影響を受けたのではないか。
だから僕がキャッシュフローが大事だと言っているのは、まさにそこである。営業キャッシュフローとEBITDAの差をどれだけ出すかで、どれだけごまかしているかが見える。多少ならいいが、極端に大きい場合は疑う。WeWorkの場合、EBITDAは非常に良かったがフリーキャッシュフローがなく、営業キャッシュフローも枯渇していた状態になる。(マイキー氏)
ファッションブランドを自社でゼロから作ったとすると、市場やデザイン能力は計算されない。この場合はどうやって値段をつけていくのか。周りがこれくらいの値段で売れていた、売上に対して何倍、といった決め方なのか。
それもあるが、今の話をしっかりと投資家に説明する。「これくらいの価値が生まれるデザインです」と示し、「あなたの会社のBSはこうなりますから、こういう影響がありますよね。でもこれを計算していないこちら側のBSは不利なんです」と説明する。価値という切り口で交渉して価格を上げる。使い方がそこにある。(マイキー氏)
新しいアパレルの価値を評価する場合、基本はやはりディスカウンテッド・キャッシュフローで評価するのか。フリーキャッシュフローの複数年、3年とか5年で見るのが一番正当性が高いか。
DCFにも欠点がある。一個一個全部潰していくしかない。結果としてどうとでも数字は作れる。3年先、4年先、5年先のフリーキャッシュフローもどうとでもなる。今の会計にはゲタの計算方法がない。だから無形資産への投資を、3年ほどかけてやることになる。(マイキー氏)
COSRは今回初めて聞いた。ただ、それを銀行などに説明しても理解できないのではないか。どう使おうかとも思う。
お客さんに納得してもらい、優位性を説明して気持ちよくさせるツールとしても使える。また、これは良くないのでこうしたほうがいいですよ、というアドバイジングに使う。ここまでやってコンサルティングになる。ファイナンスの教科書に載っているもの自体がそもそも矛盾しかない、というのが今日の前田さんの話につながる。(マイキー氏)
銀行はそんなに簡単に金を貸してくれるものなのか。ベンチャー投資では3%程度の出資なら皆がどんどん入れていくのを見ていたが、今年破綻したオルツの上場前に話を聞いていたときは、こうなるとは想定していなかった。
知り合いに「銀行は俺の財布だ」という名言を出した人物がいて、80億円を引っ張って踏み倒すということをやっていた。銀行や、金を持っているだけの投資家であれば、これだけで十分に引っ張れると思う。この手法を知っているのはアメリカの一部とヨーロッパの一部くらいで、アジアの富裕層や同業者はかなり遅れている。(マイキー氏)※本レポート PART 5 の注記を参照のこと
HOMEWORK

宿題・アクションアイテム

  1. 関心のある企業のEBITDAと営業キャッシュフローの乖離を確認する。 直近3期分について両者を並べ、差が拡大しているかを見る。マイキー氏の言う「多少ならいいが、極端なら疑う」を自分の基準として数値化しておく。
  2. EBITDAからCAPEXを引いてみる。 トラックの例と同じ操作を、実在の企業で行う。EBITDAから設備投資額を差し引いた後に何が残るかを計算し、「稼ぐ力」の見え方がどれだけ変わるかを確認する。
  3. 調整後EBITDAの注記を読む。 決算資料で「調整後EBITDA」を開示している企業について、何を足し戻しているのか(SBC、拠点開設費、一時費用など)を注記から全項目書き出す。WeWorkの事例と同じ構造がないかを見る。
  4. PBRの分母に何が載っていないかを言語化する。 保有銘柄について、その企業が自力で育てた無形資産(ブランド、顧客基盤、ノウハウ)のうち、会計上は計上されていないものを列挙する。自己創設のれん計上禁止(IAS 38.48)のルールを踏まえたうえで、PBRの水準をどう読み替えるかを決める。
  5. キャッシュフロー計算書を「作る」側の視点を持つ。 上田氏に対してマイキー氏が繰り返し勧めていたように、中小企業に対してCF計算書を出すこと自体がサービスとして成立する。自社または顧問先で、CF計算書が作成されているかを確認する。
  6. ROIC・WACC・PSRの弱点を次回に持ち越す。 マイキー氏は「ROICにも弱点があり、WACCにもある」「使用指標は全部で20個ほどあり、全部説明できるし、どうやって埋めるかも説明できる」と述べている。次回以降のリクエストとして、具体的な企業名を伴った解説を求める声が参加者から上がっている。
GLOSSARY

本レポートに登場した用語

EBITDA
利払前・税引前・減価償却前利益。支払利息、税金、減価償却費、無形資産償却費を足し戻した利益。設備投資と運転資本を反映しないため、実態から乖離しうる。
CAPEX(設備投資)
機械・設備・建物などへの投資支出。EBITDAはこれを計算から除外するため、資本集約的な事業ほど実態から離れる。
SBC(株式報酬費用)
Stock-Based Compensation。株式で報酬を支払う際に計上される費用。現金支出がないという理由で調整後EBITDAから除外されることが多い。
LBO(レバレッジド・バイアウト)
買収対象企業の資産・キャッシュフローを担保に借入で資金を調達し、企業を買収する手法。返済能力の指標としてEBITDAが標準化した背景。
コミュニティ調整後EBITDA
WeWorkが2018年の社債発行時に開示した独自指標。マーケティング費用・一般管理費・開発設計費まで差し引く前の数字で、強い批判を受けた。
フリーキャッシュフロー
営業活動で得た現金から設備投資を差し引いた残り。EBITDAの穴を埋める最も基本的な確認指標として繰り返し挙げられた。
運転資本
売掛金・在庫・買掛金などの日々の事業運営に必要な資金。EBITDAには反映されないため、在庫や売掛金の異常な膨張が見えない。
のれん
買収価格が被買収企業の純資産を上回る部分。企業結合によって生じたものは資産計上が認められる。
自己創設のれん
自社で内部的に生み出した超過収益力。識別も信頼性ある測定もできないため、IAS第38号第48項で資産計上が禁止されている。内部創出ブランドや顧客名簿も同様。
DCF法
将来のフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算定する手法。前提の置き方で結果が大きく動くという欠点が指摘された。
デューデリジェンス(DD)
投資・買収に先立つ精査。弁護士・会計士が数か月かけて実施するが、それでも見抜けないケースがあるという証言が語られた。
ベンチャーデット
スタートアップ向けの融資による資金調達。エクイティと異なり借入として残るが、希薄化を避けられる。銀行系の参入が拡大している。
ボルカー・ルール
ドッド・フランク法に基づき、銀行の自己勘定取引やファンド保有を制限する規制。2026年に適用除外の拡大が提案され、銀行のVC投資が可能になる方向にある。
循環取引
複数社の間で実態のない取引を回し、売上を水増しする手法。オルツの不正会計で認定された手口。