STUDY REPORT / 2026年1月度 勉強会

85分ぴったりと帰るまでの営業――登壇の資格は「時間を守れるか」から始まる

与えられた90分を、あえて85分ちょうどで終わらせた。全員が持ち時間を超過する会場で、それは技術の誇示ではなく運営が壊した時間の流れを自分の話速で元に戻す作業だった。この回のプレゼン論は、内容論ではなく時間と動線の設計に振り切っている。

EXECUTIVE SUMMARY

プレゼンは入口で始まり、最後の客が帰るまで終わらない

85
与えられた90分を自ら5分削って終えた実測値(誤差なし)
28
30秒枠の自己紹介での実測。他の登壇者は全員超過
350/400
新規実質母数に対する成約件数。約88%
10%
この種の場で「すごい」と言われる一般的な水準
5分前
登壇資料を運営に渡したタイミング
40〜50
本人による今回の自己採点(全盛期比)

この回のプレゼン論は、月曜に行われた外部イベントでの登壇を素材にしている。ただし語られたのは話し方の技術ではなく、時間・動線・巻き込みという三つの設計だった。会場入りの直後、運営から「開始が押しているので、食事を取りながら聞かせてよいか」と打診されたところから話は始まる。講師はこれを断り、本来なら登壇者の持ち時間を制御し、来場者の動きも制御するのが運営の仕事だと指摘した上で、自分の持ち時間を5分削って全体の遅れを吸収するという形で応じている。

もう一つの軸は、プレゼンの範囲をどこに引くかである。講師の定義では、プレゼンテーションは会場の入口で始まり、来場者が帰るまで続く。だから登壇後に楽屋へ戻らず出口に立ち、一人ひとりと握手して挨拶した。パネルディスカッションに参加せず先に帰る来場者にも、個別に感想と疑問を聞いて回った。そこで「面談を申し込みます」と言う人が多数出た。この動線まで含めて設計されている、というのがこの日の核心である。

そして内容面で示されたのは、冒頭の質問(フック)を一つ変えるだけで、同じ中身がまったく別のものに聞こえるという一点だった。講師はこれを、会員向けの教材にするために意図的に実演したと述べている。動作を普段より大きくしたのも、右手と左手を上げるタイミングや質問を入れるタイミングを、あとから動画で分解しやすくするためだった。

セッションを貫く1本の線:この回で繰り返されたのは「言っていることを実際にやってみせた」という自己言及である。メタファー、たとえ話、ストーリーテリング、質問力――いずれも普段の講義で扱っている内容であり、今回はその応用版を実演しただけだ、と講師は述べた。プレゼンの巧拙ではなく、日頃の主張と実行が一致しているかどうかを検証させる回になっている。
PART 1 / 時間

与えられた時間を守れない人間は登壇する資格がない

この日いちばん強い言い方がされたのが時間管理だった。イベントでは、インフルエンサー各人に30秒のアピールタイムが設けられていた。参加者の一人がストップウォッチで計測していたところ、全員が30秒を超過した。講師本人は28秒で終えている。

それでも全体の進行は押していたため、本来14時10分開始のはずの講演が14時15分開始になった。そこで講師は、与えられた90分を自ら85分に切り詰め、実測でも1分のずれもなく85分ちょうどで終えた。目的は自分の技術の誇示ではなく、スピーカーの側の話速でイベント全体の時間の流れを元に戻すことだった。

登壇の前提条件として語られた基準。85分と与えられたら85分きっかりで終わらせる。30秒なら30秒前に終える。1時間なら1時間できっぱり終える。その能力を身につけてから人前に立て、というのが講師の言い分である。米国のピッチイベントでは当たり前にできているのに、なぜ日本ではできないのか、と。ダラダラと意味のない話をして時間を超過するのは、スピーカーと運営の双方が仕事をしていない状態であり、その結果として満足するのは来場者ではない。

運営との交渉

会場入り直後のやりとりも具体的に語られた。運営側から食事をしながら聞かせてよいかと打診されたとき、講師は「では自分もタバコを吸いながら適当にやる」と応じた。それは困ると言われたので、「こちらは弁当を食べられながら話すのが困るのだが」と返している。自分の話を雑に扱うなら、こちらも来場者を雑に扱う、という筋の通し方である。

ただしこの厳しさは運営スタッフ全般に向けられたものではない。裏方に入っていた参加者からは逆の証言が出ている。どのスタッフに対しても言葉遣いが丁寧で、トラブルが起きたときも、本来なら黙って通してもよい場面でスタッフのために最後まで言い切っていた。表に見えるクロージングだけでなく、後ろの回し方にも細かく手を入れていた、という観察である。

PART 2 / 動線

入口から出口まで、全部が営業である

講演が終わったあと、他の登壇者は楽屋にいた。講師は一人だけ出口に立ち、帰る来場者全員と握手して挨拶した。パネルディスカッションに参加せず先に帰るVIP層にも、その日の感想や分からなかった点を一人ずつ聞いて回っている。そこで疑問が出れば「では面談を申し込んでください」と促し、その場で申し込みに至った人が多数出た。対面で面談していなかった層に対しても、話しかけることで転換が起きた、という説明である。

懇親会でも同じことが起きていた。参加者の証言によれば、主賓格の登壇者の前に列ができるのは当然として、それ以外でほぼ唯一列ができていたのが講師の前だった。会場の中でも常に動いて目の前の人に話しかけ、そこで得た情報を次の人との会話に使う。他の登壇者は自分のブースか休憩室にいて、しかも自分の撮影スタッフなど身内としか話していない、という対比が語られている。

10分弱の会話で天文学的な招聘コストを飛ばす

その具体例として挙げられたのが、海外から招かれていた登壇者とのやりとりである。講師はまず全員の前に立ったとき、マーケティング・税理・会計といったその日の各分野の話を30秒で全部否定した。皆さんはそれを聞きに来たと思うが、来た意味はない、と宣言し、そのあと予告どおりのことをやった。

海外の登壇者に対しても直接、あなたの話した内容は意味がない、と伝えている。理由は、この会場に来ている人たちにはその話を受け取るための基礎能力がないからだ、と。それを最後まで説明すると相手は納得し、「お前は頭がおかしいのか」と言われたので「自分は普通です」と返した。通訳を通じて「頭がぶっ飛びすぎていて面白い」という評価が伝わり、その後、二人でオンラインで深く話したい、必要なら通訳を入れて講師のコミュニティで話してもよい、という申し出まで来た。

講師はここで、実績では圧倒的に相手が上だと明言した上で、それを成立させたのはコミュニケーションだけであり、会話時間は10分に満たなかった、と述べている。日本に招聘すれば天文学的な費用がかかる相手を、一つのコミュニケーションだけで自分の場に呼ぶところまで持っていった、という自己評価である。

📌 Claude補足
講義中に名前が挙がった海外登壇者は、経歴の説明からジェレミー・シュワルツ(Jeremy Schwartz)と特定できる。英国の経営者で、2013年から2017年までザ・ボディショップのCEOを務め、在任中に全製品のヴィーガン化を進め、ロレアルからナチュラへの約10億ユーロでの売却を完了させた。それ以前はコカ・コーラのマーケティングディレクターを務め、コカ・コーラ ゼロの立ち上げに関わったとされる(同氏が手がけた製品群の年間売上は100億ドル超と紹介される)。ロレアル英国のマネージングディレクターとして「Because I'm Worth It」キャンペーンを主導し、その後パンドラの暫定CEOも務めた。「コカ・コーラのマーケティングをやっていた人」「ボディショップのCEO」という講師の紹介は、いずれも経歴と一致する。
PART 3 / 設計

フックを一つ変えれば、同じ中身が別物になる

今回のプレゼンで講師が最初に置いたのは、プレゼンテーションで重要なのは中身ではなく入口のフックであり、同じ内容を話しても冒頭の質問一つでまったく違って聞こえるという主張だった。そしてその場で実演してみせた。参加者の一人は「同じ内容が全然違って聞こえた」と証言している。

講師の説明では、入口さえきちんと作れば、伝えたいことも相手に向ける狙いも、質問一つで全部定まる。だから質問力が大事なのだ、と。今回はセールスをかけるつもりが一切なかったにもかかわらず結果が出たのは、この設計によるものだという整理である。

一般的なプレゼン

スライドは簡潔に書き、口頭で一生懸命に説明しようとする。理解してもらうことを目的に置く。資料の作り込みに時間をかける。

この回で示された型

言葉は極端に簡単にし、質問は本能的に分かるものにする。一方でスライドには難解なデータを詰め込む。理解ではなく好奇心と「もっと話したい」という空間を作ることを目的に置く。資料は5分前に渡す。

参加者からは、この落差そのものが効いているという観察が出た。質問は本能的に分かるのに、スライドを見ると難解なデータが並んでいる。そのギャップで感情と本能が行き来し、90分でも目が離せなくなる、と。講師はこれに対し、自分のプレゼンは相手に理解してもらうことを一言も目的にしていない、と応じている。面談に来る人のうち7割ほどは「言っていることは3〜4割しか分からなかったが、もっと知りたいと思った」「空気に飲まれて気づいたら申し込んでいた」と述べるという。

字幕のない映画のたとえ。すごく面白い映画に字幕がついていなかったとしても、映像だけで面白ければ、次はもう一度字幕付きで確認したくなるはずだ――講師はこの比喩で、理解ではなく好奇心を設計するという方針を説明した。もう一人の講師が普段から「説明しなくていい」と言っているのは、この意味である、とも述べている。

教材にするための意図的なオーバーアクション

今回、動作を普段より大きくしたのは会員向けの意図的な調整だった。どのタイミングで右手を上げ、左手を上げるのか、どのタイミングで質問を入れるのかを、あとから動画で分解して説明しやすくするためである。講師はカメラの取れ高まで意識して構成したと述べており、教材として使えば「このタイミングで切り替わった」「ここで手の使い方を変えた」という分解ができるようにしてある。以前の動画はその点が曖昧だったが、今回は明確に作った、と。

応援団の声──普段出していない人が張る声は見抜かれる

会場に応援団として入っていた参加者から「気合いを入れて声を出したが、うるさすぎたか」という質問が出た。講師の回答は、最初の入口は良かったが、途中から一人を除いてほとんどが声を張っていなかった、というものだった。

理由の説明が具体的である。普段から声を出している人は、大きな声を出しても不快にならない。しかし普段声を出していない人が頑張って声を出すと、声が裏返り、無理をしているのが一般の来場者にすぐ分かって不快になる。それがマイナスのブランディングになると判断したため、講師は途中で止めた。指摘は「うるさかったから」ではなく「無理をしているのが見えたから」であり、声量ではなくその人の普段との一貫性が問題にされている。

水配りもブースの声出しも、巻き込みの施策である

水の配布についての質問にも、同じ論理で答えている。会場に着いたときに水が配れていなかったので、自分がブースに立って一番大きな声で配った。以前の別のイベントでブースが重なったときも同様で、これは全部巻き込みのための施策である。会場の多くが自分に対して否定的だと分かっているからこそ、それをひっくり返すために行っている、という説明だった。

会場に着いた瞬間にモニターの位置、声の届き具合、光の届き具合をすべてチェックしていることも明かされた。会場の形が変われば動きのパターンを変えなければならないため、下見のチェックは毎回行っている。もう一人の講師も「動画だけでは会場の形が分からないと、動きの意味が読み取れない」と応じており、この点は両者で一致していた。

PART 4 / 数字

550人の内訳と、88%という転換率

成果として挙げられたのは350件という数字である。ただし講師はこれを来場者総数で割ることをしていない。来場は550人だったが、そのうち150人は前回からの継続層、100人は既存の会員であり、実質的な母数は400人である。そこに対して350件なので、転換率は約88%になる。この種の場では10%に届けばすごいと言われる水準だ、と講師は補足した。

Claude作図。出典:講義内で述べられた来場者内訳(550人=前回層150+既存会員100+実質母数400のうち…)。※講師の説明では550人のうち150人が前回層、100人が会員、残る実質母数を400人としており、内訳の合計と母数の定義には講義内でも整理の揺れがある。要確認

📌 Claude補足内訳の算術に揺れ
講義中に述べられた数字をそのまま並べると、来場550人、うち前回からの継続層150人、既存会員100人、実質母数400人、成約350件、転換率は「88%か89%くらい」となる。ここで550−150−100=300であり、実質母数400という数字と一致しない。発言を書き換えず、算術が合わない点として記録しておく。考えられる解釈は、(a) 既存会員100人を母数に含めている(550−150=400)、(b) 来場者数か内訳のいずれかが概算である、のいずれかだが、講義内では確定していない。転換率も350/400=87.5%であり、講師が述べた「88%か89%」のうち88%側と整合する。
なお「この種のイベントで10%行けばすごいと言われる」という業界水準についても、条件(無料イベントか有料か、商材の価格帯、当日クロージングか後日面談か)によって大きく変わるため、一般化された基準としての裏付けは取れなかった。

講師自身の自己採点は40〜50点だった。全盛期と比べればその程度であり、今回は会員向けの教材にすることを目的にしていたので、いつもよりは良かった程度だ、と述べている。また、7〜9割の力で行ったときには8割ほどの来場者が「感動した」と泣く、とも語ったが、今回はゲストとしての登壇なので自分の回ではない、という線を引いていた。

数値の扱いについて。ここに挙げた350件・88%・550人といった数字は、いずれも講師が講義内で口頭で述べた自己申告値であり、第三者による集計や公表資料に基づくものではない。前掲の補足のとおり内訳の算術も整合していない。数値そのものより、母数の切り方(既存層を分母から外すという発想)に注目するのが妥当と考えられる。
Q&A

質疑応答

目が決まっていた、と言うと悪口に聞こえるかもしれないが、いつもよりも目力があって常に動いていた。あれは何だったのか。
質問者自身が答えを出している。会場で常にリサーチをしていたのではないか、と。実際、来場者に午前中の内容を聞き、それを海外登壇者との最初の会話で使い、そこから話が広がった。他の登壇者が身内としか話していないなか、目の前の人に話しかけて情報を取り、それを次の会話に転用していた。講師は「ディスられた」と受け流しつつ、この観察自体は否定していない。
かなり早口だったが、時間を意識してのことか。
理解してもらう回ではないので、その必要はない、というのが回答。自分の中ではむしろゆっくりであり、普段は脳の動きに言葉が追いつかないことが多い。目的は理解ではなく、また話したい・もっと関わりたいと思わせる空間を作ることにある。
50%の力でやっているとのことだが、90〜100%になるとどうなるのか。
7〜9割で行ったときは、8割ほどの来場者が感動したと言って泣く、と回答。ただし今回はゲストとしての登壇であり自分の回ではないので、そこまではやらない。
水を配っていたのは何が狙いか。前回のイベントでは配っていなかったように思う。
前回も配っていた。自分がブースに立ち、一番大きな声で配っていた。これは全部巻き込みのための施策であり、会場の多くが自分に否定的だと分かっているからこそ、それをひっくり返すために行っている。
応援団として声を出したが、うるさすぎたか。
入口は良かったが、途中から一人を除いて声が張れていなかった。普段から声を出している人は大声でも不快にならないが、普段出していない人が無理に出すと声が裏返り、一般の来場者にすぐ分かって不快になる。マイナスのブランディングになると判断して途中で止めた。
質問の絶妙さはどうやったら磨けるのか。
コミュニケーションを取ることと、どれだけ人の悪口を言うか次第だ、というのが講師の回答だった。加えて、メタファー・たとえ話・ストーリーテリングは普段の講義で扱っている内容であり、今回はその応用版にすぎない、と補足している。
今回、これまでと手応えの違いはあったか。
自己採点では40〜50点。全盛期と比べればその程度だが、会員向けの教材にするという目的があったので、いつもよりは良かったと思う、という回答だった。
(裏方参加者から)クロージングの話だけでなく、スタッフを巻き込んで来場者に良いものを提供する部分にも相当手を入れていたように見えた。
講師はこの指摘に直接反論せず、なぜ「むかつくけど褒める」という言い方になったのかを問い返した。表に見えている部分だけでなく後ろの回し方も重要であり、それを知ればチーム作り・会社作りに役立つはずだ、というのが質問者の趣旨だった。
HOMEWORK

宿題・アクションアイテム

  1. 当日の講演動画を、来場者・サポート参加者に限定して配布する。講師は当日会場に来た人にのみ動画を渡すと明言した。教材として使えるよう、右手と左手を上げるタイミング、質問を入れるタイミング、切り替えのポイントが分解できる構成で撮影されている。
  2. 自分の持ち時間を計測する習慣をつける。30秒なら30秒手前、85分なら85分ちょうど。まず時間を守れるようになってから人前に立つ、というのがこの回で示された前提条件である。
  3. プレゼン合宿(2月中旬)。別のタイプのプレゼンテーションを参加者の前で実演する予定が示された。
  4. 2月のオンライン講義に外部講師が登壇予定。加えて、テロリストとの交渉経験をテーマにした講義を行いたいという申し出も出ている。要確認(登壇者名は音声が不明瞭なため本レポートでは記載しない)
  5. 出版プロジェクトのチームビルディング。次に組織づくりの実践が見られる機会として予告された。参加者には組織理論の勉強会も別途行うとされている。
GLOSSARY

用語集

フックプレゼンの冒頭に置く問いや仕掛け。同じ内容でも、これを変えるだけで聞こえ方と狙いが変わる、というのがこの回の中心主張。
質問力相手の思考の向きを一つの問いで定める技術。講師は「対するため」の道具と位置づけ、コミュニケーション量と悪口の量で磨かれると述べた。
メタファー/ストーリーテリング抽象概念を身体感覚に落とす比喩と物語化。今回のプレゼンはこの応用版だと講師は説明した。
巻き込み来場者や関係者を受け身の観客のままにせず、行動に参加させる設計。水配りやブースでの声出しもこれに含まれる。
取れ高撮影素材として使える分量と質。今回は動画教材化を前提に、意図的にアクションを大きくして取れ高を確保した。
非市場戦略市場での競争以外の手段(関係構築、制度への働きかけ、場の設計など)で優位をつくる戦略。講師は当日の裏側の動きをこれに位置づけた。
クロージング提案を成約に転換する最終工程。この回では、登壇後に出口で一人ずつ声をかける動線そのものがクロージングとして設計されていた。
コンバージョン率接触した母数のうち、目的の行動に至った割合。母数の切り方(既存層を分母から外すか)で数字が大きく変わる点が論点になった。