エグゼクティブサマリー
この回は、講義本編に入る前の雑談から始まっている。開始15分ほどの時間に交わされたのが、直前に発表されたエレクトロニック・アーツ(EA)の買収案件だった。参加者の一人が「あれ見た人います?」と切り出し、そこからLBO(レバレッジド・バイアウト)とは何か、なぜ今それが復活しつつあるのか、という議論へ自然に展開していく。雑談として始まりながら、内容としては本編に劣らず密度が高い。
議論の骨格は三つある。第一に、案件の構造そのものだ。サウジアラビアの政府系ファンドPIFとシルバーレイク、そしてジャレッド・クシュナー率いるアフィニティ・パートナーズが組み、TOBを経て非公開化する。ここに「出来レースど真ん中」という表現が出るのは、規制当局との距離が政治的に近いと見られているためだ。第二に、価格の妥当性をめぐる評価が割れているという指摘。プレミアム水準はマイクロソフトによるActivision Blizzard買収より明らかに低く、直後に大型タイトルの発売を控えていた点でも「買い手に有利」と読める一方、業界全体の成長率は鈍化しており「低成長のものにプレミアムを払うのはどうなのか」という反論も同時に立つ。第三に、LBOという手法そのものの再起動である。
三点目こそが、この日の議論の核心に近い。話し手はLBOの判断基準を「キャッシュフロー」と言い切り、そこにDCF法が最も色濃く適用されると述べている。買収対象の資産を担保に入れて資金を引き出す構造であるがゆえに、対象企業が将来生む現金の見積もりが案件の生死を決める。この構造はリーマン・ショックで一度崩壊し、米国では長らく凍結状態にあった。2021年の医療関連メーカーの大型案件で一度「LBO復活か」と報じられたものの、実態としてはさほど動かなかった。今回の案件が注目されるのは、規模が過去最大であることに加え、それだけの負債を引き受ける意思が市場に戻ってきたことを示すからだ。
そして最後に、話し手は予測を一つ置いている。これだけの負債を組める背景にはFRBの利下げ観測があり、それが本格化すれば案件は一気に活発化するのではないか、というものだ。案件そのものの評価ではなく、案件が「引き金(日付役)」になるかどうかを見ている点に、この人物の視点の置き方が表れている。
個別案件の良し悪しを論じているように見えて、実際に問われているのは「負債を引き受ける意思が市場に戻ったか」という一点である。LBOは企業買収の手法である以前に、金利環境と信用環境の温度計だ。だからこそ話し手は、プレミアムが高いか安いかよりも、この案件が次の波の起点になるかどうかを見ている。
開始前の雑談――取材と会社と、嘘をつけない営業マン
この日の集まりは、参加者の一人が前回の講義への礼を述べるところから始まっている。人材紹介業界の構造的な問題を扱ったレポートが予告されており、それについて「アメリカが小汚いことをやっていますよ、という話です」という一言が投げられる。国内でも同種の慣行は珍しくない、綺麗事を掲げながら手数料を厚く取る事業者はいくらでもいる、という応答が続いた。
そこから話は、取材対象となっている会社との交渉の生々しい局面に移る。動画を出すか出さないかで揉めており、前日には先方の役員が全員そろって説得に来たという。顔を出さず、モザイクを入れ、会社名も伏せる条件を提示したところ、先方は「それなら」と応じる姿勢を見せた。ところが裏では「不都合な箇所を削除させよう」という話が出ていることが伝わってきた。そんなことをした瞬間にノーカットで全部出す、という反応が語られる。その会社は上場を目指しているという。顧客のためにならない情報操作を続けている会社が上場することの是非について、参加者から疑問が呈された。応答は身も蓋もないもので、そもそもグロース市場を目指すような規模の会社は情報や金融の構造を理解しておらず、感情論で意思決定する傾向が強い、というものだった。
雑談はさらに、音声配信での話しぶりへの反響に及ぶ。ある若手社員の営業力が話題になり、プレッシャーをかけられても受け止めて交わす技術が評価された。ただしその人物には「嘘が一切つけない」という特性があり、それを検証するために人狼ゲームを企画したところ、ゲーム中に嘘をつくことに耐えられず精神的に参ってしまったという逸話が披露される。以来その人物は人狼ゲームを断り続けている。笑い話として語られているが、営業という職能と誠実さの関係について、示唆を含んだエピソードでもある。
本レポートが扱う勉強会は2025年10月2日にアップロードされている。EA買収の発表は2025年9月29日で、収録はその直後にあたる。参加者が「あれ見た人います?」と切り出したのは、発表からわずか数日後の、まだ評価が固まりきっていない段階での反応だったことになる。
EA買収案件の構造――誰が、いくらで、どう組んだか
案件の輪郭は、参加者同士のやり取りの中で素早く整理されていく。買い手はサウジアラビアの政府系ファンドとシルバーレイク。TOBを実施したうえでLBOを組み、非公開化する。ここにジャレッド・クシュナーが関与していることが指摘され、「規制当局は通るだろう」という読みが共有された。2025年初めにトランプ大統領が要人を引き連れて中東を訪れた際の流れの延長にある案件ではないか、という推測も語られている。
話し手が案件を評価する際に持ち出したのが、プレミアムの比較である。マイクロソフトがActivision Blizzardを買収した際のプレミアムは45%だった。それに対して今回は20%程度にとどまる。同じゲーム会社の買収でありながら、買い手はより安く交渉をまとめたことになる。しかも直後に大型タイトルの発売が控えており、それによって株価が上昇する前に押さえた点で「お得だった」という評価が成り立つ。他方で、業界全体の成長率がこの一年鈍化しているという事実を踏まえれば、低成長の資産にプレミアムを乗せるのはどうなのかという反論も同時に成立する。ウォール街でも評価が二分している、という説明がなされた。
EAの買収価格は1株210ドル。報道が出る前の未影響株価である2025年9月25日終値168.32ドルに対して、プレミアムは約25%である。発言では「20%ぐらい」とされていたが、公表ベースでは25%が正しい。ただし報道が漏れた後の9月26日終値(193.35ドル前後)を基準にすれば1割弱まで縮むため、どの株価を基準に取るかで印象は大きく変わる。発言の「20%程度」は、基準の取り方次第では実感として近い。
比較対象として挙げられたマイクロソフトによるActivision Blizzard買収は、2022年1月18日発表、1株95ドル、直前終値65.39ドルに対してプレミアム45.3%。発言の「45%」は正確である。
したがって「マイクロソフトよりしっかり安く買えている」という趣旨の評価は、25%対45%という数字で見ても成り立つ。
資金の出し手についても議論が及んだ。「これ銀行どこがやるんですかね」という問いに対して、話し手はその場で思い出せず宿題として残している。LBOという手法の性質上、どの金融機関が負債部分を引き受けたかは案件の性格を決める重要な情報であり、その場で答えが出なかったこと自体が、この案件がまだ消化しきれていない新しい出来事だったことを示している。
公表された資金構成は、コンソーシアムからのエクイティが約360億ドル、負債調達が約200億ドルで、負債部分はJPモルガン・チェース銀行がコミットしている。勉強会中に答えの出なかった「銀行どこか」の答えはJPモルガンである。
持分構成はPIFが93.4%、シルバーレイクが5.5%、アフィニティ・パートナーズが1.1%。PIFは既存保有分の9.9%をロールオーバーしている。
ここで一点、発言と実態のあいだに検討すべきずれがある。話し手は「基本的にLBOをやるということは銀行負債がかなり大きくないとLBOとは言わない」と述べているが、本件の負債比率は総額550億ドルに対して200億ドル、およそ36%にとどまる。1980年代の典型的なLBOが負債比率8〜9割だったことを思えば、これは相当にエクイティ寄りの構造である。「史上最大のLBO」と報じられてはいるが、レバレッジの効き方という観点では古典的なLBOとはかなり性格が異なる。この差の意味は自分で確認する価値がある。
LBOの判断基準――キャッシュフローと担保、そして眠っていた10年
参加者から「買収のパイプラインがある程度見えている中での判断なので、その辺りを読んで価格のプレミアムに反映させたのか」という趣旨の問いが出た。これに対する応答が、この日の最も体系的な説明になっている。
話し手はまず、LBOという手法の前提を確認する。LBOは買収対象の資産や将来キャッシュフローを担保として資金を調達し、その資金で買収を行う構造である。したがって判断基準の第一はキャッシュフローになる。そしてこのキャッシュフローの評価において、ディスカウント・キャッシュフロー法が他のどの場面よりも強く効いてくる。つまりLBOとは、DCF法の妥当性そのものに賭ける取引だと言い換えてもいい。今回の案件で仲介に入った主体は、この見積もりと担保設計をかなり巧妙に組んだのではないか、というのが話し手の見立てだった。
買い手の懐から出る現金を最小化し、買われる側の資産と将来キャッシュフローを担保にして銀行から現金を引き出す。だから「買われる会社が今後いくら現金を生むか」の見積もりが、そのまま案件の生死を決める。DCF法が最も切実に使われる場面がここである。
次に話は歴史へ移る。この構造は、銀行が現金を放出する側に立つことを意味する。リーマン・ショックの際、米国ではLBO案件が軒並み崩れた。その記憶ゆえに、コロナ禍を経るまで大型LBOはほとんど眠ったままだった。2021年に医療関連メーカーの買収が成立し、メディアでは「LBO復活か」と報じられたが、実際にはその後も動きは限定的だった。だからこそ今回、過去最大規模の案件が成立したことがニュースになる、という整理である。
発言中の「2021年ぐらいにまた医療メーカーを買収するというので復帰していった」案件は、2021年6月にブラックストーン、カーライル、ヘルマン&フリードマンの3社が医療用品大手Medline Industriesを負債込み約340億ドルで買収した案件を指すと考えられる。当時「金融危機以降で最大のLBO」と報じられ、エクイティ約170億ドル、残りを負債で賄う構造だった。発言の記憶は正確である。
EA案件が「史上最大の全額現金LBO」とされる際の比較対象は、2007年のTXUエナジー買収(約320億ドル、負債込みでは450億ドル前後と数えられることもある)である。規模の比較は基準の取り方で振れるため、「史上最大」という表現を使う際はどの定義かを添えるのが安全だ。
そして話し手は、今回の案件が持つ意味を「日付役(起点)」という言葉で表現した。これだけの負債を引き受けるということは、資金の出し手の側に何らかの前提があるはずだ。その前提として想定されるのがFRBの利下げである。利下げが本格化すれば、負債コストの前提が変わり、LBO案件は一気に活発化しうる。今回の案件はその予兆として読める、というのが結論だった。
「M&Aブームが来るかもしれない」という発言は、案件そのものへの評価ではなく、金利環境の転換を前提とした条件付きの予測である。したがって検証すべきは案件の成否ではなく、利下げが実際に進んだかどうか、そして後続案件が出てきたかどうかである。予測を予測として扱い、条件を明示する姿勢は、そのまま自分の投資判断にも移植できる。
サウジのゲーム・アニメ投資と、周辺で動いていたもの
案件の背後にあるサウジアラビアの戦略についても言及があった。同国はゲームとアニメの領域に相当な資金を投入しており、ドラゴンボール関連の大型プロジェクトやeスポーツのワールドカップ開催がその例として挙げられた。賞金だけで7,000万ドルという規模が語られ、「eスポーツはもう行かれている」という表現が使われている。シルバーレイクが多数のゲームメーカーの株式を保有していることも指摘され、業界再編の可能性が示唆された。
2025年のEsports World Cupはサウジアラビア・リヤドで7月から8月にかけて開催され、総賞金は7,000万ドル超。24タイトル・25トーナメント、2,000人超の選手が参加した。クラブ選手権の優勝賞金が700万ドル、個別タイトルの賞金が合計3,800万ドル超という構成である。発言の「賞金だけで7,000万ドル」は正確だった。
関連して、任天堂株の保有状況にも話が及んだ。PIFの任天堂株式保有率について「年末に半分売った」「年始からは変わっていない」というやり取りが交わされている。EA買収に振り向けられた資金の出所を推測する文脈での言及だったが、直接の因果は確認されていない。
PIFは2024年後半に任天堂株を段階的に売却している。8.58%だった保有比率は2024年10月初旬に7.54%へ、11月13日に6.3%へ、同月末までに5.26%へと引き下げられた。売却は「年末」というより2024年8月から11月にかけて集中している。2025年に入ってからの大きな変動は確認されておらず、「年始からは変わっていない」という発言部分は整合する。
ただし、この売却資金がEA買収に直接振り向けられたことを示す公表情報はない。会話の中でも「関係ないかもしれないけど」と留保が付されており、推測の域を出ない点は押さえておきたい。
控えていた新作タイトルと、業界の成長率
買収の価格評価をめぐる議論の中で、「来週に超大型ゲームが1個出る」という発言があった。バトルフィールド6である。ゲーム好きのあいだで評価が高く、発売によって株価が跳ねる可能性があった。その上昇前に買収を決めた点を「良かったのではないか」と見る立場と、業界の成長率がこの1年落ちている以上、低成長資産にプレミアムを払うことへの疑問を呈する立場が、ウォール街で並立しているという整理だった。
バトルフィールド6の発売日は2025年10月10日。この勉強会が2025年10月2日にアップロードされていることを踏まえれば、「来週」という表現は正確である。
ゲーム市場の成長率については、Newzooの2025年見通しで前年比+3.4%(2024年は+3.2%)とされていた。市場が縮小しているわけではないが、成長率は低単位数に鈍化しており、「成長率が落ちている」という発言は方向として妥当である。要因としてはGrand Theft Auto VIの2026年への延期と、関税を背景としたハードウェア価格の上昇が挙げられていた。
雑談で触れられたその他のトピック
本編に入る直前、投資対象としての関心の置きどころについても短いやり取りがあった。話し手はハイパースケーラーそのものにはあまり関心がなく、その周辺――データセンター関連やネットワーク関連――のほうが値動きとして面白いと考えている、と述べている。エクイニクスやデジタル・リアルティといったデータセンターREITについて「もう少し評価されてもいい時期が来るのではないか」という見方が示され、電力関連についても市場の目線がまだ届いていないという認識が語られた。評価のずれが大きい領域にこそ機会がある、という視点である。
さらに、2026年に「誰と誰が喧嘩するか」を技術的な観点から予想して遊んでいた、という話が出た。イーロン・マスクとマーク・ザッカーバーグが再び衝突すると見ており、その争点はロボットになるだろう、より正確にはデバイスをめぐる争いになるだろう、と予測している。メタはロボットを作っていないという指摘に対しても、争点はあくまでデバイスだと繰り返した。この予測の根拠は「後で説明します」とされたまま、本編では扱われずに終わっている。
メタとテスラがロボット/デバイス領域で衝突するという予測は、この日の中で根拠が説明されないまま終わった。予測として記録しておく価値はあるが、論拠が示されていない以上、そのまま鵜呑みにする性質のものではない。次回以降に説明がなされたかを追う必要がある。
質疑応答
宿題・アクションアイテム
- EA買収の負債部分の主幹事を確認する。勉強会の場では答えが出なかった論点。JPモルガンが200億ドルをコミットしていることが公表されている。どの条件・どの階層の負債かまで踏み込んで確認したい。
- 「史上最大のLBO」という表現の定義を自分で検証する。総額550億ドルのうち負債は200億ドル、比率にして約36%。古典的なLBOのレバレッジ水準とは大きく異なる。どの定義で「最大」と呼ばれているのかを整理する。
- FRBの利下げ進行と、後続のLBO案件の有無を追跡する。「これが日付役になるのではないか」という予測の検証は、後続案件が出るかどうかで行う。
- バトルフィールド6の発売後、EAの業績と評価がどう動いたかを確認する。「上昇前に押さえたから買い手に有利」という評価が正しかったかの事後検証になる。
- メタとテスラがデバイス/ロボット領域で衝突するという予測の根拠を、次回以降に確認する。この日は「後で説明します」のまま終わっている。